装甲
空爆作戦によって死んだ後、俺は三十秒間のクールタイムを待ち、ケツァールテイルのベッドでリスポーンした。
ベッドから起き上がり外に出ると、ケツァールテイルは森の上を全速力で飛んでいるところだった。
「あれ、どうしてこんなに飛ばしてるんですか?」
元々の予定では、ケツァールテイルは敵拠点の被害状況を把握するために上空待機のはずだった。おそらく、ほかのみんなは予定通りすぐ攻撃に移れるように地上のFOBでリスポーンしている頃だろう。
みんなに指示を出すためにも、俺は敵の拠点状況を見れる位置にいないといけなかったんだけど……それがどうして森を飛んでるんだ?
状況の変化に戸惑う俺に、マルボロは片手で手綱を握りながら後ろを指差した。
「リオンさんですか!? 後ろを見てみてください」
「ん……」
言われるままに後ろを振り返る。振り返ってすぐに、俺はマルボロがなぜこうも逃げるようにケツァールテイルを飛ばしているのかを理解した。
「な、なんですかあれ!?」
「ロンのケツァールテイルですよ!」
それはケツァールテイルと呼ぶにはあまりに別物の姿をしていた。生物というよりも鉄の塊と表現したほうが正しい気がする。
そう思ってしまうくらいに、ロンのケツァールテイルは全身が鉄の建材に覆われていたのだ。
使われているのはなんだろう。鉄の屋根、鉄の壁、鉄の門扉? とにもかくにも鉄だらけだ。
建材で身体全体をすっぽり覆い尽くしたのだろうけれど、あんなカスタムに効果なんてあるのか? 上手いこと隠してはいるものの、翼だったり尾だったりはちらほら見えてしまっている。
「ケツァールテイルっつうか怪物ですかあれ!?」
「私も驚きましたよ! これまで彼らとの戦闘で空中戦になることは一度も無かったので油断してしまいました。あれがいきなり空爆後に向かってきたんです」
「マジすか……あっ、ゲンジさんの乗っているケツァールテイルはどうしました?」
俺たちの保有しているケツァールテイルは全部で二頭。ステータスは最初にテイムした個体を重量振りに、後にテイムした個体を体力振りにしてある。
いま俺たちが乗っているケツァールテイルはその体力振りのほうだ。さっきまでは重量振りのケツァールテイルも並んで飛んでいたはずだが、いまはその姿が周りにない。まさかあっちは既にやられてしまったとか……そんなことはないよな?
不安に思う俺に、マルボロは少し落ち着きを取り戻した様子で言う。
「向こうの心配はいりません。ゲンジさんにお任せしたケツァールテイルは戦闘には向いていなかったので、敵の注意をこちらに引き付ける形で別れました」
「ああ……なら良かったです。じゃあこのまま逃げる必要もないんじゃないですか? たぶんですけど、これこのまま戦ったら勝てますよ」
俺たちのケツァールテイルはかなりの高レベル個体だ。しかも、戦闘向けに体力振りにした高耐久型である。普通に撃ち合えば相手がよほどの高レベル個体でもない限り、引き分け以上の結果には持ち込めるはず。
マルボロも俺と同じ考えなのか素直に頷いた。
「そうですね。体力的に有利でしょうし、なによりも……見てください敵のケツァールテイルを。マシンタレットの数はこちらのほうが大きく上回っています」
「ほんとだ。というか、あっちはマシンタレット四台しか積んでなくないですか?」
昨日から引き続き、俺たちはケツァールテイルにマシンタレットを八台も載せている。単純に火力はこちらが二倍ある計算だし、敵の厳つい鉄建築は奇妙だが、普通に突っ込んでも勝てそうに思える。
「ええ、火力では我々が圧倒的です。ただ、乗っているのが私だけだったので事故が怖かったんですよ。せめて同乗者が誰かいないと」
「ああ、掴みがありますもんね」
「その通りです」
プレイヤーを掴むことができる。これはマウンテンコンドルと同じくケツァールテイルも持っている能力だ。
そしてこの『掴む』というアクションは、モンスターに騎乗中のプレイヤーに対しても同様に行うことができてしまう。故に、もしも敵が被弾覚悟で接近戦を仕掛けてきた場合、騎乗者がマルボロだけだと掴み一発でケツァールテイルのコントロールを失う可能性があった。
