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オタク病  作者: 影山ナイト
10/15

障碍者


 今日も掃除の時間は相変わらずクラスメイトは談笑をし、真面目に掃除をしているのは俺だけだ。

 いいんだよこれで。


 これでこそリアルだ。


「宅也」

「え」


 さして大きくないがはっきりと聞こえる声が俺を呼ぶ。


「遅いと言っているでしょう」


 環が腕を組み、俺を睨む。


「あ、ああ。す、すまん」

「私も手伝うから」

「いいって。お前、そんなことしたら――」


 俺と同類だってばれちまうだろ、と言おうとしたが、言う前に環は動いた。

 環はほうきを取り出し、埃を集める。


 クラスメイトはその様子を見て、戸惑い、しかし掃除を始めた。

 複数人でやると掃除はあっという間に終わった。


「なんで」

「早く勉強を済ませるためよ。決してあなたのためじゃない」


 俺たちは鞄を持ち、自習室に向かう。


「……やめてくれよ」


 俺はまた依存してしまう。誰かを頼ってしまう。

 この学校という腐ったリアルの大海にどこか助け船があると思ってしまう。


 俺は、二次元があるからいいんだ。二次元があるから俺は自信を持って俺だと思えるんだ。


 リアルに目を向けたら……俺は、俺を否定することしかできない。


「それはこっちの台詞よ」


 環は真っ直ぐ、こちらを見ずに言う。


「え」

「放課後、あなたに付き合わされるこっちの身になってほしいわ」

「…………無理に、付き合わなくてもいいよ」

「問題を考えるのも大変なのよ」

「問題って?」

「二次元クイズよ。私はあなたを負かさないと気が済まない」


 環はそう言い、笑みを浮かべる。


「…………ふんっ、どんなクイズだろうが俺はお前に負けない」

「少しはらしくなってきたじゃない」

「今日も精々、簡単なクイズを出してくれるんだよな?」

「ええ、あなた風情じゃ答えられない簡単なクイズを用意したわ」

「かかってこい」


 笑みがこぼれる。

 その様子を見て、環も笑みを浮かべる。


 掃除が終わり、自習室へ向かうため廊下を歩く。


「あなたは、中学まではどんなだったの?」


 自習室は別校舎3階にある。4階の教室から着くまでには少し時間が掛かる。自習室に向かい、歩いているとふと、環は口を開く。


「うん? ああ、今とそんな変わらねえよ」

「織田くんは一緒にいたの?」

「いたよ」

「それは、幸運ね」

「そうだな」


 認めるしかない。俺は空馬のおかげで自分の好きなことを貫いてこられた。もし空馬がいなければ、俺を受け入れてくれるたったひとりの人間がいなければ、俺はリアルで堂々と生きられただろうか。


 たぶん、答えは否だ。


 俺は空馬に依存していた。空馬だけは俺を理解してくれる。俺のつらさを理解してくれる。俺の純粋な気持ちを知ってくれている。だから、俺はありのままでいられた。


 環にとって、そういう理解してくれる人がいたのだろうか。


「お前には、同じ趣味のやつはいなかったのか」


 俺たちがオタク病として認知され始めたのはちょうど俺たちが中学生になった頃だ。その頃はまだ今ほどオタクを差別する風潮はなかった。同じ趣味のやつがいる可能性もあったのではないだろうか。


「私には、いなかったわ。それどころか、私を否定する人しかいなかった。私はこれでも、中学生の頃はあなたと同じように堂々とライトノベルを読んでいたのよ。でも、オタク病が認知されてから周りは私を避けるようになった。それだけじゃない。私の趣味を否定する人が現れて、その、イジメにあったわ」

「そう、だったのか」


 俺は歯を食いしばる。俺だってそうだ。本来、そうなってもおかしくなかった。いや実際そういう被害がまったくなかったわけじゃない。それでも空馬がいたから俺は自分を保てた。


「私ね、中学の頃は不登校だったのよ」

「…………」


 なんて言っていいかわからなかった。ただ、頷くことしかできなかった。


「それで、私は親に病院に連れられ、うつ病だと言われた。そこから私は精神障碍者になった」


 障碍者。


「どうしてそんなこと言われなくちゃならないの。私は何も悪いことしていないのに。どうして私だけがこんな目に遭わなくちゃならないのって、毎日、泣いてた。でも、そんな私を救ってくれたのも、二次元だった。私の好きなライトノベルだった。あなた知ってる? 『赤ウシ』っていうラノベ」

「ああ」


 アニメ化、実写映画化された有名なライトノベルだ。


「そこで私と同じようなヒロインがいたのよ。状況は全然違うけどね。でも、その子は頑張って今の自分を変えようと努力した。つらい思いをしながらそれでも立ち向かって進んでいったの。でも結局、その子は報われなかったわ」

「そう、だったな。5巻の奏ちゃんだろ」


『赤ウシ』というライトノベルは心の葛藤を主人公とヒロインが向き合い、解決してゆく物語だ。


 5巻では主人公は不登校の生徒、奏とともに学校に行くため、主人公と努力した。しかしその努力は実らず、引っ越しをし、地方のカウンセリングセンターへと行ってしまった。


 その後、主人公とは二度と会うことができなくなってしまった。


「ええ。その子を見て思わったわ。私は、前に進める立場にいるって。私は彼女と同じように頑張れるって。だから、立ち上がってみようって、そう思ったわ。その子が果たせなかった希望を、代わりにはならないけど、叶えてあげたいと思った。私がやり遂げることで報われると思った」

「強いんだな、お前」


 二次元の中の登場人物と自分を重ねることはよくあることだ。でも、自分と同じ状況にあるつらいキャラクターに動かされ、そして、実際に動いた環は、本当にすごいと思う。


「強くないわ。でも、どうしても報われてほしいと思ったのよ。その子や私だけじゃない。世の中にいる沢山の同じような人たちに報われてほしいと思った。私が立ち上がって、社会を変えれば同じようにつらい目に遭ってる人たちに希望を与えられると思ったの。私がラノベを読んで、立ち上がれたようにね。それで今、完全じゃないけど、相変わらず対人関係は全然上手くいかないけれど、少なくともあなたとはちゃんとコミュニケーションをとれてる。あなたの頭がおかしいおかげね」

「そこは普通に俺のおかげでいいんじゃないの? なんで貶しちゃったの?」


 環は俺の抗議を聞かず、続ける。


「私は、自分と同じような目に遭ってる人たちに報われてほしい。簡単じゃないわ。でも、私が二次元に、フィクションに救われたように、きっと同じようにフィクションによって救われる人がいると思うの。でも、救われた先が今の現実よ。オタク病、社会性欠乏障害。私を救ってくれたものを社会が否定しているの。私はそれが許せない。私を救ってくれたフィクションを否定する社会を絶対に許さない。だから、多くの人の希望になるフィクションを否定する今の社会を、変えたい」


 環と同じような目に遭っている存在。環の言う、報われてほしい存在はそれだったのか。


 自分ではなく、自分を救ってくれたフィクションと、それに救われた人たちが肯定される社会、それを環は目指しているのだ。


 そうか。だから環は障碍者に対しての偏見が一切ないのか。


 自分が、そうだからだったんだ。


 その後金曜まで環は掃除を手伝い、勉強を見てくれ、俺は無事補修を乗り越えることができた。



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