3-1 (don't) wake me up ⑤
*
十六時。
「アーオーねーえー!」
アオイがキッチンで作業している所へ、リリカが飛び込んでくる。理由は、聞かずとも予想が出来た。
「なあに? 淡路に、ヒカルを取られちゃった?」
アオイは手元でそば粉を捏ねながら、リリカの方へ笑いかけた。
既に二回目の挑戦となっているが、そば粉は一向に練り上がる気配がない。
「ちっちゃいヤカンで、お湯沸かしてるの! コーヒー豆もゴリゴリしてて。わざわざ外で! こんなに寒いのに」
信じられないという口ぶりで、リリカはスマートフォンで撮影した写真をアオイの前に突き付ける。
なんだかんだ撮影している辺り、リリカも興味があるのではないかとアオイは思った。単に、SNS更新のためのネタ集めかもしれないが。
「わざわざ外でコーヒー淹れながら、腹筋とか背筋の鍛え方とか話してるの! ヒカルがマッチョになったらどうしよう……」
「マッチョっていう程には、ならないと思うけど……」
アオイは、無意識にヒカルと自分の部下とを比べていた。ヒカルが能登や城ヶ島のような体型になるとは、とても考えにくい。
なにより今のアオイには、弟の筋肉の行く末よりも手元のそば粉が気に掛かっている。
「リリちゃんも、コーヒー貰ってきたら? ヒカルは、リリちゃんと一緒が好きだから」
アオイがカップの方を指すと、リリカは少し考えるような、悩むような素振りを見せた。照れているのだ。
キッチンで手伝えることはないかと尋ねられたので、アオイは、手伝ってほしい時が来たら声を掛けると返した。
「じゃあ、手伝えることあったら、いつでも呼んで! アオ姉がウドン作ってるって、伝えておくから」
リリカはお気に入りのカップを手に、テラスから庭の方へ出ていく。
開いたガラス戸の向こうからは、微かにコーヒーの香りが運ばれてきた。
「蕎麦、なんだけどねえ……」
どうしたものかと、アオイは頭を抱えた。