レベリング 前編
今回は一度通ったルートだけあってあまり不安はなかった。風向きに合わせて帆を操作し、三十分も掛からずに到着することができた。
島への上陸は重量にいくらか振っている俺が務めることとなり、俺は前回同様に黒い岩をよじ登るようにして上陸を果たした。
「さて、どこに建てるか」
イカダを任せているTakaをあまり待たせたくない。適当に目立たないところに土台を設置して、残りの建材も移動させないと。
ちょうどいい場所を探して辺りを見回す。島の様子は相変わらずだ。あちこちでシーバードが飛び交い、遠くではランプシールたちの合唱が聞こえている。
前哨基地は出来るだけ目立たないところに建てたい。下手な場所に建ててしまうと、他所のプレイヤーが上陸してきたときに雑なちょっかいを掛けられかねない。
俺は岩場の多い方面に歩いて行く。そして、一際大きな岩に目を付けた。
「ここにしよう」
その大岩はランプシールの生息地のすぐ近くにあり、狩り場へのアクセスも悪くないように見えた。岩の影に建てれば建物が目立つこともないだろう。
建材をインベントリから選択し、最初に拠点を建てたときのことを思い出しながら土台を設置していく。二度目の建築というのもあるけど、2x2規模の拠点の建築は建材が揃っていたおかげですぐに終わった。
持ちきれなかった建材を回収するため一度イカダに戻り、再び島に上陸して残りを設置すると豆腐ハウスは完成した。
「いいな、こういうの」
狩りのみ、レベル上げのみを目的とした小屋だからか、内部はかなりコンパクトにまとまった。
設置した建材はベッドと作業台とアイテムボックスだけ。アイテムボックスには防具類と武器だけが入っていて、作業台のインベントリには鉄の槍を修理するための鉄と木材と繊維が詰め込まれている。
用途を狩りのみに絞った拠点は機能的で、秘密基地のようでもあった。
よし、あとはみんなを呼ぶだけでレベリングが可能だ。名前はそうだな、レベリング拠点ってところか。
俺は拠点の出来に満足し、イカダで待つTakaの元に戻った。
「前哨基地、いや、レベリング拠点建ててきました!」
「お疲れ様ですー。どんなのか一回見に行きたいけど、とりあえず島戻りますか」
「そうっすね。イカダは置いておけないし、一旦帰ってからリスポーンで島に湧きましょう」
イカダの帆を開き、島へと進路を向ける。すると、グループチャットのほうに通知があった。
『マルボロ:おはようございます(^^)』
『リオン:もうこんにちはっすよ!こっちはレベリング拠点をトド島に建てていま戻るところです!』
『マルボロ:了解です。ちょっと覗いてみてもいいですか?』
『リオン:どうぞ』
グループチャットにはTakaも気づいたらしく、彼は気を遣うように言った。
「マルボロさん来ましたね~。リオンさん向こうで話してきていいですよ。イカダは僕が運転してるんで」
「いいんですか?」
「はい。休み中には無理そうですけど、例のケツァールテイルってのに僕も早く乗ってみたいですし。それにジャパン島の状況を考えると、僕らも攻略を急いだほうがいいのかなって」
「……それはたしかにですね」
島外での戦いの波が俺たちの島に届くのも時間の問題のように思う。島を平定する前に外部からの敵がやってこないとも限らない。猶予はあまりないと考えて行動する方が得策だ。
「じゃ、お言葉に甘えて行ってきます。イカダのほうお願いしますね」
「了解です」
さて、どうやって死ぬか。思えば自分からデスするのはこれが初めてだ。この状況から死ぬなら、溺死が一番簡単だけど……。
俺は装備をアイテムボックスにしまって、海面を覗き込んだ。
「死ぬついでに、ちょっと海の中見てきます」
「うわ、リオンさん溺死するんですか?」
Takaは怖がるように言った。俺は苦笑しながら答える。
「感覚は切ってるので苦しくはないですよ。ただ、海中にどんなのがいるのかって興味ありません?」
「サメとかいそうですよね。ちょっと怖いなー」
「ま、見てきたら感想言いますんで」
「はいはーい」
Takaに別れを告げ、俺は何のアイテムも持たずに海に飛び込んだ。直後に残りの酸素量を示すバーが現れ、徐々に削られ始めた。
そういや、肺活量とかいうステータスもあったな。あれを上げれば長い時間潜っていても大丈夫なんだろうか。……ま、大して役に立つステータスにも思えないし、上げることはないだろうけど。
「ブクブクブク」
気泡が上がっていく音しか聞こえない。海中はかなり深くまで光が届いているようで、魚の姿はないがかなり視界は開けていた。
酸素量は七割ほど残っている。このままどこまで潜れるか行ってみるか。
俺は海中に向かって真っすぐ潜っていった。両足を動かしながら、クロールの要領で深く、深く進んでいく。
潜れば潜るほど視界は狭まっていく。体感でどれだけ潜ったかはわからないが、酸素量が残り三割を切った段階で、海中は十数メートル先までしか見えなくなった。
そして、海中の奥に何か動く影を見た気がした。
……なんだ、モンスターか?
