鉄槍
今日はログインしてすぐに資材集めをしたから、いくらでも素材を消費して気兼ねなく装備を作ることができるぞ。
「さーて、なにを作ろっかな」
俺はウキウキ気分で設計図一覧をスクロールして、まずはお試しで鉄の槍を作製してみることにした。
『鉄の槍を作成しました』
【鉄の槍】
・基礎攻撃力+50
・耐久値 100/100
「絶対強い」
カタログスペックは石斧に比べて段違いに高い。基礎攻撃力に俺自身の攻撃力補正が付くことを考えれば、威力は石斧のときの3倍近くまで伸びるんじゃないだろうか。
実体化させて手で感触を確かめる。
装備してみた感覚としては石斧よりも明らかに重い。まあ全体の長さが身の丈ほどあるから重さについては仕方ないな。
槍の持ち手は木製で、鉄は先端の刃の部分にだけ使われている。シンプルすぎるくらい簡素な槍だけど、使い勝手は悪くなさそうだ。
「こっちはもう準備出来たよ!」
「はいよー、俺も行ける」
ほかの装備も作ってみたかったけど、とりあえず今回は槍一本で行ってみるか。早く狩りに行きたそうにうずうずしているかなこ♪を待たせちゃ悪い。
アングリーライノを引き連れて、俺たちは砂浜へと狩りに出た。
♦ ♦ ♦
狩りは俺が周囲のカバーに回り、アングリーライノに乗ったかなこ♪が敵を仕留める形で行うことにした――はずだったのだが。
「もうあいつだけでいいんじゃないかな……」
実際に狩りを始めると俺はほとんど突っ立っているだけだった。
「轢き殺せ~!」
「ブフォッ!」
戦力差が圧倒的すぎる。ワンパンとまではいかないが、アングリーライノに数回突き上げられるとジャイアントクラブはポリゴンとなって弾け飛んだ。赤色のポリゴンがドバっと爆ぜては綺麗な花火と化している様は、見ている分には面白いけど対人でやられたらと思うとちょっと怖い。
「こりゃ一人でも大丈夫そうだな」
「リオンも適当に狩りしていいよ!いまんとこただの寄生だし!」
「寄生言うな」
たしかに横で経験値を吸っているだけだったのだけど。
「じゃあ行くけど、あんまり離れ過ぎないようにね」
「はいはーい!」
寄生云々はともかくとして、経験値共有はやらない手は無い。
手綱を握って楽しそうにしているかなこ♪とほどほどの距離感を維持しながら、俺はさきほど作成した鉄の槍の性能をたしかめてみることにした。
「まずは最弱のモンスターから試してみるか」
藪を掻き分けてグランドバードを見つけ出す。すかさず槍を突き出すと、直後、グランドバードは瞬きする間もなくポリゴンとなって消えた。
「お、一撃だ」
まああんまり驚きはない?かな。次はジャイアントクラブで試そう。蟹は硬い甲羅を持っているから貫通系の武器である槍ではダメージが通りにくそうだけどどうなるか。
「……これ、俺が攻撃力振りだからか?」
ジャイアントクラブは二回の攻撃でダウンした。おそらく火力に限ればアングリーライノよりも槍のほうがやや優れているぐらいの力関係だ。俺が攻撃力振りだからというのもあるけれど、鉄の槍を使うことで狩りの効率は飛躍的に良くなった。
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
しばらく狩りを続けるとレベルは3上がった。ただ、狩りを効率化できた割にはレベルの上昇スピードは緩やかに感じられた。これはもう砂浜自体が狩場としては俺たちの適正を過ぎてしまったということかもしれない。
数値としても俺とかなこ♪のレベル差はほとんどなくなり、そのせいかかなこ♪はどこか満足そうに汗を拭った。
「リオンー、もうモンスター全然いないよー」
「リポップも全然しないし、狩場が枯れたのかもしれないな」
「じゃあ、ちょっとだけ森に入ってみない?」
「森かぁ……」
かなこ♪は目を輝かせながら森のほうを指差している。
ゲーム内での夜はもう明けたけど、森は薄暗くて奥までは見通せない。闇が広がっている様はモンスターが口を開けてこちらを待っているようにも見える。
「いや、アングリーライノを連れたままじゃ行かないほうがいいんじゃないか?行くなら死んでも大丈夫なように生身で行こう」
「えー、ビビってんのー?」
「ビビるっていうか、みんなで捕まえたアングリーライノだぜ?事故ってロストしたらアレじゃないか?」
「うーん、それもたしかに……」
俺だって内陸にいる強いモンスターと腕試しをしても良い頃合いだとは思っている。でも、ギルドの資産を危険に晒してまでやることじゃない。
テイムの手間を考えると、アングリーライノの運用は慎重にならざるを得なかった。
「とりあえず拠点に戻ろう。カナもレベル20に乗ったし、内陸にはもっかい準備してから行こうよ」
「ま、そうだね。探検はまた今度だね~ライノ~」
かなこ♪は残念そうにアングリーライノを撫でてから、拠点に向けて進路を取った。
その隣を歩きながら、俺は先ほどかなこ♪が指差した森へと視線を向けた。なんとなく探検に後ろ髪を引かれる思いで振り返っただけだったけど、ふと視界の真ん中に一軒の家が建っているのを見つけてしまった。
