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オタク病  作者: 影山ナイト
11/15

嵐の前の


「いやー無事、補修乗り越えられてよかったな」

「ああ、こればっかりは環に礼を言うしかない」


 補修を終えた翌日、俺と空馬は大型ショッピングモールへと自転車で向かっていた。


「久遠が掃除手伝ってくれたんだろ?」

「なんで知ってんだよ」

「いんや、オレも偶然(・・)教室に行く機会があってな。そんで久遠が先に入ってったから、その様子を見てた」

「…………偶然、な」

「久遠は勇気があるな」

「そう、だな」


 あんな風に俺を庇うようにしたら俺と何か関係があると思われてしまう可能性があるだろう。


 まあ、その点を言えば、俺は普段から一ノ瀬にカウンセリングをされているからクラスメイトには同じようなものだと思われているかもしれない。


 でも――


「まだ、周りに付き合ってることは、さすがに言えねえか」

「それをやったら後戻りできないからな。それに、俺はそうしない方が環のためになると思ってる」

「じゃあなんで偽物カップルなんてやってんだよ」

「いやほんとそれな。引き受けなきゃよかった」

「葛藤か。お前は久遠の理想を叶えたいと思いつつ、久遠が厳しい現実にさらされることを拒んでいる」

「そんなんじゃねえよ」

「いっそのことお前が付き合ってるって周りに言っちゃえよ。その後はオレらがなんとかすっからよ」

「……あいつが自分で言わなきゃ、意味ねえ気がする」

「ま、そうだよな」


 俺と空馬がそんな話や、アニメの話をしているうちに目的地の大型ショッピングモールに来た。

 ショッピングモールの入り口には等身大の機動戦士が飾られている。


 俺は空馬と一緒に機動戦士の写真を撮った。


「ほら、宅也。来いよ」

「? なんだよ」


 そう言って空馬は俺の体を引き寄せ、カメラのインカメで機動戦士とともに写真を撮る。


「男ふたりで何やってんだ……?」

「思ったんだけどよ。オレとお前が付き合ってることにしたら、お前は平和に過ごせるんじゃね?」

「その方が色々なものを犠牲にしてると思うんだが? ていうかそれ、お前の方がダメージでかいだろ」

「いやー、そうでもないんだなこれが」

「そうなのか?」


 空馬は苦笑いをする。

 え、嘘? もしかしてこいつ、俺のこと好きなの? キュン!


「いやほら、告白されたりするから。オレ、モテるからさ」

「くたばれ。一生、困ってろ」

「そう言わずにさ~。オレと一緒になろうぜ?」

「はい差別的表現。お前の存在ごと規制されてしまえ」

「差別してねえよ。むしろ俺はお前と推進してゆきたいと思ってる。なあもう趣旨変えちゃおうぜ。『オタクとイケメン恋祭り』なんてどうだ?」

「俺はリアルのそういうことには興味が無い!」

「二次元ならいけんのか……?」

「そういう作品もあるからな」

「お前、二次元なら何でもありなのな……」


「ふたりで何イチャイチャしてるの……?」


 俺たちから少し離れたところに目を細めてこちらを見つめる一ノ瀬がいた。


「おっす一ノ瀬。宅也に振られちまってさ」

「……振ってねえよ」

「もしかして猪尾くん二股してるの……?」

「違うから。リアルではそういうの興味ないから。」

「創作物ならいいの……?」

「そういう作品もあるからな」

「創作物なら何でもありなんだね……」


 そう言って、俺から引いた一ノ瀬はそれでもなんだかいつもよりも明るく感じた。


 あ、私服だからか。


 一ノ瀬は相変わらずポニーテールだが、夏らしい白の入ったオレンジのフレンチスリーブを着ており、白いミニスカートを履いている。


「……お待たせ、しました」


 小さく消え入りそうな声とともにやってきたのは環だ。

 アキバに行ったときとは違い、今日は白のワンピースだ。こちらは清楚。


「待ってねえよ。ちょうど今揃った」


 空馬が笑顔で言う。


「今日は車で来たのか?」


 俺は環に問うた。


「え、ええ」

「そっか」


 お台場まで車で来たのか。

 前の話で聞いた限り、環は未だ人のいる場所が苦手なのだろう。


 たぶん、電車に乗ることができないのだ。それでも、大勢の人間がいる学校には頑張ってきている。たぶん毎日、つらいだろう。


 頭の中に黒い靄がかかる。


 環をこんなにしたやつらは今、平気な顔して笑って生きてんだろうな。


 それは俺でも思う。俺を罵倒したやつら、俺の好きなものを否定したやつら、俺に掃除を押し付けたり、無視したりしたやつも、今、自分が何をしたかも忘れて平気に生きてんだろうな。


