表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤島オンライン  作者: 西谷夏樹
アイランド・ウォー
70/102

槍と棍棒



 森の中に潜んでいる敵を探しながら、俺はimpactに問いかける。


「By the way, Where are the other guild members?(ところで、他のギルドメンバーはどこにいるんだ?)」

「Not here. I think it's going to be a while before everyone comes back.(いない。みんなが帰ってくるのはしばらく先だろうな)」

OK(わかった)


 ほかのメンバーもいればギルド同士での連携が取りやすかったのだけど、こればかりは仕方がない。


 Quartetは教師仲間で繋がっているギルドだ。メンバー全員が社会人な上、職種も同じなのだから全員のログイン時間が偏るのは避けようがない。


 むしろ、偶然impactがログインしてくれていただけでも不幸中の幸いだったと言える。彼がいなかったら、俺たちが援軍に駆けつけることもなく、Quartetは無抵抗のまま壊滅してしまっていた。


 impactはその原始人のように荒々しく伸ばした金髪をオールバックにまとめて、武器も持たずに構えていた俺に自分の持っていた槍を投げて寄越した。


「Hey, You can't fight naked. I'll give you my gear.(おい、裸じゃ戦えないだろ。俺の装備をやるよ)」

「Thank you. But is it okay? You won’t have your own. (ありがとう。でもいいのか?自分の分がないだろ)」

「I still have one spare.(予備はもう一本ある)」


 そう言ってimpactが取り出したのは鉄のつるはしだった。


 おいおい、という顔の俺にimpactは笑顔を見せた。


「Isn’t it better than nothing. (何もないよりはマシだろ?)」

「I agree. (同感だ)」


 釣られて笑ってしまっていると、木の陰からグレネードが飛んできた。


「Fuck you!(クソが!)」


 impactは舌打ちして飛んできたグレネードをつるはしで器用に弾いた。グレネードは跳ね返った先の地面で爆発し、破片を辺りに四散させる。


 impactのimpactのおかげで上手く対処出来たと思ったのに、それでも破片によるダメージが痛い。ただ痛いだけじゃなく破片ダメージは出血効果もあるのか、継続ダメージを発生させた。


「見つけた!」


 上から監視してくれていたmiyabiがグレネードが飛んできた方向に矢を放つ。しかし矢は外れたらしく、木陰にいたプレイヤーは別の暗がりに移動して行った。


 miyabiはさすがに業を煮やしたのか、拠点から降りてこちらにやってきた。その表情には明らかな苛立ちが浮かんでいる。


「だっー、あいつら嫌いだわ」

「だいぶ苦戦してるみたいっすね……」

「森に隠れられてこっちの攻撃は全然当たらないのに、向こうは爆弾で大雑把にダメージ与えてくるとか無理無理」


 miyabiはお手上げのポーズだ。


 たしかにこの環境だと弓矢で敵を狙うのは難しいかもしれない。森の中に作られた拠点は隠密性には優れているけれど、ひとたび攻撃の標的にされたときにはその隠密性を逆利用されてしまう。


 miyabiが降りてきたタイミングでベッドの設置も終わったのか、小屋からTakaが出てきた。


「先輩大丈夫でした?かなり近くでグレネードの音しましたけど」

「大丈夫。あいつら私は無視してサイにばっか投げてたから。まあ、そのサイはもういないみたいだけど」

「そうですか……でリオンさん、どうしますか?」


 Takaは意見を求めるように俺を見た。


「……」


 みんながこちらに到着するまでにはまだ掛かる。だけど状況的に合流はもう待てそうにない。これ以上好き放題される前にすぐ迎撃に移らないと。


「ベッドが設置できたなら俺たちも積極的に攻めに回りましょう。このままじゃみんなが来る前に拠点が破られかねないです」


 四人もいれば時間稼ぎくらいはできる。同じ内容の話をimpactにもしようとしていると、唐突にTakaが叫んだ。


「リオンさん後ろ!?」

「え?」


 Takaに言われて背後を振り返る。そこでは髭もじゃのプレイヤーがちょうど棍棒を俺に向けて振り上げていた。


「うおおっ!?」


 咄嗟に受け身を取る。ガードの上に棍棒を食らい、俺は僅かに怯んだ。


「こいつ!」


 Takaは俺を殴りつけた敵に槍を突き出した。攻撃を受け赤いポリゴンを弾けさせながらも、敵はそのまま素早い動きで下がった。


「リオンさんダメージは!?」

「大丈夫っす。全然削られてはないですけど、これは……」


 HPは削られていないが、俺の視界には紫色のゲージが新たに表示されていた。そのゲージは三割ほど溜まっていて、何らかの特殊攻撃を受けたことを示していた。


 棍棒を持った髭フサフサの敵に目を向ける。


【Vua hiệp sĩ Lv.33】


 日本語でも英語でもない。読めないが見覚えのあるプレイヤーネーム。


 俺の記憶力は高いほうじゃないけれど、この名前の雰囲気は……おそらく俺を初日に襲ってきた奴か、あるいはその仲間で間違いない。


 ギルド名は「Rồng」。


 ローマ字読みでロング……と読めないこともないが、oのところに妙な修飾があるのが気になる。やはり英語とは少々違う言語圏のプレイヤーらしい。


 俺が相手の出身を考えていると、森の影からさらに3人のプレイヤーが姿を現した。


「Không phải nó đang nói về việc ở một mình trong thời gian này sao?」

「Không mong đợi, nhưng chúng ta hãy loại bỏ nó như nó vốn có」


 3人とも似たような言語を使っている。なるほど、全員仲間ってわけだ。さすがに敵もまとまった人数のギルドを組んでいる。


 それにしても4人か……。このくらいの数の敵と向き合っていると、さすがに緊張せざるを得ない。俺は5vs5のシューター系のゲームとかが一番苦手なのだ。


 それにこれは「よーい、どん」で戦闘が始まる対戦ゲームじゃない。相手か俺たち、どちらかが自分たちのタイミングで勝負を始めることができる。


 常に気を張っていないと、いつ敵に取って食われるかわかったもんじゃない。


 敵も会話を続けながら俺たちへの視線は切らないようにしている。互いに睨み合いながら、俺は彼らのアバターへと意識を向けた。それぞれアバターの見た目はバラバラだ。ポニーテールのように後ろ髪を縛っている女。短髪の筋骨隆々の男。小柄で手だけが異様に長い男。


