空爆作戦
二体のケツァールテイルが上空でホバリング飛行をしている。場所は離れ小島の真上。風は緩やかで、天気は日本晴れ。下を見下ろすと、ロンの拠点との距離はちょうどマシンタレットの射程ギリギリくらい。
俺は条件がクリアできたことを確認して、隣で降下準備を済ませたフューネスに言った。
「よし、準備はいいか?」
「大丈夫」
フューネスは頷き、自身の乗っているフォレストタートルの手綱を握った。
――前回の弾抜き作戦は、相手がオフラインであれば効率的に拠点を無力化できる悪くない作戦だった。しかし、襲撃がバレるとケツァールテイルによる掴みで簡単に対処されてしまうという致命的な問題点を抱えていた。
オフラインレイドとオンラインレイドの成功率の差は明白だ。二十四時間三百六十五日。ずっとコスニアをやり続けられたらな……とつい考えてしまう。そうだったら相手がログアウトしている時間帯を見計らって襲撃を仕掛けることができるし、それならロンの拠点も簡単に落とせるだろう。
だが、社会人・学生が主な俺たち南海同盟は、そうした楽な襲撃方法を選べない。
リアルを優先しつつも、最大限やれることをやる。それしかないのだ。
昨日の様子を見るに、今日の襲撃でも敵がオンラインである可能性はかなり高い。敵がオンラインであるなら、アングリーライノを使っての弾抜きは難しいし、別の方法を模索するほかない。
案はいくつか出し合った。その結果選ばれたのが、この空からロンの拠点を急襲しようという『空爆作戦』だった。
キキョウは半泣きになりながら叫んだ。
「これ怖すぎひんっ!? 完全に自殺やん!」
「姉ちゃんビビりすぎや。ゲームだから死んでもどうにもならんて」
姉を慰める†刹那†もまたフォレストタートルに乗っている。
並んでホバリング中の二体のケツァールテイルの背部には、現在九体のフォレストタートルと九人の騎乗者、そしてケツァールテイルの操縦者としてマルボロ、ゲンジの二人がいる。
俺は姉弟のやりとりについ笑ってしまった。
「手掘りで鉄を採掘してたときはウルフファングに散々噛み殺されてただろ? あれこそ連続自殺みたいなもんだったし、今回のも似たようなもんだって」
「いやマスター全然違うて。あれは戦闘で死ぬからいいよ。これは落下死やんか! 高所恐怖症には無理なんよ!」
必死に言うキキョウの足はガクガクと震えている。
「高所恐怖症なら初めに言ってくれれば良かったのに……」
「頑張れば大丈夫かなー思ってもうたんよ! マウンテンコンドルの操縦とかは大丈夫やったし!」
「じゃあマウンテンコンドルに乗っていたときの気持ちを思い出して頑張ってくれ」
「そんなぁ!」
……まあ、高所恐怖症にはキツい作戦なのはたしかなんだよな。俺も口では余裕かましてるけど、正直、この高さを落ちるのはけっこう怖い。
しかし、作戦を成功させるためにはこの程度で弱音を吐いていられない。
Taka発案の空爆作戦の概要はこうだ。
まず、マシンタレットの攻撃に対して頑強であり、なおかつテイムが簡単なフォレストタートルを大量にテイムする。次にそのフォレストタートルのレベルを上げて、全て体力振りにする。
そして、大量のC4を用意してフォレストタートルとその騎乗者に貼り付ける。で、ロンの拠点にめがけて落とす。フォレストタートルの騎乗者は着地と同時にC4の起爆スイッチを押して自爆する。
以上。
まあ、なんというか無茶苦茶な作戦である。
つまるところ、これは自爆上等の人間爆弾作戦だ。生還率ゼロ%の神風特攻と言い換えてもいい。この場にいる騎乗者とフォレストタートルは数分後には全員死ぬ。
自爆特攻に亀を巻き込むなと、動物愛護団体から苦情が来そうな作戦だ。
作戦考案者のTakaは、起爆スイッチに指をかけながらフォレストタートルの位置を動かした。
「ちゃっちゃといきましょう。この距離だと普通に目視で襲撃がバレますからね。やるなら早めがいいと思いますよ」
「タカ、あんたどうかしてるよ」
miyabiはこれから落下死するというのに楽し気なTakaのテンションに若干引いてしまっている様子だ。当のTakaは神風の再現だと息巻き、作戦に集中している。
