ログアウト -11-
昼休みのバスケの集いに、太田は先週の予告通り新メンバーを連れてきた。
「紹介するぜ。こいつがバスケ部の秘密兵器、ベトナム人留学生のグエン君だ!」
「おおー!」
「よろしくな!」
体育館にぞろぞろと人数が揃ってきたタイミングでの紹介だったので、みんなはグエンを暖かく迎えるちょっとオーバーなくらいうるさい拍手をした。
いかにもなバスケットプレイヤーだなぁ……。
秘密兵器と呼ばれるだけあって、対面した彼の背はこの場にいる全員の中で一番高かった。顔は東南アジアの人に多い瞳がくりっとした愛嬌のある雰囲気で、耳周りを刈り上げたツーブロックの髪形はしゅっとしていて痩せ気味の体型と合わせてさっぱりとした印象がある。
グエンは少し緊張しているのか、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべながらも視線をあちこちに向けていた。俺はその表情に気付くと、すぐにグエンに近づいて片手を差し出した。
「よろしくお願いします。俺は赤沢凛音といいます。これから仲良くしましょう」
「おいおいなんだよ赤沢、やけに他人行儀じゃん」
太田は俺の挨拶が気に食わなかったのか口を尖らせた。
「いやいや、日本語が聞き取りやすいように気を遣ってるんだよ」
日本語に慣れていない外国人は、あんまり早口で喋られたりスラングを多用されたりすると相手の意図が理解できないことが多い。俺も日本に来た当初はテキストで理解できていた言葉でさえ緊張と焦りで聞き逃してしまって苦労した。グエンもあの頃の俺と同じだと思ったから、そこら辺に配慮した丁寧語で話したのだ。
俺の言葉を太田は鼻で笑い、グエンの肩に手を置いた。
「ふん、それなら心配いらねーよ」
「平気。日本語、大丈夫です」
「え……普通に日本語喋れるのか?」
「まあな、グエンは頭が良いんだよ。成績もクラスでトップクラスだしな。どうだすげーだろ?」
太田は自分の自慢話を語るように胸を張った。内心で「お前もグエンを見習って勉強頑張れよ……」と呆れていると、グエンは少し緊張が解けたのか自然な笑顔で言った。
「まだまだ実力不足。精進あるのみです。赤沢くん、これからよろしくお願いします」
グエンは俺の差し出した手に握手を返した。握られた手に力を込めながら、俺は改めてグエンを仲間として迎えることにした。
「……ああ、こちらこそ! 俺のことは赤沢って呼び捨てで呼んでくれ。俺たちのバスケは部活よりはカジュアルだけど、決してヌルくはないから覚悟しとけよ」
「期待しています」
不敵に笑ったグエンは、それからほかのみんなとも言葉を交わしていった。
グエンがあんな流暢に日本語を話せるとは驚いた。留学生はその国の成績上位者が選ばれるため、留学先の言語をしっかり習得できている人が多いというのは知っていたけど、グエンほど話せる人はそんなに多くないんじゃないだろうか?
グエンの努力に内心で敬意を払いつつ、ふと俺は昨晩マルボロから聞いた話を思い出した。
『日本で最も多く働いている外国人は2020年代からベトナム人がずっと一番だそうです。東南アジアの人は顔立ちが比較的日本人と似ていますし、リオンさんの想像以上に身の回りにはベトナム人の方がいると思いますよ。私の職場にもベトナム出身の人は多いですしね』
それはつまり、俺も大人になって社会に出れば、ベトナムの人と関わる機会がいまよりも格段に増えるということだ。
これからグエンとは昼休みに毎回顔を合わせることになる。せっかくだからベトナムのことを聞いたり、簡単なベトナム語を習うのも良いかもしれない。
「おいおい! のんびりしてっと昼休み終わっちまうぞ!」
「ってかスコアボードすら出してねーじゃん!」
お互いの自己紹介に時間を使っていたら、いつの間にか昼休みは残り半分くらいになっていた。いつもより短いゲーム時間。しかし、その短時間の中でグエンは秘密兵器と称される実力を遺憾なくみんなに見せつけてくれたのだった。
 




