タレット
「僕らは大学の先輩後輩なんだ」
「ちな私が先輩ね」
森の隠れ拠点に住んでいた二人は、俺たちが高校生だと素性を明かすとそんな軽い自己紹介をしてくれた。立ち話もなんだからと拠点に入れてもらった俺たちは、そのまま丸テーブルのある部屋へと通された。
「内装凝ってますね」
「それほどでもないよ」
造りは簡素だが、壁に絵画が飾られていたり、花瓶にサニュアの花が差してあったりとインテリアがお洒落だ。椅子に座ると、かなこ♪は堰を切ったように話し出した。
「トゲトゲみたいなのを飛ばしてきたあの植物ってなんなんですか!?ビックリしたけどあれ凄いですよね。どうやって育てたんですか?いろいろ教えてください!」
雪崩のような口撃を受けて、後輩のTakaは苦笑しながら答えた。
「あはは……うーん、なんなんだろうね?植物の種をプランターに入れて育てたらああなったんだ。僕たちも育てたばかりでよくわかってないんだけど、説明を読む限りだと水と肥料で維持するファランクスみたいなもの?かな」
「ふぁらんくす?」
首を傾げるかなこ♪に、Takaは腕を組んで楽し気に言った。
「ファランクスっていうのは米軍の艦船に搭載されている対ミサイル迎撃用の固定砲台のことだよ。機銃とレーダーを内蔵していて、接近するミサイルを感知すると人の操作なしに自動で撃ち落としてくれるのさ」
「へえ~、な、なるほどぉ……」
絶対理解できてないだろ……。
俺は隣で愛想笑いを浮かべているかなこ♪からTakaへと視線を移した。
態度を見るに、Takaは気さくで親切そうな人だ。アバターは小柄で、長髪をオールバックにして後ろで結んでいる。大学生だから年齢は俺よりも3つか4つは上のはずだが、その割にこちらを年下扱いしたりせずに対等に接してくれている。
軍事兵器についてすらすら解説が出来るあたりかなりの軍オタなのかもしれない。
Takaは俺たちに自分の話が伝わっていないと感じたのか、言葉を続けた。
「言い方を変えようか。簡単に言えばあの植物は番犬なんだよ。怪しい人がやってきたら勝手に吠えて追い払ってくれるんだ。ただその手段が吠えるや噛みつくじゃなくて、種を飛ばすってだけのこと」
「ああ、それならわかります」
今度はかなこ♪もちゃんと理解したように頷いた。
あの植物がTakaの言う通りのものなら相当便利な代物だ。こりゃもっと詳しい話を聞いたほうが良さそうだな。俺は低姿勢でお願いするように言った。
「あの……その種を見せてもらっていいですか?説明を読んでみたいんです」
「ああ、もちろん構わないよ」
Takaはアイテムボックスからチューリップの球根のようなものを取り出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
種を受け取ってインベントリにかざした。
【ニードルタレットの種】
・プランターに入れて育てることができる。成長すると凶暴な植物モンスターになり、一定範囲内に入った敵プレイヤーやモンスターを自動で襲う。
なんだこのアイテム!?
一文読んだだけでわかる明らかに強力なアイテム効果だ。
いままで拠点を守る手段はプレイヤー自身が戦う事だけだと思っていたけれど、ニードルタレットがあれば人がいなくても拠点を防衛することができる。このアイテムは俺たちの拠点にもぜひ欲しい。
俺は前のめりになりながら訊いた。
「よければ、これをどこで手に入れたか教えてもらっても……!?」
「それなんだけどね……うーん……」
Takaは言いづらそうに口をつぐんだ。代わりに、これまで横で話を聞いているだけだった先輩のmiyabiが口を開いた。
「外国人プレイヤーから盗んだ。そんだけ」
「え、盗んだ?」
俺が聞き返すと、Takaは慌てたように言った。
「ちょ先輩そういうのはあんまり言わないほうが……」
「は?そうなの?」
「そうですよ。トラブルになったりしたら大変じゃないですか」
「んだよ、そういうことはこの子たちを家に入れる前に教えてくれれば良かったのに」
miyabiは顔色一つ変えずに、ふん、と顔を背ける。あまりにぶっきら棒な物言いに俺は少し面食らってしまった。
彼女のアバターはすらりとしたモデル体型をしている。黒髪は短く切り揃えられてさっぱりしていて、声は女性にしては低く、大人らしい雰囲気がある。
カッコいい人だなと思う反面、いまの態度から察するに俺たちのことは快く思っていないようだ。
Takaは呆れたように溜息を吐き、やれやれと言って口を開いた。
「先輩がすみません……実を言いますと、昨日、外国人プレイヤーが船で島にやってきたんです。僕はそのとき現場にいなかったんですけど、先輩が彼らの船に忍び込んでこっそり積み荷を盗んだんですよ」
「盗んだってのは……アイテムボックスを破壊したってことですか?」
「はい……」
Takaは自白する犯罪者のようにしょんぼりとしている。そんな態度が気に入らないのかmiyabiは不服そうに彼の足を蹴った。
「何申し訳なさそうにしてんのよ。良いじゃないそういうゲームなんでしょ?」
「いやあ、そうなんですけどね?なんか悪い事したような気分になるんですよ性分なんですよ」
「ふうん?」
miyabiはTakaを見下すように睨んだ。
リアルの知り合い同士らしいけど上下関係のはっきりしている2人だ。尻に敷かれるってのはこういうことを言うんだろうか……。
まあ二人の関係性は置いておくとして、miyabiの言っていることは正しい。空き巣はゲーム性の一部だから別に悪い事じゃない。ただ、一方で人のアイテムを盗むことに抵抗を覚えてしまうTakaの気持ちもよくわかる。
……それにしても外国人プレイヤーの船か。Quartetからは何も話を聞いていないけど、一応確認しておいたほうがいいかもしれないな。
「ちなみに、その外国人プレイヤーたちってQuartetって名前のギルドだったりしました?ギルドログから相手のギルド名が見れると思うんで確認お願いします」
Takaはシステム画面を開き、少し操作してから首を横に振った。
「違いますね。これどこの文字だろ……ローマ字っぽいけど、英語として読めないからよくわからないな……」
「そうですか、なら大丈夫です」
「そのQuartetっていうのは?」
「俺たちの同盟ギルドです。名前の通り4人ギルドなんですけど、明るくて良い奴らっすよ」
「へえ、そうなんだ」
Takaは納得したように頷きシステム画面を閉じた。俺はニードルタレットの種を手で弄びながら呟いた。
「しかし、こいつは一体どこで入手できるんだろう……」
大事なのは入手経路だ。プレイヤーがいなくても敵を自動で発見してくれてなおかつ攻撃を仕掛けてくれるなんて、拠点防衛に理想的なアイテムとしか言いようがない。
これが近場で簡単に入手できるアイテムなら良い。しかし、外国人プレイヤーたちが「船」で外から来たというのが気になる。もしかしてニードルタレットの種は俺達の島には存在しないアイテムなんじゃないだろうか?
