和解
「ゲームやってないって言ってたのに」
「すまん、あれは嘘だ」
「……」
「……」
あまりの気まずさのせいか眩暈がする。
改めて目の前にいるのが篠原なのだと思うと、どういう顔して話したらいいのかわからなくなってしまった。
学校にいるときみたいに話すのが正解?それともいままでフューネスに対して話していたような感じがベスト?距離感をどう設定したらいいのか、頭が混乱する。
目の前にいる相手は、姿や名前こそ違えどリアルで面識のある篠原なのだ。いままで別々の人間だと思っていた二人の相手が、実は同一人物だとわかった衝撃がこれほどとは思わなかった。
ぐちゃぐちゃにシェイクされている思考のパニック具合も厄介だけれど、それに加えて言いようのない羞恥心みたいなものもこみ上げてくる。俺がいままでゲーム内でリオンとしてやってきたことの数々は、大体フューネスと共有してきた事柄がほとんどだ。それはつまり、篠原とコスニアでの経験を共有してきたのと同義なわけで……うわっ、冷静に考えると布団を被って逃げてしまいたくなる。
「……」
篠原は顔を真っ赤にして俯いている。篠原がそうなってるってことは、俺も似たような顔をしているに違いない。
どうしたものか……こんな風に一緒にゲームがしたかったわけじゃないんだけど……。
篠原と一緒にゲームをやるのなら、本当はもっと真正面から話し合って、昔のわだかまりを無くしてから遊びたかった。こんな不意打ちのだまし討ちみたいなのは想定していた流れと違う。
しかし、実際に事は起きてしまった。
普段、ゲームなんてやっていませんよ、という体でやってきた俺の裏の顔を篠原に知られてしまったのだ。
篠原――いや、ゲーム内ではやはりフューネスと呼ぶことにする――は、責めるような口調で言った。
「もしかして、赤沢くんはずっと私が篠原だってわかってたの?」
「それは違う!俺はギルドを組んだ頃からずっと篠原とフューネスは別人だって思ってたし、つうか同一人物って発想すらしてなかったんだぜ?いまだって全然信じられないし」
俺は自分の言葉が真実であることを証明するために、フューネスの目を真っすぐ見て言った。フューネスのほうは視線をすぐに逸らしたが、すぐに問いを重ねた。
「それは私もだけど……じゃあ、いつから?」
「と言うと?」
「いつ、私が篠原だってわかったの?」
「そんなんわかりきってるだろ。この間、ニードルタレットの種を採取していたときだよ」
「私なにか言ったっけ?ブラッドサースターのせいで記憶飛んでるから」
そんなにあのヒルがショックだったのかよ。いや、俺もあの寄生モンスターに病気を移されたときは精神的に殺されかけたけど。
「言ったよ。かなこ♪がフューネスのギルド加入理由を知りたがってるって話をしたろ。で、俺の名前がリオンで昔の友達と同じ名前だからとかなんとか……」
うん?改めて思い出すとこれってつまり、篠原は俺と同じ名前のプレイヤーを見かけてつい声を掛けてしまったみたいな話になるよな。
「うわ、あっ……えっと……」
フューネスはあのときの会話を思い出して酷い羞恥心に襲われたのか、上手く声が出せない様子だ。普段のクールな表情とはかけ離れた表情の変化に、俺はつい噴き出した。
「ぶはっ……変な声」
「へ、変な声ってなによ。そっちは確信があって訊いてきたのかもしれないけど、私のほうはまだ受け止めきれてないんだから……余裕がないのよ」
「ああ、それは悪かった。でも……」
笑いを抑えられないのだからしょうがない。たしかに、篠原のほうは俺にリアバレするなんて寝耳に水でパニックになるのは当然のこと。俺のほうが動揺は小さくて済むだろう。
でも、日常的な感情の振れ幅はおそらく俺の方が大きい。その差し引きで俺と篠原の驚きはほぼトントンくらいにはなっていると思う。
「なんだよ、俺に下手クソって言ったのを後悔してたなら、素直にリアルで謝ってくれればいいのにさ」
「それは――ッ」
俺は何気なくからかっただけのつもりだった。しかし、いまの言葉がトリガーになったのか、じわっ……とフューネスの瞳に涙が浮かんだ。
「お、おい……」
自分の失言に気付いて声を掛けるも、フューネスの瞳からは次から次へと涙が溢れ出した。頬を伝った涙を見て、俺は言葉を失った。
VRに接続していても涙が出ることはあるけれど、よほど強い感情をヘッドギアに送り込まないと普通は涙なんて出てこない。
四年前にフューネスが俺に言った暴言は、それほど強い後悔をフューネスの中に残していたらしい。
言葉を途切れさせながら、フューネスは涙声で言った。
「だっ……て、四年前のこと、今更言えるわけない……じゃないのよぉ……っ」
「おいおい泣くなよ……。VRで泣くとか正気の沙汰じゃないぞ。みんなに気付かれるとかなりマズいだろ……」
フューネスを静めるために両手でどうどうと落ち着かせる。
気の強いフューネスがこうも感情を昂らせて泣くなんて。俺もちょっと無神経だったのかもしれない。しかし、フューネスの言っていた後悔がそれほどまでとは想像もしなかった。
篠原が昔の俺に投げかけた言葉は、たしかにいまの俺の中にも強く残っている。
『あなたゲーム下手過ぎるし向いていないから二度とプレイしないほうがいいよ』
この言葉は俺にとって戒めのようなものだ。
ゲームが下手過ぎるし、ゲームに向いていない。だから、人前では二度とゲームをプレイしない。
解釈を少しズラしてそう考えた俺は、今日まで楽しいゲームライフを送ることが出来た。自分自身が ゲーム下手であることを自覚して、他人に迷惑を掛けない範囲でゲームをプレイし続けてきたのだ。
