日本人ギルド
「なんだか様子がおかしいみたい」
フューネスはTakaたちが書き込んだ座標の少し手前で俺を待っていた。
一刻を争う状況だったと思うが、立ち止まっていて大丈夫なのか?
疑問を憶えながら隣まで行くと、フューネスは茂みから前方を指差した。そこにはTakaとmiyabi、そして一人の見知らぬプレイヤーが立っていた。
【絆∞ジャパン ~Kizuna Japan~】
【牛若丸 Lv.26】
日本人プレイヤーだ。グループチャットでは襲われていると書かれていたけれど、あのプレイヤーに助けてもらったのだろうか。遠目からだと立ち話をしているようにしか見えない。
牛若丸は名前の通りアバターが小柄で、名前に合わせて体型設定をしたのが明らかだった。髪形は黒髪のおかっぱで、装備は獣皮の服セットを全身分と、木の棍棒を装備している。
名前は牛若丸なのに武器は剣じゃないんだな。なんか武士が棍棒を持っているみたいで妙なアンバランス感がある。
「どうする?」
「脅されてるわけじゃないっぽいけど……ゴホッゴホッ……ぁ……」
未知の病で咳き込むのを忘れていた。やば……と思った時には、既に三人はこちらに気付いていた。
「あ、リオンさん?来てたんですか!こっちこっち!」
Takaは片手を挙げて俺たちに呼びかけた。気配を消していたのに、咳で居場所がバレるって間抜けな図式すぎる。さすがのフューネスもこれには苦笑して、茂みから立ち上がった。
「とりあえず行ってみよっか」
「そうだな。敵ではないみたいだし」
まずは話を聞いてみるしかない。それまでの警戒を緩めて、俺たちはやや所在無さげに出て行った。
「どうもー……それであの、どういう状況ですか?」
こちらの問いに、Takaはしまったという顔で頭を掻いた。
「あ!グループチャットで伝え忘れてました。こちらの牛若丸くんはこの島の日本人ギルドのメンバーらしいです。僕らは対抗勢力のギルドメンバーと間違われて襲われたみたいなんですけど、やめて!って言ったら攻撃を止めてくれて」
「は、初めまして……絆ジャパンの牛若丸です。すみません、攻撃しちゃって。なんていうかその……」
牛若丸は怯えた様子で頭を下げた。
「えっ、いいよそんな謝らなくても」
「でも……」
かなり幼い声だ。下手すると三姉弟たちよりも年下かもしれない。いつからこんなにVRMMOは低年齢化したんだよと思いつつ、俺は顔を上げるように言って、簡単にこちらの自己紹介をした。
「そんな畏まらなくてもいいし仲良く行こうよ。えっと、俺がマスターのリオンで、そっちが副マスターの」
「フューネスです。よろしくね」
「よろしくお願いします……」
牛若丸はさきほどよりも委縮したような返事をする。年上の四人組に囲まれて緊張しているのかもしれない。どうしたもんかな。声を掛ければ掛けるほど怖がらせちゃいそうだ。せっかくこの島の住人に会えたんだから、いろいろと話を聞いてみたいだけなのに。
Takaも言葉には出さないが、「こんな感じで困ってたんです」という視線をくれた。miyabiは面倒くさそうに状況を静観している。
俺は努めてフレンドリーさを意識しながら言った。
「俺たちはすぐ隣の島に拠点を構えているんだけど、この島に来るのは初めてなんだ。良かったらだけど、この島のこととかいろいろ聞かせてもらってもいいかな?」
「えっと……」
牛若丸は曖昧な態度で口籠った。少々状況に混乱しているようにも見える。どうやらかなりの人見知りでもあるらしい。牛若丸は三姉弟たちと年齢は近いんだろうけど、タイプが全然違うみたいだ。
俺は腰を屈めて目線を合わせて言った。
「よくわからないなら、ギルドの人とか呼んでもらってもいいかな?俺たちはこの島の人たちと仲良くしたいだけなんだ」
迷子に尋ねるような調子で訊くと、僅かに牛若丸は顔を上げた。しかし、その視線は俺たちの背後へと向けられていた。
「お父さん来た」
「え、お父さん?」
振り返ると、軽い地響きを立てながら大きなゴリラのようなモンスターに乗ったプレイヤーがやって来ていた。
「牛若!大丈夫か!?」
「うん、全然平気……」
声を荒げながら現れたのは『弁慶』という名のプレイヤーだった。肩幅の凄い筋肉モリモリなアバターで、まさしくその姿は弁慶。無精髭と太い眉毛の濃い顔立ちには威圧感がある。
お父さんって呼ばれてるけど、この二人はガチの親子プレイヤーなのか?
