開戦
「拠点はどんな様子?」
「私が見つけたときはまだ建築し始めだったけど、いまはもうほとんど完成形になってる」
「一歩遅かったか……」
フューネスの報告を受けて十数分後、俺たちは離れ小島にほど近い崖の上にやってきた。
到着には全員の準備を待つために少々時間が掛かりすぎてしまった。初動を叩けなかったのは残念だけど、それでもおそらくこちらの優位に変わりはない。
ロンの本拠点を壊滅させるため、今回の出撃はメンバー総出だ。俺、マルボロ、かなこ♪、三姉弟、ゲンジ、工場長、Taka、miyabi、そして現地で様子を見ていてくれたフューネス。総勢11名の大所帯になっている。
さらに、留守の拠点にはQuartetの面々が付いてくれているので安心して攻撃に集中できる。
俺は状況を確認するために、望遠鏡を取り出して離れ小島に向けた。
離れ小島は地形がもっこりと盛り上がっている。ぷっちんプリンのような形をしている島を想像するとわかりやすいだろうか。カラメル部分は平らで建築に適した地形をしていて、プリンの大部分を占めているカスタード部分は傾斜のキツい崖になっている。
「まるで天然の要塞だな……」
ロンの目の付け所の良さにため息が出る。
前回島を訪れたときは気づかなかったけれど、離れ小島は拠点を建てるにはうってつけな地形をしていた。崖にはところどころ棚田のような段差部分があり、現在そういった建築可能スペースにはマシンタレットが配置されていた。
斜面を登ろうにもあれではマシンタレットの機銃掃射を受けてしまうし、かといって空から攻め入るのも不可能だ。
ぷっちんプリンの最頂点。カラメル部分にあたる平地には、俺がコスニアで初めて建てた豆腐ハウスの超巨大バージョンのような箱型の鉄要塞が鎮座しているのだ。
要塞の屋上にはマシンタレットがぱっと見ただけでも二十台ほどずらりと並んでいる。
あの対空防衛網に対して無策で接近すれば、ケツァールテイルであろうと一瞬でポリゴンの藻屑と化すのが容易に想像できてしまう。
だがなによりも驚嘆すべきなのは、やはりその拠点の大きさだ。ここからだと要塞の正確な規模は推し量れないけれど、おそらく5x5x5規模はあると思う。
ロンのメンバーが何人いるかはわからないけれど、この短期間であれほどの拠点を建てるのは並大抵のことじゃない。どんな暇人を集めたドリームチームなんだよ、あいつら。
笑いがこみ上げてきそうなほど無理ゲーな要塞を見せつけられながらも、俺は冷静に状況の分析を続けることにした。
俺たちは現在、ロンの拠点を破壊するために武器・爆発物・テイムモンスターをきっちり用意してこの場に臨んでいる。
武器はハンティングライフル五本を主要メンバーに渡してあるし、槍と棍棒は俺含め全メンバーが各自一本ずつ装備済み。
爆発物はC4爆弾が五十個。ロケランは本体四本、弾は四十発の用意がある。
テイムモンスターはマウンテンコンドル五羽。ケツァールテイル一頭(マシンタレット八台で武装済み)。アングリーライノ三頭(拠点にいた中で最高レベル)、ショルダードラゴン一頭(戦力になるかは未知数)。
――とまあ、俺たち南海同盟の持ち得る全戦力がここに結集されている。
おそらくこれだけの手札があれば何かしらの打開策は見つけられる。マシンタレットは驚異だけど、なんとか無力化する方法があるはずだ。
俺が考えていると、Takaが後ろからやってきた。
「リオンさん、FOBの建設が終わりました」
「え、FOBってなんのことですか?」
そんな変なものを建てるようにお願いした覚えはないんだけど……。
初めて聞く単語に困惑していると、Takaは人差し指を立てて得意げに語った。
「Forward Operating Base――つまり、前方作戦基地のことですよ。作戦行動を行うにあたっては司令部が必要ですからね」
「……ああ、リスポーン拠点を建て終わったってことですね」
紛らわしい言い方をするから混乱してしまった。どうやらFOBとはリスポーン拠点を軍事用語に置き換えた別名らしい。見れば、Takaが言うところのFOBにはマシンタレットが八台設置されていた。
