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ヤンキー令嬢、異世界で夜露死苦

作者: 木戸陣之助

「エミリア。婚約は破断にさせてもらう」


 呼び出されたかと思えば、人生終了宣言された。

 

 全く悪びれもなく男、シャルルはわざとらしくサラサラヘアーの金髪をかき分けて、額に手を当てながらそう言った。隣の女もさぞ自分が勝者と言わんばかりに銀色縦ロールをワサワサ揺らしながら、バカにしくさった顔でこちらを見下している。


 突然の理不尽にショートしそうな自分の頭をひっぱたいてとりあえずワケを聞くと、お前より優秀な女が見つかっただ、運命の女性が現れただ、そもそもお前は王族になるには相応しくない女だ、と。とてもこの国の王に立つような者の発言とは思えない散々な理由ばかりだった。


 ビキビキと眉間の皺でグランドキャニオンが出来上がる。

 

 腐っても伯爵令嬢やっている以上、このクソイベは自分史上世紀の大ピンチ。

 伯爵家の本妻でなく妾の女から生まれた自分は、二人暮らし四畳半位の肩身の狭さ。もしこの縁談が成立しなければあっという間にブタ小屋行き、最悪首ちょっきんという紐なしバンジー状態。


 何不自由なく生きてきたクソ王子の無責任発言に散々振り回されながら、どうにか気に入られようと床に頭を擦りつけてご機嫌を取って来たのに、待っていたのはこのザマ。とんでもないクソ世界である。

 

「……そういう訳だから、これで君とはおしまいだ」


 一方的にそう告げて、帰れと言わんばかりに男は自分を無視して女と会話を始めた。


 ほう、見せつけてくれるじゃん。いい度胸してんねえ。


 本来なら考え直してください。だの、もう少し猶予を下さい。だの、ゴマを擦って土下座してでも延命する為の手を打つべきだ。当然いつもの自分ならそうする。とにかく働くことが死ぬほどいやなのだ。置物になっているだけで裕福な生活ができるんならこんなに嬉しい事はない。

 

 けれど、残念かな。

 『俺』は貶されて黙ってられるほど優しい女じゃあないんだよ。


「待てや」


 そう言って、バカ男の襟首を鷲掴みして床に叩きつけた。

 何が起きたかわかってない様子のバカは、一瞬だけ間の抜けた顔をした後、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしてきた。


「き、貴様ッ――」


「うっせえ」


 喉ぼとけにパンチ一丁。ぎょえっ、とか情けない声を上げると涙目になりながらこちらを睨みつけて来た。


「お前さ。散々好き勝手やって、そんなの通ると思ってんの?」


「妾の女ごときが、この私に――ぎゃおおおおおお!?」


 ハイヒールで男のお股をぐりぐりしてやると、情けない声を上げて喋らなくなった。


「いやさ、こっちもビジネスでやってんだよね。せっかくのおいしいポジション取る為に興味もない男にへーこらしたり、なついているフリをしてきたわけよ。これ、相当なストレスなのね。どう落とし前つけんの?」


「へ?」


 間抜け面を晒す婚約者に、ガンを飛ばして黙らせるとご自慢の金髪を掴んで至近距離まで顔を寄せる。

 

「ごめんで済むなら、警察はいらないんだよね。もし、責任取れないならこの靴によって、チミは今日からメスになるわけだけど……」


 ニッコリと笑みを向けて。


「やっちゃっていい?」


 もう一度お股をグリグリしながらそう言うと、男はごめんなさい。ごめんなさい。もう許してください~と連呼しながら子供みたいに泣き始めた。じょわああと情けない音を立ててお股に黄色い世界地図が広がっていく。

 第一王子が聞いてあきれる。


「おん?」

 

 そうだ、いい事思いついた。

 ここで、誰かにバラされちゃ俺のクビが飛んじゃうからな。


 パシャン。


「な、何をした?」


「弱み、俺に見せちゃったね」


 もう一度ニッコリ笑いながら、ホワイトプレート(現代でいうカメラの代わり)を見せてやる。


「き、きさま……っ!!」


 青ざめた顔をした男は立ち上がり、プレートを奪おうと襲い掛かって来た。


 ……スローモーション、遅すぎる。

 こんなん、地元のイっちゃってる奴らの方が百倍早え。


 鍛えられてないほっそい腕を潜り抜け、腹にミドルキック。ひゅうと情けない声を出して、男は大の字に倒れた。

 

「よし、証拠ゲット」

 

「あ、貴女。こんなことして只で済むと思わないことね。極刑よ!! 今すぐお義父様に言いつけて、殺してやるわ!!」


 さっきまでいい女気取っていた厚化粧のクソアマが、威勢よくキャンキャン吠えてきた。


「言っていいよ?」


「言われなくてもそうするわよ!!」


「けど、その時はこの写真を国中のポスターにしちゃう。面子が大事なこの国で、第一王子様は果たしてこんな醜態を晒しておいて王子様でいれるかねえ」


 そう言って、出来上がった写真をヒラヒラと見せる。

 面子がモノを言う貴族の世界。バレてしまえばどうなるかなんてわかりきってる。かと言ってさっきの俺の動きにビビッて震える雑魚に何かできるわけもなく。

 女は悔しそうに唇を嚙みしめてこちらを睨みつけるしかしてこなかった。漫画かよ。


「ま、そういう訳だからチミはこのバカと付き合ってていーよ。その代わり妻のイスは俺がもらう。勿論、邪魔したら――」


 男の股下にハイヒールを突き刺すと、女は青ざめてしなしなと倒れてしまった。


「ま、そういうことだから。よろしくねえ」


 そう言って、今度こそ俺は忌々しいクソ王子の部屋を後にした。


 俺には誰にも言えない秘密がある。

 

 一つ、異世界転生者であること。

 一つ、転生先は悪役令嬢であること。

 そして、一つ。こっからが重要。

 生前の俺は、ゲスだ、クズだ、卑怯だ、の散々な悪名を世に轟かせた生粋のクソヤロー。味方にはそれなりだが敵とサイフには容赦しねえ。



 そういう訳なんでここはひとつ、夜露死苦。

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