仲間
気づけば俺は時間の感覚も忘れて伐採と岩石砕きを続けていた。
「まずい……完全に沼だこれ」
ふと振り返ると、この辺の海岸一帯が不毛の砂漠地帯に変わっていた。
これだけ伐採を続けても目標とする量の物資は集まっていない。太陽が照り付ける中、地味な作業がひたすら続いている。だが、意外と俺はこの作業を楽しくやれていた。
やっていることはただの採取なのに謎の中毒性がある。元々対戦ゲームが苦手な俺には、こういう地道な資源採集のほうが実は向いているのかもしれない。
「そろそろアイテムボックスもいっぱいだな」
かなりの素材が集まったので、俺は作れるだけ木の土台を作成した。作成した土台の個数は9個。ちょうど正方形に置けそうだ。
「建築場所はどうするか……」
誰も人が来ないような森の奥に建てるのが戦略的には正しいんだろうけど、海岸線に建てる家ってのもロールプレイング的には捨てがたいよなぁ……。やっぱ初めてのマイホームになるわけだから、景観にもこだわりたい。
ガチとエンジョイの狭間で揺れた末に、結局俺は拠点を海沿いに建てることにした。
「ま、最初のお試し拠点だしな」
実際、拠点の場所はそんなに大きな問題にはならないんじゃないだろうか。なにか問題があっても、そのときは建物を解体してお引っ越しすれば済む話だし。
インベントリから土台を選択すると、視界には半透明の土台が現れた。半透明の土台は意識だけで自由自在に動かすことができ、直感的に操作することできた。
設置場所を決めると、視界に【設置を確定しますか? はい/いいえ】とポップアップが現れたので「はい」をタップする。すると半透明だった土台が実体化し設置が完了した。
「ふーん、土台の大きさは縦横1m、厚みは30cmってところか?これを9個となるとけっこうデカい家になるな……」
想定よりも規模が大きくなりそうだ……でも作ってしまったものは仕方がないか。
作業の膨大さに尻込みしそうになりながらも、えーいと土台を設置していく。合計9個の土台を設置すると、俺の自室よりも少し広い程度のウッドデッキスペースが出来上がった。
「思ったより完成まで長そー……でもここまでやったんだし、壁と屋根も作って立派な拠点にしてみるか」
俺が一人やる気に燃えていると、林のほうからガサガサと葉が揺れる音がした。
まさかまた外国人プレイヤーか?
背筋に冷たいものが走るのを感じながら、恐る恐る林の暗闇に目を向ける。すると林から一人の女性プレイヤーが姿を現した。
その姿を後ずさりしながら観察する。くすんだ藍色の髪を一纏めにした三つ編みの長い髪。目を引いたのは最低設定と思われる身長の低さ。アバターだけの印象で言えば子供だ。女性用アバターだからか、パンツ一枚ではなく白いタンクトップとハーフパンツを穿いている。
俺の目線と同じ高さに表示されているプレイヤーネームには「フューネス Lv.12」とあった。
カタカナ……ということは日本人か。しかしもうLv.12って相当レベリングが早いな。俺なんてさっきようやくLv.8に上がったばかりなのに。
彼女は俺の視線に気づくと同じくこちらを見つめ返してきた。どうする?話は通じそうに見えるけれど、相手がもし好戦的だったら……。
最初に外国人プレイヤーにキルされたときは同レベルの戦いだった。しかし、今回はレベル差がある。戦いになったらまず俺に勝ち目はないだろう。
俺が緊張しながら様子を窺っていると、彼女はそのまま硬直して何かもの言いたげな表情を見せた。これから戦おうという人間の表情では……ないと思う。ただ、言葉を交わさないことには真意はわからない。
なんだろう?建築が物珍しいのかな、ゲーム開始直後でまだ誰も家なんて建てていないだろうし。もしくは俺のことを警戒してるんだろうか。いや、考えるよりもまず行動からだな。
「どうも!」
「……あ、どうも」
俺の呼びかけにワンテンポ遅れて答える彼女。小柄な体躯に似合わない凛とした通る声だ。声質からすると俺と同年代くらいだろうか?
