第3話:少女は戦う
今日は一つ凄い?事があるんだよ。タヌキみたいな人からロボットを貰ったの(笑)
僅かな沈黙の後、イルカはがっくりと頭を垂れた。 文のやり取りは、Eメールが主流のなか、大して流行っても無い交換日記を行っていた。
イルカは学校では、どっちかって言うと活発なタイプだ。ベット上の青いシーツに沈むギターケース、壁には、昨年オリンピックで金メダルを獲得した、女性競泳の選手のポスターが貼られていた。暑い日は、家では短パンにノースリーブ姿が基本である。
交換日記は、同じクラスメートで友達の、新山キョウコが言い出しっぺである。他に鳳六院ユキヒメと佐藤サナエで順繰りしていた。「か弱い女の子にロボットくれるなんて……ねぇ」
仮にも口外しない約束なので、書きたくても書けないが……。
「日記は明日の朝でいっか!寝よーと」
ガシャリ、ガシャリ。
硬質で鈍い音が、上下に摩擦している。
「メイドーは力を使った後だからな」
午前二時。ドーレイは、とある建物を徘徊していた。
星魔獣の媒体となる物を探しているのだ。当然ながら、何でもよい訳ではない。しかし、より一層、人々の絶望や悲しみを増やせる物が都合がよい。
絶望や悲しみは"黒のエネルギー"と呼ばれ、やがてセイフークを回復する力となる。 それは、何よりもドーレイに取って至高の喜びであり、信じる義でもあった。
薄暗い廊下の角を曲がると、不意に兜の銀飾りが、ギラと懐中電灯の明かりて照らされた。
「誰……だ?」
四十半ば代の男――その施設の警備員は、恐る恐るも舐めるように光を当てた。
「鎧武者?」
そう言った刹那、下から上に袈裟懸けに居合い斬っていた。
血しぶきを胸から上げ、警備員はその場に仰向けに倒れ絶命した。
「所詮は人間。我を阻む事すら出来ぬ弱き存在」
ククと不敵の笑みを零すと、とある物が目に付いた。
これは使えそうだと直感したドーレイは、「星の輝きよ、今こそ邪心を与えよ」と唱えると、「だが、戦はまだだ」とだけ続けた。
「おっはー、イルっち」
「お早うです」
イルカの肩をポンと叩くのは新山キョウコ。それに、今にも消え入りそうな声量の佐藤サナエだ。
今朝方、速攻で書いた交換日記。そのメンバーであり、友達である。付き合いは、まだ短く半年もない。 キョウコとは性格的に馬が合い、サナエとは以前から友達のユキヒメを通じての、いわゆる"友達の友達"から友達になった関係だ。
「二人共お早う」
前方の踏み切りの遮断機が、定期的な音を鳴らし始めている。
「ニュースで、また、変な怪物とロボット出たよね」
「見た……なんか気味悪いよ」
「確かにキモイよね。まさか宇宙人かな?あれ、イルカ?」
どうしたの?と言わんばかりの面持ちのキョウコは、不意に顔を覗き込んでくる。
「え?ああ、何でもない」とアハハと苦笑いを交えて返した。
隠し事とは心苦しいものだと、改めて噛み締める。
「イルっち行くよ!」
気付いたら電車は当に過ぎており、遮断機は上がっていた。
「ごめん!」
「イルっち、今日元気無いよ?」
余計な心配はかけさせたくない。悩むのヤメヤメ!
そう自分に言い聞かせ、足を延ばす。
刹那。
ブォォォ!