あのときの言葉がなければ、俺はきっと無自覚に迷惑を振り撒く奴になっていただろうと思う。度を超したゲーム下手はそれだけで罪深いことだ。ただの初心者であれば成長の余地がある分マシ、俺のような治療不能の下手クソは周りに負担ばかりを掛けてしまう。
想像して欲しい。パーティーにダンジョン攻略のルーティーンを守れない奴がいたらどうなるか?ダンジョン攻略は遅々として進まず、そのパーティーは長く持たずに解散してしまうだろう。
そういう悲劇を起こさないための一言を、フューネスは俺に言ってくれたのだ。
「俺はあのとき篠原に怒ってもらえて良かったと思ってるよ。おかげで中学高校と友達には苦労しなかった。たぶん、あのままなあなあにゲームを続けてたら、俺はきっと周りが見えずに暴走してた」
「なにそれ……」
「篠原は後悔しなくちゃいけないようなことは一言も言ってないってことだよ。だって、俺がゲーム下手なのは事実だろ?」
「……それは違う。根本的に考え方が間違ってる」
フューネスは俺の言い分を否定した。強い意志のこもった声だった。
「だって、赤沢くんはゲームが好きなのに、現状の様子を見るに……それを公言しないでオンライン上でだけ楽しんでたんでしょ?それは私のせいでそうなったんだよね?」
「誰かのせい、みたいな言い方はしなくていいと思うけど……」
「するしかないよ。だって、現実に私は赤沢くんのプレースタイルに影響を与えちゃったんだから」
「まあ……」
ほかにキッカケがない以上、原因は別にあるとは言えない。でも、俺は本当にフューネスに対して恨み言なんかひとつも持っていない。
「赤沢くんがどう思っていようが、自分が迷惑を掛けるから表立って誰ともゲームをしないなんて悲しすぎるよ。もう少し、周りのみんなを信頼してもいいのに」
「……」
ゲーム好きを公言しないことが周りを信頼していないことに繋がる。それはいままでに俺が思いつかなかった考え方だ。なるほど……フューネスの言う通り、そうとも言える。
「俺、そんなに周りのこと信頼してないのかな?」
「うん。赤沢くんって太田くんと仲良いのに、いつもバスケの話ばかりでしょ?」
「……」
その一言で、フューネスは俺のことをよく見ていたんだなと思った。俺は太田とは仲が良い。それは事実だが、太田とはバスケのこと以外はあまり話題にしない。
それって、意識的か無意識的かはともかく、相手に合わせた受け身なやり取りをしていることになるんじゃないだろうか。仲良くしているつもりで、その実、自分の内心はさらけ出さないアウトボクシング。
中学時代はそれがちょうどいい人間関係の距離の取り方だと思っていた。でも、実際は俺が他人に対して臆病になっていただけなのかもしれない。
「自分が壁を作ってるって、自覚した?」
「ああ……でも、いきなり俺がゲームの話なんてしても大丈夫なのか?」
「大丈夫もなにも、出しちゃいけない話題なんて基本ないでしょ。ましてやゲームなんてテスト勉強に差し支えるかもしれない程度の俗な話題だし」
「はは、まあそうか……」
テスト勉強で苦しんでいた太田のことを思い出して笑ってしまった。
フューネスは片方の腕を組んで、提案するように振った。
「ゲームで迷惑を掛けるのが嫌なら、そうならないようなゲームを選べばいいだけのことだしね。コスニアをやる前は、そういうゲームを選んでプレイしてたんでしょ?」
「そうだな。PvEメインで遊んでたし。今度、太田を誘ってゲームやってみるのもいいかもなぁ……」
「いいんじゃない。ただ、コスニアはやめておいたほうがいいと思うけど。彼、部活で忙しいんでしょ?コスニアみたいなゲームは始めたら部活に影響出そうだから」
「違いない」
頷いて、俺たちは再び笑い合った。フューネスの涙はもうすっかり乾いていた。彼女は軽く息を吸うと、顔を上げて言った。
「四年前の事、今更かもしれないけど謝るね。あれは本心じゃなかった。ただ、ソルリンが廃れるのが悔しくて言った八つ当たり……だから、ごめんなさい」
「……わかってる。俺だって気持ちは同じだ」
四年前の出来事をやっと清算できた気がする。胸のつかえが取れたというか、気分が軽くなったというか。
結局のところ、俺たちはSoul Linksというゲームが好きで、好きすぎた故にすれ違ってしまっただけだった。まさかその四年越しのすれ違いがコスニアというVRMMOの世界で噛み合うことになるとは思わなかったけれど。
ちらりとマルボロたちのほうに視線を向ける。幸いマルボロたちはまだケツァールテイルのテイムに注意を向けているようだ。俺たちが昔話に盛り上がっていたのもたぶん気づかれてはいないと思う。
「私たちだけ離れてるのみんなに悪いよね。そろそろ向こうに戻ったほうがいいかな」
「だな。周りの安全が確認出来たら応援メンバーには拠点に帰ってもらわないとだし」
ケツァールテイルのテイムは重要だが、ログイン中のメンバーをずっとテイムに張り付けにするわけにはいかない。テイムの進行を見るのは俺とマルボロだけにして、ほかのみんなには通常のファームに戻ってもらったほうがいいだろう。
「そうだ。カナには私たちがリアフレだってこと言ってもいいよね?」
「いいけど。カナってフューネスの中学のリアフレってことでいいんだよな?」
「そうだね。カナのことはまた時間があるときに話すよ」
「了解」
頷いて、俺はフューネスと共にみんなの輪に加わるべく歩き出した。
テイムは大詰め、残るはゲージが満タンになるまでの長い待ち時間だけだ。
 




