爆破実験
「この二日間、私はずっとPvPで使える兵器がないかと検証を繰り返していました」
先を歩いているマルボロはどこか誇らしげに言った。
「兵器だなんて、なんか物騒な響きっすね」
「まあ否定はしませんよ。でも、コスニアのメインコンテンツがPvPであることはたしかですからね。先日の襲撃の件もありますし、やれること、試せることは全部やっていかないと」
砂浜に到着すると、そこには砂場のお城のようにちょこんと建てられた一マス四方の石拠点があった。
「あれは?」
「リオンさんがログインしたらすぐに兵器の実演ができるようにと建てておいた標的です。これからあれを新兵器で攻撃するので、どうぞ威力をご覧ください」
言いながら、マルボロはインベントリから筒状の何かを取り出した。
筒は表面の光沢から鉄製であることが窺える。先端にはドングリに似た形の黒い塊が取り付けられていて、射出機能があることが見て取れた。
筒を肩に担いだマルボロは、片眼鏡の位置を正しながらこちらを振り向いた。
獣皮の服を着た紳士風の男が兵器を担ぐ姿はいろいろ混ざり過ぎてアンバランスすぎたが、その部分への突っ込みは引っ込めて、俺は筒を指差した。
「それってまさか……」
「お察しの通り、ロケットランチャーですよ。タカさん曰く、デザインモデルはパンツァーファウストという実在のロケットランチャーらしいですね。まあ、ゲーム内ではただロケットランチャーと記載があるだけですが」
「いや、なんか武器の進化具合が早すぎでは!?」
「はは、そうですか?」
マルボロは俺の反応を見て面白そうに笑った。
俺だってロンがグレネードを使っていたから、時代的に進化した武器が出てくるんだろうなとは予想していた。しかし、それでもせいぜいが火縄銃くらいのローテク武器だと思っていたのだ。
それがまさかロケットランチャーだなんて。旧石器時代から一気に時代が加速しすぎだろ……。
「サバイバル系のゲームでは、ロケランというのは人気の定番武器のようですよ。私が調べた限りでは、これが作れるようになってからがPvPの本番だとか」
「コスニアもその辺のサバイバル系文化を踏襲しているってことですか……」
「でしょうね。どうです?試し撃ちしてみますか?」
「いいんですか?」
「そのために用意しましたから」
「じゃあお言葉に甘えて」
マルボロからロケランを受け取り、肩に担いで照準器に目を当てる。
こういう武器の使用は別ゲーで多少心得ている。特にロケランの使用機会が多かったのはゾンビをプレイヤー同士で協力して倒すシューターゲームだ。
そういったPvP無しのcoop(協力)要素の強いゲームは、下手くそでも楽しめるし、他人と競わなくていいからマイペースに遊べて嫌いじゃない。
ただ、ロケランは競技性を重視するゲームではあまり見ない武器かもしれない。というのも、爆発物系のアイテムは狙いを定める能力があまり求められないし、使われた側は理不尽さを感じることが多い。そういう悪い意味での大雑把さが競技性と喧嘩してしまうのだと思う。
「じゃ、撃ちますよ?」
「どうぞ」
見られていることに僅かばかりの緊張を覚えながら、ロケランのトリガーを引いた。
直後、炭酸飲料を思いきり振って開けたときのような発砲音が鳴り、弾頭が火を吹きながら飛んでいった。反動はほとんどない。撃ち出された弾頭は線を引くように石拠点へと突き刺さり、大爆発を起こした。
「うおぉぉぁ……」
あまりの迫力に変な声が出た。フルダイブVRゲーム特有の臨場感のある爆発演出は何度体験しても血が滾る。
「気分がスッキリするでしょう?」
「しますします」
二度三度と頷く。
ロケランを食らった石拠点は一撃で消し飛ぶようなことはなかったものの、壁の表面が弾け飛ぶなど重めのダメージ描写がされていた。おそらくあと一、二発もロケランを撃てば完全に崩壊してしまうだろう。
やっぱ派手な武器は良い。いままでコスニアではなんていうか、割と泥臭い戦闘が多かったからなぁ……。
「もう一発撃ってみます?」
「いいんですか?」
「ええ、工場長さんに資材はいくらでも使っていいと許可は貰ってますから」
「うん?工場長さんに許可って……もしかして、この弾頭って」
「工場長さんから提供いただきました。テスト終わりのお祝いだそうですよ」
マルボロは軽い調子で言っている。お祝いの祝砲ってことか。だが、問題はそこじゃない。
「や、そうじゃなくて、いやまあお祝いは嬉しいんですけど……ロケランの素材ってどのくらい掛かっているんですか?」
