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孤島オンライン  作者: 西谷夏樹
アイランド・ウォー
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初仕事



 浜辺を飛び立ってすぐのこと。俺は早速マルボロに切り出した。


「あのマルボロさん、俺がログインしていなかった間のことでちょっと訊きたいことがあるんですけど……」


 恐る恐るといった調子で頭上を見上げる。


 俺が訊きたいこと、それはケツァールテイルの三人管理体制がギルドマスター・ギルド副マスターの承認なしにいつの間にかルールに加えられていたことについてだ。


 いかにマルボロとはいえ、一メンバーの立場でほかのギルドメンバー全員の行動を制限するルールを作ってしまうのはやりすぎだと思う。テスト期間でログインできなかった俺たちが悪いと言えば悪いのだけど、注意するにしろ不問にするにしろ、やはり理由を聞いておかないわけにはいかない。


 正直、年上の行動を咎めるのに抵抗を覚える気持ちは強い。おかげで事ここに至るまでの流れは少々……いや、だいぶ性急なものになってしまった。


 マウンテンコンドルの上からマルボロの声が降ってくる。


「ああ……ケツァールテイルの取り決めのことですよね」

「え? は、はい……そうです」


 こちらの内心を見透かしていたかのような返しに一瞬戸惑う。まるで、あらかじめ訊かれる内容がわかっていたみたいだ。


 俺がテンパった反応をしているのを見てか、マルボロは苦笑しながら言った。


「実はいつ訊かれるんだろうかと待っていたんですよ。行きのときに話しても良かったのですが、あのときは急いでいましたから」

「は、はぁ……」


 マルボロはそう言いながらマウンテンコンドルの進路を変えた。この進路だと拠点に戻るのは遠回りになる。少し話す時間を作ろうということだろう。


 ただ、配慮してくれるのはありがたいけれど、思っていたよりも落ち着いた雰囲気のマルボロの対応に違和感を覚えてしまう。これ、マルボロはどういうつもりで訊かれるのを待ってたんだ……?


 疑念を抱えたまま、俺は用意していた言葉を投げた。


「それで訊かせてもらいたいんですけど、ケツァールテイルの運用を三人以上のとき限定にするってルールは、マルボロさんが提案したってことでいいんですよね?」

「はい。私が提案して、その場にいるメンバーの承諾を貰ってルールに加えさせてもらいました」


 かなこ♪に聞いた通りの話だ。ケツァールテイルのルールはマルボロが発起人となって追加されたもの。食い違いらしきところもない。


「なるほど……ギルドの規律を守るためにルールを追加するってのはわかるんですけど、せめて自分がログインできているときに話し合って貰いたかったです。まだ頼りないかもだけど、俺は一応ギルドマスターをやらせてもらっているので……」

「そうですね、そのあたり強引に話を進めたのは申し訳ないと思っています」


 マルボロは普段の人の良さそうな口調で謝った。しかし、それは全面的に非を認めるというよりは、自分の発言を頭の中でまとめるための時間稼ぎ、前置きのようなものに思えた。


 その予想を裏付けるように、マルボロは「しかし」と言って続けた。


「ケツァールテイルの管理については、緊急性を要するものだと判断したからこそ提案させていただいた部分があります。私としても無断でルールの追加をするつもりはなかったのですが、今週の三日間はリオンさんもフューネスさんもいなかったので……」

「それは俺もマズいなとは思ってました。実はリアルで中間試験があってどうしてもログインできなかったんです。ゲームと試験でどっちが大事なんだって感じですけど……すみません」


 痛いところを突かれたなと思う。マルボロがルールの追加を強行したのは、ギルドマスターと副ギルドマスターが二人ともログインしていない期間があったためだ。俺とフューネスがちゃんとログインしてさえいれば、こんな議論はそもそも起こることもなかった。


