ログアウト -13-
朝のホームルーム中でも、教師の話がまったく頭に入ってこない。
今朝、母さんにコスニアを中断されてから心ここにあらずといった感じで、ずっと携帯端末のメッセージばかりを気にしている。
――俺が唐突にログアウトしてしまった後、みんなが拠点を守りきってくれたのかは未だわかっていない。受信するメッセージはただのニュースメールやリアルの友達のものばかりで、ギルドメンバーからのメッセージはゼロ。
これは拠点防衛に忙しいからなのか、単に連絡を忘れているだけなのか……あるいは、俺の人望がなさすぎるからなのか。
「……」
何気なく隣の空席に目をやる。
いつもなら俺よりも先に登校してきて自習に励んでいるはずの篠原は、今日はまだ姿を見せていない。理由は間違いなくコスニアにある。俺が先にログアウトしてしまってからも、彼女は南海同盟の副ギルドマスターとして拠点を防衛するために奔走してくれているのだ。
そのことを考えると、ひたすらに申し訳無さで胸がいっぱいになる。俺はなんなんだ?ゴミか? と、自分自身を呪わざるを得ない。母さんになんと言われようと、今日は学校をサボるべきだったんじゃないだろうか?
俺が思い悩んでいると教室の扉が開いた。
「遅れました」
そう言ってやって来たのは篠原だった。普段澄ました表情で落ち着いた姿がデフォルトな彼女の顔は、いまは汗に濡れていて軽く上気している。長い髪も乱れていて、走って学校まで来たことがありありと想像できてしまう姿だった。
「篠原さんが遅刻とは珍しいですねー。電車の遅延でもありましたか?」
「……いえ、ただ寝過ごしただけです」
「そうですか」
担任の木村は目を丸くしながらも一度は片付けた出席簿を再び手に取った。
息を整えながら隣に座る篠原は、目を瞑りながら胸に手を当てている。そんな彼女に俺は小声で訊いた。
「大丈夫か?」
「……それはどっちのこと? 私が息を切らしてること? それとも家のこと?」
家、というのは拠点の言い換えだろう。学校では俺はゲームをやらないやつってことになっている。だから、篠原はストレートにゲームのこと? とは訊き返さなかったのだ。
彼女の配慮に内心で感謝しつつ、俺は改めて言った。
「コスニアのことだよ」
「…………!」
はっとしたように目を開ける篠原を俺は真っ直ぐに見た。
もう、俺はゲーム趣味を隠すつもりはない。これは篠原と秋葉原で四年ぶりのソルリン対戦をすると決めたときから変わらない俺の意志だ。
いままでは単にコスニアのことを話題にあげるタイミングがなかったから、口に出さなかっただけだ。いまはまさにコスニアのことを話すべきとき。あとで会話を聞いていたクラスメートたちにはコスニアのことについて訊かれるだろうけれど、そのくらいのことは織り込み済みだ。
俺の変化を感じ取ったのだろう篠原は、くすりと笑ってから言った。
「拠点は大丈夫だよ。マルボロさんたちが有給を取って必ず夜まで守り切るって言ってたから」
「え、社会人ってそんなに急に休めるものなのか……? バイトでも代わりの人とか探さないといけないのに」
「ううん、休めないと思うよ。だからたぶん……病欠とか適当な理由を作るんじゃない?」
「嘘も方便ってことか……そりゃまたマルボロさんたちには悪いことしちゃったな。でも安心したよ。あの人達ならきっと夜まで拠点を保たせてくれる」
拠点はマルボロたちがいるならきっと大丈夫だと、心から確信できる。不安でざわめいていた気持ちは落ち着き、俺は身体をリラックスさせた。
「しかし、篠原はどうして襲撃に気づけたんだ? 俺が知らなかっただけで、普段から朝もログインしてたのか?」
「してないよ。ただ、前日にカルテットのオフラインレイドがあったでしょ? だから心配で見に行ったら案の定……ってとこ」
「なるほどな」
俺も少しはオフラインレイドを警戒して朝の襲撃チェックくらいはしておくべきだった。そうすればロンに拠点内にまで侵入されることもなかったはず。
「ちなみにロンはどうやって拠点内にまで攻め込んでたんだ? やっぱ弾抜き?」
「そうだね。マシンタレットはアングリーライノを使った弾抜きで無力化されてた。それと並行してニードルタレットは火矢で焼き払われてたよ」
「火矢か……それってマシンタレットでも撃ち落とせないのか?」
「撃ち落とせないみたい。矢は銃弾とかと判定が同じなんだろうね」
ニードルタレットは肥料を与えていれば弾数を補充しなくていいコスパ最強設備と思っていたけれど、火矢で無抵抗に焼かれるなら時間稼ぎ程度にしかならないってことか。これはかなり有益な情報だ。
「なんにせよお疲れ様。ほんと襲撃に気づいてメッセ送ってくれたの助かった。今朝のMVPは篠原だ」
「どういたしまして。でも、本番は今夜でしょ?」
「ああ、反攻作戦の内容はもう考えてある。決着は今夜、必ずつける」
――ホームルームは終わり、始業のチャイムが鳴った。
朝陽が登り夕焼けに沈むように、戦争もいずれは終わりがやってくる。ログイン初日から続いた俺とベトナム人プレイヤーたちとの因縁は、ようやく最終局面に突入しようとしていた。




