第2話:合体!レジェンガー!
長い夏休みも終わり新学期早々から都内にある、若葉元気小学校の生徒達の話題は一点であった。
「一週間前のテレビのニュース視た?」
「うん、葉隠山付近に現れた謎のロボットと怪獣でしょ」
「龍河原君も御覧になりました?」
机にうつ伏せになっているシンヤに笑みを振り撒いたのは、クラスメイトの鳳六院ユキヒメだ。
彼女はいわゆるお嬢様であり、同年代に比べ博識な上、容姿端麗である。彼女に憧れる男子生徒も少なくなく、シンヤもその一人であった。
「ん?え、ああ。鳳六院さん。モチロン視たよ」
後頭部をボリボリと掻き、ハハハと苦笑いを交えた。
あの後シンヤは両親にロボットを操縦した事を伝えたが、普段からイタズラしてるからか、一向に信じて貰えなかった。
レッシンとか言うタヌキも、いつの間にか消えていたのだ。
「ふ〜ん、シンヤなんかでも“一応”ニュースは視るんだ」
「なんだよ、イルカはあっち行ってろよ」
嫌みを吐くイルカと呼んだ相手に、シッシッと手の甲で払った。
「ふん!何よ、アタシは虫じゃないわよ!」
それだけ言うと、海旗イルカは自分の席に戻って行く。
「やっぱり、龍河原君はイルカさんと仲が良いのね」
「え?ええ!ユキヒメ、今のどこをどう見たらそう見えるの?」
弁明しようにも、焦って上手く言葉見つからないシンヤはしどろもどろだ。「だって仰りますでしょ?類は友を呼ぶって」 ニコッとさながら天使の微笑みを前に、(それって喧嘩する程、仲が良いの間違いでは)とツッコミをしたい勢いだが、踏み込む勇気がシンヤに無かった。
ガラリと横開きの扉が開くと、薄茶のブレザーに膝までのスカートを纏う三十前後の女性が入ってきた。
同時にざわめきと共に、教室中の生徒が一斉に自身の席に着席する。
「皆さんおはようございます」
教壇に立つ姫野明美は、この四年一組の担任教師である。
「おはようございます」
「この夏休みは何事も無く、クラス全員無事に迎える事が出来ました。出席を取った後は、体育館で校長先生のお話しを聞きます」
姫野は出席簿を広げ出席を取り始めた。
「何事も無く……か」
頬杖を突きポツリと自身に問うシンヤは、僅かながら不安を覚えていた。
遥か下方に軒並み立つビルを嘗めるよう観察していたソレは、、黄色い声音を上げる。
「キャー、あれ可愛い。あ、あれも良いなー」
そのメイドーを尻目に、隣でふうと溜め息を吐くドーレイ。
「早く我等の身体になる物を選ばなければな」
「じゃあ、私はあのキュートな熊ちゃんの人形にしようかな?」
「ダメだ!」
ドーレイはメイドーの要望を即刻否定し、
「人間達の生活に溶け込むような物でなければ不便だぞ」と続けた。
メイドーはそうねと納得していると、赤くて柔らかい物にぶつかる。
「キャア!何!?」
ぶつかった反動で押し戻され困惑するメイドー。
それは青空百貨店のアドバルーンであった。
バルーンの下から伸びる垂れ幕に、歴史・古物フェア開催中とある。
「ここなら何かありそうだ」
すかさずドーレイは五階の窓の隙間から中に侵入し、待ってと言わんばかりにメイドーも続く。
人々の視線に触れる事なく、五階の衣類売り場でメイドーは、黄色いワンピースに腰まであるのロングヘアーのカツラを着けたマネキンを見つけた。
「あ!あれが良いわね!」
赤黒い光はマネキンにスーッと溶け込むと一体になり融合を果たした。
「バッチシ!」
両手をグー、パーと動かし調子を確認する。続いて試着室の鏡の前でセクシーポーズを次々と決める。
「それにしても、ナイスプロポーションよね!」
メイドーは自身の姿にうっとりとしておりポーズを決める様は、周りの人々の視線を別の意味で集めていた。
一方のドーレイは四階に来ており、そしてある物を見つけた。
「おお!あれこそ、我が威厳と風格を表す絶好の物ではないか!」
興奮気味のドーレイは人目をはばからず、それに融合する。
「おい!今の光は何だ?」
目撃した人々が動揺する中、それはガシャリとぶつかり擦れる音を立てゆっくりと直立した。
