援軍
ベッドから起き上がったかなこ♪は、ケツァールテイルを見るなり声を上げた。
「うわー!これが例の巨大鳥?美味しそうじゃない?」
最初にその発想が出るとは思わなかった……。かなこ♪とほぼ同時に湧いたフューネスは、かなこ♪に空手チョップで冷静な突っ込みを入れた。
「カナ、それ食い物じゃないから」
「わかってるけどさー。でも気にならない?グランドバードとはまた違った味かもしんないじゃん?」
「さあね。私はあんまり料理に興味ないし。というかカナ、最初の頃はモンスターを食べるの可哀そうとか言ってなかった?」
「そうだっけ?記憶に御座いません」
「あっそ……」
呆れたように肩を竦めて、フューネスは俺に目を向けた。
「で、私たちはどうすればいい?」
「そうだな……二人はバリケード作りをお願いしていい?素材集めは装備を持ってる先行組でやるからさ」
「オッケー」
二つ返事で頷いた二人の後ろで、新たに湧いていた†刹那†は口を尖らせた。
「ええー、俺もモンスター狩りしたい!タワーディフェンスでしょ?これ」
「……いや、状況的にはそうだけど、お前武器ないだろ」
「大丈夫!木の槍でも全然戦える!」
「んじゃそれでいいか」
相手にする時間がもったいないので適当に了承したが、すぐにキキョウが手を横に振りながら出てきた。
「ちょ、マスターだめだめ。この子って甘やかすとすぐに遊びだすから!」
「ええー!姉ちゃんは戦うんでしょ?」
「そーだけど、集団行動大事!いつも言ってるやん、ルールは守れって」
「ちぇー……」
姉に叱咤されて、†刹那†は渋々といった様子でバリケード作りを始めた。この感じだと、マウンテンコンドルでの捜索も『戦えないから』って理由で針金に丸投げしてたっぽいな。
姉弟のやり取りの背景を想像しながら、周囲への警戒を続ける。
設置中のバリケードは、道路工事の立て看板を大型にしたような形のものだ。大きさは一般家庭の玄関扉くらいはあって、厚みも二十センチほどと木材にしては十分。ただ、素材が木である以上強度的な信頼性は低い。事実、バリケードの耐久値は1000しかなかった。これではモンスターに対しての足止め効果もほとんど見込めない。
それでも気休めになればオーケー。そう思ってバリケードを設置することにしたのだ。
実際にバリケードを設置してみると、バリケードは周囲からの視界を遮ることが出来て予想よりも効果的と言えそうだった。
なんせ昏睡状態のケツァールテイルは皿に乗った北京ダックそのもの。肉食モンスターの視界に入ればそれだけで攻撃のスイッチを入れさせてしまう。
モンスターの敵対判定がどのように決定されているかはまだはっきりしない部分も多いけれど、少なくとも嗅覚の弱そうなモンスターはバリケードの前を素通りしていってくれるようになった。
おかげでそれから少しの間は静かにテイム完了を待つ時間が出来た。このままこれ以上の敵襲が来なければ……と俺は願った。しかし、心を休めれたのも束の間。再びフォーハンドゥスたちが大量に襲い掛かってきた。
「「ウホッ!キャ!キャッ!」」
「マスター、めっちゃ群れ!群れで来とる!」
「武器がない人はバリケードを支えてくれ!」
最初のフォーハンドゥスの襲撃が呼び水になったのかもしれなかった。森の茂みから次から次へとフォーハンドゥスが湧き出てくる。猿の大群がバリケードに殺到する姿はさながらゾンビアポカリプス映画のゾンビアタックだ。猿が腕を振り回すと、拳一つでバリケードが弾け飛ぶ。あまりに派手な光景に思わず笑いがこみ上げた。
「はは、なんつー勢いだよ!」
「マスター、笑ってる場合やない!」
「わかってるって!」
キキョウに答えながら、鉄の槍でバリケードの隙間から応戦する。
さっきは背後からの突きで即死だったが、正面からだと急所に刺さらなくて一体倒すにも苦労する。それに、バリケードを抜けられてケツァールテイルまで届かれたら負けというプレッシャーが圧し掛かる。バリケードなんて即席で置いたものだから、配置はガバガバ・死角も多い。
そして、フォーハンドゥスたちは猿型のモンスターだからか知能もそれなりに高いようだった。器用にバリケードが薄いところを狙ってくるし、複数でまとまって突撃してくる。
素材は何倍も掛かるけれど、バリケードなんて作ってないで木の土台と壁で城壁のようなものでも作っておけばよかった。
そう俺が考えていると、不意に目の前のフォーハンドゥスが姿を消した。
「なんだ……?」
異変に首を傾げていると、上空を黒い何かが通り過ぎた。
「いま戻りました!」