内心で怖がりながらも、どうせ死ぬのだからと影の方向に突き進む。
酸素量がゼロになり、俺の身体から赤色のポリゴンが泡のように噴き出し始めた。
なるほど、溺死はこういう感じでなるのか。思ったより体力の減少スピードは早くない。酸素ゲージが切れるのに二分。そこから体力が切れるまで一分ってところか。
冷静に考えているけれど、全身にちょっとした鳥肌が立つような気分だった。何が出てくるかわからない海中に死ぬ前提とはいえ潜っていくのは根源的な恐ろしさがある。
そして、もうそろそろ体力が尽きようかというタイミングで黒い影にしか映らなかったモンスターの姿がはっきりと目に映った。
なんだあのモンスター!?
その姿はまさしく恐竜……たぶん首長竜ってやつだ。胴体は甲羅のない亀のような形をしていて、首がとにかく長い。そいつは海中を優雅に漂いながらも俺の存在に気付いた様子だった。こちらに徐々に浮上しながらやってくる。
仲良くしようって感じじゃないよなぁ……。
明らかにそいつの顔は捕食者でございますと言っていた。魂の感じられない冷淡な瞳。ギザギザした歯が垣間見えている。
真っすぐこちらにやってきたそのモンスターは、口を開いて俺に噛みつこうと――。
『レプティリアスにキルされました。 リスポーンしますか?リスポーンしない場合はキャラクターを初期化して降下からやり直すことができます』
「うお怖っええ!」
俺はデスして早々叫んだ。
ゲームで海棲モンスターに襲われるシチュエーションは多いけど、VRだとその恐ろしさが数倍増しだ。レプティリアスか……めちゃくちゃ怖かったな。
気持ちを落ち着けてから、俺はリスポーン地点にトド島を選択した。
リスポーンすると、先にやって来ていたらしいマルボロがちょうど外から拠点に戻ってきたところだった。
「リオンさん」
「タカさんがイカダは任せてくれって言ってくれたので来ました。いやー、海に潜って死んだんですけどモンスターに襲われてビビりましたよー」
「はは、でもそういうモンスターもテイムしてみたいものですね。どんなモンスターでしたか?」
「首長竜みたいなやつでした」
「それは興味深い」
マルボロはもっと海棲モンスターについて聞きたそうな雰囲気だったが、今日はケツァールテイルのテイムについて話を進めたい。俺は早速話を切り出した。
「で、前哨基地はどうです?」
「良い感じですね。必要なものも全部揃ってますし。レベル上げについて完全に失念していたので、私としてもこの拠点は非常に助かります」
「そうですよー。俺も今朝ケツァールテイルの鞍を作るのにレベルが必要って気づいて」
「ええ、たしかウチのギルドでいま一番レベルが高いのは……」
「刹那かな?たぶん、暇さえあればテイムか狩りかをやってるんで」
ギルドメンバーのレベルの伸び具合を見ていると、経験値の入り方はやはり活動内容によってけっこう変わってくる。
俺の見立てでは経験値を一番稼げるのは狩り、次点でアイテムの作成だ。
実際、ギルド内でのレベルは†刹那†の37が最高で、次にマルボロが35と続いている。ただ、†刹那†に関してはプレイ時間の長さの影響もあるかもしれない。小学生だけあって、高校生や大学生組よりも遊びに注ぎ込める時間が多い。
「刹那くんにどんどんここを利用してくれるように言っておきます。鞍の作成は結局誰か一人が必要レベルに到達すれば可能ですし」
「そうっすね。まあ刹那に頼り切りってのも恰好つかないんで、俺も出来る限りレベルは上げるようにしておきます。んで、ケツァールテイルのテイム準備はどんなもんですか?」
「鞍の用意以外はすべて終わっています。マウンテンコンドルは二羽捕まえましたし、麻酔薬や麻酔矢も百単位で揃えました。残るはレベリングだけです」
「ならもう、今日はひたすら狩りしますか」
「ですねぇ。休日ですから人も集まるでしょうし」
方針が決まり、俺はグループチャットでみんなを呼び出した。モンスターを狩った際に得られる経験値は半分がほかのメンバーにも共有される。つまり、大勢で狩りをしたほうがレベル上げは圧倒的に効率的なのだ。
 




