青空を飛べ 後編
「マルボロさん!ちょ、ちょっと早すぎ!」
風切り音が耳に響く。風圧で吹っ飛ばされそうだ。
「少しの辛抱ですから」
「全然少しって感じじゃないですよ!」
空に飛び上がるときも怖かったけど、落下しながら加速しているいまのほうがよっぽどヤバい。
「感覚遮断すればいいじゃないですか」
「システム画面開けないですよこんな状態で!」
「うーん……」
マルボロは悩むような反応をするだけで、結局速度を落としてはくれなかった。
俺たちを乗せたマウンテンコンドルは翼を広げて、滑空するグライダーのように島を横断していく。低空を飛んでいると、マウンテンコンドルの影が地上を凄い速さで通り過ぎていくのがよく見える。森を抜け、平原を抜け、再び森の上を走る。
お、おお……ちょっとは慣れてきたか?
最初は絶叫アトラクションにしか思えなかった空の旅も、こうして無理矢理にでも慣らされると存外悪いもんでもない気がしてくる。
まあ、そもそも空を飛ぶこと自体はVRゲームでは珍しいことじゃない。ファンタジー系のゲームなら魔法で空を飛ぶのはザラだし、なんなら羽を生やして飛ぶこともできる。
ただ、ワシ掴みで運ばれるのは新体験すぎた。自分じゃコントロールできないってのはやっぱり怖い。モンスターの気まぐれで落とされるんじゃないかとヒヤヒヤする。
少しすると、マウンテンコンドルはその速度を緩めて高度を下げ始めた。
「キキョウさん!ケツァールテイルはまだ追えていますか?」
「はい!でもウチのコンドルもう持久力が残ってないんで一旦降ります」
ずっと下の風景に気を取られていたけど、どうやらキキョウたちともう合流できたらしい。
向こうはキキョウが操縦で針金がワシ掴みにされる役回りのようだ。二羽のマウンテンコンドルは並んで降下していき、視界の開けた草原に降りた。
キキョウは上空に視線を向けている。視線の先にはケツァールテイルの姿があった。
「あの鳥……いや鳥って言ってええんかわからんけど、前にグループチャットで聞いた通りだいぶ大人しい奴みたいです。たぶん仕掛けるまでは見失わんかと」
「了解しました。ここからは慌てずに。しっかり準備が出来たタイミングでテイムを始めましょう」
ケツァールテイルは地上から見てもわかるほどゆっくりと飛んでいた。俺たちのことなんて意に介した様子もなく、悠々と巨大な翼を広げて風に乗っている。
針金は興味津々な様子で訊いた。
「攻撃したらどうなるん?」
「全力で逃げます。追いつけないことはないんですが、速度を出すとマウンテンコンドルの持久力はあまり持ちません」
ということは、勝負は時間との戦いになるな。こちらの持久力が尽きるのが先か、それともマウンテンコンドルが眠るのが先かだ。
さらに、マルボロは周囲の地形を見て言う。
「ケツァールテイルを眠らせるなら平原がベストです。狙って落とせるかはわかりませんが、追い立てる際はその辺を意識してください」
たしかにケツァールテイルのテイムは寝かせるまでよりも、寝かせてからのほうが大変そうだな。これまでの経験から言うと、モンスターは大型であるほどテイム完了までに掛かる時間が長い。
ケツァールテイルの場合、地面に着地させた後の工程のほうが長丁場になるかもしれない。
「リオンさん、弓矢はコンドルのインベントリに入ってます。装備しておいてください」
「了解っす」
インベントリから弓を取り出して装備する。麻酔矢を弓に番え、いつでも発射できるように準備が出来た。俺は隣で同じように用意をしている針金に声を掛けた。
「針金くんはステータスって何に振ってる?俺は攻撃力に極振りなんだけど」
「攻撃力と移動速度に半々や。姉ちゃんは体力ばっか振ってんねん。だから代わりに僕が射ることになって」
「なるほどな、お互い攻撃力に振ってる者同士頑張ろうぜ」
「うん!」
針金は元気よく頷いた。
さて、射手の用意は出来たしあとはマウンテンコンドルだな。視線を送ると、ちょうどキキョウはシステム画面を閉じて顔を上げたところだった。
「こっちは持久力の回復終わりました」
「オッケー。マルボロさん俺たちのほうは?」
「いま回復できました」
「ほい。んじゃ作戦開始と行きますか!」
宣言と同時に、二羽のマウンテンコンドルが頭上を見上げて同時に飛翔した。操縦者と射手を抱えたまま上空へと高度を増していき、そこから滑空姿勢に入るとすぐにケツァールテイルの後ろ姿が目前に迫った。
ここからは最長でも十分……二人乗りであることを考えるともっと少ない時間しか飛んでいることができない。どれだけ矢を撃ち込めるかのAIM勝負……ってあれ?俺にはあんまり向いてない?いや考えるな!
