黒い島 後編
「うお……なんだこりゃ……」
高台から低地を見下ろした俺たちの前には、アザラシやトドに似た巨大モンスターの群れが視界いっぱいに映っていた。ランプシールという名のそれらのモンスターは、数十匹くらいのまとまったグループを幾つも作って地面に横たわっている。
「オゥ!オゥ!」
「オーン!」
特徴的な甲高い鳴き声がそこら中で響いていた。島で聞こえる鳴き声は鳥のものだけかと思っていたけど、こいつらのものを混じっていたらしい。
数は全部を合わせれば数百から千頭ちょいくらいはいるんじゃないだろうか。島の外から見ている分にはわからなかったけど、どうやらこの島はランプシールの繁殖場だったようだ。
彼らの図体は一体一体が軽自動車並み。何トンあるんだよって言いたくなるような巨体を、強靭な胸ビレと尾を器用に使って動かしている。何十頭もの成獣がワガモノ顔で日向ぼっこをしている様は海獣ってより怪獣だ。
Takaはトントンと俺の肩を叩いた。
「資源もないみたいですし、ちょっと狩りでもしてみません?」
「え、勝てます?」
「鉄の槍を使えばなんとかなりますよきっと。ドロップ品がしょぼければすぐに退散すればいいですし」
「……わかりました」
そういえばTakaには俺がゲーム下手というのを伝え忘れていた。戦力としてアテにされるとマズいんだけど、まあ鉄の槍があるし大丈夫だよな……?
返り討ちに遭いやしないかと懸念しつつ、唯一イカダから持ってきた装備である鉄の槍をインベントリから実体化させる。
実際のところ、ランプシールを倒せるかどうかはともかく、このアザラシタイプのモンスターたちのドロップ品はチェックしてみたくはある。
リアルでも一時期アザラシってのは乱獲されてたらしいし、なにか良いドロップ品が出る確率は高い。問題は二人でスムーズに狩ってその場を去ることが出来るかだけど――。
改めて周囲の状況たしかめる。
広場は見晴らしがよく海も近い。俺たちがいるのは内陸側の岩場の上。襲うなら岩場に近いグループだろう。海棲モンスターであの巨体なら、高台まで登ってくるのは難しいはずだ。
Takaはランプシールの一団を指差した。
「すぐ目の前のあのグループを狙いましょう。先陣は任せても?」
「任されました」
俺たちは前後に並んで、狙いをつけたグループに向かって突撃した。
「パゥ!パゥ!」
七頭のランプシールたちが鋭い牙を剥き出しにしながら起き上がった。まだ直接攻撃を仕掛けていないのに反応があるということは、こいつらもアングリーライノや肉食モンスターと同じ攻撃性の高いモンスターってことだ。
迎撃の構えを取るランプシールたちの群れは、遠目には軽自動車ほどにしか見えなかったのに、間近に迫ると十トントラッククラスの迫力がある。のしかかりだけもで即デッドしそうな重量感だ。
「ヒット&アウェイでいきましょう!」
背後からの声に無言で頷きながら、右手に携えた槍を引き、大きく広げられた腹に向かって思いきり突き出す。しかし、ランプシールの身体は脂肪がたっぷりと蓄えられているのか、いままでのモンスターとは明らかに手元に伝わる感触が違った。
例えるならまるで巨大なゴムボールを手で押しているかのような反発感だ。槍はたしかに深々と突き刺さったはずなのに、分厚い脂肪の層のせいかあまり決定打になったという実感がない。
「リオンさん危ない!」
「な……ぐほあぁっ!?」
槍を引き抜くのに手間取っていると、ランプシールは胸ビレを横殴りに振った。
世界が一回転して硬い岩場に打ち付けられる。ゲーム内なので痛みはないけれど、HPバーが六割ほど削られたのを見るに相当なダメージを負わされたらしい。目の前が一瞬真っ暗になって、チカチカと視界が明滅する。
頭からイったときの行動妨害デバフがこんな感じなのか……!
にしてもダメージの減り方がエグい。装備無しとは言え、ワンパンでデス圏内とは。
「タ、タカさん任せた」
「オーケー!」
間髪入れずに俺と交代で前に出たTakaが、ダメージを負ったランプシールにさらなる突きを入れた。すると蓄積ダメージによるものかランプシールの動きが鈍った。Takaはさらに連撃をぶち込み、ランプシールを倒しきった。
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
「おお、経験値うま!」
一気にレベルが2も上がってしまった。よし、早速ステ振りしようかなぁ……と、システム画面を開こうとした俺に、Takaが慌てたように叫ぶ。
「リオンさんステ開いてる場合じゃないですよ!周り見てください!」
「え?」
顔を上げると、俺たちの襲撃に気付いたランプシールたちが、ドッタンバッタン身体を地面に打ち付けながら向かって来ていた。
「やばい!?」
「逃げましょう!」
まだダメージが残っているせいで視界が判然としない中、慌てて元来た道を引き返す。足元がぐらぐら揺れて転びそうだ。脳震盪の再現をここまで頑張らなくていいから!
