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孤島オンライン  作者: 西谷夏樹
航海、そして空へ
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ログアウト -5-


 土曜日の朝から昼過ぎまでのコンビニバイトは、俺のゲーマー生活を支える根幹だ。月数万円の給料が毎月発売されるゲームの購入資金に充てられ、稼いだ分だけ使うから貯金はほぼない。


 なにせ最近のゲームは値段がバカ高い。それは技術進歩によってクオリティが上がった分、ゲームの開発規模が膨れ上がったかららしい。増えすぎた開発費用を回収するために小売価格が値上げされるのは、俺にもわかる至極当然な話だ。


 お財布には辛いところだけど、俺はこのVR全盛の時代に生まれたことを心底感謝している。後にも先にも、ゲームがこれだけ時代を席巻することはないだろうからな。


 良いタイミングで産んでくれた両親に日々感謝し、今日も楽しくバイトで稼ごう。


「いらっしゃいませー!」


 自動ドアが開くのに合わせて、俺は声を張り上げた。


 ――来店客には元気な挨拶を。


 コンビニバイトで一番最初に教わった言葉である。週イチでしかシフトに入らず、ほとんど仕事が覚えられていない俺も、バイト初日に教わったこの挨拶だけは自信を持ってやることができる。


 しかし、挨拶を向けたお客を見て俺の動きは固まった。


「あ、ほんとに働いてるんだ」

「篠原!?」

「なにビックリしてるの?」


 自動ドアから店内にやってきたのは篠原だった。


 これまで学校外ではまったく会わなかった彼女の登場に、思考が一瞬真っ白になる。その姿はいつもの見慣れた制服ではなく、休日らしい私服姿だ。


 春のまだ肌寒い気候に合わせたのだろう暖かみのある白のローゲージニットに、茶色の膝丈スカート。スタイルの良い篠原が着ていると、まるで雑誌のモデルがそのままやって来たかのような錯覚に襲われる。


 この間、俺のバイト先がどうとか言っていたけど……まさか本当に来るとは思わなかった。


「いや、全然来ると思ってなくて。だって行くわけないみたいに言ってたじゃん」

「わ、私も来るつもりは無かったわよ!ただ、たまたま通りかかったからついでにと思って……」


 篠原のほうも本当に俺と遭遇するとは思っていなかったのか、どこか動揺した様子で視線を逸らしている。


 いままでにも友達や知り合いがコンビニにやってきたことはあるけれど、女子が来るのは初めてだからどう対応していいのかわからない。


 幸い、店長は奥で休んでいるからレジに立っているのは俺だけ。客もいないし、普通に世間話をしていても咎められることはないが……。


「それにしても似合ってないわね、その制服」


 篠原はちらちらとこちらを見て言う。


「余計なお世話だ」

「サイズ合ってないんじゃないの?ダボダボだし」

「このくらいが楽でいいんだよ」

「店員としての意識低すぎない?」

「……」


 実際、週イチでしかバイトに出ていないから否定はできない。現在進行形でお世話になっている先輩や店長を見ると、俺よりも仕事に対して真摯で真面目な感じがする。


 だからいつまで経っても研修の名札が外れないのだけど……って、あ。


「あれ、篠原くんまだ研修中なんだ?」


 失態を隠す前に、研修中の名札に気づかれてしまった。


「あ、いや、ここ就業時間じゃなくて就業期間で研修期間決めてるからさ。たぶん夏休みぐらいまで付けたまんまなんだよね」

「へえ?がっつりバイトしてるって言うから、研修期間ももう終わってると思ってたんだけど」

「はは……まあいいだろ。それで何か買ってく?せっかく来たんだから買い物してけって」


 訝しげな表情を見せる篠原の注意を逸らそうと、俺は隣のホットスナックのケースを指差した。しかし、篠原は首を振ってパンコーナーへと歩いていった。


「揚げ物はやめとく。私それよりもコンビニのハンバーガーが好きなんだよね。あ、それとEVカードも買っておかないと」


 EVカードは全国どこでも売っているゲーム用のマネーチャージカードだ。俺達みたいな学生はクレカが使えないから、ゲームをやるなら必然的にコレが必要になる。


「EVカード買うって……篠原はゲームするのか?」

「おかしい?別に私だってちょっとくらいやるわよ」

「ふうん……あんまりそういう雰囲気出してないからてっきりやらないのだとばかり」

「昔はSoulLinksで遊んだりしたじゃない」

「まあ……昔はな」


 篠原が言っているのは小学校時代の話だ。高校生となった今は違う。


 俺は表立ってはゲームをするとは言わないようにしているし、オンライン上で遊ぶだけで満足している。だから、篠原にじゃあ一緒にゲームをやろうとは言わないし、言うつもりもない。


 篠原もそれ以上は突っ込んだ話をつもりがなかったのか、何も言わず商品を持ってレジまで戻ってきた。そして、俺は致命的なことに気づいた。


「……え、ええと」

「赤沢くん?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。な、いいな?」


 しまった……!どうやって購入処理を済ませるのかわからねえ!


 仕事を覚えられていない故のアレだ。公共料金やカード購入者の相手は割とほかの人に任せきりで自分ではやってこなかった。やってきたことと言えば、品出しとホットスナックの提供……あとはセルフ会計中のお客を見ていることくらい。人に頼りすぎたツケがこんなトコでやってくるなんて……。


「赤沢くんあなた……」


 篠原は疑いの目をより濃くした。だめだ、完全にバイト経験の浅さを見透かされている。でももうこうなったら店長を呼んでくるしか……。


 俺は篠原をその場に残し、一旦店のバックヤードへと走った。休憩室で仮眠を取っていた店長を揺り起こし、処理の仕方を簡単に聞く。


 やり方を聞いて戻ってきた俺は、作り笑いを浮かべながらEVカードを手に取った。


「お、おまたせ~。バーコード読めばレジが勝手にやってくれるんだってさ。ほい、と。じゃあ確認ボタンを押してくれ」

「ふうん……やっぱり、『研修中』って感じだね赤沢くん」


 その言葉には確信と批難が入り混じっていた。なんとなく目を合わせることができず、篠原が決済を終えるのを待つ。


 俺が放課後にバイトで忙しくしてるって話は、完全に嘘だとバレたな……。


「あ、ありがとうございましたー!」


 寒々とした挨拶をする俺に、篠原はひらひらと手を振って店を出ていった。


 別に放課後バイトで忙しくしているって嘘がバレてもどうということはないのかもしれない。でも、なんだか休み明けの学校が憂鬱になったな……。

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