俺は弓を引き絞った。
「放つよ!」
「こっちも!」
俺と針金は息を合わせて同時に矢を放った。
「コォッ!?」
矢を撃ち込まれたケツァールテイルが大きく仰け反った。それまで披露していた優雅な姿勢を崩し、脱兎のごとく羽を羽ばたかせて逃走を開始する。
これだけ大きなモンスターなのに気性は大人しいってのが意外だ。鳴き声もカラスみたいに若干ハスキーな感じだし、オラついても良いくらいなのに。
そんなことを頭の片隅で考えながら、次の矢を放つ。
「マルボロさん、水平から狙うより撃ち下ろしのほうが当てやすいっぽいんで高度上げてもらっていいですか?」
「わかりました。……このぐらいでどうですか?」
「あ、いい感じっす。やっぱ撃ち下ろしのほうが当てやすいかもです」
射角を保つためにマルボロに高度を指示しながら弓で狙いを定める。思ったよりもやりづらいな。一人で位置調整からなにから全部できるわけじゃないから、実際やってみるとAIMどうこうよりもコンビの連携のが大事って気がする。
俺は高度の低いキキョウ針金組に向かって叫んだ。
「そっちも高度を上げたほうがいいよ!針金くんからキキョウさんに指示してあげて!」
「りょ、了解!姉ちゃんもっと高度上げたって!」
「はいはい!」
針金はキキョウに指示を出し始めた。その様子を確認してからこちらも射撃を再開する。手持ちの矢は五十本。針金の手持ちと合わせて百本はある。
――この矢をどれだけミスなく命中させられるか。
時間との戦いではあるけれど、それと同時に正確性も求められる戦いだ。
狙って、放つ。
狙って、放つ。
狙って、放つ。
流れ作業にならないように、集中しながら素早く矢を番えて正確に命中させていく。必死に矢を射っていると時間の経過は恐ろしく早かった。
「リオンさん、矢は残り何本ですか?」
「あと……十本くらいですかね」
「足りるでしょうか……マウンテンコンドルの重量的にそれ以上は積めなかったんですが」
「祈るしかないっすね」
アングリーライノはあまり本数も掛からず眠らせることが出来たが、ケツァールテイルはやはり身体が大きい分だけ昏睡耐性も高いようだった。俺と針金で合計四十本近く麻酔矢を撃ち込んでもまだ眠ってくれない。
自然と気持ちにも焦りが出始めた。
もしも矢が足りないなんて事態になったら、拠点に戻って麻酔矢の作成からやり直しになる。一昨日から準備をしてくれていたみんなのためにも、そんなことになるのは絶対にごめんだ。
想いを乗せて最後の矢を撃ち尽くす。
「もう一発……って、いまのが最後だった」
空になったインベントリを見て呆然としてしまう。
ケツァールテイルは矢を百本近く受けてなお眠らなかった。
「リオンさんこっちも矢の残弾切れたー!」
「マジかー!」
ってことは、結局今回のテイムは無駄足ってことかよ!?うわぁ……キツいってそれは……。
俺は弓をインベントリにしまってうな垂れた。
「まさかこんなことになるとは……」
「コンドルのスタミナは足りてるんですけどねぇ……もう少し重量にも振っておくべきだったかもしれません」
マルボロの声にも落胆の色があった。無力感が身体を包む。せっかく見つけたケツァールテイルを俺たちはみすみす逃がさなきゃいけないのか。
俺は恨めしく思いながら、必死に逃げ続けるケツァールテイルに目を向けた。
「あれ……?」
だが、ケツァールテイルは忽然と姿を消していた。さっきまでこのあたりの位置に飛んでいたはずなのだが……。辺りを見てもケツァールテイルの姿がない。
「仕方ありません。一旦出直しましょう」
「いやマルボロさんケツァールテイルが消えたんですけど」
「はい?どういうことですか?」
俺たちは共に首を傾げた。視界から急にケツァールテイルが消えた。奴はどこにいったのか。ついさっきまで俺たちの真下を飛んでいたはずなのに。
呆然とする俺たちの横をキキョウのマウンテンコンドルが急降下して行った。
「マスター!ケツァールテイル寝た!寝たって!」
「……え、はい?あ、時間差!?」
「なるほど、昏睡値は矢が刺さった瞬間に入るんじゃなく――」
「考察してる場合じゃないっすよ!」
「そうでした」
どうやら俺たちが一瞬目を離した隙にケツァールテイルは眠りに落ちて落下していったらしい。ショルダードラゴンのときにこういう事態は経験していたのに、麻酔効果は遅効性ってことをすっかり忘れていた。最後に撃った矢が遅れて効いてギリギリ昏睡に足りたんだ。
だが、ほっと胸を撫で下ろすにはまだ早すぎた。ケツァールテイルの落下先を見て、俺の中に生まれた僅かな安心感はすぐに吹き飛んでしまった。
「落下先はよりによって森の中かよ……!」
 