念のためにと、俺は弁慶に挨拶がてら訊いた。
「は、初めまして!ギルド南海同盟のマスターやってるリオンです。えっと、牛若丸くんのお父さんでしょうか?」
「ああ、俺が牛若の親父だ。なに、君らウチの子イジめてた?」
状況を把握できていないせいか、弁慶は警戒心を剥き出しにしたままモンスターから降りた。声の雰囲気からして牛若丸の親父さんってのは本当みたいだ。
ちょっと誤解されてるみたいだし、慎重に受け答えしないとマズいな。
「いやそうじゃないんですけど……この島で初めて会った日本人プレイヤーだったので、ちょっと雑談でもしようかなと」
「牛若、そうなのか?」
「うん。あと僕が間違って攻撃しちゃったんだ」
牛若丸は素直に頷いた。すると弁慶は「ふーん」と鼻を鳴らして、こちらを向いた。
「だからイジめてたってわけじゃないんだよな?」
「違います」
「……そうか、じゃあ謝らなきゃいけねーな。疑ってすまなかった。で、君らどこに拠点作ったんだ?」
「ここから西の島です。この島にはイカダで探検してたら辿り着きました」
「ほう、この島の住人じゃないんだな。それならまあ、構わねぇか」
島の住人だったらなんて言われたんだろうか。と頭の片隅で考えながら、俺は弁慶の態度が軟化したのを見てホッとした。
なんだか893みたいな人だな……普通に話してるだけでちょっと怖い。フルダイブVRゲームは面と向かってコミュニケーションを取るから、たまにこういう声の大きい――と言うと語弊があるかもしれないが、発言の強い人がいる。
「絆ジャパンのマスターをやってる弁慶だ。牛若のパパでもある。まあ、日本人プレイヤーなら歓迎するぜ」
そう言って弁慶は俺の肩を叩いた。さっきまでとは一転した馴れ馴れしい態度。なんだかな。スポーツ会系な豪快なノリは同世代とならまだしも、年上にされるのは少し苦手だ。
それに、親子で同じギルドを組んでいる人に対して、俺の中で正直あまり良いイメージがない。まあ、地雷かどうかを判断するのには早計すぎるとは思う。ただ、直感的にあまり深く関わり合いたいタイプの人じゃないのはたしかだった。
それから小一時間ほど、俺は弁慶と情報交換をすることになり、絆ジャパンとこの島 (弁慶はジャパン島と命名したらしい)の状況のざっくりと知ることになった。
弁慶によれば、ジャパン島では絆ジャパンともう一つのギルドが対抗し合っているらしい。相手は中華圏のギルド「遥遥无期」。彼らは絆ジャパンの本拠点とは真反対の岬に拠点を建てているそうだ。
現在両者は互いのテリトリーから先には踏み込まず、冷戦のような緊張関係を続けている。Takaが攻撃されたのは絆ジャパンのテリトリーに侵入したためであり、南海同盟という名前が漢語に見えたのが攻撃理由だったとのことだ。
そして、絆ジャパンのギルドメンバー数は全体では十五人ほどいるが、相手勢力の人数はほぼ同等程度らしい。
「だから島の住民なら同盟を組むか合併できたんだけどな。そうだ、良かったらこっちの島に移住しないか?そうすりゃ合併できるぜ?」
「それは遠慮しておきます……でも、同じ日本人ギルドですし、フレンド登録はしましょうか」
いま住んでいる島の統一すら進められていないのに、別の島のギルドと同盟云々まで話を進める気にはなれなかった。とりあえず今回はフレンド登録までで関係の進展は留めておいて、いずれお互いの島を統一した暁に再会しようということで話はまとまった。
また、弁慶は話の最中に咳き込む俺を見て、
「つうか、病気掛かってるじゃねーか。薬渡すから治しておけよ」
と、治療薬を渡してくれた。どうやらブラッドサースターによって移される病気は、薬師キットでブラッドサースターの血、タララ草、大型モンスターの角を調合すれば作れるらしい。いままで謎だったアングリーライノの角の用途は薬の材料だったというわけだ。
また、薬のレシピはブラッドサースターの血を薬師キットのインベントリに入れた際に、『解析』という項目が出て、それをタップしたら入手できたそうだ。
なんにせよ、薬を分けてもらえたことは正直かなり有難かったので、俺は最初の第一印象は忘れて弁慶と固い握手を交わした。
……ブラッドサースターの姿はもう二度と見たくない。
「んじゃま、他になんか困ったことがあったら言ってくれ。もし援軍を求められても、戦争中でそれどころじゃないかもしれないけどな!はっはっは!」
別れ際に高笑いしながら、弁慶は息子を連れて森に消えていった。
「なんというか……良い人なんだろうけど、凄い親子だったね」
「だな……」
フューネスと共に溜息を吐く。
ともかく島でやるべきことは終わった。ニードルタレットの種はもう充分集められたし、島に敵対的なプレイヤーが大勢いることもわかった。あまり長居はせず初期島に帰るべきだろう。
そうして四人でイカダに戻り、早速薬を飲んでみると、湖でブラッドサースターに感染させられた病気は一発で治った。
「すごい効き目だな」
「これでほかのみんなに病気をうつす心配がなくなったね」
「ああ、でもそもそもこの病気ってうつるのか?」
「どうだろう」
なんて俺とフューネスが話していると、Takaは首を傾げて言った。
「そもそもな話、二人ともどうしてそんな病気に掛かったんだい?」
「グループチャットで湖にニードルタレットがあるって言ったじゃないすか。その湖に気持ち悪いヒルっぽいモンスターがいっぱいいて病気になっちゃったんです」
「うわあ……想像するだけでやばいなぁ」
「マジで寒気がしましたよ」
あんな目に遭うのはもう懲り懲りだ。初期島ではああいう不快なモンスターがいなくて助かった。懐かしの初期島のことを思い出す中、フューネスは船の帆を広げた。
しかし、彼女は「あれ?」と首を傾げた。
「風向きが完全に逆方向だ」
「ん、それってどういうこと?」
「船が進まない」
「ええっ!?」
出航時に危惧していた事態だった。
イカダの移動は風任せ。向かい風では前に進むことができない。
逆風が吹いているときに帆船を進む方法としては、タッキングという船をジグザグに進ませて風を流すものがあるらしいのだが、それを調べるまでにまず時間が掛かり、タッキングを使った航法も時間が掛かり過ぎた。
結局、それから俺たちが島に帰るまでには二時間も掛かることになった。
イカダでの航海は運要素も高い。とりあえずそのことは心の底まで学べた……と思う。