「えーと、本体は鉄120、電子部品20、水晶20。弾頭は鉄20、火薬50、水晶10、電子部品5ですね。本体は20発撃ったら耐久値がなくなるので、その都度修理が必要……って具合でしょうか」
「あの、いままでに聞いたことのない素材が混ざってません?」
「はい。拠点の周りにいろいろと見慣れない建物があったのを見ましたよね?いま言った新素材はあれらの施設で作ったんですよ」
なるほど、マルボロがログインしてすぐに俺を連れ出したのはそういうことか。こりゃ腰を据えて話を聞かないといけなさそうだ。
俺はさきほどのマルボロの言葉を思い出しながら言った。
「ええと、新しい素材ってたしか……なんでしたっけ?」
「火薬と電子部品ですね。どちらも作成までには骨が折れましたよ。素材の入手方法を見つけるのに国内外の情報サイトを探し回りましたから」
「はは……お疲れ様です。それじゃ聞かせてください。どうやって作るのか」
「もちろんです」
そうしてマルボロは火薬と電子部品の作成方法を教えてくれた。
火薬の作成に必要なものは炭・塩硝・硫黄。
炭は木材を加工することで入手できる素材アイテムで、加工のためには炭焼き場という施設が必要らしい。炭が木材から作られるというのは知識として知っていたから、これはすぐにイメージして飲み込めた。
ただし、次の塩硝についてはちょっと理解するのが難しかった。
塩硝は繊維とモンスターの糞を『発酵』させることで入手できる素材アイテムで、作成には発酵させるための倍養場という施設が必要になる。俺はモンスターのウンコを発酵させるという意味不明さが頭に引っ掛かって、いまいちどういうことか理解できなかった。
まあ、とりあえず繊維とウンコで塩硝が手に入るのは覚えた。ちなみに塩硝は硝石の代用品らしく、硝石自体は場所によっては鉄鉱石のように直接採取できるだろうとのことだ。
最後の硫黄はシンプルだった。硫黄は分類としては鉄鉱石と同じらしく、火山性の山で露天掘りすれば簡単に手に入るらしい。ただ、俺たちの初期島では内陸中央の山から僅かに採取できるだけであまり豊富には採れない。
マルボロが調査した範囲では、近隣で硫黄が豊富に採取できる場所はトド島だけだったそうだ。なんとトド島に存在する岩石はほとんどが硫黄を含んでいるらしい。輸送は大変だが、爆薬を大量生産するにはいずれはトド島・初期島間で輸送路を形成する必要があるとマルボロは言った。
「なるほど……爆薬作りはかなり大変なんですね。電子部品のほうももしかして作るのキツい感じですか?」
「いえ、電子部品は火薬に比べると作り方自体は簡単ですよ」
その発言の通り、電子部品はまだマシな作成工程だった。
必要な素材はケイ石、皮、ケラチン、灰。
この中で初めて聞くのはケイ石という素材だけれど、これは川辺の石をピッケルで砕けば簡単に手に入るらしい。皮やケラチンはモンスターを狩っていれば自然と手に入るし、灰も鉄鉱石を精錬する際の焼けカスを大量にストックしてあった。
火薬と電子部品に共通しているのは、作成の過程で化学作業台という加工機械が必要になること。まあ、これは鉄製品が作業台での加工を要求するのと同じようなものだと納得した。
「素材アイテム増えすぎだなぁ……頭追いつかないっす」
「実際に作成していればすぐに慣れますよ。それに結局のところ、今後の資材消費では鉄が一番ウェイトを占めるのは間違いないですから」
「鉄ですか……」
細かい素材がいろいろ増えても、鉄さえ集めていれば間違いないと言うなら気持ち的にはラクではある。ギルドマスターとしては全ての素材の管理に精通していなきゃいけないんだろうけど。
マルボロは繰り返し言った。
「うん、やはり最終的には鉄がすべてですよ。いま試してもらったロケランもそうですが、この後紹介するマシンタレットの作成には鉄が大量に必要になります」
「う、これ以上新アイテムの説明は……」
パンクしそうな頭にこれ以上情報を詰め込まれるとマズい。頭を抱える俺に、マルボロは宥めるように言った。
「大丈夫ですよ。マシンタレットは見ればすぐに重要性が伝わると思います」
「へえ……?」
「リオンさんはここでロケランを構えて待っていてください。あ、検証のために一瞬だけギルド抜けますね」
「え、あ、はい……」
自信たっぷりに言うマルボロは、インベントリを開きながら石拠点のほうに歩いて行った。
というか……凄くあっさり言ってたけど、検証のためにギルドを抜けるってどういうことだ?そこまでしないといけない検証ってなんだ?
