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孤島オンライン  作者: 西谷夏樹
航海、そして空へ
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過去



 俺は日本で生まれてすぐに親の都合でアメリカに渡り、小学四年生くらいの時に日本に戻ってきた。いわゆる帰国子女というヤツだ。


 俺の見た目はハーフなこともあって少し人と違っている。ただ、自分自身では普通の日本人とほとんど変わらないんじゃないかと思うことが多い。髪は黒いし肌も少し色白な程度。目鼻立ちがややはっきりしているがそのくらいだ。


 だから、帰国してしばらくの間、俺は自分が同年代の子供たちから爪弾きにされることに納得が行ってなかった。自分はみんなと少し違うけれど、だからってこんな扱いを受けるのは間違っている。そう思っていた。


 しかし、小学生の俺にはそのことを理屈立てて反論する頭も、反論に必要な日本語の語彙力もなかった。それに小学生同士のことだ。当時の俺が何と言っても聞き入れてはもらえなかっただろう。


 そして、俺はそんな環境で孤独な一人ぼっちだった。毎日家と学校を往復するだけ、時には学校に行きたくなくて駄々をこねたこともあった。


「今日は学校休む。風邪引いた」


 仮病は母さんにはバレていたと思う。しかし、母さんは何も言わず俺が行きたくないと言った日は休ませてくれた。布団を被りながら、俺はいつまでこんな日々が続くのかと考えていた。長いトンネルを潜っているような気分だった。


 だが、そんな生活はある日を境に一変した。ある格闘ゲームが発売されたのだ。名前はSoul Links ~ Fight Arena ~。人気アニメを元ネタに作られたゲームだった。


 休日も家にいることの多かった俺は、一部で流行り始めたばかりのソルリンと呼ばれるこのゲームに最初期からハマっていた。その頃から既に予感はあった、「ソルリンはきっと流行る」と。


 そしてその予感は的中した。ソルリンは高い原作再現度とわかりやすいゲーム性で好評を博し、小学生年代で圧倒的なブームを巻き起こしたのだ。携帯ゲーム機のソフトということもあり、ソルリンは全国どこの小学校でも休み時間の選択肢として、メジャーなドッジボールや鬼ごっこに代わって遊ばれるようになった。


「ソルリン持ってる奴いるー?対戦しようぜ!」


 俺のいた小学校でも自然とソルリンの対戦会が開かれるようになっていった。この機を逃すまいと、俺はクラスの男子たちが作った輪の中に踏み込もうと勇気を出した。初めは煙たがられたが、ゲームは俺とクラスメートの間にあった隔たりを取り除いてくれた。


 ソルリンという対戦ゲームはコミュニケーションツールとして優秀だった。言葉が通じなくても、戦い方やエモートでお互いの考えていることがわかってしまう。


 俺はそうして徐々にではあるが、クラスの空気に馴染んでいくことができたのだ。


 文字通りの意味で、ソルリンは俺にとって救世主のようなゲームだった。


 ソルリンが流行って少しすると、ソルリンプレイヤーたちはクラスの垣根を越えて対戦会を開くようになっていった。対戦会で自分よりも弱い奴は全然いなかったけれど、勝てなくても友達と遊ぶことができるというだけで満足だった。


 その頃は毎日学校が楽しみになっていたし、ソルリンプレイヤーとしての矜持(プライド)みたいなものすら芽生えていた。ソルリンに対してゲーム以上の想いを持っていたのだ。


 篠原と出会ったのはそんなソルリン全盛期の時期だ。ちょうど学年が上がって、俺は六年生になっていた。最初に顔を合わせたとき、篠原は「ソルリンやるんでしょ?」と声を掛けてきた。どうやら学校にいるソルリンプレイヤーのことは全員把握していたらしい。


 当時の篠原は『倒した相手リスト』なるものを作っていたようで、対戦して勝った相手の名前を自分のノートにいちいち書き込んでいた。俺もそのリスト更新の糧として見なされたのだ。当然のように対戦を申し込まれ、結果は例の如く俺のボロ負け。めでたく篠原のノートには既に倒した相手として俺の名前が刻まれた。


 このエピソードからもわかるように、その頃の篠原は男の子みたいな奴だった。髪は短くて長ズボンがデフォルト。スカート姿は記憶に残っていない。そして鬼のようにソルリンが強かった。


 俺は篠原とよく対戦するようになっていった。それは良い勝負になるから……ではなく、ソルリンにはプラクティスモードが実装されていなかったからだ。あくまで低年齢層向けにリリースされたソルリンには、ストーリーモードと対戦モードだけあれば十分だろうという開発の意図があったのだろう。


 そのため、篠原は負けても嫌な顔をしない俺に目を付けて、コンボの練習台にすることにしたのだ。いま思うと酷い話だけど、当時はあまり気にしていなかった。なぜならクラス替え直後でまた人間関係を再構築しなくちゃいけない時期だったし、篠原はソルリンを真剣にプレイしていて研究に余念がなかった。篠原の編み出す新コンボ・新メタを目の当たりにするのは純粋に楽しかったし興味深かったのだ。


 毎日毎日プラクティス代わりの練習相手を務めるうち、俺と篠原はお互いを親友と言えるほどに仲良くなった。俺が言葉や文化の違いで困ったときには篠原に助けてもらったし、逆に篠原が周りの男子たちと軋轢を生んだときは俺が仲裁を引き受けた。


 楽しい日々は長く続いた。その間、俺のゲームの実力はちっとも伸びなかったけれど、篠原のおかげで日本での生活に困ることはなくなっていった。こんな日々がいつまでも続いていくのだと、俺は信じて疑わなかった。


 しかし、永遠に続くものなんて存在しない。


 ソルリンもまた、永遠に流行り続けるゲームではなかった。


 中学に上がる手前くらいの時期になると、一部のソルリン仲間たちが中学受験のためにソルリンを卒業していき、中学受験をしない連中も連鎖するようにソルリンをやらなくなっていった。


 クラスの枠を超えて行われていた対戦会もめっきり開かれなくなり、篠原が情熱を燃やしていた『倒した相手リスト』も更新されなくなった。


 それから何かがズレてしまったのだと思う。


 対戦相手が少なくなったことを理由に、篠原は俺に対して対戦相手としての役割も求めるようになったのだ。もちろんそれは俺には荷が重い仕事で、当然、俺は篠原を満足させることが出来なかった。


「あなたゲーム下手過ぎるし向いてないから二度とプレイしないほうがいいよ」


 苛立った篠原が俺に言った言葉だ。四年前のことながら未だに一言一句思い出せる。それだけ俺にとってはショッキングな言葉だった。下手クソと言われることには慣れていた。でも、篠原に言われるのは辛かった。


 その発言を機に俺たちは決裂し、一緒にゲームをプレイすることはなくなった。そのまま関係がギクシャクしたまま、俺たちは小学校を卒業して別々の中学に上がったのだった。


 ――これが四年前の事の顛末。俺、赤沢凛音が隠れゲーマーになった経緯だ。



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