 喋る言葉は違えど、アバターの傾向でなんとなく彼らの好む傾向も見える。さらに彼らの言葉、視線の向かう方向を見れば、髭フサフサの奴がリーダー格なのは明らかだった。


 impactは忌々し気に呟いた。


「Viet cong…(ベトコンが……)」

「ベトコン……?」


 聞き慣れない言葉だが、隣にいたTakaがすぐに反応した。


「南ベトナム解放民族戦線……そうか、あいつらベトナム人なんですよ!」

「え、あの言葉ってベトナム語なんですか?」

「インパクトさんが彼らをベトコンって呼ぶならたぶん……」


 Takaはimpactを横目に見た。これは一応、はっきり確認しておいたほうがいいな。


「Are they Vietnamese?(彼らはベトナム人なのか?)」

「That's right.(そうだ)」


 impactはすぐさま頷いた。


 ……なるほどな。inpactは英語教師だ。俺たちよりは多くの言語に精通しているだろうし、そんなimpactが言うならたしかに彼らはベトナム人プレイヤーなんだろう。


 俺の知り合いにはベトナム出身の人はいない。今日ログアウトしたらベトナムについて調べないとな。国の位置くらいは知っておきたいし、もしかしたら国の位置がテストに出るかも……ってそれはないか。


 そうこうしている間に、Rồng……略してロンのメンバーは棍棒を持ったまま流れるような動きで走り出した。


「来た……!」


 敵の接近に俺は慌てて槍を構えた。


 漫画ではよく聞く話だけど、槍は剣に対してはリーチの差がある分、有利に戦える武器らしい。棍棒相手でどうなるかはわからないけれど、人数では互角だし、リーチの差分を活かしてなんとか対応するしかない。


「Đẩy vào!」


 棍棒を持ったロンのプレイヤーたちは俺たちにそれぞれ棍棒を向けた。俺の顔面にも棍棒が迫り、俺は必死に槍を突き出した。


 突き出された槍は奇跡的に真っすぐ敵の腹部を貫く。突撃してきた敵はそのまま赤色のポリゴンを噴き出しながら消え去ってしまった。


『nốt ruồiをキルしました』


「ワ、ワンパンかよ!?」


 弾けるポリゴンを見ながら、俺はたしかな手ごたえと共に若干拍子抜けしてしまった。


 なんだ、案外俺でも戦えちゃったりするのか!?


 あるいは、いよいよ攻撃力振りの利点が際立ってきたのかもしれない。レベルが30を超えてから目に見えて攻撃力特化の恩恵を感じられるようになったし、この一撃必殺もそういうことかも……。


 なんたって獣皮の鎧を着ている相手を楽々屠れたのだ。これなら多少の人数差があってもステータスのごり押しで状況を変えることもできる。


「Tôi vẫn ở đó!」

「いまのを見てさらに突っ込んでくるのかよ!」


 味方のポリゴンが完全に消え去るのを待たず、miyabiに殴りかかっていた敵プレイヤーが標的を俺に変更して突撃してきた。今度の奴はさっきの俺の素人臭い動きを見ていたからか、槍の軌道を上手に躱して懐まで入ってきた。


「くっ……」


 アッパーカットの要領で棍棒が下から上に振り上げられる。その棍棒の一撃と刺し違えるように俺も槍を突いた。


 交差するように腕を突き出し合う形になった。一瞬の間を置いて、敵の影だけがポリゴンとなって消え去っていく。


『xinh đẹpをキルしました』


「っぶなー……一発良いのを貰ったけど、ダメージは全然だったな」


 感覚的には相打ちだった。しかし、やはり武器の差なのかダメージがほぼ無かった。お互いに槍を装備していたらいまのは一手早かった敵に軍配が上がっていただろうに。


 なんだろうなこのアンバランスさは。グレネードを使ってきて強者オーラを発していた割には、武器があまりにしょぼ過ぎる。このロンってギルドの連中は何を考えているんだ?


 ひとまず敵を捌ききり、俺は一息吐いた。隣を見るとTakaたちも敵を倒し、ほっとした様子でハイタッチを交わしていた。


「It's an easy victory(楽勝だな)」

「イェーイ!はは、どうなるかと思ったけど、あいつら大したことなかったですね」


 Takaはimpactと楽し気にハイタッチを交わして、俺のほうを見た。


「そうっすね。これなら……」


 言いかけて、Takaの姿がぐらりと傾いた――いや、俺の身体が地面に転がっていた。


 そのまま視界は真っ暗になり、みんなの声も聞こえなくなってしまう。身体は麻痺したように動かなくなり、俺は完全に行動不能になってしまった。


 え?なんだ?なにが起きた?


 叫ぼうとしても声も出ない。まるであらゆる感覚器官が仕事を放棄したように言うことを聞いてくれない。


 真っ暗になった視界には、ただ、紫色のゲージが満タンの状態で大きく表示されていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