発電機の音が鬱陶しいのか、miyabiは耳を抑えながら言った。
「ねえタカ、リスポーン拠点にマシンタレットまで持ってくる必要ってあった?」
「そりゃもちろん。相手はケツァールテイルを持ってるんですよ? あれがここに突っ込んできても大丈夫なように、対空設備は必要ですよ」
まさしくその通りだった。
俺はあまり深く考えていなかったのだけど、今回は敵がケツァールテイルを運用している以上、FOBにケツァールテイル対策の防衛設備が必要だった。
さらに、FOBにはマシンタレットだけでなく、ほかにも敵の狙撃から身を守るための壁が用意されている。これにはモンスター小屋に使われる門扉が活用された。
門扉は門枠と扉で構成される建材で、門枠はそれ単体でも設置が可能になっている。門扉はちょうどいい高さと幅があって弾よけ用の城壁としてちょうど良かったのだ。
コストも建築土台と壁を組み合わせて弾よけにするよりも安く済んで経済的。この建築案は建築に精通しているマルボロが提案してくれた。
そのマルボロは現在、ケツァールテイルに乗ってすぐに動ける態勢を取っていた。
「リオンさん、話していたようにアングリーライノによる弾抜きを仕掛けてみようと思うのですが」
「了解です! 気をつけて行ってきてください!」
俺はマルボロに向かって手を振った。これは事前に決めてあった作戦だ。アングリーライノには貫通属性武器に強いという特性がある。その特性を利用してマシンタレットの弾をアングリーライノにライフで受けてもらうのである。
この手法ならプレイヤーが即死するような銃弾も無駄撃ちさせることができるし、無駄打ちの結果マシンタレットの残弾が空になればケツァールテイルで敵地に乗り込むこともできる。
弾抜きを担うアングリーライノにはFOBの建設を終えたTakaがそのまま向かった。
「上手くいくかな~?」
かなこ♪は不安げに作戦の様子を見守っている。俺も弾抜きなんていうゲームの仕様の穴を突くような作戦が成功するかどうかは半信半疑だ。しかし、マシンタレットというぶっ壊れアイテムを攻略するにあたって他に術がないのもたしかだった。
マルボロが操縦するケツァールテイルは、Takaの乗るアングリーライノを掴んで飛翔した。
初期島と離れ小島の間を通る海峡は狭い。ケツァールテイルは海面すれすれを滑空するように飛び、離れ小島の手前でアングリーライノを離した。
ザブン! と、水飛沫を上げてアングリーライノが着水する。
とりあえず運搬は成功だ。あとはここからマシンタレットの射程圏内までアングリーライノが近づけるかに懸かっている。
いまのところロンの拠点に動きはない。おそらく俺たちが襲撃に来ているのに気づいていないのだろう。ロンがこちらの襲撃に気づくとすれば、アングリーライノが射程圏内に入ってからだ。
犬かきの要領で泳ぐアングリーライノに反応して、離れ小島の斜面に設置されていたマシンタレットが首を下に振った。
赤いランプが灯り、射撃が開始される。望遠鏡を覗くと、アングリーライノからポリゴンが弾けるのが見て取れた。弾抜きはしっかり進行している。あとはいかに素早く弾を抜ききれるかだ。
俺は運搬を終えて戻ってきたマルボロに向かって叫んだ。
「マルボロさん、第二陣お願いします!」
「了解です!」
今度は工場長の乗ったアングリーライノがケツァールテイルに掴まれて宙に浮いた。
そう、俺たちはアングリーライノを三頭連れてきている。つまり、弾抜きは三頭のアングリーライノで同時並行に進める作戦なのだ。こうすることで一頭それぞれの被弾を減らすことができ、またより多くの弾を消費させられる。
工場長の乗るアングリーライノはTakaの乗るアングリーライノの数メートル隣に着水した。続いて、ゲンジの乗るアングリーライノも運び出されていく。
FOBに残されたメンバーはひとまずその様子を静かに見ている。
そんな中、フューネスはハンティングライフルを構えながら言った。
「このままあっさり攻略完了、とはいかないよね」
「まあ……そうだな。マシンタレットが射撃を開始すれば音ですぐに攻撃がバレる。襲撃に気づけば、ロンのほうもすぐに手を打ってくると思う」
