未知の病
「しかしタカさんたち遅いな……」
「さすがに何かあったんじゃない?」
ニードルタレットの採取も既に大方終わってしまった。あとは二人の合流を待って島を出るだけなのだけど、いつまで経っても返事が返って来ない。
デート中で俺たちの存在を忘れているにしても、さすがにここまで連絡がつかないのは妙だ。もしかしてメッセージを送る余裕もなくなるような事態が起きたのかもしれない。どうしようかと考えていると、フューネスはいきなり咳き込み始めた。
「ゴホッ、ゴホッ……」
「フューネスさん?」
「ごめっ……なんか……ゴホッ……」
フューネスは口元を抑えて眉間に皺を寄せた。
「ゴホッ……なんか、しゃっくりみたいに咳が止まらない」
「え、それ大丈夫なの?」
フューネスはコクコクと頷きつつ、違和感を覚えるように首を傾げている。
「リアルのほうで体調不良ってわけじゃないよね?」
「だとしてもゲーム内には影響は出ないと思う」
「そりゃそうか」
フルダイブ型VRゲームはプレイヤーの意識だけをサーバーに接続しているから、リアルの不調がゲーム内に反映されることはない。意識を司る脳の疲労や眠気などは認識できるけれど、それだけだ。
黎明期にはこれでは非常時に危険すぎるということで、ヘッドギアに数多くの安全装置が取り付けられたらしい。
体調が悪化したら警告が出たり、誰かに身体を揺すられたらそれをヘッドギアが衝撃と認識して接続が解除されたり。最近の機種に至っては、地震速報や株価の変動までいろいろな通知を各種設定できるようになっている。
それだけリアルとゲーム内で感覚が切り離されているのだから、フューネスの異常がリアルの影響によるものである可能性は限りなく低い。
――つまり、フューネスの咳は実際の体調とは関係ないゲームシステムによるものだ。
そのことを指摘しようとして声を出そうとした瞬間。
「ゴホッ……ゴホッ……え!?」
フューネスのように俺まで咳が止まらなくなった。堪えようとしてもダメだ。辛さや痛みはないのに空咳みたいなのが一定間隔で出てくる。
「リオンさ……リオンまで同じ咳が……ゴホッ……」
「ゴフッ……おいおい洒落にならないなコレは」
フューネスだけじゃなく俺まで咳が出るってことは、これはやはりゲームシステムによる異常だ。
「あ、ステータス!ステータス見て!」
「え?」
フューネスが慌てたように言うので自分のステータスを開いてみる。
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【レベル】29
【名前】リオン
【体力】94/100
【持久力】100/100
【器用】10
【重量】38.3/190
【攻撃力】157%
【肺活量】100
【移動速度】100
【状態異常耐性】10
【熱耐性】40
【寒耐性】10
【昏睡値】0/100
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【満腹度】82/100
【水分】68/100
【栄養】74/100(詳細データ)
【病気】未知の病(体力/持久力/重量-30%移動速度+15%)
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【装備】
【武器1】なし
【武器2】なし
【頭】なし
【胴体】獣皮の服(胴体)
【腕】なし
【腰】獣皮の服(腰)
【脚】なし
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見慣れたステータス欄の中で一行だけ初めての記述を見つけた。
【病気】未知の病(体力/持久力/重量-30%移動速度+15%)
「……未知の病気?」
「私も同じ病気に掛かってる」
「咳が止まらないのはこいつのせいか!」
記述を見るに体力・持久力・重量の主要3ステータスががっつりデバフをもらっているらしい。まだ実感はできないけど、30%の能力低下はかなり重いペナルティだ。
なんでこんな病気に……と俺が考えている間に、フューネスは湖から岸に上がって悲鳴を上げた。
「ああっ!なんか変なの付いてる!」
「は?」
フューネスは何かを手で払った。払いのけられた先を見ると、そこには親指サイズの白くて小さなものがうようよしていた。ヒルような見た目のそいつは、一瞬にして俺に最悪の想像をさせた。
「まさか……」
嫌な予感を覚えながら陸に上がり全身を確認すると、足首にそのヒルみたいなやつが元気に吸い付いていた。
「ぎゃあああっ!俺もかよ!?」
こいつ、いつからくっ付いて――ッ!
