上陸
トド島を発った俺たちは、次なる島へと接近していた。
海上にはゆるやかな風が吹き、波は静かで穏やかだ。イカダは島の外周を回り込むようにして、滑るように進んでいく。
フューネスは帆を小さく畳んで言った。
「イカダを止められそうな場所を探すね」
「頼んだ」
トド島は小さくてプレイヤーの姿もなかったけれど、この島はかなり大きそうに見える。感覚的には初期島とほぼ同等かそれ以上じゃないだろうか。
ただ、大きさ云々よりも特徴的なのが、島の外周を飲み込んでいるマングローブのような樹木の存在だった。固そうな根を剥き出しにしたその樹木は、海にせり出すように存在感を発揮している。
海岸線は海と陸地の境が曖昧だ。砂浜が広がっているところは僅かで、ほとんどがそのマングローブ風の樹木に覆われている。
こういう島はなんだかお宝が眠っていそうな気配がしてワクワクするな。
俺が期待を胸に膨らませていると、miyabiはアイテムボックスに背を預けて辟易したような声で言った。
「めっちゃモンスターの多そうな島だわ……」
「そうっすか?」
俺が訊くと、miyabiは鬱陶し気に語ってくれた。
「マングローブの根が生き物の隠れ家になんのよ。たぶんジャイアントクラブとか、そこら辺の甲殻類の天国なんじゃない?とにかく私たちの島よりもモンスターがうじゃうじゃいそう」
実際の生態系を元にした推理だろうけど、コスニアはそこらへんリアルに忠実みたいだから当たっているかもしれない。だとしたら、いままでに見たことのないモンスターと対峙することになりそうだ。
「へえ~。てか、植物って塩水吸って大丈夫なんでしたっけ?」
「マングローブは塩水をろ過して吸い上げたり、余分な塩分を葉から排出してるから大丈夫」
「なるほど」
マングローブって変わった植物なんだな。miyabiの植物知識は参考になる。
「リオンさん、奥の入り江に付けますね」
「わかった」
フューネスはイカダの進路を入り江に向ける。今回は島の周りの波が穏やかなおかげで、上陸のために泳ぐ必要もなかった。
上陸してみると、俺は島の空気に沼地のような妙な生臭さがあることに気付いた。別ゲーでもジャングル系のマップだとこの手の変わった匂いがよくするんだよな。不快なレベルの匂いではないし、気になるなら設定で匂いの感度を変えられるから問題はないんだけど。
ロープと杭でイカダを浜に固定し、俺たちは探索の方針を決めることにした。
「んじゃ、今度は全員で探索しますか。どうします?二人組で別れたほうが広範囲を探索できると思うんですけど」
俺の提案にmiyabiが頷いた。
「それでいいんじゃない。島ではニードルタレットを見つければいいのよね?」
「そっすね。この様子だと当たりかもしれないんで、よく探してみてください」
ジャングル系のマップなら植物もバラエティーに富んでいそうだ。ニードルタレットの種が手に入る可能性も高い。
「了解。じゃ、私はタカと行くから。マスターはフューネスちゃんとごゆっくり~」
「え、ちょ先輩待ってくださいよ!あ、じゃあリオンさんたちもお気をつけて」
「タカさんたちこそー」
ずっと船で退屈していたのか、miyabiはずんずん森に入って行った。Takaはこちらに「それじゃ!」と軽く手を振って彼女を追いかけていった。あの二人大丈夫だろうか……あまり無茶しないと良いけど。
二人の姿が見えなくなると、フューネスは鉄の槍を肩に担いで言った。
「それじゃ私たちも行こっか?」
「だな……プレイヤーがいるかもしれないし、気を引き締めて行こう」
辺りに注意を払いつつ、俺たちは島の探索を開始した。
♦
ジャングルのような深い茂みを掻き分け進んでいく。湿度の高い森の中は、地面もぬかるんでいてあまり気持ちの良いものじゃない。こんなことなら鉄の鎌くらい持ってくるんだったな……。
鬱陶しいツタを力任せにどかしながらの道中では、miyabiが予想していたように初期島では見なかったモンスターとも何度か遭遇した。
『ソーンスネーク♀ Lv.36』
丸太かよと言いたくなる太さの白蛇だ。全身に逆立ったトゲが生えていて、ツタだと思って振り払おうとしたら継続ダメージを食らう出血状態にされてしまった。フューネスがこいつを見て絶句していたのが面白かった。蛇が苦手らしい。
『トゥースビートル♂ Lv.13』
電子レンジ並みの大きさのアリだ。名前からして顎の力がヤバそうだけど、槍を使って一匹一匹冷静に処理すれば攻撃を受けることはなかった。巣を突いたら群れで襲って来たので途中で退散した。
ほかにもジャイアントクラブやグランドバードといった見慣れたモンスターも見かけた。モンスターレベルは初期島と大した差はなくて、警戒していた割には楽な探索になった。
だけど、いつまで経っても肝心のニードルタレットが見つからない。ちゃんとモンスターだけじゃなく植物にも注意しているのだけど、それらしいものは見つからず――諦めムードが漂い始めたタイミングで、俺たちは視界の開けた場所に出ることができた。
「おお?」
それまでのジャングル一辺倒を抜け出した先にあったのは小さな湖だった。しかし、湖と言っても水質は綺麗ではなく、湖面はなんだか濁っている。
市民プール程度の広さの湖の周りには、一軒だけプレイヤーの拠点が建っていた。
尖がった三角屋根が特徴的な可愛らしい木建築の家だ。湖のそばに建てるという発想とお洒落な外観を見るに、建てたのはマルボロみたいなクラフトゲーから流れてきた人かもしれない。
「どうする?」
隣に並んだフューネスが俺を見上げて言った。
「そうだな……ちょっと挨拶してみよう」
前回他人の拠点を見かけたときはスルーしようとしてしまったけれど、かなこ♪に言われてコンタクトを取った結果、俺たちはTakaとmiyabiの二人を仲間にすることができた。
今回ももし相手と言葉が通じれば交流を持てるかもしれない。とにかくトライ&エラーだ。相手が敵対的だったら逃げればいい。
「対応は任せるから」
「オーケー……って、あれ?」
しかし、拠点に着くと俺は違和感に気付いた。その拠点には、あるべきはずのドアが存在していなかったのだ。しかも、拠点の中は綺麗さっぱりでベッドすら残っていない。
「もぬけの空だな……」
遠目には無事にしか見えなかったから、近寄るまではまさか空き巣された後の廃墟とは思わなかった。一応、オブジェクトの所有者情報を確認してみる。
【ギルド:FinalSurvival】
【木の壁 5000/5000】
ギルドの名付け方のセンスを見るに日本人プレイヤーだろうか?