 やっぱり、リアルはくそだな。



 俺たちは大型ショッピングモールに行き、『レウンドワンスタジアム』まで来ていた。


『レウンドワンスタジアム』とはスポーツアトラクション施設だ。


 施設内ではテニス、バスケットボール、卓球、バドミントン、バレーなど様々なスポーツができるだけでなく、筐体ゲームの他、カラオケ、ダーツ、ビリヤードなど多種多様な遊びができる場所だ。


「さあ、思いっきり遊び尽くそう!」


 一ノ瀬は手を上に伸ばし、楽しそうに言う。


「スポーツは体育以外では久しぶりだなー。できっかな」


 空馬は肩の後ろで腕を伸ばす。


「お前は常にスポーツテスト1位だろ。嫌味か? お前ハンデで不参加な」

「それはもうハンデじゃなくてはぶりな」

「……スポーツ。みんなに迷惑かけないかしら」

「気にすんなよ環。たぶん、お前と俺じゃ身体能力大差ない」

「ナメクジには負けたくないわ」

「アキバでばててたやつには負けねえわ」

「ばててないわ。あのときはあたの口の臭さにやられただけだわ」

「えっ! 嘘!? 俺、口臭いの!?」


 俺は両手に息を吹きかけ、口の匂いを確認する。


「間違えたわ。口の悪さだったわね」

「意味がだいぶ違うよ? 俺もう帰ろうかと一瞬思ったよ?」

「あら、帰りたかったらかえってどうぞ」

「お前、俺がいなくなったらどうなるかわかってんのか」

「私も帰るだけよ」

「もう少し頑張れ。消極的に威張るな」


 俺を含め4人は学生料金で入る。


「さて、まずはなにをやっか?」


 みんなが荷物をロッカーに入れて、空馬が問うている中、環が俺に向かって口を開く。


「あなたまたその大きなリュックなのね。余計あなたの身長の低さが目立つからそれやめた方がいいわよ」

「うるせえな! 落ち着くんだからいいだろ!」

「その大きなリュックもオタクの特性のひとつらしいわよ」

「え、そうなの? 俺って完璧なオタクじゃん」

「完璧ね。認めてあげるわ。悪い意味で」

「一言余計なんですよ。ていうかオタクに良い悪いないから。オタクには良いやつしかいないから」

「……それは、どうかしら。少なくとも私の前にひとり害悪がいるわ」

「お前何、鏡見てんの? 俺の前にも害悪がいるんだけど」

「あなたこそ鏡を見てるのね。いくら鏡を見ても無駄よ。あなたの見た目は良いものではないわ」

「おい! そんなことねえぞ! 風呂上りとか結構イケてるときあるから!」

「それはあなたが眼鏡をかけておらず、視界がぼやけてるからそう錯覚しているだけよ。かわいそうに……」


 環はそう言って、手で口元を押さえる。


「そういうお前は自分の見た目が良いと思ってんのかよ」


 実際、環の見た目はリアルにしては良いものかもしれないが、本人はその辺りどう思っているのか気になる。


「鏡はあまり見ないの。見たら目が死んだ人間が映っているから」

「ごめんね。俺が悪かったよ」

「いいえ、私こそ悪かったわ。人の見た目をとやかく言うのは人として良くなかったわね。たとえ、それが真実でも。真実は本当に……残酷だから」


 そう言って環は再び口を手で押さえる。


「めちゃくちゃとやかく言ってるから。人の見た目を残酷扱いしないで。そこまで悪くないから」

「あなたどんな鏡使ってるの? 手鏡? ああ、あなたの身長なら全身映るものね」

「映るわけねえだろ! どんだけ俺小せえんだよ! つーか! その理屈で言えばお前も全身に映るから! 俺とおんなじだから!」

「私、手鏡もあまり見ないのよ。見たら死んだ目が余計大きく映るから」

「うん、だからごめんね。それやめて? 何も言えなくなるから」

「ねえ! いつまでふたりでイチャイチャしてるの! 織田くんが何するかって聞いてるんだよ!」


 一ノ瀬が頬を膨らませ、抗議する。


「あ、ああ。すまん。なんでもいいぞ」


「……ごめんなさい。えっと、私も、なんでも、大丈夫」

「それじゃあまずはバドミントンにしよう!」


