おはよう、僕の名前は、
蝉時雨がより一層強く降り始めた、7月の昼下がり。
空を見た。
僕は、空が好きだ。何故なら空は、全てを知って居る気がするからだ。
それに、それに、彼の人が、空の青が好きだと言って居たから。嗚呼、そういえば、彼の人が描く絵には、いつもあの青が使われて居た気がするな。
…………果て、彼の人とは、一体誰なんだろうか。
「おーい、山川ー、グラウンドばかり見てどうしたー、彼女でもいるのかー」
そう、なっちゃんが言う。かなり大きな声で。教室から所々、クスクスと笑う声が聴こえる。なっちゃんめ、後で覚えておけよ。
くそ、くそ、恥ずかしい。僕は、なっちゃんを睨み付けた後、また空を見た。
嗚呼、もしこの空に罅が入ったら、この退屈な世界は崩壊を告げるのだろうか。
そんな考えに返事をするように、学校のチャイムが鳴った。
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「なっちゃん、なっちゃん。」
「夏目先生と呼べ。」
「…………なっちゃん。」
「お前だけ夏休みの課題5倍にしてやろうか。」
そんなやりとりから、僕の部活動は始まる。
僕は、文学部に入って居る。部員数は約5人。主な活動は、本を読んだり、小説を書いたりする、だけである。結構緩い部活動だ。
そんな部活動だからだろうか。毎日部活に来るのは僕しか居ない。
「ねえ、なっちゃん。」
「だから、夏目先生と、」
「彼の人って、誰だろうか。」
そう、彼に呟く。
「…………」
「わからないんだ。その、彼の人が本当に居たかどうかすらも。でも、僕にとって、大切な人だった気がする。」
「そうか」
一つ間を開けて、そうなっちゃんが返事をする。
なっちゃんは、優しい。学校に上手く馴染めなかった僕を、この部活に誘ってくれた。そして、こんなくだらない話を、真面目に聴いてくれる。
「嗚呼、どうしよう。このまま想い出せなかったら。きっと、彼の人を1人寂しく記憶の海に置いていくことになってしまう。」
嗚呼、嗚呼!どうして、想い出せない!大切な人だったはずなのに!
まるで、誰かから意図的に記憶を消されて居る様だ。本当に嫌になる。
「彼の人が誰かはわからないが、君がそうして想って居るだけでもきっと彼の人は浮かばれると思うぞ。人と言うのは、幾ら元気に生きてたとしても、誰かの記憶から完全に消えた時、それは人としての死を迎えたと言うことになるからな。」
そう、小説を捲り乍らなっちゃんは云う。
「まあ、どうしても知りたいんだったら、海へ行くと良い。ほら水は記憶を持つって云うだろう。若しかしたら何か手掛かりが.....あれ?春樹?」
僕は、鞄を持って走り出して居た。
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「何もない。」
そう、言って僕は、浜辺に座り込む。
なっちゃんに言われて、海へ来てみたのに、何もなかった。くそ。次会った時に、ラムネ奢らせよ。
嗚呼、彼の人。名前も、顔も、今何処で何をして居るかすら分からないけれど、貴方は僕の大切な人だった気がするんだ。
貴方のする話は、僕に夢を魅せてくれた。どれも知らない話ばかりで、いつも楽しみにして居たんだよ。周りの人が、幾ら貴方を蔑ろにしようが、僕は貴方を、高潔で美しい人だと想って居たんだ。
記憶が、滝の様に流れ出てくる。
嗚呼、貴方の描く絵こそ、僕の作品の一部だったんだ。あの青の絵を見て、僕は、僕は、
気づいたら涙が出て来た。そして、足元に散らばって居る破片を必死に漁った
そうだ!そうだよ!貴方は、僕に会いに来ようとして居たんでしょう。
どうして、此処まで来て、名前が思い出せないんだ。嗚呼。済まない。済まない。やっと君を記憶の中から救い出せると想ったのに。
破片の中を、必死に漁る。きっとこの中に、あの青い絵がある気がするんだ。
そんなこと勘でしか無い。でも、それを見つければ、君が、僕の中にいたことになる。
君を置いて、1人この先生きて行きたくないんだよ。
もう、傷ついた手など、どうでも良かった。
嗚呼、あの時、君が苦しんでいた時も、こうしてればよかったのかも知れないね。
名前、あの美しい名前を、僕は、
刹那、破片の中から、蒼が見えた。
「見つけたぞ。春樹」
そんな、君の、優しい声が聴こえた。
最後の方、駆け足になってしまった気がしますが、最後まで読んで頂きありがとうございました。
凄く楽しく書くことが出来ました。まだまだ物書きとして、未熟なところもあると思いますが、暖かい目で見守ってくれると嬉しいです。次回作もよろしくお願いします。
2023.7.15