マルボロの唐突なギルド脱退の意味を考えている間にも、脱退した元メンバーは俺からある程度の距離を取って地面に石の土台を設置し、さらにその上にタル型の装置を置いた。
俺は声が届くように両手でメガホンを作って言った。
「なんですそれ!?」
「発電機です!」
ついに電気まで作れるようになったらしい。まあ、ロケランがあるくらいだから電気の存在自体は違和感ないけどさ……。
マルボロは発電機を操作しつつ、物騒な見た目の装置を設置した。
「あれは……」
鉄製の四脚の上に銃砲が乗せられている。銃砲の中心には軸があり、ガトリング砲のような連射機能があるようだった。そして怖いことに銃砲は発電機に繋がれた途端に真っすぐこちらを向いた。
「う、撃ってこないよな……?」
一瞬身構えるが撃たれる気配はない。ただ、銃身の横で点灯した赤いランプは言葉では形容しがたい圧迫感を俺に向け続けている。
マルボロはたしか俺にマシンタレットとC4を見せると言っていた。つまり、あのガトリング砲みたい装置はマシンタレットってやつなのだろう。
タレットと名前にあるのだから、ニードルタレットの機械バージョンってところか?だとしたらどういう挙動をするのか――
俺が考察している間にマシンタレットの準備が終わったのか、マルボロは手を挙げて言った。
「良いですよ!私に向かってロケランを撃ってください!」
「えっ!?大丈夫なんですか!?」
「大丈夫です!遠慮せずギルドを抜けた裏切り者の私をぶっ飛ばす勢いで!」
「そう言われてもな」
検証のために一瞬抜けるだけって聞いちゃってるし。
でもせっかくなので、悪ノリしながら俺はトリガーを引いた。
「この裏切り者がぁっ!」
ロケランの弾頭は白煙を残しながらマルボロに向かって一直線に飛んでいった。
だが、
チュドォォンッ――と、ロケランの弾頭はマルボロに到達することなく、空中で爆発してしまった。
「あれ……?撃ち方ミスったか?」
「オーケーです!」
困惑する俺とは対照的に、マルボロは両手を振りながらこちらに戻ってきた。
「あの、いまのは?」
「マシンタレットの対空射撃ですよ。マシンタレットはニードルタレットが持つ敵対者への攻撃能力に加えて、飛翔物の撃墜能力も兼ね備えているんです」
「え、じゃあいまロケランが途中で爆発したのって……」
「そうです。マシンタレットが弾頭を撃ち落としたんですよ。先日のロンの襲撃ではグレネードが使われたそうですが、グレネードが拠点に投げ込まれたとしても、マシンタレットがあればそれを途中で撃ち落とすことができるんです」
「マジですか」
「マジです」
マルボロにしては珍しい砕けた受け答えに戸惑いながらも、俺はマシンタレットの能力を聞いてその重要性をすぐに理解した。
「これ、めちゃくちゃ量産しないといけないやつですよね?」
「はい。拠点防衛をより強固にするには何十基も作らないといけませんね」
ニードルタレットは敵対しているプレイヤーやモンスターを自動攻撃してくれる優れた防衛装置だ。しかし、その威力はさほど高くなく、撃たれたプレイヤーは即死せず地味な継続ダメージを受けるだけ。
一方で、マシンタレットは飛来したロケランの弾頭を撃ち落とすほどの正確性を持っている。しかもおそらく威力も生身のプレイヤーを即死させるレベルで高い。
「念のために確認しますけど、マシンタレットを撃たれたプレイヤーはどうなります?」
「裸だと二、三発で死にますね。装備を着ていてもほとんど変わらないです」
「やっぱり……」
となれば、これ以上の防衛装置はない。問題はマシンタレットの上位互換が存在しないかということ。これまでグレネードからのロケラン、ニードルタレットからのマシンタレットというグレードアップを見せられている。
これ以上の上位互換があるとしたらキリがない。さらなるインフレの恐れがあるなら予め知っておきたい。
「マシンタレットよりも強いタレットってのはあるんですか?」
「ないみたいですよ。今後のアップデートで追加される可能性はありますけど、それも当分先でしょうね」
「なるほど……」
それならある程度は安心して量産体制に入れる。しかし……。
「お、お高いんでしょう?」
俺の問いに、マルボロはニコりと笑って頷いた。
「もちろんです。一基作るのに鉄300、電子部品200は掛かりますね。さらに弾薬が一発あたり鉄3火薬10となっております」
「うわぁ」
「まあ、高い物には理由があるということで頑張りましょう」
「そうですね……ちなみに、マシンタレットともう一つ新兵器があるって言ってましたよね?」
「C4のことですね。そちらはただの設置型爆弾なので実演は割愛します。簡単に言えば遠隔起爆できる爆弾ですよ。ロケランと比べるとコスパはこっちのほうがいいですね」
「了解っす……」
うーん、いろいろと理解はできたけど、なんか大変なことになってきたなぁ。
「さすがに一度に全部頭に入れるのは疲れたでしょう。お付き合いいだたきありがとうございました。二日間で作った兵器はこれで全部です」
「わかりました。んじゃ、とりあえず拠点戻りますかぁ」
「あ、その前にギルドに再加入させてもらえますか?」
「はは、それ忘れてたらニードルタレットでハチの巣ですもんね」
マルボロをギルドに再加入させて、俺たちは一度拠点に戻ることにした。




