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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
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1-3 嚙み合わない関係 ⑤



 目標から数歩後ろに下がると、アオイは軽やかにステップを踏んで、木の直前で思い切り踏み切った。そうして枝に掛かっていたプロペラ機の玩具を手に取ると、アオイはストンと着地する。


 駆け寄ってきた子供に玩具を返すと、アオイはニコリと微笑む。

 子供たちはアオイに礼をいうと、皆で競って走り出した。


 去り行く子供の背中にかつての弟の姿を重ねて、アオイは寂しさを覚える。少年の時は、あまりに短い。子供はあっという間に成長して、ヒカルはもう自分の背を超してしまった。


「いやあ~。美しい」


 淡路は遊歩道から離れた林の中から、落ち葉をザクザクと踏みしめてアオイのもとに現れた。


「見てたなら、あんたが取りなさいよ。デカいんだから」

「アオイさんの方が、ちょっと早かったんです。……これ、落ちてました」

「何が?」

「どんぐり」


 呆れて、アオイは淡路から目を反らす。


 冗談ですよと笑いながら、淡路は林の方へドングリを放り投げた。いつも笑顔を張り付けているこの男は、時々、いつもとは少し違う笑顔を見せることがある。それが淡路の本当の顔なのかもしれない。


 ふとアオイの脳裏に、過去の情景が浮かび上がる。


 ヒカルがまだ幼い頃、アオイはリリカを連れて、三人で公園の中をよく散策した。左右の手を自分より一回りも二回りも小さな手にギュッと掴まれて、暖かな陽の光の下を歩くことはとても幸せなことだった。


 ヒカルとリリカは公園へ行く度に、ドングリやら松ぼっくりやら、色々なものを拾っては家に持ち帰った。二人はそれを空になったジャムやインスタント珈琲の瓶に溜めて、まるで宝石でも見るような目で飽きもせず眺めていたものだ。


「なんか、今日はダメかも……」


 なにをしていても感傷的な気持ちになる自分を嘆いて、アオイは額を手で押さえた。


「さっきの事ですか?」


 違うと言いかけて、アオイは疲労から口を噤んだ。


 一時間ほど前、アオイは公園の管理人に聞き込みを行っていた。事件当日のこと、その前後に起きていたことを、改めて確認していたのである。


 だが管理人は、アオイがなにを尋ねてもまともな答えを返さない。彼はスマートフォンのゲームに熱中していて、辻褄の合わないことばかりを言うのだ。挙句の果てには公安に対して見当違いのクレームを入れ始めるなど、まったく話にならない状態だった。


 しかしそんな管理人も、淡路がやってきた途端にコロリと態度を変えた。突然ペラペラと饒舌になったかと思えば、それまで無いの一点張りだった事件当日の監視カメラ映像まで提供する始末。


 極めつけは、「こんなお姉さんが、本当に公安だと思わなくてね」という一言――。


「特別、変な人にあたっただけですから。気にする必要なんて」

「気にしてない。スーツじゃなかったら打ん殴れたのにって、ちょっと後悔してるだけ。無いなんて、嘘ついて。もったいぶってた癖に、なんにも映ってなかったし」


 脳内で管理人をボコボコに殴る妄想をしながら、アオイは溜息を漏らした。性別や年齢で悔しい思いをするのは、これが初めてという訳でもない。相手の見た目で態度を変える人間は何処にでもいて、そして時には、それによる恩恵を受けてきたこともまた確かだ。


 淡路の視線に気づいて、アオイが顔を向けた。


「そういう所も好きですよ」

「ああ、そう」


 アオイは直ぐに、淡路から顔を背けた。


 アオイが先程のような出来事を、大して気にしていないのは事実だ。だが、疲れている時や落ち込んでいる時は、少しだけ胸に刺さることがある。自分が男だったら、もっと年齢を重ねていたらと、ないものねだりしてしまうのだ。


 アオイは自分の中にあるそんな弱さを、淡路に見透かされているように感じたのだった。


「アオイさん」


 突然、淡路の声のトーンが変わる。

 アオイは手を取られ、傍の林に素早く誘導された。

 茂みから覗くと、淡路の指す方には、公園には不似合いなスーツ姿の男達の姿がある。


「一課だ。やっぱり来た。アナザーは、うちが担当だって言ってんのに」

「彼ら、暇なんですかね」

「うちを信じてないんでしょ」

「あらら。嫌ですね。圧かけときます? 城ヶ島や能登あたり呼びましょうか」


 淡路が無線に手を掛けるのを、アオイが制した。一課の様子を見る限りでは、彼らも目ぼしい情報はつかめていないだろうというのである。


 二人は一課の捜査員が通り過ぎるのを待って、茂みから遊歩道へ戻った。


「あーあ。もう帰ろっかな。風呂入って飲んで寝たい」


 遠くの空に沈みゆく陽の光が、アオイの哀愁を誘っている。


「お背中流しましょうか。そうだ、お夕飯は何が良いですか」

「帰れ」

「いえいえ、大丈夫です。僕が作りますよ」

「……ああ、もう。疲れたし、コートも取りに行かなきゃだし」

「そういえば、冷蔵庫に豚肉がありましたね」

「飲みたい。明日の昼まで寝たい」



「――東條先輩?」


 噛み合わない会話に別の声が加わって、アオイと淡路は揃って振り返った。二人の前には、紺色の袴に身を包んだ長身の女の姿がある。


「……南城?」


 懐かしい後輩の名を口にすると、一瞬、アオイは昔に戻ったように錯覚した。南城は袴姿で髪型も昔とは少し変わっているが、自分に向けられる彼女のキラキラした瞳と笑顔は忘れようもない。


 それは二人にとって、約五年ぶりの再会だった。

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