軽いパニックになりながら退路を駆け上がる。幸いランプシールたちは岩場を登れないのか、しつこく追っては来なかった。
逃げ切ったのを確認してから、Takaは俺に微笑みかけた。
「ふぅ……リオンさんどうします?もう一頭いっときます?」
「冗談でしょ……」
「あはは」
笑えないです。
高台の下では血気盛んなランプシールの雄叫びが響いている。それは明らかに俺たちの襲撃に激怒してのもので、この状況でまた攻撃を仕掛けるなんて自殺行為でしかない。でも……今回の戦闘は中々スリルがあって面白かった。
「先輩たちも待っているでしょうし、戻りましょうか」
「そっすね」
ひとまず探索はここまでだ。
ランプシールについてはもう何頭か狩れたほうがドロップ品のバリエーションを見れて良かったのだろうけれど、それほどレアなアイテムが出そうには思えない。
そしてこの島にはやはり、鉱石も植物も何もなかった。あるのは元気よく飛び交っているシーバードと地を埋め尽くすランプシールたちだけ。モンスターの楽園と言えば聞こえは良いが、率直に言ってしまえば不毛の地である。
俺たちは撤退ということでお互いの意見を一致させてイカダに戻った。
「――あ、おかえり。でどうよ?」
イカダに上がると、miyabiは待ちくたびれた様子でTakaに訊いた。Takaはいまだ戦闘で火照っているのだろう身体を拭いながら言った。
「凄かったですよ。絶景というか、ある意味天国のような地獄のような島でした」
「はぁ?」
「モンスターの群れがおしくらまんじゅうしてました」
「いや、意味わかんねーし」
的を得ない感想を言うTakaと、そんな彼を睨みつけるmiyabi。どこか噛み合わない二人を苦笑いしながら眺めていると、フューネスはお土産を要求するような顔で言った。
「リオンさん、スクショは?」
「あ、忘れてた。タカさんは?」
「撮るような余裕なんてなかったですよ」
俺と同様に、Takaもしくじったという表情で首を振る。あれだけ大量のモンスターが群れている光景を撮らなかったのはちょっともったいなかったかもしれない。きっとみんなが見たら驚いてくれただろうに。
Takaは「でも」とシステム画面を開きながら言う。
「ランプシールから獲得したアイテムはちゃんと持ってきています。アイテムボックスに入れますね」
「お願いします」
アイテムボックスに入れられたアイテムを全員で顔を突き合わせて確認する。そこにはランプシールの各部位を剥ぎ取ったアイテムが並んでいた。
【ランプシールの獣油】
・ランプシールの脂肪から抽出した油。各種クラフトアイテムの作製に必要。
【海獣の毛皮】
・各種クラフトアイテムの作製に必要。
【海獣の牙】
・装飾品として飾ることができる。キチンとして代用可能。
【海獣の肉】
・栄養豊富な海獣の肉。
目を惹くのは【ランプシールの獣油】だな。毛皮や牙、肉などはアングリーライノから取れるものの名前違いという印象だけど、獣油だけはランプシール固有のドロップ品って感じの匂いがする。
獣油の用途は調べてみないとわからないけれど、かなり有用なアイテムなんじゃないだろうか。
フューネスは一番最初にアイテムの説明を読み終わったのか、腕を組んで言った。
「中々バリエーションがあるね。ランプシールっていうのは海獣型モンスターだったの?」
「アザラシ……いやトドみたいなモンスターだったな」
「へえ……熱帯にもそういうモンスターいるんだ。ミヤビさんはそういう動物とか詳しい?」
フューネスの振りに、miyabiはお手上げという風に両手を開いた。
「全っ然知らない。畜産系の動物なら詳しいけど、トドやイルカは完全畑違い。そういうのは獣医学部か水産系の学生に訊いてよね」
「ふむふむ……」
そういえば俺とTakaが二人で上陸している間に、フューネスとmiyabiの距離感が少し縮まった気がする。あまり合わないように見えた二人だけど、案外波長の合うコンビなのか?
俺が二人の様子を見ていると、Takaはグループチャットに今回の探索の成果を書き込んでいた。
『Taka:我トド型モンスター「ランプシール」の生息するトド島を発見せり。油、毛皮など入手し候』
俺はチャットを読んでTakaに訊いた。
「トド島?」
「簡単な名前を付けたほうがわかりやすいかなーと思いまして」
「あ、それはたしかに」
あとで島の出来事を語るのに、トドがいた黒い島~なんてまどろっこしく説明をするよりは、端的なあだ名を付けるほうがわかりやすい。それにトド島というネーミングも短いながらに特徴が出ていて気に入った。
「本拠点のある島も名付けてくださいよ」
俺の気軽なお願いに、Takaは気安く答えてくれた。
「いいですよ。本拠点のある島は初期スタート地点なので、初期島でどうでしょう?」
「それ採用です」
初期島とトド島か。やはりわかりやすくていい名前だ。各島の名称は今後もTakaに決めてもらうといいかもしれない。
「じゃあもうひとつ甘えさせてもらって、まだ決まってないギルド名もタカさんに命名してもらっていいですか?」
このままギルドの命名係に任命してしまおうと思ったのだが、Takaは遠慮するように笑った。
「それはさすがにマスターに任せますよ。僕と先輩は後入りだしね」
「別にそんなん気にしないでも」
「いやいやマスターの力の見せどころでしょそこは」
Takaはプレッシャーを掛けるようにニヤりと笑った。
うーん、嫌な部分だけ押し付けられてしまったな。ギルド名か……まだ候補の一つも決めてないんだけどどうすっか……。昨日から一晩経って、グループチャットに書き込まれているのは†刹那†の中二病ネームだけだし、あんまりみんなはギルド名についてはこだわりがなさそうなんだよな。
かといって、いざ決める段になればどういう名前になるか注目が集まりそうだし、マスターとして何か考えないわけにもいかない。
このままズルズル行けば最終的な決定が俺次第な流れになりかねないから、案出しは先延ばしにせず早めに済ませたいのだけど。
フューネスはイカダの帆を開いて言った。
「ギルド名の話は置いておいて、そろそろ出航するから手伝って。次の目的地も近場を適当にで良い?」
「うん、航路は任せるよ」
「了解。じゃ、風向きに任せつつ動かすね」
風を受けて帆が膨れる。波を掻き分けながらイカダは再び動き始めた。
 