 マルボロは学校の先生が生徒を諭すような口調で言う。


「いや、いいんですよ。学業を優先するのが当然ですから。私も急ぎの仕事が入れば何日もログイン出来なくなるでしょうし、それはほかの皆さんも一緒です。よほどの廃人ギルドでもない限り、リアル最優先が常識ですよ。ただ今回は、本当に緊急でルールの追加が必要だと思ったので行動させてもらっただけなので」

「知っています。けど、一つだけ確認させてください。ルールを追加したのは、やっぱり刹那と針金のことがあるからですか?」


 最初にこのことは確認しておきたかった。でないと、マルボロがルールを提案した理由がはっきりしない。


 俺の問いに対して、マルボロは僅かばかり沈黙を続けた後に、ため息を吐きながら言った。


「……そうですね。ケツァールテイルのテイムが終わってから、私は刹那くんと針金くんがケツァールテイルを殺してしまうことを危惧していました。別に私は彼らが嫌いとかではないんです。でも、戦闘を好む彼らがケツァールテイルを運用すれば、いずれは無理な戦闘でケツァールテイルを失ってしまう……そんな光景ばかりが思い浮かんでしまって……」


 マルボロの口調はさきほどとは違って、やや憔悴したような色を含んでいた。なにかに急き立てられるような、そんな心に根ざしたような何か。


 俺は心苦しさを覚えながらも、ギルドマスターとしてキツめの口調で話した。


「マルボロさんの言いたいことはわかります。でもケツァールテイルに乗るときは三人以上というルールは、二人をほとんど名指しで批判しているようなもんじゃないですか! あの二人がモンスターを死なせるかもって心配するのは当然ですよ? でも、それ以上にギルメン同士の信頼関係を壊すようなルールを作るのはもっとマズいと思います」

「…………」


 マルボロはすぐには答えなかった。ひたすら静かに、俺の言った言葉を咀嚼しているような沈黙のみが流れる。


 ちょっと言い過ぎただろうか? マルボロがどんな受け止め方をしているか気になるが、マウンテンコンドルに吊り下げられた現状ではマルボロの顔色を窺うこともできない。


 まさか怒って俺を空から落とすなんてことはしないだろう。普段俺はマルボロに対して繊細で優しい人という印象を持っている。しかし、やはりゲーム内ではどこまでが演技でどこからが本心かというのは計りづらい。


 俺の思っている以上にマルボロの中の不満が大きいことも十分あり得る。


 それからただ時間だけが流れ……そろそろこちらがしびれを切らしそうになった頃に、マルボロは独り言のような調子で言った。


「私の家では長いこと犬を飼ってたんです」

「はい……? 犬、ですか?」


 突然の話題転換に思考が付いていけないまま問い返す。


「はい。黒毛のレトリーバーです。瞳も真っ黒なので名前はクロと名付けました。すごく懐いていていつも一緒にいたんですよ。あ、当時からゲームはやっていたんですけど、その頃はタバコ休憩ではなくクロの散歩のためにしょっちゅう離席していました」

「はは……いまと変わらないっすね」


 タバコ休憩ならぬ犬休憩か。話の方向性は謎だけど、少し笑ってしまった。


「リオンさんはペットは飼っていませんか?」

「ペットですか……ウチは飼えないんですよね。アレルギーとかはないんですけど、マンションがペット禁止で。飼ったことがあるのはせいぜい夏祭りで貰った金魚くらいかなぁ」

「そうなんですか。じゃあ犬とかはちょっと怖いと思うかもしれませんね。でも実際飼ってみると顔を見るだけで考えていることがわかったり、向こうもこっちの気持ちを察してくれたり……犬のコミュニケーション能力に感動すると思いますよ」


 マルボロは犬の良さを次々と語った。話に相槌を打ちつつも、俺はマルボロのペットへの愛着はすごいなと感心していた。


 学校でもペットを溺愛しているやつはたまにいる。でも、マルボロほどの情熱を見せられたことはない。それに最近はVRPET(バーチャルペット)と呼ばれる疑似ペットが登場していて、都心部を中心に急速に人気が高まっていると聞く。


