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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
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3-1 (don't) wake me up ⑥



 十九時。


 ニュースは、年の瀬の街の様子を映している。


「すっごーい。みんな着けてる」


「本当だ。人気だね」


 楽し気なリリカと淡路とに挟まれて、ヒカルはソファの上で一人虚しさを覚えていた。


 街は、キツネの面やガスマスクを身に着けた若者で溢れかえっている。白装束やスーツまで身に着けて、所謂コスプレを楽しんでいる者も多くあった。


 それというのも、先日のクリスマスの一件である。あの日の様子が、一部分のみではあるが、ネットの動画共有サイトに流失したのだ。


 突如姿を現すようになった怪物、アナザー。そしてそれを退治するハンターと呼ばれる者達。それらは名こそ知られていたのものの、実際に詳細な闘いの様子が映像として収められたことは殆ど無かった。


 更に、今回は桜見川区の私立高校の爆破事件と、その実行犯と見られる謎の女の犯行予告も重なっている。そうしたこともあって、今回ネットに流れ出た動画は世間の関心を一際集めたのだった。


 世間では特に、キツネが刀を振るい、インドラの拳がアナザーを撃つ様に人気があった。それぞれを切り取った映像にBGMをつけて再編集された動画も作成され、それらはネット上で幾度も繰り返し再生されている。


 華やかな戦闘シーンと見た目のインパクトも相まって、今や彼らの人気はアイドル並みに急上昇していた。


「そんなに、いいかな」


 ヒカルは、リリカの手元を横目に呟いた。


 リリカのスマートフォンの待ち受けは、一昨日からキツネのキャラクターに変わっている。


 インドラとキツネに比べてヘカトンケイルと呼ばれる自分の扱いが雑なことに、ヒカルは不満を覚え始めていた。自分は、殆ど映っていない。身に着けていたシルバーのスーツが、時折光の反射のように映り込むだけだ。


 そもそもヒカルには、あの二人よりも前に狩りを行っていたという自負がある。高校に入学してからというもの、姉やリリカの目を盗んでは人知れずアナザーを狩り、世のため人の為に頑張ってきた。


 さらに言えば、今回のアナザーを狩ったのも他ならぬ自分なのだ。勿論ヒカルは、自分の力だけではどうすることも出来なかったという事実も受け止めているけれど。


「いいじゃない。だって、カワイイし。お祭りみたいで、楽しいし」


「ガスマスクも売れてるみたいだね。ネットショップで、値段がかなり跳ね上がっているそうだよ」


 笑顔で、淡路はキッチンの方へ目を向けた。


 キッチンではアオイが、リビングから聞こえてくるニュースに憤ってビールを煽っている。


 ハンターに関する情報が漏れているだけでなく、実際の映像まで流れてしまった。それが判明してからというもの、アオイは上司である天下井の小言を思い出してはこの調子なのだ。


(あーあ。なんだかなあ……)


 ヒカルは画面を見ることすら嫌になって、天上へ目を向けた。


 水の核はキツネの手に渡ったようだと、ヒカルは中林から聞かされている。あの時、ヒカルは核ごとアナザーを破壊したつもりでいたのだが、キツネはどうにかして核を手にしたようなのだ。


 キツネを狩るのか――それは、ヒカルの中で一つの問題となっていた。今の自分の実力では、とても太刀打ちできないと分かっているからだ。さらにヒカルは、アナザーとの闘いの中で幾度もキツネに助けられている。その事実が、彼の決心を鈍らせていた。


 キッチンから呼ばれて、ヒカルは思考を戻す。キッチンからは、ドタバタと音がしている。


「アオ姉。ザルは下に入ってるよ。ああ、でもそれ、僕がやるよ。熱いし、重いだろ」


 キッチンへ向かうヒカルを横目に、リリカが淡路の方へ席を詰めた。


 リリカの手元のスマートフォンには、淡路に向けたメモが表示されている。そこには、今日の献立がハンバーグとウドンであることが書かれていた。


「面白い組み合わせだね」


「アオ姉のハンバーグは、魔法のハンバーグなの。ヒカルなんて、食べると直ぐに機嫌が直っちゃうんだから」


「なるほど」


 アオイでも人の機嫌をとることがあるのかと驚きつつ、それが弟であることを淡路は微笑ましく思う。


 ウドンもヒカルの好物なのかと淡路が尋ねると、リリカは首を横に振った。お米とパンを切らしていたのかしらと、不思議そうだ。買出しには、行った筈だけれど。


 ヒカルはキッチンへ入るなり、皿の上に並べられた自分の好物を見て心を踊らせた。


 クリスマス以降、アオイは仕事で忙しい。それは理解しているものの、正直なところ、ヒカルは淡路の引っ越しについて話を出来ないままでいることが不満だった。しかし今はハンバーグを前に、つい機嫌を直してしまいそうな自分がいる。


 これまで、アオイの行動には必ず理由が伴ってきた。きっと今回もそうに違いないと、ヒカルは思い始めている。


 ヒカルと目が合うと、アオイは微笑んだ。


「久しぶりだから、ちょっと自信ないの」


「大丈夫だよ。アオ姉のご飯は、いつも美味しいよ」


「ありがとう。そっちは後にした方がいい? お米も炊いてあるんだけど」


「いいよ、一緒で。後にすると、うっかり年を越しちゃいそうだ。食べちゃおうよ」


 ヒカルは笑顔で、ハンバーグの載った皿を運んでいく。


 ヒカルに褒められたことを嬉しく思いつつ、「滅多に料理をしないけれど」とアオイは自虐する言葉を飲み込んだ。


 ヒカルが皿を並べながら、リリカと淡路に夕飯だよと声を掛ける。


「今日は、ハンバーグと手打ち蕎麦だよ」


 リリカと淡路が顔を見合わせて笑い出すのを、ヒカルは不思議に思った。


 ダイニングテーブルにはハンバーグやサラダの他に、太くてぶつ切りの麺がこんもりと盛られていた。

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