警笛にも似た低音が辺りに響くと、線路を伝って――いや、破砕させながら、こちらに向かって来るモノ。
「何?」
それは、新幹線に似たフォルムに、赤い目に見える物が二つ。銀に輝く分厚い装甲に包まれた怪物であった。
踏み切り上の、キョウコとサナエは、その場を動く気配はしない。突然の事で、思考が停止したのだろう。
イルカは全速力で二人に駆け寄り、「危ない!」それぞれの腰に腕を回し、踏み切りの外に力任せに押し出し、うつ伏せた。
間を置かずに、強風が吹き荒れ、硝子、鉄が悲鳴をあげ、土埃の臭いで鼻腔が満たされる。
瞼に力を入れ、信じてもいない神頼みに集中していた。
音と臭い、それらは空気により、人にもたらせられる。
その、空気という状況だけで、辺り全ての様子が見えてしまうようで、「怖い」としか言いようがなかった。
音は次第に遠退いていくが、当然臭いは残っている。
助かった?今、瞼を上げたら、死んでしまいそうな気に捕らわれながらも、自分に馬鹿と罵り膝を立てる。
辺りは変わり果てていた。線路だった所はぐちゃぐちゃで、何なのか分からない。建造物も一部、倒壊していた。
「キョウコ、サナエ、大丈夫?」
「大丈夫、ありがとう、イルっちぃ」
「怖かったよぉ」
今にも泣き出しそうなキョウコとサナエの声につられ、急に涙が溢れてきた。
悔しい。何なの?星魔て?マジムカツク。
一気に膨れ上がった激情が、イルカをスッと立ち上がらせた。
「ごめん、キョウコ、サナエ。でも、私を信じて!」
背後で友人の制止を受け止めつつも、星魔に向かっていった。
ピッピッピ
六畳半の部屋に繰り返し鳴り響く電子音。
ベットの枕元に置かれている、レジェンウォッチが点灯し、シンヤに朝を告げた。
「何だ?お早よー、イルカ」
通信機に欠伸を交えながら、通信機に映るイルカを見据える。
「ちょっ!?八時過ぎだよ。まだ、寝てたの?」
「ああ?」
完全に目覚めてない返事にイルカは呆れるも、要件を手早く述べた。
「分かったぜ!たくっ、ヒーローは辛れぇな。トモカズにも連絡しとくよ」
シンヤの眠気は一気に覚めており、余裕めいた嬉しさが溢れてきた。
「お願い」
ぷつりとそこで通信を終えると、シンヤは突然クククと笑う。
「一時限目の算数の授業は、さぼれそうだなっと!」
「来て!アクアドルフィン」
若葉町を縦断する蒼い川の一部の水が盛り上がると、十メートル程の機械の海豚――アクアドルフィンが空中に現れた。
レジェンウォッチの赤いスイッチを押すと、イルカの身体は淡い光に包まれ、アクアドルフィンのコクピットに転送される。
グリップを握ると掌の汗を感じ、履いているジーパンに擦り付け落とす。スロットルを押し出し、ペダルを力一杯踏み、機体を急上昇させた。
星魔獣の足跡――一本に抉れた道の先を見据え、居た、とだけ呟くと機体を加速させていった。
線路を破砕し、列車、駅までもが、ほぼ原型を留めない形に変わっていく。
「星魔獣デビルエクスプレス。貴様の破壊願望はセイフーク様のお力添えとなる。思う存分暴れるがよい」
下方に見える星魔獣は、あい変わらず破壊活動を続けている。
時速百キロ程度だが、厚い装甲に桁外れの馬力が合わさって、力任せに進んでいた。
これ以上はさせない。先ずは足止めから。
機体の頭部の口から、水色の光線を発射した。
「アクアビーム」 それは、星魔獣の前方に着弾し、直径十五メートル、深さ十メートル程に地を穿った。
星魔獣は見事に穴に落ち、勢いから反転する形となった。
「やりぃ、作戦通り」
指をパチンと鳴らすと、間髪入れずに次の動作に切り替えた。
「変形、アクアドルフィン」
アニマル形態から、ヒューマン形態への変形シーケンスが始まる。
両前ヒレが横にせり出し、肩と腕が現れる。尾ヒレが九十度回転し、下半身が二分され足となる。海豚の頭部が下に九十度折れると、別の人を模した頭部が現れ、変形完了。フレイムドラゴンと違い、女性型で華奢なフォルムだ。
アクアドルフィンは足を地に着け、体勢を立て直した星魔獣に、人差し指をつきつけた。
「悲しみしか生まい星魔!あなた達を絶対許さない!」
「我の義を愚弄するか、不憫な奴め」
星魔獣デビルエクスプレスに新たな命令を与え、ドーレイは近くのビルの屋上に飛んだ。星魔獣は急加速させ、真っ直ぐ向かってくる。