「いまも犬は飼っているんですか?」

「飼ってません。やはり社会人で独り身となるとなかなか難しくて……結婚して家族でもできれば別なんですが」


 そう言うマルボロは少し恥ずかしそうだ。


「そういえばマルボロさんって何歳なんですか? 勝手に三十代って思ってたんですけど」

「27ですよ」

「えっ!? 声が老けすぎでは……あ、失礼すぎました」

「構いませんよ。よく言われますし」


 想像以上に若くてビックリした。いや、27歳でも俺よりは十歳上なんだけど……。


 マルボロはリラックスした様子で力なく言った。


「……私がルールを提案したのは完全に突発的な行動でした。刹那くんと針金くんが二人でケツァールテイルに乗って飛んでいこうとしたのを見て、不意にこれはダメだと思ってしまったんですよ。実際、ルールを作ったことに深い理由はありません。ただ……もしかしたら、無意識にクロとケツァールテイルを重ねて見ていた部分があったのかもしれませんねぇ……」


 自分自身を省みるような言葉には、マルボロの本心が明け透けに見て取れた。――ゲーム内のモンスターに愛着を持ち過ぎてしまうのは誰にでも起こることだと思う。


 なんせコスニアのモンスターに使われているAIは、市販されているVRPETのAIと比べても技術的に見劣りしないほど高度なものだ。昔ペットを飼っていた人なら、なおさらモンスターに愛着を持ってしまうのは自然なことだし、本物のペットのように大事にしてしまうのも仕方がない。


 俺はマルボロの気持ちにはある程度共感することができた。だが、それはそれ、これはこれだ。ギルドルールとしては、ケツァールテイルの管理はあまり厳重にルール付けしたくない。


「マルボロさんの気持ちはわかりました。俺もケツァールテイルは大事です。ただ、やっぱりギルドメンバー同士の信頼関係を損なったり、ギスギスするのは良くないと思うのでルールは消去ということでいいですかね?」

「はい……そうですね。それでいいと思います」


 承諾はとれたものの、口調からは不安が拭えないのが伝わってくる。


 マルボロはケツァールテイルが死んでしまうのを何より恐れている。それは、ケツァールテイルがギルドに一頭しかいないことに起因している気がする。


 やはり、2頭から1頭に減るのと1頭から0頭になるのとでは心理的に与える影響が大きく違う。少しでもマルボロを安心させたいなら、二頭目のケツァールテイルは早めにテイムしたい。


 俺はマルボロを励ますように努めて明るく言った。


「そんな気落ちしないでください。ケツァールテイルは休日中にもう一頭テイムしましょう。それでオスとメスが揃えば交配ができるようになるし、そうなれば少しは安心できるんじゃないですか?」

「おお、もう一頭……それに交配ですか。そういえばそんなシステムもありましたね……なるほど、良いと思います!」


 マルボロの声はいくらか明るくなった。そんなマルボロの変化に、俺は内心で少しだけほっとした。


 ギルド内で重要な役割を担っているマルボロには、俺としても楽しく安心してコスニアをプレイして欲しい。今回のことで、俺はギルドマスターとして初めて仕事らしい仕事が出来たような気がした。


 マルボロはすっかり気持ちが前向きになったようで、半ば独り言のように呟いた。


「交配となると、もっとモンスター小屋が必要になりますね。帰ったら早速建材の調達をしなければ」

「建築は引き続きお任せしますね」

「はい。まあ建物の設計はリアルでの本職なので任せてください」

「あ、リアルの職場もガチの建築関係なんですか?」

「そうですよ。でも皆さんには言わないでくださいね。ゲームとリアルじゃ完全に別物ですし、変に期待を持たれると逆にプレッシャーなので」

「ははは、了解っす」


 建築の仕事をしているのにゲーム内でも建築が好きというのは羨ましいことだと思う。よく趣味を仕事にするのは良くないと言うけれど、マルボロにとっては仕事も趣味の延長線上にあるものなのかもしれない。