悲鳴を上げながら手で払うと、払った瞬間のベチョっとした感触に怖気が走った。地面に転がった白いウネウネはずっと血を吸っていたらしく、身体の一部が赤く変色していた。
俺は身体を振りながら地団太を踏むようにして他にも変なのがくっついていないか確かめた。ヤバイ、コスニアを始めてから一番怖い。
「はぁ……はぁ……ゲホッ……はぁ……」
「リオンは……ゴホッ……もう大丈夫?」
「ああ、なんとか」
全部払いのけてやったぜ……。
やや憔悴しながらも、足元に転がっているヒルに視線を向ける。
【ブラッドサースター Lv.5】
俺の身体にはこいつが三匹も取り付いていた。大きさは親指程度で、芋虫のようにうねっている。見た目が気持ち悪いだけならまだしも病気持ちという悪夢だ。
だが納得した。ニードルタレットに元気がなかったのは野生だからというよりも、この湖のせいだったのだ。病気持ちのモンスターがうようよいるような湖が汚染されていないわけがない。
槍を装備して、ブラッドサースターを串刺しにする。
【獲得アイテム】
・ブラッドサースターの血液
・ブラッドサースターの死骸
それぞれクラフトに使えるらしいけど、具体的な用途は書かれていなかった。
だけど、いまはそんなことよりもステータスに残り続けている【未知の病】とやらが気になって仕方がない。ステータス低下のデバフも問題だが、なによりもあの白いウネウネにうつされた病気というのが精神的にショッキング過ぎた。なんとしてでも早くこの病気を取り除きたい……。
「これ……リスポーンすれば治るよな?」
「どうだろ……リスポーンで怪我は治るけど、空腹度とかはリセットされないよね?」
「……ゴホッ」
二人で絶望的な表情を浮かべる。リスポーンで何もかもリセットできるならベストだけど、リスポーンでこの病気が治らなかったら……俺たちは病気の治療法を見つけ出さないといけない。
フューネスは顔を青ざめさせながら、振り払ったブラッドサースターを一匹残らず槍で突き刺した。どこかその挙動に憎しみが籠っているように見えるのは気のせいではないと思う。
俺は暗い雰囲気を消し去るように努めて明るく言った。
「と、ともかく!タカさんたちと合流するのが先だよな?」
「……そうだね。まずはそれから」
ブラッドサースターにうつされた病気は気持ち悪すぎるけど、俺たちの最優先課題はニードルタレットの種を初期島に持ち帰ることだ。種は手に入ったがまだ終わりじゃない。初期島まで種を送り届けて初めて今回の航海は成功と言える。
そのためにはTakaとmiyabiに合流しなければいけない。
「タカさんたち、大丈夫だよな?」
「この様子だと何かあったんだろうとは思うけど……あ、チャット届いてるよ」
「ホントだ」
俺たちが病気で騒いでいる間に書き込まれていたらしい。だが、チャットの文面は案の定と言うべきか、緊急事態を示していた。
『Taka:変な奴らに襲われてます!』
「遅いと思ったら襲われてるのかよ!」
病気の次は襲撃、と。この島に着いてからトラブルの連続で頭がクラクラしてきた。
『リオン:場所はどこですか?座標を教えてくれれば向かいます』
『Taka: (1278.2101)』
「ゴホッ……すぐ近くだな。行こう」
「うん、ゴホッ……私が先行するから追いついてきて」
そう言ってフューネスは物凄い勢いで駆けていった。その速度は目で追えないくらい早い。
「いや、これは追いつけないって!」
この叫びもたぶんフューネスには届いていない。
未知の病はメインステータス三種を犠牲にするものの移動速度だけはバフ効果になっている。フューネスのステ振り的には案外マッチした状態異常なのかもしれなかった。
 