「ん、プレイヤーの拠点があるぞ?」
「え?どこどこ?」
「ほら、さっきカナが指差した森の左のほう。奥に」
「ほんとだ!え……どうする?襲っちゃう?」
「いや襲わないよ……それに襲うほどの拠点じゃないと思う。あんまり規模も大きくないみたいだし」
見たところ拠点は小規模だ。石建築ではあるけど、土台は3x3で高さは壁一枚分の豆腐ハウス。我ながらよく見つけられたなと思う。暗い森の中に作られた拠点は砂浜からは見えづらく、発見できたのはほとんど偶然だった。
しかし、住人との接触に消極的な俺とは違い、かなこ♪は腕を組んで「でも」と言った。
「襲わないにしても挨拶くらいはしておこうよ。だってどんなプレイヤーが住んでるのか知りたくない?ここ、ウチらの拠点からそんなに離れてないでしょ」
「言われてみれば……ヤバい人らだったらたしかにマズいよな」
「そうそう」
俺は無意識のうちに、拠点の住人をリアルのご近所付き合いに当てはめて常識的な人たちだろうと決めつけてしまっていたのかもしれない。
でもその考えはあまりに楽観的すぎる。これはゲームだ。あの拠点に住んでいるプレイヤーがもしもリアルでは大人でよく出来た人格者なのだとしても、ゲーム内ではPvP大好き戦闘狂野郎である可能性は充分ある。
というか、常時PvP状態のコスニアでは、PvPに消極的な俺みたいな奴の方が少数派だと考えたほうがいい。普通はPvPが嫌いな人はPvPゲーに手を出そうなんて思わないのだから。
俺はごくりと喉を鳴らして言った。
「よ、よし……ご近所さんへの挨拶と思って行ってみよう」
「そうこなきゃ。じゃ、行ってみよう!」
「あ、ちょ……」
「こんにちはー!どなたかいらっしゃいますかー!」
やると決めてからの行動が俺よりも三秒は早い。
かなこ♪はアングリーライノに乗ったまま、ドタドタと拠点に向かって行った。やや遅れながら俺も後を追う。
これ大丈夫か?戦闘狂が出てきたら即戦闘になるかもしれないんだけど――。
心配する俺の不安が的中したかのように、かなこ♪を乗せたライノは唐突に足を止めた。
「うわっ!?なんか飛んできたよ!?」
かなこ♪は身を守るようにライノの背にうづくまった。アングリーライノからはダメージを受けていることを示す赤いポリゴンが勢いは緩やかなものの継続的に弾けた。
「やっぱり戦闘狂さんだったか!?」
俺からは何が起きたのかわからない。
だが何らかの攻撃を受けているのは確かだ。ライノはかなこ♪を乗せたまま拠点から逃げるように引き返した。
「あー……ビックリした……」
「え、大丈夫?もう攻撃されてない?」
「うん。拠点から離れたら攻撃はすぐ止んだよ」
「なら良かった。でもなんだったんだ……?」
拠点に目を向けるがプレイヤーの姿はない。弓矢やスリングを撃たれたような跡もないって……一体なにが起きたんだ?
かなこ♪は自分の着ている獣皮の服を見て言った。
「うわわ、なんかくっつき虫がいっぱい付いてる」
「くっつき虫?」
見れば、かなこ♪の衣服には植物の種子のようなものが付いていた。種子は五円玉サイズの円盤型で、表面には細かい棘が生えていて触れると指を切ってしまいそうだった。
「たぶんこれが何個も飛んで来たんだよ!あれだ!あの拠点の周りの変な植物!あれが犯人だよ!」
かなこ♪の言っている植物はすぐにわかった。拠点の周りに生えているそれは、明らかに異様な極彩色の植物で、茎は短く蕾がやたらと大きい。巨大な蕾は俺たちのほうを警戒するように向いていて、ゆらりゆらりと蠢いていた。
イメージとしては某配管工ゲームのパッ〇ンフラワーのような見た目だ。
「うわ、気持ちわる……」
思わず顔をしかめた。ああいうグロいのは苦手だから勘弁して欲しい。
「食虫植物みたい。でも家の周りにあんなにあるってことは、テイムできるモンスターだったり?」
「どうだろうな。住人に訊ければ手っ取り早いんだけど……」
「戦闘になるかなぁ?」
「あの攻撃自体はオートっぽいし、住人に悪意はないかもしれないけど……」
俺たちが相談し合っていると、騒ぎに気付いたのか拠点から二人の男女が出てきた。
「あ!えっと、こんにちはー」
「うわ!?なんだあのモンスター!?」
「えっ!?」
呼び掛けも聞かずに、二人は驚いた様子ですぐに家に引っ込んだ。何に驚いて……あ、アングリーライノのせいか。あちゃー……たしかに初見だとこのサイ型モンスターは見た目が怖すぎる。向こうが俺たちを戦闘狂と勘違いしてもおかしくない。
「カナ、ライノをちょっと下がらせてもらっていいか?あの人たち驚いてみるみたいだからさ」
「あ、そっか。すみませーん!別に喧嘩しに来たわけじゃないですから!」
ライノを見えない場所に移動させて、引きこもってしまった二人に何度か呼び掛ける。初っ端から誤解を生んでしまったが、少ししてから二人は警戒しながらもドアを開けてくれた。