 マルボロはこれで話は終わったと判断したのか、マウンテンコンドルの進路を拠点へと向けた。


「さて、忙しくなりますね。追加のモンスター小屋はすぐ建築出来ると思います。問題は建てた拠点を守るためのマシンタレットとマシンタレットの弾のほうですね。これが全然足りません。個人的にはマシンタレットは百台、弾は最低でも一万発は確保したいところですが」

「一万発ってエグくないですか……?」


 想像するだけでも大変すぎる。


 本拠点建築のときは木材や石材といった基本素材を数だけ揃えれば良かった。しかし、弾薬生産は基本素材を塩硝やら木炭やらに加工せねばならず、必要な手順が無駄に多い。


 こうなると本拠点建築のときとは一万という数字の持つ意味合いが大きく違ってくる。


 その点はマルボロも認識しているのか、やれやれと溜息を吐いた。


「ケツァールテイルがテイム出来たのだから、もっと効率的な採取方法が見つかっても良さそうなんですけどねぇ……」

「まあ、現状はとにかく地道に資材集めに精を出すしかないっすね」


 ケツァールテイルはほかのモンスターと比べると重量の数値が飛び抜けている。この優秀な運搬能力を最大限に発揮する何か良いアイテアがあれば産業革命が起きるかもしれないのだけど……こればかりはメンバー各自のひらめきを待つしかない。


「そういえば交配ってどうだったんですか? 昨日なにやら騒いでいたのは見ていたのですが、最後までは見届けていなくて」

「どうですかね~。グランドバードの交配から孵化、成獣までの世話を一通りやってみたんですけど、正直、時間と手間ばかり掛かってコスパは微妙かなと思ったり……」

「そうですか。ちなみにグランドバードのステータスはどうでしたか?」

「あ、それは見てなかったっすね」


 時間効率ばかりを気にしていて、グランドバードのステータスについてはまったくノーマークだった。


 でもまあ、グランドバードのステータスなんてちょっと上下したところで大した影響はなさそうなもんだけどな。


 ステータスを軽視する俺とは対照的に、マルボロは興味深そうに唸った。


「ふうむ、それはもしかするかもしれませんね。実は私たまーに競馬をやるんですが、そちらの界隈だと血統が重要なんですよ。脚質、馬場適正は親の遺伝が反映されやすいですから」

「へ、へえ……」


 熱心に語ってくれているけれど、競馬をまったく知らない俺には用語が意味不明だった。マルボロは初心者には難しい話だと悟ったのか、苦笑しながら言った。


「競馬用語でよく種馬とか種付けとか言うじゃないですか、どこの馬がどの馬に種付けするのに一回数千万円掛かるみたいな話もあって面白いですよ」

「え、種付けだけで一千万ですか!?」


 馬同士をアレさせるだけなのに、そんなにお金が動くだなんて凄い世界だな。案外、交配というのは俺が思う以上に奥が深いのかもしれない。


「驚きですよね。まあ、交配関係はリオンさんたちが頑張ってください。なんだかリオンさんモテモテみたいですし、私やほかのメンバーは関わらないほうがいいですよね?」

「えっ、別にそういうのじゃないっすよ。気にしないでください」

「でもリオンさん、今週二人一緒に休んでいたのを見るにフューネスさんとは同じ学校なんじゃないですか?」

「まあ……それはそうですけど。でも、それは後から発覚したことなんですよ」


 マルボロには俺とフューネスがリアフレであることは話していないはずだけど、いつの間にか普通にバレていたらしい。


 この辺の話はかなこ♪に突っ込まれてもう懲り懲りなんだけどな……。


 話題を変えようにもマルボロは俺とフューネスの関係に興味があるのか次々と質問を投げかけた。結局、俺は拠点に戻るまでずっと同じ話題で虐められ続けるのだった。



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