いままでにニードルタレットのような植物は島で見た覚えがないし、こういうユニークな効果を持ったアイテムは特定の島・特定のエリアでしか採取できなくても不思議じゃない。
ふと顔を上げると、俺が黙っている間にかなこ♪はmiyabiの隣に移動していて、彼女に尊敬の眼差しを向けていた。
「でもミヤビさんカッコ良くないですか!?女性プレイヤーでそこまで好戦的な人って中々居ないですよ!マジリスペクト!」
「はあ……?別に普通のことしかしてないけど?」
miyabiは初対面でいきなり距離感の近いかなこ♪に困惑気味の様子だ。かなこ♪はそんな彼女の反応に気付いているのかいないのか、マイペースを貫いている。
Takaは苦笑しながら言った。
「かなこ♪さんは勘違いしてるよ。先輩はVRゲーム自体これが初めてだから、外国人プレイヤーだろうがなんだろうが、ソロゲーのNPC相手と同じ感覚でお構いなしってだけなんだ」
「え、ミヤビさんVRゲーム初めてなんですか?」
「悪い?タカがどうしてもって言うから、借りて触ってみただけだっての」
言いながら、MiyabiはVRの感触をたしかめるように自らの身体を見ている。そんな彼女にTakaは待ったを掛けるように手のひらを突き出した。
「違いますよ、先輩。VR機器は貸したんじゃなくて、『あげた』んですよ!」
「はあ?10万もするプレゼントなんて重いから。言ったじゃん今度お金は返すって」
「ダメですよ先輩、プレゼントは素直に受け取るものなんですから」
「……こ、この頑固野郎が」
miyabiはどこか照れるように言って眉尻を下げた。さっきは上下関係が強いのかと思ったが、そういうわけじゃなく単に2人は仲が良いらしい。
「ほうほう……」
かなこ♪はそんな二人の空気を察したのか、ちょっと気持ち悪い笑みを浮かべた。そして、椅子を動かして俺の隣に戻ってくるとシステム画面を開いて個人チャットを送ってきた。
『かなこ♪:この二人凄く良い!絶対ギルドに入れようよ!』
「……」
かなこ♪は恋バナが大好物らしいな……。俺はこういうのは干渉しないでそっとしておいてあげたほうが良いと思うんだけど。
個人としてはそう思うものの、ギルドマスターとしてはかなこ♪の言うようにギルド勧誘の二文字が頭に浮かぶ。
日本人プレイヤーだし、なんたって大学生だ。俺は大学生活がどんなものかは知らないけど、ゲームをやっていると大学生の暇人ぶりには驚かされることが多い。二人のマンパワーは、きっと高校生の俺たちを遥かに凌駕するはずだ。
かなこ♪が向けてくる期待の視線から目を逸らし、俺は二人に向き直った。
「あの、二人が良ければウチのギルドに入りませんか?ルールとかは全然緩いですし、のんびり遊べると思うんですけど」
俺の勧誘にTakaはわずかに呆気に取られた風だったが、すぐに身を乗り出した。
「ギルドか~良いね!先輩はどうしたいです?」
「え、それって入らなきゃダメ?」
「僕は入ったほうがいいかなーって思いますけど」
「私、あんまり大勢とつるむの好きじゃないんだけど」
「それは知ってますよ。でも、ネトゲの中だしそんなに気負わなくてもいけますって」
「ちっ……」
Miyabiは舌打ちをして黙ってしまった。
あれ、なんだか空気悪いような……?
Takaは顔を背けてしまったmiyabiをそれ以上説得するのは無理だと判断したのか、肩を竦めて俺を見た。
「先輩がこんな感じなので、ちょっと考えさせてもらっていいですか?」
「わ、わかりました。いきなり無理言ってすみません。でも、いつでもいいんで拠点を見に来てください。昨日完成したばかりなんですけどめちゃくちゃ完成度高いんです。来てくれたら中も見せるんで」
「ほんと!?そりゃ見てみたいなー。ねえ先輩、やっぱり軽く覗きに行くだけでもどうですか?」
「……」
「今度先輩が行きたいって言ってたライブ一緒に行きますから!」
「ったく……」
miyabiは面倒くさそうに頭を掻いて、渋々といった様子で立ち上がった。
「はぁ……タカがそこまで言うなら行くよ。君ら、案内してくれる?」
 




