勝利条件
どうして急に倒れたんだ!?なんで!?
思考はパニック寸前だ。突然の状況変化に頭が付いていかない。それでも俺は唯一自由にできる思考をフル回転させて状況を理解しようと努めた。
考えろ、考えろ、考えろ――。
普段なら逆に悪化してしまうだろう気持ちの落ち着かせ方だった。暗闇で何も見えない状況だからこそ、俺は徐々に自分をコントロールし直すことが出来た。
考えよう……この紫色のゲージはなんだ?さっきまでは三割程度だったはずなのに、いつの間にか満タンになってしまっている。もしかしてさっきの棍棒の一撃でゲージがマックスになった?マックスになっていたとして、どんな効果があるんだ?
思考をゲージに向けていると、久しぶりにゲーム内アナウンスが聞こえてきた。
『昏倒状態になっています。昏睡値ゲージがゼロになるまで行動することができません』
昏倒状態だって?これが昏睡状態なのか……。
モンスターをテイムするときに必要な昏倒状態が、いま俺の身に起きている事象の正体らしい。どうしてこうなったのかの原因は明白だ。それは棍棒による攻撃しかない。
最初に殴られたときはダメージもほぼないし妙な武器だなと思ったけれど、あの棍棒には敵に昏睡効果を付与する特殊効果があったようだ。
てっきり相手を昏睡させる方法は麻酔薬による昏倒以外にないと思っていたけれど、それは大きな間違いだった。常識的に考えて生物を昏倒させる方法なんてのはいくらでもある。例えば酸欠で意識を奪ったり、棍棒のような鈍器で人の頭を殴るとかだ。
それにしてもこの昏倒って状態異常は厄介だな。身体が動かせない以上、昏睡ゲージがなくなるまで何もすることができない。これならただキルされたほうがマシだった。
……ん?
『キルされたほうがマシだった』
自分の中で自然と生まれたその思考が、妙に頭の中で引っ掛かった。なにかおかしい。自分がとんでもない勘違いをしている気がする。
いや、それ以前にだ。そもそもさきほどの戦闘からして、俺はとんでもない勘違いをしていたんじゃないか?
俺はさっきの戦闘は倒すか倒されるか、そういう勝敗ルールに基づいた戦闘だと思っていた。4vs4のチームデスマッチで生き残ったほうが勝ちみたいな単純な戦闘だと。
しかし、敵は俺たちをキルする気で戦っていただろうか?
否だ。それは絶対に違う。敵は俺たちを殺すつもりで戦ってなんていなかった。なんせ棍棒という殺傷能力の低い得物を使っていたのだ。殺し合いをすれば結果は見えていたし、事実そうなった。
はたしてこの戦闘における勝利条件は、敵を殺すことだったのだろうか?
冷静になって考えてみると、敵は最初から俺たちを昏倒させるためだけに近接戦闘を挑んで来ていたように思える。
でなきゃ、わざわざグレネードという優秀な武器を使っての戦いを捨てた意味がわからない。敵はあのままグレネードを投げ続けてこちらの体力が減るのを待っても良かったはずなのだ。
なぜそうしなかったのだろう?昏倒させることに意義があったのか?だとしたらどんな?なぜ?どうしてそんな回りくどい戦い方を選ぶ?
考えれば考えるほど、するすると絡んだ糸をほぐすように答えが見えてくる。一本道のように繋がっていくロジックは、最悪のシナリオを俺に示していた。
――つまり、敵は相手を倒すのではなく、無力化することに意識を向けていたのではないだろうか。
なぜならコスニアでは敵をキルしたとしても、それは単なる一時しのぎに過ぎず、いずれはリスポーンして戦線復帰されてしまう。敵を倒し続ければリスポーン間隔は伸びるが、それはかなり悠長な戦術にしかならない。
だが、棍棒で敵を昏睡状態にすることができればその敵を無力化してさらにリスポーンを封じることができる。これはまさに一石二鳥の戦術だ。
さきほどの戦いを振り返ると、俺たちはたしかに敵を全滅させることができたけれど、俺以外の何人かも数発は棍棒の打撃を受けてしまっていた。あれから敵が一分も掛からずリスポーンして再突撃してくるのだとすれば非常にマズい。ヤバすぎだ。
誰かが起きていてくれれば良いけれど、全員昏倒させられたらゲームセットになってしまう。早くこのことをみんなに知らせないと。
こういうときに便利なのがVRゲームの安全装置機能だ。VRゲームではプレイヤーのアバターが行動不能になったときにも、ログアウトしたり、メッセージが送り合えるように意識のみでのシステム画面の呼び出しが可能になっている。
早速俺はシステム画面を呼び出し、グループチャットからメッセージを送った。
『リオン:昏睡状態にされて動けません。タカさん俺をキルしてください!』
三人がグループチャットを開いてくれるかはわからない。戦闘中だろうし、Takaやmiyabiにはグループチャットに気付かなかった前科もある。それでも俺がこの昏倒状態から手っ取り早く抜け出すには味方の協力が不可欠だ。
死ぬことさえ出来れば、プレイヤーは全快の状態で復活できる。
満腹度や水分といった健康ステータスはリセットされないけれど、いまはとにかく昏倒というバッドステータスを除去するのが先決。
方法はだいぶ荒っぽいが、現状はおそらくこれしか昏倒の解決策はない。自然治癒による回復も選択肢に入らないこともないけれど、時間が掛かり過ぎて間に合わない。
全員が昏倒してしまったら、敵は俺たちに麻酔薬を飲ませるだけで無力化の時間を延長できてしまうのだ。そうなれば四人で状況を覆す手段は失われる。
とにもかくにも速やかな死だ。頼む、誰か俺のメッセージに気付いてくれ……!
チャットを送り、俺は祈るような気持ちでそのときを待った。