彼女は声を掛けられたことで警戒を緩めたのか、こちらに歩いてきて建築中の土台に視線を落とした。
「拠点建築ですか?」
「うん。リスポン地点を作るために触り始めたら止まんなくて」
「へえ」
「建築興味ある?」
「少しは」
彼女は素っ気ない声音で答えた。
とりあえずいきなり殴りかかられるなんてことはなさそうだな。さっきの開幕雑魚死事件で緊張していたが、今回は普通にコミュニケーションが取れそうだ。
気持ちを楽にして、俺は軽い調子で訊いた。
「なら試しに建築してみる?実は資材集めが一人じゃキツいなーと思ってたところでさ」
「じゃあ、ちょっとだけ」
「お、いいの?」
ダメ元で誘ったのだが、すんなりと了承されてしまった。彼女はいまの短いやり取りで俺を信用してしまったのか、それ以上の会話もせずにこちらに背を向けて黙々と木を切り倒し始めた。
……なんか変わった人だな。誘った俺が言えたことじゃないが、常時PvPの殺伐としたゲームで他人と簡単に協力関係を結ぶのはちょいと不用心な気がするけど。
彼女の態度を訝しみながらも、俺はシャノミの木の伐採を再開した。素材を集めて、それをアイテムボックスへと投入していく。彼女も同じようにアイテムボックスにアクセスしようとして、しかし、そこで動きを止めた。
「あれ?アクセスできない」
「え?あ、それ俺のアイテムボックスだからじゃないかな?フューネスさんはフューネスさんでアイテムボックスを作らないとダメかも」
「それって建築も手伝えないんじゃない?」
「言われてみればそうだな……。フューネスさん、木の壁を俺の建築に追加設置できるか試してもらえる?」
「いいよ」
フューネスは木の壁を作成し、それを俺の建築に追加しようと試みた。しかし、彼女はすぐに力が抜けたように腕を下ろした。
「あ……ダメだ。他人の建築物ですってアナウンスが流れる」
「うわ、そういう仕様かぁ。じゃあ建築を一緒にやるにはギルドを組まないとダメなのかもな」
「野良同士じゃダメってこと?」
「たぶん。ちょっと調べてみるよ」
ヘルプを開き、ギルドシステムについて目を通す。要点になりそうな説明をざっと読むと、このゲームのプレイヤー同士の関係性についておおよそ理解することができた。
まず、野良プレイヤー同士はお互いのアイテムボックスにアクセスできない。他人のアイテムボックスを開けるにはアイテムボックス自体を破壊するか、所有者が設定したナンバーロックを入力する必要がある。また、建築物は所有者と同じギルドのメンバーしか増築や解体ができない。つまり、基本的に野良プレイヤー同士は敵対関係として設定されているようだ。
俺の話を聞いてフューネスは難しい顔で考えこんでしまった。
こうなっちゃフューネスと一緒に建築を続けるのは難しいな……。お互いのアイテムボックスにアクセスできず、建築にも干渉ができないのでは協力するメリットも少ない。
「残念だけど――」
協力解消を申し出ようとしたところを、フューネスの言葉が遮った。
「わかった。それじゃ、ギルド組もう」
「え?」
不意の提案に気の抜けた声が出た。ギルドを組む?俺とフューネスが?困惑を隠さず、俺は自分とフューネスを交互に指差して言った。
「それってつまり、俺とギルドを作ってくれるってこと?」
「うん。じゃなきゃ建築進められないんでしょ?」
「そうだけど……いいの?こんな流れで組む感じで」
「構わないよ、だって始まったばかりのゲームだもの。リオンさんは?私とは組めない?」
「いや……そんなことはないけど」
「じゃあ決定。あ、マスターはやりたくないからそっちから誘ってくれる?」
「お、おう……」
俺はしどろもどろになりながら頷いた。
最初に声を掛けたのは俺だけど、いきなりギルドを組むことになるとは思わなかった。ギルドを作るのは初めてなんだけど、どう進めて行ったらいいんだ?
システム画面のヘルプからギルド勧誘の仕方を調べると、フレンド追加やギルド招待などは相手に触れることで可能らしい。
「えーと、ギルド勧誘のためにちょっと触わるね」
「どうぞ」
許可を取ってフューネスの肩に触れる。
『ギルドへ招待する』
『フレンドに追加する』
『フューネスのインベントリを開く』
三つの選択肢が表示されたので、そのまま『ギルドへ招待する』を選択する。フューネスが招待を承諾すると、お互いの頭上に表示されていた情報が更新され、
【リオン’sギルド】
【フューネス Lv.12】
となった。
ちょ、リオン’sギルドて。デフォルトのままだとギルドマスターの名前がそのままギルド名になるのか。このギルド名を掲げながら歩くのはなんか嫌だな……。
「あの、ギルド名は適当に変えていい?」
「ん」
フューネスは俺の頭上に視線を向けて、なるほどな、といった表情で頷いた。
俺はちょっとだけ考えてから、ギルド名を「南海同盟」に変更した。このネーミングは完全に適当だ。熱帯の無人島みたいな島で発足したギルドだから、南海同盟。ただそれだけ。
まあ、正式名称はギルドが長続きすると確信を持てたときに、改めて命名し直せばいいだろう。こんな勢いで組んだギルドは明日も残っているかわからないしな。
「それじゃよろしく、フューネスさん」
「うん。よろしくお願いします」
俺たちは向き合って儀礼的な挨拶を交わした。
これでギルドが結成されたわけだ。俺はギルドに加入した経験はあるが、こうしてギルドを結成したことはないし、ましてや自分自身がギルドマスターになるのも初めてのこと。
ギルド結成ともなると何か感慨深いものがあるのかなと思ったけれど、その場のノリだけで結成したせいか感動はなく、むしろ現在建築中の拠点への興味が勝った。
それはフューネスも同じだったようで、フューネスは石斧を掴んでこちらに背を向けた。
「じゃ、木材集めるね」
「あ、了解。ちなみにちょうど床を作り終わったところで、あとは壁と屋根を作れば完成だから」
フューネスは肩越しにこちらを振り返る。
「ふうん。なら壁と屋根の作成は分担して進める?」
「うん、そうしたほうが早いと思う。フューネスさんは壁と屋根どっちやりたい?」
「壁」
「それじゃ俺は屋根で」
役割を分担し、俺たちは拠点建築のために動き始めた。