3-1 (don't) wake me up ⑦
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二〇×二年 一月 一日 土曜日
ソファの上で、アオイは微睡んでいた。
時計の針は、午前二時を回ったところ。
元旦とはいえ、アオイと淡路は午後から出勤予定だ。アオイは今、頭の片隅で、アドベンチャーワールドの件に関する報告書の筋立てを行っている。
大学を卒業して働き始めてからこれまで、仕事のことがアオイの頭から離れたことは一度としてなかった。どれだけ忘れようとしても、頭の中には常にアナザーの存在がある。
アオイの右の肩には、ヒカルの頭。膝の上には、リリカの頭が載せられている。二人は、ゲーム機のコントローラーとスマートフォンを握ったままだ。
夕食の後は日付が変わるまでテレビなどを観て過ごし、日付が変わったタイミングに合わせて四人は初詣へ向かった。街は賑やかで、少し前の事件などなかったように平和そのものだった。
リリカが初日の出を見たいと言ったので、帰宅後は皆でゲームなどをしながら時間を潰していた。しかし、二人は遊び疲れたのか、既に眠ってしまっている。
「部屋へ、運びましょうか?」
アオイが声の方へ顔を向けると、ソファの傍には毛布を手にした淡路が立っていた。
淡路は皆が寝入る少し前にリビングを離れ、入浴を済ませてきたところだった。あれだけ賑やかだったリビングが急に静かになっていたので、寝てしまったのだろうと察して、先に毛布を取りに行ってから戻ってきたのだ。
「ありがとう。もう少し……」
アオイの手が、二人の頭を撫でている。遊んでいる最中に寝てしまうなど、まるで幼い頃に戻ったようだ。
「あなた……全然、休めないでしょう」
「僕も、楽しんでいますから。勿論、約束は忘れていませんよ」
淡路は、手にしていた毛布を皆に掛けてやった。
ごめんなさいねと、アオイが呟く。そうして彼女も、二人を追う様に眠りに落ちていく。
構いませんよと、淡路はアオイの寝顔に答えた。脳裏には、あの日の会話が蘇っている。
それは、アオイから引っ越しを提案された時のことだ。
「……条件は、なんですか?」
「ヒカルと、リリちゃんを守ってほしいの」
「アオイさん。あなたは……」
「――お願い。私の条件は、それだけ……」
リビングからテラスへ出ると、淡路は庭へ出て空を見上げた。都会の空に、星は疎らだ。
部屋を貸すと理由をつけてまで家に招き入れ、自分への好意を利用してまで、アオイは二人の子供を守らせようとしている。
あの日以来、アオイは明らかになにかを恐れている。
エコール計画――。淡路は、自身のもう一つの仕事を思い浮かべた。
十一年前の大地震。アナザー。エコール計画。そして、アオイが恐れるなにか――。それらが全て繋がるのではないかと、淡路の中で予感が膨らんでいる。そしてその中心には、東條アオイとあの白衣の男がいるように思えてならないのだ。
淡路の予想通り、あの事件の後、身元不明の遺体は出てこなかった。あの白衣の男は、確実に生きている。
全てを知るためには今以上に深く潜る必要がありそうだと、淡路は決意を新たにした。
淡路は、目を閉じる。そして次に目を開いた時、彼の顔にはいつもの笑顔が貼り付けられていた。