「て、展示用の鎧が動いたあぁ!?」
某戦国武将の鎧に融合したドーレイは近くにあった鞘に手を掛け、刀を抜刀すると高々と掲げた。
「我が名はドーレイ。貴様等人間共の恐怖が、セイフーク様にお力を与える。感謝するがよい!」
「何が人々の生活に溶け込む姿よ!思いっきり目立つじゃん!」
メイドーは地団駄を踏むと、
「今回は私がやる」と言い、両手を前方に突き出す。
「星の輝きよ、今こそ邪心を与えよ。出でよ星魔獣!」
掌から放たれた赤黒い光が、展示してあった壷に照射された。
壷から三対の脚、二枚の透明な羽根が生え巨大化していく。
「蝉の怪物だ、逃げろー!」
恐怖におののく人々を余所に、容赦なく壷は膨れ上がっていく。
「破壊しろ、星魔獣ツボツボホーシ」
「ダイスケ、今日野球は出来るか?」
下駄箱でシンヤは牛門ダイスケのガッシリとした肩に触れながら問うた。
「わりぃ、柔道の稽古があるんだ。今日は始業式だけだから、親父が午後に臨時で入れてな、済まん」
シンヤより一回り大きい掌を合わせ謝るダイスケ。
「そっか……」
残念な気持ちをはぐらかす様に、両手を後頭部に合わせ校庭に出た。
校庭の隅に飼育小屋があるのだが、小屋の前に珍しい組み合わせの二人を目撃したシンヤは、ダイスケに別れを告げる。
その二人は、男勝りの海旗イルカに、ガリ勉野郎の獅奈草トモカズだ。
「よ、お二人さん、お熱いねぇ」
「なっ?違うわよ!もぅ、うっさいわね!」
「はぁっ?俺は今日の天気の話しをしただけだぜ。はぁ暑い、暑いなっと」
手で惚けた顔を扇ぐ真似に、トモカズはクククと笑いを堪えている。
「笑うな!獅奈草ぁ!」
「わわ、ごごごめんなさいぃ」
イルカの怒声に慌てふためくトモカズを余所に、彼の両腕に抱えているモノが気になった。
「獅奈草、何だそれ?」「シンヤぁ、今頃気付いたの?」
「どうやらこの子、迷子みたいなんだ」
そう言ってトモカズは、黒い布に包まれたモノをシンヤに見せる。
「ん?この子?」
恐る恐る、そのモノに顔を近付けた、刹那。ガサリと音を立て、茶の毛色に包まれた顔が出てきた。
「あ……」
「ね!可愛いタヌキさんでしょ!」
イルカの満面の笑みとは、遥かに対照的な面持ちのシンヤは途端に声が裏返っていた。
「タヌキィィィ!」
レッシンの首を掴むが否や、すぐさま飼育小屋の薄暗い裏手に回った。
「どこ行ってたんだよ!結局あのロボットは何なんだ!それに、ニュースで……騒がれた……しよぉ……」
眼を潤ませ捲くしたてるが、最後は途切れ途切れに弱くなっていた。
「本当に済まぬ。あの時、天地の宝玉を召喚したから力を――」
「シンヤ!何してんのよ!!」
レッシンの言葉を遮り、イルカがまたまた怒声を発す、が。
「お嬢ちゃん、儂が悪いんだよ」
その口を動かしたタヌキに、イルカとトモカズは眼を合わせた。
「つまり星魔というのを相手に、今まで戦っていたのですね」
「そんで、星魔のボスのセイフークは、まだどこかで生きている……」
「その対抗する力が、フレイムドラゴンか」
「うむ、星魔には話し合い等は通用せん」
レッシンは手を後ろに組み三人に続ける。
「儂のロボットは故あって、子供にしか扱えん仕組みだ。龍河原シンヤ、海旗イルカ、獅奈草トモカズ」
三人は、突然名を呼ばれ全身に緊張が走った。
「済まんが暫く頼む」
僅かな一言を最後に、レッシンの姿は影も形も無くなっていた。
「え?何?強制なの?」
「そんなぁ、僕はこれから塾なのに!」
いつの間にか腕時計をしていたイルカとトモカズが、口々に言うが
「やるだけやってみようぜ」とシンヤは促す。
その時、人々の悲鳴と巨大な影が三人を包んだ。
「星魔だな、よーし」
シンヤはランドセルから腕時計――レジェンウォッチを取り出すと、腕にはめた。
「二人共、赤いスイッチを押せ!」
イルカとトモカズは言われるがままにする。
「え?身体が」
「浮いている!」
三人はその場から、光と共に姿を消していく。
正午前の太陽には、まだまだ残暑と言う言葉は早い。
