3-2 素直で、でも不器用で ④
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同時刻。
部屋の戸を叩く音で、南城はベッドの上で目を覚ました。体を起こして上に一枚羽織ってから、戸の向こうに返事をする。
「お嬢様!」
「滝。夕飯は要らないと……」
部屋に飛び込んできた家政婦の滝の表情がただ事ではないので、南城は言葉を飲み込んだ。滝は、額に大粒の汗を浮かべている。
なにかあったのかと、南城は問いかけた。その声は落ち着き払っていたが、内心はビクビクと恐怖に震えている。キツネと呼ばれている自分の正体が、遂にばれたのではないかと思ったからだ。
滝は南城のベッドに両腕をついてしゃがみこみ、幾度か深呼吸を繰り返す。
南城は立ち上がると、傍へ行って滝の背中をゆっくりと擦ってやった。
「お嬢様。……北上様が、お見えです」
滝の声は、絞り出すようだった。
「北上? 大きな男か?」
滝は、何度も頷いて応える。
北上が自分の家になんの用だと不思議に思ったが、あの男の行動が不思議でなかったことの方が少ないと思い直し、南城は客間へ向かうことにした。
寝間着に羽織りを重ねたままの恰好で部屋を出ると、滝が後ろから血相を変えて走ってくる。
「そのような……! ああ、はしたない!」
「北上だろう? 構わない」
どうせ大した用事じゃないさと、南城は滝に言って聞かせる。
それでも滝は、着替えるべきだと促しながら南城の後をついてきた。
客間が近づくにつれて、賑やかな音が聞こえてくる。南城はそれを、父か母のどちらかが、誰か呼び寄せて騒いでいるように思った。
(やはり、着替えてくるべきだったか)
客人と鉢合わせる事を危惧して、滝は自分に着替えを勧めたのだろうと南城は思い直した。やはり、滝の言うことは素直に聞いておいた方がいい。
髪すら梳かしていなかったと、南城は手櫛ではどうにもならない自分の酷いくせ毛を煩わしく思った。
客間の前。襖一枚隔てた向こうが、やたらと騒がしい。
「おい、北上。なんの用だ?」
襖を開けるなり、南城の目には異様な光景が飛び込んできた。
「南城」
首だけを傾けて、北上が南城の方を見た。彼は座布団の上に正座し、その頭上では鈍く光る刃を素手で挟んで押さえている。
「あなた! おやめになって!」
「旦那様!」
北上の向こうには、模造刀を手にした父親と泣き叫ぶ母。そして車係の姿があった。母親と車係は父親の腰と脚に腕を回してしがみ付き、今にも北上を叩き斬ろうとしている父を必死に押さえている。
父親は見たこともないような鬼の形相で、その目は血走っていた。
「サクラ! お父様を止めてっ!」
普段は気位の高い母親が、目に涙を溜めて父の脚に縋りついている。
その向こうでは若い家政婦達が身を寄せ合い、恐怖にガタガタと震えていた。
「……助けてくれ、南城」
北上は、いつものように無表情だった。