3-2 素直で、でも不器用で ①
二、素直で、でも不器用で
二〇×二年 一月 四日 火曜日
玄関の鍵を閉めたところで、北上は左頬に強い視線を覚えて溜息を漏らした。
「……悪いが、帰ってくれないか。君とは、あの日限りだったはずだ」
言い切って、北上は相手が去るのを待った。これから出勤だというのに、このままついて来られては面倒だ。
しかしその相手は、無言で北上を見つめるばかり。
「困るんだ。帰ってくれ」
その言葉には祈りすら込められていたが、相手は一向に立ち去らない。
腕時計は、七時二十分を指している。
いい加減にしてくれと、北上は視線を向けた。その先には、ボサボサした毛並みの黒い子猫が、前足を揃えてちょこんと座っている。
傍へ屈むと、北上は他所へ行くように促しながら、そうっと手で子猫を押した。そうすれば逃げると思っての行動だったのだが、子猫は北上を引っ搔くと、ぴょんと脚を蹴って北上の家の敷地の奥へ逃げていく。
その後ろ姿と腕時計とを交互に眺めて、北上はしばらくの間逡巡していた。北上は、二十分ほど歩いて通勤している。自転車は持っていない。八時には職場に着いていたいので、このままでは遅刻してしまう。
猫は、年末頃から自宅の軒下に住みついていた。野良猫に餌付けをしていると思われては困るので干渉せずにいたが、一度だけ、雪の日に家に泊めた事がある。ここ最近の寒波で万が一の事があっては、寝覚めが悪いと思ったからだ。
勿論、餌はやらず――子猫は勝手に北上の食事を盗み食いし――快適な環境を提供した訳ではない――勝手に北上の座布団をとった――のだが、それ以来あの子猫は家に上がり込もうとしてくるのだった。
溜息を一つ。
やがて、北上は諦めて出勤することにした。