表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
progress
109/408

3-2 素直で、でも不器用で ③



 十七時。


 辺りはすっかり暗くなり、気温も大分下がり始めた頃。北上は、道場の前にいた。


 北上も南城の実家は剣道場だと耳にしたことがあったが、都内にこれほどの土地を所有しているとは知らなかった。


 道場は、学校と北上の自宅とのほぼ中間に位置している。ここから北上の自宅までは、徒歩で十分もかからないだろう。


(ずっと、公園かなにかだと思っていた……)


 延々と続く塀の向こうに同僚が住んでいるとは知らず、北上は毎朝その隣を歩いていた。高い塀の向こうを、想像したことも無かったのだ。


 道場ではなく家の門はないかと、北上は辺りを見回した。しかし見回す限りでは、それらしきものは見当たらない。


 仕方なく道場の門をくぐると、北上は眼前の石畳の上に老婆を見つけることができた。


 北上が声を掛けてお辞儀をすると、老婆は彼の傍へ素早く駆け付ける。


「これは失礼いたしました。どちら様でございましょう?」


 老婆は品のよい笑顔を浮かべていたが、明らかに北上を警戒するような素振りを見せている。


「北上と申します。お嬢さんに、これを」


 北上はこの老婆に託して帰ればよいのだと思いついて、増田から受け取った紙袋と封筒とを手渡した。


 老婆は頭を下げて紙袋を受け取ると、北上の顔と袋の中身とを交互に見ている。


 怪しまれているような気がしたので、北上は説明が必要だと考えた。


「羊羹と、封筒が入っています。お嬢さんに、渡して頂けますか」


「これはまた、どうもご丁寧に……」


 老婆は繰り返し頭を下げたが、北上に向ける目は先ほどよりも鋭くなっている。


 北上は、なにか誤解されているように思った。そして、この老婆には、見舞いを兼ねていることを伝えた方がよいと考えた。


「具合は、いかがですか」


 老婆の表情が、目に見えて変化する。


 問題がなさそうなので、北上は更に言葉を続けた。


「先日お会いした際は、お元気そうだったのですが」


「先日?」


「昨年の、二十五日です」


 まあ! と声を上げると、老婆はまるで雷にでも打たれたように動かなくなった。


 どうしたのだろうかと不思議に思ったが、北上は老婆の言葉を待った。


 老婆はしばらく放心していたが、やがて拳をぐっと握りしめ、再び顔に笑顔を作って北上と向き合う。


 なにか決心した様子の老婆をみて、北上はそれをさらに不思議だと思った。


 門の向こうに誰か通るのを見て、老婆は北上の腕を引き家の敷地の奥へと連れていく。


 北上はなにが起きているのか分からなかったが、されるがまま老婆についていった。


「北上様と、仰いました?」


 庭のようなところへ出るなり、老婆は北上の方へ向き直る。彼女は北上の言葉を待たずに、さらに言葉を続けた。


「失礼を承知で伺いますけれども、どのように、お考えですの?」


 小柄な老婆は白い息を沢山吐き出して、一字一句をハッキリと発音し北上に迫った。先程までとは違う、ピリッとした表情だ。


 どのようにと問われても、北上にはそれがなんのことか分からず、返答出来ずにいた。たがこのままでは、恐らく相手を怒らせてしまうということも予想は出来ている。


「お話が、見えません」


「まあ! ……そうですか! いいでしょう」


 老婆はまるで、北上のために言葉を濁しているとでも言いたげな表情だ。


 それから老婆は庭先の木を指すと、北上にそれを見るように言った。


「……お判りでしょう? どのように、お考えなのですか!」


(立派な木です)


 そんなことはとても言えないと思い直して、北上は改めて老婆の指示す木に目をやった。暗いのと、もともと疎いのとあって、北上にはそれがなにか分からない。


 ただ、老婆はとても真剣な表情をしているので、北上も真面目に返すべきだと考えた。


 少し考えて、北上は自分が好きな木について思い浮かべた。このまま黙っているよりは、少しでも思ったことを口にした方が、会話の糸口が掴めるかもしれない。


「桜が好きです。凛としていて、佇まいが綺麗だ」


 散り際も綺麗だとか、花見で酒を飲むのは悪くないと付け加えたつもりだったが、それは北上の口からは発話されていなかった。


 老婆は、北上の言葉を耳にするなり震えだした。


 それから再び北上の腕を掴むと、彼を無理やり家に上がらせて客間へと押し込む。


「こちらでお待ちくださいまし!」


 座布団に押し付けるようにして座らせると、老婆は北上を残して慌ただしく部屋を出ていく。


「奥様! 奥様ー!」


 襖の向こうでバタバタと老婆が走り回るのを感じ取って、北上は首を傾げるのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