 そうしてみんなはバドミントンをやるスポットまで行き、順番待ちをした。


「けっこう人いるねー」


 一ノ瀬が辺りを見渡して言う。順番待ちの白いベンチには環、俺、一ノ瀬、空馬の順で座っている。


「まあ休日だからな。一ノ瀬はこういうところよく来るのか?」

「お、現実世界のわたしのこと気になる~?」

「いやべつに」


 そういやアニメ撮り貯めてんなー。補修の勉強もしてたから早く消化しねえと。


「興味なさ過ぎて怒りが湧いてくるんだけど殴っていい?」

「ごめんなさい。暴力はやめて? いやあ、めっちゃ興味あるなー。一ノ瀬は休日普段何しているんだ?」


 まったくといっていいほど興味ないが、殴られるよりは話していた方がマシだ。


「うーん、友だちとショッピングしたり、寝たり、あと、寝てるかなー」

「寝てばっかじゃねえか。そんな居眠りキャラだったっけ?」

「キャラって何? 普通に学校とかでは寝ないよー。休日は疲れが溜まってるから寝てるだけ」

「はあ、学校ってそんなに疲れるかね」

「本しか読んでいない猪尾くんには委員長の大変さがわかっていないんだよ。大変なんだよ? 誰とかはプライバシーの関係で言えないけど、社会不適合者の人のお世話したりしなきゃならないんだから」

「うん、それ俺のことだよね? 俺と話すのそんな疲れる?」

「疲れるよー。話しかけても反応薄いし、かと思えばどうでもいいことに限って急にいきなり話し出したりするからペース合わせるの大変なんだよ?」

「あれでペースを合わせていたのか……?」


 毎回、俺が一ノ瀬に貶されている記憶しかない。


「ふふん、こう見えてコミュニケーション能力が高いのですよ。あと今、とても失礼なことを考えたよね?」

「いや、全然。あれでカウンセリングのつもりなら、お前コミュ障なんだと思っただけだ」

「やっぱり1回殴らせて」

「あいたー」


 一ノ瀬は軽く俺の肩を叩く。


「ははっ、ほんと、一ノ瀬は宅也のこと好きな」


 空馬が笑う。


「そんなんじゃないよー。織田くん頭おかしくなっちゃんじゃないの?」

「そうだ言ってやれ! ぶん殴れ!」

「暴力はよくないんだよ?」

「今さっき俺にしたよな? なんだ? またイケメン補正か? 空馬お前やっぱり帰れ」

「はぶりじゃなくてとうとう帰宅か? オレだけペナルティ大きくないか?」

「……楽しそうに話してる」


 環が俺の隣で呟く。


「お前がいち早く一番端に座ったんだろ。そんなんじゃ話せないだろ」


「はっ! 私がどこに座っていようが私は空気よ。むしろ私が端に行って邪魔しないことに感謝しなさい」

「素直に感謝できないから。お前本当にネガティブな。一ノ瀬も空馬も頭おかしいからちゃんと話してくれるぞ?」

「そうだぞー。オレや一ノ瀬はこの宅也に付いてけるんだからよ」

「織田くん? まずはわたしたちが馬鹿にされたことについてつっこんで?」

「ああ、そうだな。俺たちは馬鹿じゃないぞ。でも俺は宅也の傍に一生いる」

「おい。お前わざと言ってんだろ。断じて俺はお前との関係を認めないからな!」

「……あなた、リアルに興味ないと言いつつ、織田くんとは深い関係なのね」

「ほら、話ややこしくなっちゃったじゃん。空馬お前マジで黙れ」

「いいのよ。私は理解がある方だと思うの」

「え、環ちゃんってそういうのも興味があるの?」


 一ノ瀬は目を見開く。


「い、いえ。リアルでは興味ないわ」

「……創作物なら――」

「そういう作品があるから」

「ほんと、似た者同士だね……」


 一ノ瀬が苦笑いをする。

 そんな世間話をしているうちにバドミントンコートが空いた。


「そんじゃペアは宅也と久遠のペアでいいな?」

「おい、明らかに身体能力の差があんだろ」

「……い、いえ、それでいいわ」

「え、お前それでいいの」

「私の身体能力をなめないでもらえるかしら?」


 環は長い髪をなびかせる。


「おお! お前実はバドミントン上手いのか!?」


 バドミントンになると性格が変わる的な強キャラなのか!?