案の定、ロンの拠点からはマシンタレットの射撃音に呼び寄せられるようにプレイヤーが現れた。射撃を開始したマシンタレットが何を撃っているのかはすぐにバレただろう。二人、三人とプレイヤーが射撃中のマシンタレットの元に走っていき、弾抜きを阻止するためかマシンタレットの射撃を一時停止させた。
射撃が中断されたことで、Takaたち弾抜きチームも異変に気づいた。Takaたちはインベントリからロケランを取り出し、マシンタレットに向かって弾を発射した。
「これが通れば第一段階クリアだ」
マシンタレットを停止したなら、そのマシンタレットは完全に無力だ。ロケランを使えば容易に破壊することができる。
しかし――やはりと言うべきか、そう簡単に破壊できるものではなかった。
ロケランは白煙を吹きながら直進していったが、中空で爆発してしまったのだ。
「ダメかぁ……」
ため息が漏れる。どうやら停止したマシンタレットよりもさらに上方に位置する活動中のマシンタレットがロケランの弾を撃墜してしまったらしい。
もっと接近しないとマシンタレットの破壊は難しそうだ。
「狙撃組のみんなはマシンタレットのそばにいる連中を狙撃してくれ」
「オーケー」
「はいよ~」
俺の指示にフューネス、かなこ♪、三姉弟の五名が頷いた。
これからアングリーライノはさらに距離を詰めなければならない。そのためには妨害してくるだろうロンのメンバーを逐一倒していく必要がある。
海峡には銃声が響き始めた。初期島と離れ小島の距離はおよそ百メートルほど。風の影響もあって狙撃の難易度は高い。
だが、それでもさすが腕に覚えのある五人。みんな敵を次々とヘッドショットで倒していき、ギルドログにはロンのメンバーを倒したことを知らせるキルログが流れ始めた。
一方で、敵陣からアングリーライノまでの距離は五十メートルを切っている。敵も遅れて狙撃を開始し、アングリーライノに乗っているメンバーたちが狙われ始めた。
「タカさんたちマズくない!?」
「ああ、わかってる……!」
状況が悪いのは把握しているけど、アングリーライノがいるのはマシンタレットの弾丸降り注ぐ危険地帯。何か手を打つにも距離の関係でタイムラグが生まれてしまう。こうなったら、ケツァールテイルで狙撃組を寄せて援護を厚くするべきだろうか。
「マルボロさん、みんなを乗せて接近しましょう。そうすればタカさんたちが死んでもケツァールテイルのベッドでリスポーンできるし、こっちの狙撃も当てやすくなります」
「わかりました。みなさん急いで乗ってください」
「乗り込めー!」
「急げ急げ!」
次々とメンバーがケツァールテイルに乗り込んでいく。全員が乗り込むと、ケツァールテイルは前線へと飛んだ。
すると当然、敵もケツァールテイルの重要性には気づいているのか狙撃の対象をこちらに向けてきた。狙撃戦は長距離から中距離へと場を移し、さらに熱を増していく。
「うわっ!?」
隣でうつ伏せの姿勢で狙撃をしていた†刹那†がキルされた。†刹那†の死体がポリゴンになって消え去ると、俺は後に残った死体袋から武器を回収してアイテムボックスに収納した。
少々手間だけど、こうしておかないと死体袋が海にずり落ちて武器の回収が不可能になる恐れがあるのだ。
リスポーンした†刹那†はアイテムボックスから武器を回収して狙撃を再開する。まさしくゾンビアタックのような様相になってきた。
「きゃあっ!? めっちゃ撃たれるやん!?」
「さすがに相手も必死だね」
フューネスは肩を竦めながら、落ち着いた様子で弾丸を再装填する。
俺たちもかなりの人数だが、相手も相当多い。十人はいないだろうけれど、見えているだけで五、六人はいる。しかし、ここまで来たら行けるところまで、攻めれるところまで突き抜けたい。
と、そのまま銃撃戦を維持する構えの俺たちだったが、ロンはついに最大戦力を投入してきた。
「なんや敵のケツァールテイル出てきとるで!」
†刹那†は頭上を指差して言った。釣られて見上げると、そこにはこちらと同様に完全武装のケツァールテイルが飛んでいた。
ついにケツァールテイル同士のガンファイトが来たか……!
