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プロローグ
腕を振り上げた時、現れた幻の仏頂面が低い声で止せと言ったけれど、ほぼ同時に振り下ろした手のひらは、狙い通りリリー最速かつここ一番の精確さで相手の頬に当たった。いや、のめり込んだと言っていい。
加えて、これはリリーの予想外だったことに、相手の体が見事に吹っ飛んだ。ふわっと確実に宙に浮いて、床に転がったのだから、さすがに驚いてしまった。
なんというか、想像以上に軟弱だったらしい。
おやまあ、と目を見張りながら、まあこれで、どんな言い訳も立たない最悪な状況が出来上がったと妙に冷静になれた。
一瞬で静まり返り、事態を把握するにつれて徐々にざわめきが広がっていく中で、さっさと一人踵を返した。
二度と見られない不機嫌顔に向かって、振り返る代わりに御免と小さくつぶやいた。