空き巣された拠点がそのままの形で放置されているのは、主がまだログアウト中で空き巣に気づいていないだけなのか、それとも空き巣に萎えて引退してしまったのか。
俺たちのように石拠点に移行しただけなら良いけど……。
「これ見て」
「ん」
フューネスはドアの枠組みに触れて言った。
「ドア枠にダメージが入ってる」
言われてドア枠に触れてみると、【木のドア枠 2370/5000】と表示された。拠点内に侵入するにはドアを破壊すればいいだけなのに、ドア枠にこれほどまでのダメージを与える意味はあったんだろうか。
「嫌がらせにしてはかなりのダメージが入ってるな」
「そうだね。これ以外は旧拠点の空き巣とやり口が似てるんだけど」
ドア枠周りの耐久値を調べてみると、壁や屋根にも均一にダメージが散っていた。何らかの範囲攻撃を受けたかのようなダメージの入り方だ。
「モンスターを使って壊したのかもなぁ」
アングリーライノのような大型モンスターを使えば、石斧を使うよりもスムーズに拠点を破壊することができる。ドア枠にまでダメージが入っているのは、アングリーライノでの攻撃には精密性があまりないからだろう。
「そうかな……それにしてはダメージの範囲が狭いと思う。この島にアングリーライノが生息しているかも怪しいし」
「それはまあ……」
たしかにジャングルの深いこの島では、アングリーライノのような平地を駆けまわるタイプのモンスターは生きづらそうに思える。かといって、ほかに壁に範囲ダメージを与える方法があるのか?
結局、二人で考えていてもはっきりしたことは何もわからなかった。
なんにせよこの島の治安が悪いってことは理解できた。問題は廃墟そのものというより、襲撃を行うようなプレイヤーが存在するという事実なのだ。あまりこの島には長居しないほうがいいのかもしれない。
さらに廃墟の周りを調べていると、フューネスは「あ」と間の抜けた声を上げた。
「どうした?」
「リオンさん、湖の周りに咲いてるのってニードルタレットじゃない?」
「え、ほんとだ!」
萎れていて元気のない姿だったから気づかなかった。湖面には蓮の葉に似た植物に混じって、ニードルタレットと同じ形の蕾をつけた植物が群生していた。
……本物だよな?あれを採取できればニードルタレットが手に入るんだよな?
「近づいたら攻撃とかされないか?」
「ゆっくり近づいてみようよ」
「オッケー!」
興奮を抑えながら、湖の中ほどに浮いている植物に向けてじりじりと距離を詰めていく。水辺に足を踏み入れ、水面を揺らしても野生のニードルタレットが攻撃してくる気配は微塵もなかった。
「野生は栄養不足ってこと?」
「そ、そうかも?てか、ちょっとリオンさん腰掴んでもいい?」
フューネスはアバターの身長が低いからか、若干溺れそうになりながら俺が腰に着ている獣皮の服を掴んだ。低身長設定はカモフラージュ能力は高いけど、こういうとき不便そうだな。
必死そうなフューネスに苦笑しつつ、俺は心の中で胸を撫で下ろした。
思いのほかニードルタレットを早く発見できて助かった。あんまり初期島を留守にするわけにもいかなかったから、探索初日で生息地を特定できたのはかなり大きい。
ニードルタレットの蕾を両手で掴んで引き抜き、そのままインベントリに突っ込んでみる。
【獲得アイテム】
・ニードルタレットの種x3
「やっぱり本物だ」
「ならミヤビさんとタカさんも呼んだほうがいいね」
当初の目的が達成できたことに安堵しつつ、俺はグループチャットで二人にニードルタレットの群生地の座標を送った。
種の重量は軽い。船のアイテムボックスは一つしかないけど、四人分のインベントリいっぱいの種を持ち帰ることができれば今後ニードルタレットの種で困ることはなさそうだ。