ケツァールテイルを所有するギルド同士。マシンタレット持ちのケツァールテイルをぶつけ合う戦闘が起きることは予見していた。
空中でのドッグファイトに打ち勝つため、いま俺たちが乗っているケツァールテイルは体力にステータスを全振りしている。
――その体力量およそ1万。
ケツァールテイルは貫通属性の武器に弱いモンスターだが、1万も体力があればマシンタレットを多少食らっても持ちこたえることができる。同条件でぶつかれば、勝つのは俺たちのほうだ。
「みんな、一旦建築内に避難!」
ドッグファイトによるマシンタレットの撃ち合いに巻き込まれるのを避けるため、マルボロ以外の全員が発電機を格納している背部建築に避難した。
操縦者であるマルボロの席は事前に銃撃戦に備えて補強済みだ。よって、あとは敵との距離を詰めるだけ……だったのだが。
「リオンさん、相手の狙いはドッグファイトではありません!」
マルボロの声が響いた。どういうことだと外に出てみると、マルボロの言わんとしていることがすぐにわかった。
「狙いはアングリーライノかよ!」
てっきりケツァールテイル同士による戦闘が起こるのかと思ったが、ロンは俺たちのアングリーライノを攫う方向で作戦を組み立てていた。
ケツァールテイルには目もくれず、敵は急降下していくとアングリーライノを掴んで持ち上げた。
「だ、脱出します!」
掴まれたアングリーライノに乗っていたTakaは、アングリーライノを乗り捨てて海に飛び込んだ。
掴まれたアングリーライノは、高高度の上空へと連れ去られ――自由落下の末にポリゴンとなって爆ぜた。
「マズイな……マルボロさん、アングリーライノを一頭だけでも回収して一旦退きましょう!」
「了解です!」
マルボロはケツァールテイルを器用に操縦して、海面を漂っていた工場長の乗るアングリーライノを回収して陸地に向けて反転した。
その背後では二頭目のアングリーライノが上空へと連れ去られている。これで三頭連れてきたアングリーライノのうちの二頭を失ってしまった。
くそ、想定できた事態のはずだった。これは完全に誤算だ……そうか、プレイヤーを落下死させられるように、モンスターも同じようにキルできてしまうのか。
反省すべき点はいくつもある。しかし、悔やんでばかりもいられない。
FOBに戻ると、マルボロはケツァールテイルに肉を食わせ始めた。
「だいぶ被弾したので体力を回復させますね」
「お願いします」
モンスターは食料を消費することで体力を僅かながら回復させられる。
しかし、回復が必要なほどダメージを負っていたのか……さすがに体力オバケのケツァールテイルでもあの銃火の中を飛び回るのはキツかったか。
気になってステータスを開いてみると、ケツァールテイルの体力は五千を割っていた。予想以上のダメージ量だ。あのまま無理にドッグファイトを仕掛けていたら、まず間違いなくケツァールテイルも失っていた。
「さて、どうしたもんか……」
腕を組んで唸る。
ロンの拠点のほうを見ると、完全な警戒状態でマウンテンコンドルやケツァールテイルが複数飛び回っていた。これでは攻めるにも手がない。アングリーライノは残り一頭。しかも体力はギリギリで再投入は無理。
状況は誰の目にも明らかだった。
マルボロは言いづらそうに目を伏せながら言った。
「一度退却するしかないでしょうね……あの要塞を崩すには、別の方法を取る必要がありそうです」
「そうっすね……とりあえず今回は撤退して、今日残りの時間で明日の再攻撃に向けての資材を集めましょう」
こうしてロンとの本格的な戦争の第一戦は痛み分けという結果になった。
俺たちはアングリーライノを二頭失い、相手は相当な量のマシンタレットの弾を消費した。お互いを消し去ろうという戦いの割には、両者被害は意外なくらい小さかった。