「アクアカッター」
アクアドルフィンが前方に両腕を振るうと、刃状の光波が現れ、星魔獣を襲う。が、厚い装甲の前では、大して効果は無く霧散してしまう。
避けるタイミングを逃したイルカは、咄嗟に機体の両腕で星魔獣を正面から受け止めた。「うくっ、うぁ」
コクピット回りの、ショックアブソーバでも吸収仕切れない振動が、激しくイルカを襲う。機体の関節部は僅かな悲鳴を上げるも、コンソールに表示されたダメージチェックには、現時点でオールグリーンの表記が記されている。
だが、馬力は相手の方が圧倒的に上。踏ん張るもパワー負けし、最悪潰され兼ねない状況だ。
「このっ」
胸からアクアビームによる、零距離射撃しつつも、火力不足からか、星魔獣の装甲を貫通しない。
「そのまま潰せ!」
ドーレイのその一言に、ブォォォと星魔獣は呼応する。
「まだ、こいつパワー上がるの?」
ぐぐぐと押され、背後のビルに足が着く。
潰される!そう覚悟した刹那、星魔獣の上部が爆発の光に包まれた。
「待たせたな!」
バーストボンバーを放った、シンヤとフレイムドラゴンの援軍である。
「シンヤ!」
嬉しさと共に安堵の声が漏れ、それが力となる。
「よぉし、こんのぉぉ!」
スロットルを全開にすると、グリップを手前に思いっきり引き、ペダルを踏みつけた。 怯んでいる星魔獣を下から掬い持ち上げ、投げ飛ばす。星魔獣は背から落ち、再び反転させることに成功した。
「シンヤ!どんなもんよ!」
「怖っ!」
やり方は荒いが効果的でもある。
ライトニングレオの姿が見えない。三機いないと合体は不可能なのに。イルカは疑問を投げかける。
「悪りぃ、連絡つかなかった」
「そう……」
イルカは一株の不安を覚えるも、今はしょうがないとしかいえない。
「チェンジ。行くぜ!」
フレイムドラゴンをヒューマン型に変形させ、星魔獣に突っ込んでいく。
「ドラゴンパァァンチ!」
機体の右手をエネルギーで発火させ、殴りかかろうとするが、体勢を立て直した星魔獣は、身体から腕をせり出し横に凪払った。
鈍い金属音が繁華街に響く。
「うわぁぁ!」
見事、ビルに激突し尻餅を着く。「アクアカッター」
透かさずアクアドルフィンも攻撃をするものの、例の装甲の前では痛手すらならない。
星魔獣は上部からポッドを展開させ、小型ミサイルをフレイムドラゴン目掛けて、連続射出し始める。
「うぁぁぁ」
反射的にも機体の腕を交差させ防御するも、直撃を受け、コクピット内にアラーム音が鳴り渡った。
「シンヤー!」
「今だ、あいつの背後を狙え」
悲痛の叫びを上げるイルカに、シンヤから指示を受け取った。
ミサイルを射出し続ける星魔獣デビルエクスプレスの背後は、がら空きも同然。
「よぉし!ドルフィンランス」
アクアドルフィンの足元から、水流が蛇のようにうねり、機体の周囲をグルグル回る。それを腕で掴むと一本の槍へと変化した。
「これで、終わりぃぃ!」
背後から一突き。正に串刺しである。
ブォォォォ。
デビルエクスプレスは、断末魔の悲鳴を上げると爆散し炎に消えていく。「何とか、倒したね!シンヤが弱点教えてくれたお陰!サンキュ!」
手を差し伸べ、ガチリと掴まれるとフレイムドラゴンを引き上げた。
イルカは、装甲の無い弱点箇所の指示を受けたと思っていた。が、シンヤとしては、只挟み撃ちの方が楽なだけ。
「弱点て……まぁ、倒せたからいっか!」
炎に包まれる星魔獣を目の端に捉え、舌打ちする。
「星魔獣も既に三体やられたか。黒のエネルギーも必要だが、あのロボット達も早急に手を打たなければならん……か」
警察、消防のサイレンから逃れる為、ビルの屋上から影に同化し、ドーレイは消えていった。
キョウコ、サナエは居なくなった事について、咎めてこなかった。
身勝手だと思われても可笑しくはない状況だったのに。
「だって、信じてって言ったのイルっちだもん。信じない訳にはいかないよ」
「私もです」
涙が頬を伝う。本当は全てを話したい。だが、それは大切な二人をも巻き込む結果になりかねない。それは、不幸である。
横からレース付きのハンカチが差し出され、イルカは赤くなっていた目を向けた。
「ユキヒメ……」
「イルカさんに、涙は似合いませんわ」
ありがとう。
皆を守る力を私は持っている。
持っているんだ。
そう、この皆の優しい笑顔を守る為に。