やられて覚えてやり返す
作戦をみんなに伝えてから一分と経たずに、ロンのメンバーは俺たちが全員昏倒しているかをたしかめるために戻ってきた。
「Rốt cuộc, họ dường như không nhận thức được sức mạnh của cây gậy.」
「Tôi sẽ lấy đi thiết bị」
バレないでくれよ……。
心の中で静かに呟く。
すぐそばに敵の気配があるこの状況で、俺たち4人は完全に無防備な姿を晒していた。4人が4人とも地面に這いつくばり、昏倒しているかのように振る舞っている。
みんなに伝えた作戦は至ってシンプルだ。それは、敵の意表を突くための死んだふり。ならぬ失神したふり。
正直、敵を騙す手段としてはあまりにも原始的な方法だと思う。
でも、ロンのメンバーを勝負の土俵に上げるには、これ以外の作戦が思いつかなかったのもたしかだった。俺たちが万全の状態で待ち構えているのを見たら、既にデスペナルティが複数回累積しているロンのメンバーは退却を選択してしまう。
そうさせないためにはこちらが全員昏倒していると見せかけて、勝利の錯覚を与える必要があった。
「Bây giờ chúng ta hãy xem những gì họ có」
「hiểu」
ロンのメンバーは俺たちが昏倒していると信じ切っているのか、暢気に笑いながら近づいてきた。声の調子だけで油断しているのがわかる。彼らはこちらの狸寝入りに気づいていない。
そりゃ気づけないって……!
俺は内心で作戦が上手くいっていることに興奮していた。ロンのメンバーが俺たちの昏倒を確認する手段は、俺たちの身体に触れてステータスを開くこと以外に存在しない。
殺してもいい条件なら矢を放って反応を見ると言う策もあったのだろうけど、彼らは俺たちを生け捕りにする選択をした。昏倒を確認するためには近づくほかないのだ。
ロンのメンバーは四人。そのうち二人の足音が俺たちのそばを通り過ぎていき、残りの足音が至近距離で止まった。
敵の息遣いが耳元にまで迫り緊張感が漲る。だがまだだ……相手がステータスにアクセスした瞬間、そこが一番気が緩むとき――ッ!
「いまだ!」
身体に触れられたと同時に、俺は跳ね起きざまに棍棒を振り上げた。この棍棒は倒したロンのメンバーの死体から回収したもの。確定で不意打ちができるなら、槍よりも断然こっちだよな!
「gì! ??」
「悪いな、素直に寝ててくれ!」
ぎょっとした顔の敵を棍棒で殴りつける。スマッシュヒットした棍棒の威力で、敵は地面をバウンドしながら吹き飛んだ。
やべ、攻撃力振りなのに思い切り殴り過ぎたか?
「……死んだ?」
一瞬キルしてしまったかと思って敵の顔を覗き込む。
「Sức mạnh ngu ngốc…」
敵は一言呟いて力が抜けたように昏倒した。
やっぱり棍棒なら敵を殺さずに無力化できるらしい。しかし思わぬ収穫だな。どうやら攻撃力補正は昏倒攻撃にも乗る。これならどんなに防御や体力にステータスを振っている敵でも一発KOできるんじゃないか?
隣ではimpactとTakaが連携して敵を昏倒させていた。これで二人は倒した。残るは拠点のほうに歩いて行った連中だ。
「Tên khốn này!!」
すぐに騒ぎを聞いた二人が戻ってきた。俺は彼らと対峙しながらも、空に向かって叫んだ。
「フューネス!」
「わかってる!」
遥か上空からフューネスの声が返ってきた。フューネスの乗っているマウンテンコンドルは風音も立てずに無音の急降下をしていた。空中からの襲撃は予想もしていなかったのか、敵は背後を振り返るがまったくの無抵抗のまま身を守る姿勢を取った。
そんな無防備な構えではマウンテンコンドルの鉤爪からは逃げられない。コンドルは一人を掴んで攫い、そのままバッティングフォームの構えをした俺のところに運んできた。
「ホームランって言葉くらいは伝わるよな!?」
あまり吹っ飛ばさないように加減して振り抜く。マウンテンコンドルに掴まれて身動きが取れない敵は、スイングをモロに食らってダウンした。
残るは一人。俺は身体を翻し、両手で棍棒を振りかぶって大きく飛んだ。距離にして十メートル弱。その距離を一気に詰める。敵は俺の見え見えで一直線な攻撃を手に持った棍棒で受け流そうと身構えた。
「うらあ!」
構わず棍棒を打ち下ろす。案の定、渾身の一撃はガードされて弾かれた。
「Kẻ ngốc」
攻撃直後の大きな隙を見て、髭もじゃの顔に不敵な笑みが浮かんだ。そして反撃の棍棒が振り上げられる。しかし、
「Không thể nào điều này xảy ra…」
その身体は動作の途中でふらりと崩れ落ちた。その表情は信じられないものを見たかのように驚愕に染まっていた。
「棍棒による昏睡ダメージは守りを貫通する。最初にお前たちが教えてくれた仕様だよ」
これはロンとの最初の戦闘で気づいたことだった。あのとき、俺は棍棒による攻撃をちゃんと槍で防いだのに昏睡ダメージを受けていた。
もしかしたら俺のことだしちゃんと防いだつもりで防げていなかったんじゃ……と心配していたのだけど、今回ぶっつけ本番でガード越しに敵を昏倒させられたことで確信できた。
『棍棒による昏睡ダメージはガードを貫通する』
この事実が証明されたのだ。マルボロ風に言えば、検証が成功したってところだろうか。
……まあ、ガード成功時と失敗時では受ける昏睡ダメージ量にはいくらか差はあると思う。それについては全部落ち着いたあとで検証してみないとな。
「さーて、どうしてやろうか」
俺は昏倒したプレイヤーを見下ろして呟いた。
ロンの戦術をパクって逆に全員昏倒させることには成功した。しかしその後、彼らをどうするかは特に考えてなかったのだ。
隣を見れば、Takaが昏倒したプレイヤーに触れてインベントリにアクセスしていた。
「うわ、こいつらけっこうアイテム持ってますよ」
「お、こっちも見てみよっと」
俺も好奇心に動かされて昏倒させた敵のインベントリを開いた。
【nốt ruồiのインベントリ】
・獣皮の服(頭)x1
・獣皮の服(胴体)x1
・獣皮の服(腕)x1
・獣皮の服(腰)x1
・獣皮の服(脚)x1
・鉄の槍x1
・棍棒x1
・調理されたグランドバードの肉x9
・獣皮の水筒x1
・グレネードx14
・麻酔薬x20
・木材x33
・繊維x49
たしかに装備が大量だ。獣皮の服フルセットが一式と、遠足のお弁当みたいな用意と武器諸々。とりあえず使えそうなものは全部貰っとくか。
俺はアイテムを取捨選択してから、同じく敵のインベントリを物色していた四人に声を掛けた。
「とりあえず必要な持ち物だけ奪って、あとは全部捨てておきましょう。まだ敵がいるかもしれないし、重量はセーブしないと」
フィールドに捨てられたアイテムは10分で消滅する。少しもったいない気もするけど、ロンのメンバーがこれで全員とは限らない。俺たちがフューネスを伏兵として上空待機させていたのと同様に、ロンにも後詰のメンバーが控えている恐れがある。
ほかの南海同盟メンバーが合流できるまでは気を抜けない。
警戒を強化しつつ、それから俺たちはまるでモンスターをテイムするかのごとく敵の昏倒値管理に没頭することになるのだった。




