帰還
「おかえりー!かなりの大冒険だったみたいね」
「大冒険どころじゃない……」
フューネスはかなこ♪に憔悴した様子で言った。
俺やTaka、miyabiも似たようなものだった。VRゲームが不快感をカットしているとは言え、数時間も船に揺られているとさすがに気分が悪くなる。
俺は砂浜に膝をつきながら、イカダを指して言った。
「イカダよりも頑丈な船を作ろう……小舟でもなんでもいい、上位互換っぽい船もきっとあるだろ……」
イカダは風任せすぎるし、コントロールが難しすぎる。今後も航海をするならイカダからの乗り換えが必要だ。
かなこ♪は他人事のように笑いながら言う。
「あはは、それもいいかもね。でもこっちはリオンたちがお船で旅してる間に別のことで夢中でさー」
「別のこと?」
「なんでも空飛ぶモンスターを捕まえるらしいよ?」
「なんだそりゃ」
グループチャットに特に何も書かれていないから、完全にノリと勢いで決まったことなんだろうか。俺が飛行モンスターの姿を想像していると、拠点のほうからマルボロがやってきた。
「あ、マルボロさん」
「おかえりなさい。ニードルタレットの種が手に入ったと聞きまして」
「手に入れてきましたよ。群生してた湖の周りでヒルに病気移されたりで大変だったんすから」
「え……まだ病気掛かってます?」
マルボロは冗談っぽく距離を取るような素振りを見せる。俺は苦笑して答えた。
「もう治りましたよ。向こうで日本人ギルドの人と知り合って薬を分けてもらいまして」
俺はマルボロに簡単に絆ジャパンの話をした。弁慶牛若丸親子のこと、彼らが島内の中華系ギルドと冷戦状態であること、同盟は提案せずにフレンド登録に留めておいたことなど。
マルボロはそれを聞いて「ほうほう」と興味深そうに頷いて言った。
「この海域近辺は日本人プレイヤーが多いんですねぇ。もしかしたらある程度リージョンごとに初回の降下位置が固定されているのかもしれませんね」
「ああ、それはあるかもしれないっすね」
これまで遭遇したプレイヤーを振り返るとたしかにその可能性は高そうだった。コスニアには同じワールドに全世界のプレイヤーが同時にログインしている。なのに俺たちはいくらなんでも日本人プレイヤーと出会い過ぎている。
「サーバーがみんな一緒でこんだけ会う相手が偏るとさすがに偶然じゃないですもんね」
「ええ。ただ厳密にはちょっと違いますね」
「と言うと?」
マルボロは砂浜に碁盤目のような図を描き始めた。
「コスニアのシステムはなにも全世界の人を一つのサーバーに接続させてるんじゃないんですよ。あくまで国ごとに設置されたサーバーを連結接続させて、サーバーごとにエリアを生成してるんですね」
「サーバー一つですべてを賄っているわけじゃないんですか?」
「その通りです」
コスニアは巨大なサーバー一つで運営していると思っていたのだけど、どうやらマルボロの話を聞くに、各国のサーバーで協力して広いマップをカバーしているのだという。まあ、技術がいくら進歩したとは言え、これだけ広いワールドマップを維持しようと思ったら膨大な情報処理が必要だろうしな。理屈は理解できる。
マルボロは描いた碁盤の枠それぞれに国名を書いた。
「僕らがいまいるのはココ。日本サーバーによって生成されたエリアです。初期島周辺の島々はこの日本サーバーの管轄なのでしょう。そして、初期島から離れたエリアには韓国やフィリピンといった日本近隣諸国のサーバーによって生成されたエリアが存在しているはずです。ラグが発生するほど酷い品質の通信問題は随分昔に解決しましたが、やはりフルダイブVRゲームだと僅かな遅延でも快適さが変わってきますからね。おそらく初期島から西に移動すれば比較的Pingの低い韓国サーバーへ、南西に進めばフィリピンサーバーなりに転送されるはずですよ。これは大手ニュースサイトの記事で読んだ情報なのでたしかだと思います」
碁盤の目に書かれた日本という字の周りには韓国、フィリピン、ロシアといった国々が並んだ。それらの並びを見て、ふと俺は空き巣された旧拠点のことを思い出した。
「じゃあ、旧拠点を襲った連中もその辺の国から来た連中だったりするんですかね?」
「それはどうでしょう。国内にも出稼ぎや留学などで外国人がいっぱいいますからね。そういうコミュニティの人たちが固まってギルドを作っているのかもしれません」
「ああ、そっか……」
Quartetの例もある。いま島にいる外国人プレイヤーの多くは、おそらく日本国内に在住している外国人の人たちだ。日本に住んでいない外国人プレイヤーが島に流れ着くこともないことはないのだろうけど、まだサービス開始数日の段階でそう大人数はサーバーを越えてはやってこれない。
ただまあ、相手の出身国がわかったところで……という話ではある。相手がどこの国の人でも、会話が通じないのであればコミュニケーションは取りにくい。