「私の身体能力じゃペアに迷惑をかけるのよ。迷惑をかけても罪悪感を覚えないのはあなたしかいないわ」


 ビシッと俺に指を指す。


「そんな理由で俺ドラフト1位なの? 釈然としないんだけど」

「よおし! そんじゃやるぞ!」


 俺の右隣に環がおり、コートを通して空馬と一ノ瀬がいる。

 空馬が軽くラケットを振り、羽を浮かせる。羽は俺の頭上に来る。


「よっと」


 俺はラケットを振るう。羽は地面に落ちる。俺はその羽を拾う。


「ふう、まあこんなもんか」

「あなたなにやってやった感だしてるの? ただ空振りしただけでしょ? やる気あるの? ちゃんとやりなさい」

「なんで責められなきゃなんないんだよ。普通に無理だから。こんな小っちぇ面に当たるわけねえから」

「貸しなさい。私がサーブを打つわ」


 環がそう言うので俺は羽を環に投げて渡す。


「はあ」


 環は大きな息をつき、それっぽい形でサーブを打つ形になる。

 おお、これは期待できるか……?


「はっ」


 環はラケットを振るう。そして、羽は地面に落ちる。環は羽を拾う。


「まあこんなものね」

「お前止まってる羽でさえ打てねえのか」

「こんな小さな面にあてられるほど私が器用に見える?」

「じゃあなんで自信満々で羽受け取ったんだよ! いいよ、俺が打つ」


 俺は環から羽を受け取る。

 そして軽く、ラケットを振るい羽に当てる。


 おお、当たった。

 羽はふわふわと相手コートにゆく。


「それっ」


 一ノ瀬がそれに反応し、返す。

 羽はまた俺の方に来た。


「はっ!」


 羽は俺の方に来たものの、環が勢いよく俺に近づき思い切りラケットを振るう。


「ええ!? 何!?」


 羽は俺の地面のもとに落ちる。


「あれ。当たらなかったわ」


 環はラケットを不思議そうに見つめる。


「いや明らかに俺の方に飛んでてきただろ! お前が全力で振るからびっくりして何もできなかったよ!? ていうか危ねーから!」

「あら、自分の失態を他人になすりつけるなんて、これだから害悪キモオタ運動音痴は。あなたのせいでオタクが運動音痴だと思われたらどうするの?」

「安心しろ。すでに運動音痴だと思われている」


 頭ん中じゃ俺、チートレベルな身体能力で仲間とともに強敵を倒してんだけどな。いや、妄想ってわかってるよ。俺の戦闘能力は0だよ。一緒に戦う仲間もいねえよ。


「は? あなたと私を同じにしないでもらえない?」

「一度もまともに羽に当ててねえだろ。そんな言うなら打ってみろよ」


 そう言って俺は羽を環に渡す。環はあたふたして羽を上手く受け取れずにいる。


「ふぅ」


 なんとか羽を持った環は深く息をはき、集中している。そしてラケットを振るう。


「おお」


 今度は上手く辺り、相手コートにふわふわと飛んでゆく。

 空馬がそれを軽く返す。

 羽はこちらのコートに返ってきて中央辺りに来る。


 よし、軽く返すか。

 俺は羽を見ながら落ちそうな場所へと移動する。


「ぐへぇ!」


 何か大きな衝撃により尻餅をつく。


「あら、あなたいたのね」


 環がぶつかってきた。環は俺を見下し、何の悪びれもなく言う。


「何すんだよ! 痛かったから! 少しは悪びれろよ!」


 ていうかどうして男の俺が吹き飛ばされてんの? 俺、貧弱過ぎない?