だが、照りつける日差しは瞬く間に、暗雲に呑まれていく。
暗雲から赤き龍が姿を現し、雄叫びを響かせる。
河がある。水面に突如てして浮かび上がった巨大な魚影は、中を舞い青い海豚のしなやかさを露わにする。
雷鳴が轟く。地平の彼方から神速を持って駆ける黄の獅子は、雷の足跡を残す。
「来るか!レッシンのロボット」
「ちょっ!増えてるよ」
「数など問題では無い!やれ星魔獣!」
ドーレイの指示の下、星魔獣は腹を震わした。
「ギィィィ」
不快で神経にこびり付く音に、三人は耳を塞ぐ。
「気持ちわりぃ」
「何よ!コレ!」
「あの星魔獣は蝉みたいです。もしかしたら腹部の振動が原因だと思います」
トモカズの冷静な判断が、シンヤの気力を奮い立たせた。
「よっしゃ!ならそこを狙うまで」
両スロットルを前に突き出し、バーストボンバーを放った。
直撃した所から黒い煙が上がると、先程までの不快な音が消えた。
「二人共、合体するぞ」
「合体ね。プロテクト解除」
「コールアクセス」
コンソールにコードを打ち込むと、フレイムドラゴン、アクアドルフィン、ライトニングレオはそれぞれ光輝いた。
シンヤは両レバーを思いっきり引き上げる。
「天地烈神!レジェンガー!」
天が、地が、轟音を発するかの如く震える。
フレイムドラゴンが人型になり、手足を折りたたみ胴体になる。
続いてアクアドルフィンが胴から二分され、さらにそれぞれ中央から90度まがり、頭と尾が肩先になり腕になる。
最後にライトニングレオが縦に二分され、足に可変した。全てがドッキングし、レオの鬣がV字に広がりその頭が胸になる。
天地の宝玉が兜を作り出し、フレイムドラゴンの頭部を覆った。
「何だと?」
「合体しちゃった!?」
星魔の二人は、僅か数秒で合体したレジェンガーに驚愕するが、臆しはしない。
「怯むな!星魔獣!」
「スゲー、本当に合体したな!」
「シンヤ!感心してる場合じゃないわよ!」
「わわわ、敵が来るぅ!」
「わっーてるよ!喰らえ!レジェンブラスタァァァ!」
胸のレオの口が開くと、稲妻状のビームが空を裂き、星魔獣を爆発させ吹き飛ばした。
背後のビルにもたれ掛かる姿勢の星魔獣に、レジェンガーは追い討ちを掛ける。
「一気にいくぞ」
額の天地の宝玉が外れ右手に握られると、光と共に30メートル程のレジェンガーと身の丈と同じ剣――レジェンソードを形成した。
そして星魔獣に向かい縦に空を切り裂く。
「エンドスラァァァシュ!」
振り下ろすと同時に星魔獣は、剣先に触れる事なく、だが切断された。
「ガアアァァ!」
星魔獣は黒い霧と化し霧散する。
レジェンガーは剣を高々と天に掲げると、全身が光の粒になり虚空へ散っていった。
「またしても敗れたか」
「悔しいぃぃ!」
捨て台詞と共に、星魔の二人はその場から姿を消していく。
「あれ?ここは……」
「飼育小屋の裏よね?」
「お、終わりましたよね?」
トモカズは安堵の息を漏らすと、二人の顔をチラチラと見た。
「僕……。僕、やっぱり辞めます。怖いです」
レジェンウォッチを外しシンヤに手渡す。
「獅奈草……」
「あんなの無理です。大人に任せれば良いんですよ。自衛隊だってあるんですから……」
「でも、子供にしか動かせないってレッシンが言ってたよね」
イルカの指摘にトモカズは反論する。
「あのロボットを使わなければ良いんです。それか、別の人に頼めば良いんですよ!」
「僕は塾があるので」とだけ言い、トモカズはその場を後にした。
「そうだよな。レッシンの勝手な都合だもんな」
「それでも私はやるよ。色々と知っちゃた責任だからかなぁ」
レジェンウォッチをさすり、まるでイルカ自身に言い聞かせているようだ。
「イルカ……は、やっぱり、イルカだよな」
「え?意味分かんない」
「たぶんその方が幸せだぜ」
シンヤは既に見えないトモカズ背中に問う。
「でもな、俺達はレッシンに選ばれた気がする。そんな感じがレジェンガーからしたんだ」
レジェンウォッチに反射する陽の光から、暑い日はまだまだ続きそうだ。