拠点ツアー 前編
「おおー、要塞みたいな拠点になりましたね」
「コスニアはPvP色の濃いゲームですから。襲撃を想定した拠点を作りました」
ほかのメンバーは既に拠点の中に入って探検を開始している。俺とマルボロは少し離れたところから拠点を眺めていた。
マルボロが建築した拠点は、外壁の素材をすべて石材に統一した重々しい印象を感じさせる仕上がりになっていた。まるで中世の古城だ。いままでの木の拠点がただの木こり小屋のようなものだったのと比べると全然規模感が違う。
ただ、当初聞いていた話と違うところが何点かあった。
「マルボロさん、なんか壁を余計に使ってないですか……?」
壁は縦に二枚分だったはずが、縦に三枚分使われていた。本来よりも25枚は壁が多く使われている計算だ。
「は、はは……すみません。どうしても屋上部分を迎撃拠点のような造りにしたくて……。それに工場長さんたちが余分に集めてくれた資材があったので」
たしかに工場長たちが集めてくれた資材はマルボロの要求以上の量だった。しかし、その余分な資材はほかの用途にも使えたはず。共同施設のための消費とはいえ、さすがに予定にない浪費はマズいのでは……?
この人、案外好きなことに対しては盲目になるというか、全力でやってしまうタイプなのかもしれない。
「今回は初めての拠点建築というのもあるんで目を瞑りますけど、今後はちゃんと頼みますよ。資材のことでいろいろ言われるのは俺なんですから」
「う、わかってます。しかし、あの三段目の壁には窓が付いているでしょう?あれは銃眼と言ってですね、あの窓から弓矢や銃を撃つことができるんですよ。戦闘時にはああいう造りが役に立つと思うのです」
「それはわかりますけど……」
「リオンさん。とりあえず壁を三段にしたことは置いておいて、拠点に入ってみてくださいよ。中を順々に案内しますから」
マルボロはモデルハウスを案内する住宅販売業者のようなトーンで営業トークを展開し始めた。
「ちょ、そんな畏まらなくてもいいっすよ!別に俺も怒ってるわけじゃなくて、マスターとして形式的に言わなきゃいけないことだから言ってるだけだし」
というか、ゲーム内とはいえ年上の人に気を遣われるのは居心地が悪い。マルボロは俺の言葉に少し安心したのか、苦笑して言った。
「すみません。でも、せっかくなので中を紹介させてください。かなりの自信作なんです」
「わかりましたよ、もうトコトンお願いします」
俺は肩を竦めてマルボロの話を聞くことにした。もう作ってしまったものはしょうがないしな。今後はマルボロの建築については監視必須だってことがわかっただけでも良しとしよう。
そうして拠点へ歩き出したものの、マルボロは拠点のドアの前ですぐに足を止めた。
「マルボロさん?」
「――拠点を空き巣するとして、まず襲撃者はどこを狙うと思います?」
「んー……そりゃドアじゃないですかね?三姉弟もドア狙いだったし」
「はい。ドアはほかの建築パーツに比べて耐久度が著しく低いんですよ。弱い部分から切り崩すのは定石。ならばとドア周りは特に重点的に補強を施しました。見てください、こちらは風除室になっています」
「風除室?」
「よくスーパーやデパートの出入り口が二重扉になっているアレですよ」
マルボロがドアを開けるとその先は土台一枚分の小部屋になっていた。小部屋には扉が付いていて、その扉を開けると拠点内部に繋がっていた。
「これで襲撃者はドアを二枚壊さなければ拠点に入り込むことができません。若干出入りの利便性は下がりますが、戦闘時にはこの構造が役に立つはずです。空き巣への時間稼ぎだけでなく、敵の襲撃に応対するため討って出る際に、ドアが一枚だとドアを開けた途端に敵に侵入される恐れがありますから」
「たしかに……」
それは三姉弟の襲撃を受けたときに俺も考えたことだった。ドアのすぐ外に敵がいる状況では、不用意にドアを開けることすらままならない。
マルボロの言うように玄関に風除室を設けたのは良いアイデアかもしれない。
「次は拠点のエントランスです」
風除室から拠点内部に入っていく。
エントランスに入ってすぐ正面は壁になっていて、壁際には火の付いていない篝火が2台設置されていた。一階部分はその一枚の壁に隔てられる形で二つの大部屋になっている。
「天井が高いでしょう?このおかげで窓を増やせましたし、より光を取り入れやすくなったんですよ。水晶があればガラス窓を作れたのですが、まあそれは入手方法がわかってからですね。夜間は暗くなってしまうので、壁には篝火を用意しました」
「へ~なかなか雰囲気出てますね」
「ええ、コスニアの石建築はビジュアル的に素晴らしい出来だと思いますよ」
言いながら、マルボロは左の大部屋に進む。そこはリスポーン用のベッドがずらりと並んだ寝室部屋になっていた。壁沿いには収納家具のようにアイテムボックスが並んでいる。
「ベッドは使用後に五分のクールタイムがあるようなので、スペースいっぱいに八つ置いてあります。もちろん、検証で試した埋め込みベッドも設置済みのベッド下に同じく八つ仕込んでありますよ」
「ほうほう」
埋め込みベッドには若干の不安が残るものの、せっかく検証したのだから使わない手はないか。
ベッドにはテイムで疲れたのだろう三姉弟と工場長が芋虫のようにごろごろ転がっていた。
「……」
「みんなお疲れみたいだな」
「ちょっと休憩や……。マスター、この後ウチらはログアウトする思うんでよろしくです」
「わかった、お疲れ様。落ちるときは報告無しで好きなタイミングでいいから」
「はいー……」
疲れたメンバーを労いつつ、エントランスに引き返して右の大部屋に進む。
こちらは広めのキッチンになっていて、テーブルや椅子もあった。
「キッチンですね。グループチャットで報告のあった薬師キットも設置しました。おそらく薬師キット以外にもクラフト系のキットが今後解放されるでしょうし、スペースには多少余裕を持たせています」
石造りの拠点に、木製家具中心のキッチンは中世ファンタジー的なノスタルジックさがあった。調理台は石材で作られていて表面がゴツゴツしている。使い勝手は悪そうだけど、味があるとも言えそうだった。
「なかなか良さげっすね」
「でしょう。水道があるので見てください」
「え、水道が?いきなり文明が進化しすぎじゃ」
「驚くほどのことじゃありません。上水道を整備したわけではなく、あくまで雨水を溜めて利用するタイプのものですから」
「あ、そういう水道ですか」
それでもかなりの進歩じゃないだろうか。これまで水はシャノミの実からしか入手できなかったから、真水の入手方法が一切なかった。雨水でも水が補給できるならありがたい。
試しに蛇口を捻ってみると、まだ水は出なかった。
「水源が雨水なので、雨が降るまでは使えません」
「天候の変化を待つしかないっすね」
「ええ。それとキッチンには燻製器も用意したんです。見てください」
「これ燻製器なんですか?」
マルボロが示したのはキッチンの隅。そこには暖炉のように薪が立てられ、上部には煙突の吸気口と思われる木製の筒が伸びていた。
「薪を燃やして肉を燻せるようになっています。設計図の通りに作っただけなので実際に使用してどうなるかはわかりませんが、保存食を作れるかと」
「なるほど」
現状食料には困っていないけど、今後どうなるかはわからないしな。まあこういう設備もあっていいかもしれない。ゲーム内に季節の概念があれば冬備えも必要になるだろう。
「さて、一階はもういいでしょう。次は屋上ですね」
「まだあるんすね」
「まだまだありますよ。さあ、行きましょう」