「あなたが邪魔だったんでしょう?」

「お前が邪魔だったんだよ! 運動音痴!」

「は!?」

「あ!?」


 俺と環は睨み合う。


「「ペア交代!」」


 そうして俺と環の言葉が重なる。


「えぇ……」

「やれやれだな」


 一ノ瀬と空馬は苦笑いをし、ペアを変えた。

 それからペアを替えた俺たちは少しラリーが続いた。


「おお! ちゃんとバドミントンできてるぞ!」

「猪尾くん? 全部打ってるのわたしだからね? なんでそんなコートの端にいるの?」

「いや、邪魔だと思って」

「こっちは2対1になってるんだよ!?」

「安心しろ。向こうもひとりだ」


 コートの先を見るとコートの端にちんまりと環が佇んでいる。もはやラケットを構えていない。


「この状況おかしくない!? なんでわたしと織田くんしか打ってないの? これダブルスだよね!?」

「俺のミスがなくなることによって向こうにポイントが入らなくなるんだ。これぞ協力プレイ。ダブルスっていいなあ! なあ、環!」

「ええ、そうね」


 環は笑みを浮かべ小さく頷く。


「これもはやシングルスだから! というか織田くんは普通にプレイしないで! わたしの負担が重すぎる!」

「そうだな! ほら宅也! こいよ!」

 そう言って空馬は俺の方へと羽を飛ばす。


 くっ、なめられてばっかじゃいられねえ!