「ははは……じゃ、地上部隊に確認が取れたら早速始めますか」
俺は苦笑しながらグループチャットを開き、狙撃による地上からの援護を任せているimpactに連絡を取った。
『リオン: How is it? (様子はどうだ?)』
『impact: There is no movement. (動きはないぜ)』
『リオン: understood. Start the operation. (了解した。作戦を開始する。)』
空爆できる態勢が整ったと判断し、俺はみんなにゴーサインを出した。
Takaは敬礼のポーズでmiyabiを見た。
「では行ってきます。先輩、僕の雄姿見ていてください!」
「はやく行け」
先輩の無情な声援を受け、直後Takaの乗っていたフォレストタートルはケツァールテイルから落ちた。その様子をケツァールテイルの上から覗き込む。
Takaの乗るフォレストタートルは、ケツァールテイルを離れた瞬間にはもうロンの拠点屋上に設置されていたマシンタレットから射撃を受け始めていた。
砲の数は昨日よりもさらに増えて二十はあるだろうか。それらすべての射撃を受けてフォレストタートルは一瞬で血まみれになってしまう。
だが、それでも死にはしなかった。それもそのはず。落下から着地までの時間はわずか数秒。それだけ僅かな時間でフォレストタートルの体力を削り切るのは難しい。
あとは着地と同時に起爆スイッチを押すだけの簡単なお仕事だ。
しかし――。
「あれ、落下地点めちゃズレてない!?」
「うわ、ほんだ……」
Takaの乗るフォレストタートルは、ロンの拠点からやや離れた陸地に衝突し、そのままポリゴンと化して霧散した。
「カッコつけといて無駄死にとか……」
miyabiは辛辣な言葉を投げつけて溜息を吐いている。
Takaにはどんまいすぎる結末だけど、こっちはこっちですぐに落下位置の修正が必要だ。
Takaが落ちる前はこの位置がロンの拠点の完璧な真上だと思っていたのだ。それがいまので誤りだとわかった。正確な位置を見つけ出さないと、次もTakaの二の舞だ。
「マルボロさん、ケツァールテイルをもう少し左にズラせますか?」
「やってみます」
マルボロはケツァールテイルを横移動させようと手綱を振った。
ケツァールテイルは羽を動かして移動を試みる。が、そもそもケツァールテイルはお世辞にも小回りが利くタイプじゃない。移動はだいぶ大雑把になり、これでちゃんと拠点に着地できるかは怪しいままだった。
「うーん……とりあえずこれでやってみるしかないですかねぇ……」
マルボロも自信がないのか首を傾げている。
「まあ……いくしかないっすね。とりあえずみんな、各々行けると思う位置から落ちてみてくれ。上手くいった人の位置を参考に調整する感じで!急がないとすぐに敵が出てくるぞ!」
「よっしゃーいったる!」
万全なポジションを見つけられないまま、次々とフォレストタートルが落ちていく。
そのうちロンの拠点に着地し起爆できたのは、針金とかなこ♪の二人だけだった。
上から見た感じ、拠点の屋上には穴は開いていない。しかし、マシンタレットは七台ほど破壊できているのが見て取れた。
隣で様子を見ていたマルボロは、その結果にあまり納得していないのか首を傾げている。
「うーん……まずまずといったところですかね。後で反省が必要そうです。それじゃリオンさんも行っちゃっていいですよ」
「了解です。じゃあ、あとは手筈通りにお願いします」
後のことは任せて、俺も自分の仕事を済ませることにした。
さて、命中した二人と同じ軌道で落ちれば命中するだろうか――
フォレストタートルを移動させて、二人と同じ位置から落下する。
直後、ゴオッと風切り音が耳を貫いた。ふっと視界が切れて、ただただ鞍にしがみ付かざるを得なくなる。
「思ったより落下の勢いきついな!」
恐怖を掻き消すように叫ぶ。下を見る余裕は一切ない。こんなんで着地の瞬間にボタン押せんのか!?
C4の起爆スイッチを手放さないように握りしめる。着地の衝撃はすぐにきた。
フォレストタートルの腹が地面を打ったと思ったタイミングで、俺は人間爆弾となって爆発し、衝撃と共にポリゴンとなって爆ぜた。