ゲームの設計上、相手とPvPに至ることは避けられないし、せめて戦後処理や諸々で意思疎通が出来れば選択肢も広がるのだけど……。もしも今後戦争になったとして、完全に相手が消え去るまで、ゲーム的に言えば引退に追い込むまで戦うことも視野には入るけれど、それはあまりに大変そうだ。
「にしても、複数のサーバーがあるってことは境界線はどうなってるんですかね。まさか骨董品クラスの古いゲームにあったローディングってのが挟まれるとか?」
「はは、まさか。その辺はさすがにシームレスに移動できるんじゃないですか?実際に境界まで行ってみないと真実はわかりませんが」
マルボロは地面に書いた図を消し、立ち上がって腰を伸ばした。
……って、そういえば飛行モンスターの件について訊くのを忘れていたな。いまのうちにどういうことか訊いておかないと。
「あ、ところで飛行モンスターを捕まえるって聞いたんですけど」
「ああ、そうでした。話すのがまだでしたね」
「どんなモンスターを捕まえるんです?」
「リオンさんも一度見たことがある奴ですよ」
「え……あ、もしかして鉄鉱石の探索に出た時のアレですか!?」
思い出した。鉄鉱石を探して森を歩いていたとき、たしかに俺はマルボロと共に上空に飛んでいるレアモンスターを見たことがあったのだ。
「あれを捕まえるのかぁ……でもどうやるんです?」
「まず小型の騎乗できる飛行モンスターを捕まえることになりました」
「え、そんなのがいるんですか?」
俺の問いに、マルボロではなくかなこ♪が裏山のほうを指差して言った。
「裏山のあたりに飛んでるらしいよ。マウンテンコンドルとか言ったかな。工場長さんたちが見つけて、刹那があれならきっと人も乗れる!って言ってはしゃいでた」
「へえ、そんなモンスターがいるんだ」
空を飛べるモンスターは一度乗ってみたい。アングリーライノと同じ要領で騎乗できるならきっとめちゃくちゃ楽しいだろうし。
「……ただ、一つ訊いていいっすか?テイムするのは良いと思うんですけど、旧拠点が襲われた現状でテイムにそれだけ労力割いて大丈夫ですかね?」
みんなのやりたいことは尊重したい。しかし、実際問題として俺たちは正体不明のプレイヤーに旧拠点を破壊されている。いまは守るべきテイムモンスターを増やすよりも、拠点の防衛強化に務めるのが先決なんじゃないだろうか?
マルボロは俺の疑問にもっともという表情で頷いた。
「それはわかっています。いまはいつ本拠点が襲われるかわからないですからね。飛行モンスターをテイムしたところで、空き巣されてしまえばすべてパーです。しかし、そういったリスクを負ってでもテイムする価値が飛行モンスターにはあると思います」
「と言うと?」
「アングリーライノをテイムしたことでわかりましたが、モンスターを使った採取は人力よりも遥かに効率的です。木材の採取はもう斧でやるなんて考えられないですよね?」
「まあ、たしかに……」
アングリーライノは採取速度もさることながら、所持重量がプレイヤーよりも多いから荷物持ちとしても使うことができる。必死に石斧で木を切り倒していた頃を思えば採取は大幅に進歩した。
「同じことが飛行モンスターのテイムによっても起こると思うんです。空を飛べれば島の探索もひとっ飛びでやれますし、物資の移動もより楽になる。テイムしてみればもっと便利な運用方法も見つかるかもしれません。アングリーライノが木材や果実の採取に適しているなんて、テイムするまではわからなかったことでしたから」
マルボロの言葉に俺ははっと顔を上げた。
それはそうなのだ。俺たちはアングリーライノをテイムするまでモンスターが採取でこれほど役に立つなんて思いもしてなかった。
なのに、飛行モンスターが採取に革命を起こさないとどうして言えるだろうか。空を飛べるということだけで、そこには無限の可能性がある。
これは天秤にかけるしかないな……拠点強化か、それとも飛行モンスターのテイムか。両方を同時に進めていくのもアリではあるが。
俺が決断に迷っていると、話を聞いていたのだろうTakaがマルボロの隣に並んで言った。
「僕はマルボロさんの提案に賛成です!この原始時代的なPvPで制空権を得られるのはとてつもないメリットですよ。第一次世界大戦期の飛行機は――」
「ちょ、タカそのテンションで話すなっつっただろ」
「いでっ!」
途中でmiyabiに尻を蹴られてTakaは黙った。
その様子を笑って眺めつつ、俺は今後の方針を固めた。
「わかりました。飛行モンスターのテイムを進めましょう」
「おお、では……」
「はい。この休日中に全員で一気に準備を進めて、可能な限り最速でテイムってことで!」
まずは飛行モンスターを手に入れる。そして採取を効率化すれば、結果的に拠点の強化スピードは上がるはずだ。
なんにせよ、この土日の間が勝負。ここで一気に攻略を進めて、襲撃者に打ち勝つ防衛力を手に入れてやる!