 俺はラケットを構え、大きく振るう。

 羽は地面に落ちる。


 そして――

 ラケットが向こうのコートに飛んでいった。


「危ねっ!」


 空馬はなんとかラケットを避ける。


「惜しかったな」

「何も惜しくないよ! 猪尾くん! 自棄になってない!?」

「いやわざとじゃない。それにあれだろ? プレイヤーが戦闘不能になったらこっちの勝ちだろ? 漫画で習ったことある」

「最悪な勝ち方だよ! さすがにバドミントンはもうやめよう!」


 一ノ瀬が言った直後、ちょうど時間切れのアラームが鳴る。

 俺たちはコートを出る。


 空馬が口を開く。


「宅也、久遠、バドミントンどうだった?」


 俺と環は顔を合わせ、空馬に顔を向ける。


「「つまらなかった」」



 その後、卓球やテニスもやったが同様の結果になったので、ラケット競技をするのはもうやめようということになった。


「うーん、宅也たちが楽しめんのってなんだろうな」

「ふたりとも想像以上だったね……」

「想像よりはできてただろ?」

「私なりによくできたと思うわ」

「ふたりのその自信はどこから来るの?」


 一ノ瀬は目を細めて言う。


 そこからビリヤードとダーツもやったが俺と久遠は相変わらず特に楽しめなかった。

 そして、最後にカラオケに来た。


「うわーカラオケとか久しぶりだなー」


 一ノ瀬がわくわくとしながらソファに腰を掛ける。


「俺は先週来たばっかだな」


 空馬も座り、デンモクを操作する。

 俺たちも座り、コの字型で一ノ瀬、空馬、俺、環の順で座る。


 空馬と一ノ瀬が曲を選択し、歌う。空馬が上手いのは知っていたが、一ノ瀬も上手いとは思わなかった。


「なあ環、お前何歌うんだ?」

「……人前で歌うのはちょっと」

「まあ、気持ちはわかるがな。うーん、じゃあ、一緒に歌うか? それなら負担は半分だろ?」

「……いいの?」


 環は俺を上目遣いで見る。


「良いも何もそうじゃなきゃ歌えねえんだろ? じゃあ、『手持花火』とかどうだ?」

「え、ええ。それならいけるわ」

「おっけ。そんじゃ、いれるぞ」

「え、ええ」

「お! ふたりはデュエットか! いいな!」


 空馬は笑顔で言う。

 一ノ瀬は軽く微笑む。


 曲がカラオケデッキに出力され、曲が始まる。イントロが流れる。

 環の手が震えている。


 俺はその手にマイクを持たせる。


「せっかくなんだし楽しもうぜ」

「ええ」


 環は微笑む。環の手の震えは治まったようだ。

 Aメロは女性パート、すなわち環の歌う箇所だ。

 環は口を開く。


 鳥肌が立った。


 こんな声、出せたのか。

 環は透き通った声に、いつもの小さな声とは違い、適度な大きさの声を出し、音程もひとつもずれていない。それに――


 とても、活き活きとしている。


 ふと横を見る。

 環は笑っていた。


 なんだよ、心配して損した。

 曲がサビに入る。ここは女性と男性のコーラスだ。


 環が楽しんでんだ。俺も、楽しまなきゃな。俺は歌が得意という訳ではない。というかむしろ苦手だ。


 でも、環が楽しそうに、活き活きと歌っている姿を見たら、どうしてか嬉しくて俺の口角も上がった。


「おおー!」

「いいな!」


 サビに入り、セッションで歌っているところを一ノ瀬と空馬は楽しそうに見てくれている。

 気持ちがいい。

 横を見ると環と目が合った。


 環は笑った。馬鹿にしている笑いじゃない。楽しいわね、と言っているような気がした。


 俺も笑顔を返した。そして、歌う。


「すごかったよー! ふたりとも歌上手いんだね!」

「いや、俺はべつにそんな」

「謙遜すんなって。中学の頃、カラオケに連れてった甲斐があったぜ」


 中学の頃、俺はしょっちゅうカラオケに付き合わされていた。当然、空馬の方が上手いので常に劣等感を抱き、歌に苦手意識を持っていたが、こうして褒められるとは思ってなかったので素直に嬉しい。


「誰かと歌うのって楽しいのね」


 環が微笑みながら言った。


「そうだな」


 今日初めて、本当に楽しそうに笑う環を見た。

 その後も何度かセッションして、慣れてきたところで環がひとりで歌いだす。


 知ってる曲だったので俺はオタ芸を披露し、お株を奪ってやったりもした。

 そうやってみんなで楽しく歌いあい、ふざけあった。


 カラオケが終わり、ちょうど良い時間になったので俺たちは『レウンドワンスタジアム』を後にした。



「うーん、ちょうど良い時間にやってる映画ねえな」


 空馬が映画館の入り口にある上映スケジュールが映るモニターを見て呟く。


「先に映画観た方がよかったかもね」

「……(ちら、ちら)」


 環がモニターをちらちらと見ている。


「どうした?」

「い、いえ、なんでもないわ」

「?」


 俺はモニターを見上げる。


 10分後にアニメの映画がある。

 ああ、なるほどな。


「よし、決まり」

「お、なにがだ?」

「あれ見る。『木漏れ日のスポットライト』」


 俺はモニターを指さし、その下にある宣伝用パネルも指さす。


「ほんと猪尾くんはアニメ好きだねー」

「いいな。ちょうど10分後だし。それにすっか」

「…………」


 環が俺の脇をつつく。


「いてえな。ほら、行くぞ」

「…………あ、あり、ありが――」

「え? なんだって?」

「……」

「いてえな。だからつつくな」


 環が再び脇を再びつついてきた。

 空馬と一ノ瀬はチケット購入売り場に行き、俺も行く。その後ろに環が付いてゆく。


 映画の内容は、都会よりかは田舎に近い町が舞台で、アイドルを目指す女の子とその女の子を応援し、背中を押し、手助けする男の子の物語だった。


 主人公の男の子の前でのみ輝いていた女の子のヒロインは主人公に背中を押され、努力を重ねたうえ、アイドルとしてステージに立ち、輝きを見せた。


 その輝きは眩しく、みんなに夢と希望を抱かせる最高のものだった。


 しかし、少年はそれで自分は役目を果たしたと言い、女の子のもとから去って行ってしまった。なんだか、少し寂しい終わり方だった。


 エンドロールが流れる。


「うぅ、ううぅ」

「おう! どうした?」


 隣に座る環が号泣している。


「だって、だってぇ……」


 映画の内容に感動しているようだった。


「ああ、猪尾くん、また環ちゃんを泣かせたの?」

「無理あるだろ。普通に映画観て泣いたんだよ」

「環ちゃんは感受性が豊かなんだね」


 一ノ瀬はよしよしと環の頭を撫でる。


 感受性が豊か、か。たしかにそうだろうな。

 人より傷つきやすく、影響されやすくて、それでも強い意思を持ったりもする。


 俺とは正反対だ。


 べつにクールを気取っている訳じゃない。

 俺はただ、『リアルには何も求めない』だけだ。


 傷つくことも、影響されることも、強い意思を持つこともない。

 それが、俺。

 俺の、はずなんだが。


 俺は環に会ってからそんな自分が不確かなものになっていた。自分が見ていなかった自分の一面を見ることになった。


 俺はリアルに何も求めていない人間だと思っていた。でも、違うのかもしれない。でも、それを認めたくなかった。認めてしまったら、俺は俺自身を否定することになるから。


 だから俺は、今もリアルでは目を瞑っている。

 


 でも――

 ずっと目を瞑るわけにはいかなかった。

 それを許してくれないやつがいた。



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