マルボロが戦力的に優位なのにも関わらず戦闘を避けて逃げに徹したのは、そうした小さな危険も考えてのことだったのだろう。もしかしたら、敵が不利な状況でも追撃を仕掛けてきたのは騎乗者がマルボロだけだと勘違いしていたからかもしれない。
少々の疑念を覚えつつ、俺は敵からは見えない位置でしゃがみこんだ。
「俺はマルボロさんが掴まれたらすぐに運転代わりますね」
「お願いします――と、そろそろケツァールテイルのスタミナが切れます。いずれにせよ、戦闘は避けられないですね」
ケツァールテイルは空爆作戦のときからずっと飛びっぱなしだ。ホバリング飛行中は持久力の消費が停止するとはいえ、相手のケツァールテイルよりも飛んでいられる時間は短い。
「ファイトです」
「頑張ります」
応援の言葉を残し、俺は流れ弾で死ぬのを避けるため背部建築の中に隠れることにした。それから間もなくして、ケツァールテイルは翼を休めるために着陸する。
狭い暗室内では発電機の騒音が鳴り響いていた。俺がいま把握できるのは、外から聞こえてくる不明瞭な音だけ。マルボロが掴まれたかどうかの情報はギルドログをチェックしていればすぐわかるけど、それでも目隠しをされたかのようなこの状況は中々スリリングだ。
「射程に入ります!」
「了解です!」
外からの声に応じる。そして、応じてすぐにマシンタレットの駆動が振動で伝わった。
ついにケツァールテイル同士のドッグファイトが始まるのか……と内心で身構える。
しかし、戦闘の最初は思いのほか静かだった。まず初めはアウトレンジからの撃ち合いから始まった。着弾はまばらで、チュン、チュン、と背部建築を掠めるような音が鳴り、たまに被弾したのだろう肉に食い込むような鈍い振動が伝わる。
射程的にギリギリのエリアなせいか、マシンタレットはすべて反応しているわけではなく、半分程度が動いているだけらしい。
火力の差を明確に活かすなら全部のマシンタレットが反応するくらいに接近する必要がある。マシンタレットでより激しく撃ち合うためか、マルボロの操るケツァールテイルは一歩ずつ歩き始めた。そして、一歩進むごとに背部に設置されたマシンタレットが次々と対象を撃ち始める。
「激しくなってきた……!」
まばらだった射撃音は幾重にも重なってガトリング砲のように鳴り始めた。
パパッ、パパッ、と間隔を置いていた射撃音がバババババッと嵐のように変わり、それと共に被弾の振動も頻度を増す。
体感で数分。だが、実際には数秒しか経っていないだろう。銃弾の雨の中では時間間隔が狂ってしまいそうだった。
そして、音の濁流に飲まれているうちに、徐々に聞こえてくる音の種類を聞き分けられるようになってきた。
弾丸が肉にめり込む音、弾丸が掠める音、草を引きずるような音、ケツァールテイルが地上を歩く地響き。騒音で聞き逃しそうになるけれど、聞こえる音の種類はそう多くない。
そしてそんな数少ない音の中には、弾丸が金属質の何かに弾かれる音が混じっていた。
不意に俺は叫んでいた。
「マルボロさんどんな感じですか!?」
「マ、マズイかもです!」
返ってきたのはマルボロの取り乱した声だった。
胸にこみ上げた嫌な予感につい扉を開けたくなる。聞こえるのは弾丸が肉にめり込む音、そして弾丸が金属に弾かれる音。さきほど見た装甲に覆われたケツァールテイルの姿はまだ脳裏に残っている。まさか、こっちの射撃は敵に通ってないのか……!?
「逃げれそうなら逃げましょう!」
「無理です! 体力が下がったせいかスタミナが全然回復しなくて!」
「ええっ!?」
逃げることができないなら、このまま撃ち合いで勝つしかない。しかし、この弾丸が金属に弾かれる音が止まない限りは……。
そんなことを考えているうちに、突然何かが切れる音がした。
直後、マルボロの生死を確認するために開いていたギルドログには『ケツァールテイル Lv.138が死亡しました』というログが流れた。
血の気が抜けるような気分を味わう間もなく、足元が文字通り粉々に崩れ去り、背部建築が一瞬にして崩壊する。
それまでケツァールテイルを構成していた大量のポリゴンが解き放たれ、バラバラになって霧散した。そして、室内から外に放り出された俺は宙を飛んだ。
当然、外は依然として銃弾の雨の中だ。身を守るための壁を失った俺は、そのまま銃弾に貫かれて今日二度目の死を味わうことになったのだった。