マルボロの声が空から降ってきた。そのマルボロの乗るマウンテンコンドルは、俺や針金をワシ掴みにしていたような形でフォーハンドゥスを掴んでいた。
「おお!プレーヤーだけじゃなくモンスターも持てるんですか!?」
「ええ!ただし少々リスクはありますが!」
マルボロは必死の声で応える。なるほど、たしかに上空に持ち上げられたフォーハンドゥスは激しく抵抗していた。
「キャウ!ウホッ!ホッ!」
マウンテンコンドルが殴られ、赤いポリゴンが宙を舞っている。しかし、マウンテンコンドルはビル十階くらいの高さまでフォーハンドゥスを持ち上げると、掴んでいたフォーハンドゥスをぱっと離した。
「ウホッ!?」
するとフォーハンドゥスは上空からそのまま自由落下し、水風船を地面に思いきり投げつけたように赤いポリゴンとなって弾けた。
横でその光景を見ていたかなこ♪が目を背けた。
「うわ、エゲつな……」
「最悪の死に方だな」
かなこ♪の感想に激しく同意だった。
あんな高さから落とされるとか想像しただけで背筋が凍りそうだ。マウンテンコンドルに掴まれてここまで来たときはあまり考えないようにしていたけれど、やはり落下死という死に方はゲーム内でも経験したくない。
しかし、マウンテンコンドルでの戦い方としては、あの敵を掴んで空から落とすという戦術はこれ以上ないくらい効率的だとも思った。ああやって落とせば、どんなに硬い敵も自重で潰れて圧死する。
「キャウ!キャウ!」
フォーハンドゥスたちは仲間の死に様に怯えるような反応を見せた。僅かに怯んだ様子の敵を見て、はっといまの状況を思い出す。
「あ、みんないまのうちだ!あいつらがビビってるうちに!」
「今度は俺らが攻める番や!」
「装備はもう一羽のマウンテンコンドルに積んできました!」
「いいよー!いけいけー!」
キキョウ、針金だけでなく、マルボロが運んできた装備を回収したメンバーも一緒になってバリケードから前に出た。こちらが攻勢に出たのを見て、フォーハンドゥスたちの何頭かは背を向けて逃げ出した。
「キャウ!?」
背中を見せたフォーハンドゥスを倒すのは、砂浜でジャイアントクラブを倒すよりも簡単だった。
さらに、マルボロが容赦なく逃げるフォーハンドゥスを上空に攫っていく。一瞬で上空に舞い上げられ、下にいた仲間諸共ベチャリとトマトソースにされるフォ-ハンドゥスたち。
下から見ていると、その様はトンビが兎を狩るかのごとくだった。次々に仲間が消されていくのを見て、かろうじて戦意を保っていたフォーハンドゥスたちも逃げ出し始めた。
敗走していくフォーハンドゥスたちを眺めて、ようやく俺は地面に腰を下ろした。
「ふー、これでもう攻撃なんてこないだろ」
一時はどうなることかと思ったけれど、やっとケツァールテイルの安全は確保できた。あとはマルボロが持ってきた追加の麻酔薬をケツァールテイルに飲ませてテイム完了を待つだけだ。
「お疲れ様」
「お、フューネスもお疲れ」
隣にやってきたフューネスは一仕事終えた顔をしていた。後ろを見ると、ケツァールテイルの周りにみんな集まっていた。
俺はほっと溜息を吐きながら言う。
「助かったよ。まさかこんな所でテイムするとは思わなくてさ」
「ね。でも、こういう防衛戦はこれはこれで楽しかったかも?」
「はは、たしかにな」
「なんにせよ間に合って良かった」
そう言ってフューネスはシステム画面を開いた。戦利品の確認でもしているのだろう。気が緩んだところで、ふと今朝考えていたことを思い出す。
ちょうど二人で話せるタイミングだし、いまがフューネスに篠原なのかどうかを訊くチャンスなのでは?
間違っていたら冗談で済むし、合っていたらこのモヤモヤがすっきりする。
「あのさ……」
「うん?」
「フューネスって、篠原なのか?」
「……え?」
フューネスは明らかに動揺したように目を見開いた。口を開けて固まってしまった彼女を見て、俺の中にあった疑念が確信に変わった。
「やっぱり、そうなのか……」
「ちょっと待ってどういうこと!?どうしてリオンが私の名前を知っているの?」
「考えればわかるだろ。俺が赤沢凛音だからだよ」
「うそ」
「本当だ」
お互いにそれ以上何も言えず黙り込んでしまう。
いや、マジか。フューネスが篠原だなんて。こんなことがあるとは……。
頭の中をいろいろな記憶が駆け巡った。
小学校時代のこと。篠原と最初に会った頃のこと。
昔の記憶は楽しいことも嫌な思い出も一緒くたに想起させる。それはSoul Linksとの出会いや、慣れない日本での生活のこと。
そして俺は、四年前のことを思い出していた。




