マスターとして 後編
「さて、と……」
ゲームにログインし、俺はまず資材集めの進捗状況を確認することにした。
昨日は遅くまでやっていたが、途中で睡魔に襲われて朦朧とした意識の中で作業を進め、最後は社会人組にバトンタッチしたのだ。彼らがどれだけノルマを進めてくれているかで、今夜の作業の進め方が決まる。
しかし、仮拠点で目を覚ましてすぐに、俺は昨日社会人組がどれくらい作業を進めてくれたかを理解した。
「これ、絶対ノルマ以上に集めてくれてるな……」
仮拠点は内部が若干拡張されて、余ったスペースにアイテムボックスがすし詰め状態になっていた。それらのアイテムボックスの中身はいずれも資材でいっぱいになっている。
これだけあれば今日は俺が資材集めに出なくても大丈夫なくらいだ。
だが、この集まり方はおかしい。まさか無意識のうちに俺が資材集めを急かしたりして、みんなに余計な圧を掛けていたのだろうか?
不安に思っていると、俺のすぐ後にログインしたらしいかなこ♪とフューネスがやってきた。
「うっわーリオンさん。これ全部みんなで集めたの!?」
「あ、カナさんとフューネスさん。これはたぶん……ほとんどゲンジさんや工場長さんたちだと思う」
「へ~社会人組は凄いね~。資材集めって長時間ずっとやるのってしんどいのに」
「そうね。お礼はもう言ったの?」
「まだだよ。ログインしたらちゃんと何か言っとかないとな」
俺たち学生とは違い、社会人は帰宅してから自由に遊べる時間も少ないはずなのに、よくもこれだけ資材集めをやってくれたなと思う。何かメッセージが残っていないかとギルドのグループチャットを開くと、ゲンジの書き込みがあった。
『ゲンジ:マルボロさんへ。資材を外に出したままログアウトするのは怖かったので、拠点を広げてアイテムボックスを設置しました。明日もまた資材集めをする予定なので、追加の資材が必要なら遠慮なくどうぞ』
「凄いなゲンジさん。グループチャットを見たら今日も資材集めやる気満々ですって感じだけど……」
「そもそもゲンジさんたちは資材集めに出れるレベルじゃ無かったはず。いつレベル上げしたんだろう?」
フューネスの言う通りだ。ノルマに追われてすっかり忘れていたけれど、ゲンジや工場長たちが合併してくれたのは序盤のレベル上げを手伝うという約束があったため。
ゲンジたちのレベル上げが終わっていたのはなぜだ?
不意に浮かんだ疑問に、かなこ♪が「あー……」と思い出したように答えた。
「それはほら、工場長さんのレベル上げを三姉弟が手伝ってあげてたみたいよ?」
「三姉弟が……?そういや工場長さん、昨日は朝からログインしてたっけ」
それなら辻褄は合う。三姉弟は俺たちよりもログイン時間が早いから、そのときにレベル上げを手伝ったのだろう。
でも、あの好き放題やっていた三姉弟が、そういうギルドのための行動をやってくれたっていうのか……?
「あの子たちが……」
フューネスも似たようなことも思ったのか、小声で呟いて黙り込んだ。かなこ♪はそんなフューネスの顔を覗き込んだ。
「どうしたどうした?」
「ううん。ちょっとあの三姉弟を誤解してたのかなって。ギルドにキッズがいるのはちょっと抵抗があったんだけど……どうやら間違った認識だったみたい」
「あはは、そんなこと考えてたんだ。というかキッズって言い方キツすぎー」
「……」
たしかに口は悪いが、俺も同じことを思ってしまった。
三姉弟を加入させたのは、主にギルドの人員確保と、島内で極力敵を作りたくないという実利的な思惑によるものだった。しかし、俺は彼らを自分よりも年下ということで、どこか侮るような気持ちで見ていなかっただろうか?
それだけじゃない。俺は昨日、三姉弟のノルマを自分で肩代わりすると決めたときに、あまつさえギルドマスターになったことを後悔すらしていたのだ。
ギルドは適材適所というのを俺は忘れていた。ゲンジたちのように資材集めに熱心な人もいれば、三姉弟のように資材集めが苦手な人もいる。
そして、三姉弟は戦闘や襲撃に関して言えば、おそらく俺やゲンジたちよりも意欲的だ。
ノルマを消化できないからと言って、それだけでメンバーに悪感情を持つのはギルドマスターとして失格だと思う。こういうのって、人としての器が問われるよな……。
「俺が忘れてたゲンジさんたちのレベル上げをやってくれたのは助かったし、あとでキキョウたちにも声を掛けとかないとな。いまの話って、カナさんは工場長さんに聞いたの?」
「そだよー。昨日リオンさんと別れたあと、一人で資材集めしてたら工場長さんに会って、そういや挨拶まだだったなーと思ってそれでさ」
「なるほど」
だからフューネスも知らなかったんだな。
三姉弟は採取場に湧くモンスターの掃除もやってくれていたけれど、もしかしたら工場長のレベル上げはその掃除のときに一緒にやったのかもしれない。
「しっかしさー、工場長さんのアバター怖すぎじゃない?眉なしツンツン頭で最初ビクビクもんだったもん。話してみたらギャップ凄くて笑ったけど」
「それはそう。でもよく出来たアバターだよなぁ。カナさんもそうだけど、みんなアバター作り上手すぎ」
「ほほう、あたしのアバター良い感じ?まあ男を殺すというテーマで作ったからね~」
「……やっぱりそういう意図で作ったのか」
「だってどうせギルド入るなら姫プしたいもん」
「ギルドが荒れるから姫プはNG」
「冗談冗談」
かなこ♪の真意はともかくとして、女性問題でギルドが荒れるのはギルドマスターとして最も避けたい展開だ。かなこ♪には冗談は冗談のまま封印して大人しくしていてもらいたい。
「さて、こうして話してばっかりじゃ資材を集めてくれたゲンジさんや工場長さんに悪い。マルボロさんの追加注文もあるだろうし、そろそろ俺たちも資材集めに出ようぜ」
「そうね」
「おーっし、ちゃっちゃと終わらせよー!」
それから俺たちはマルボロがログインするまで資材集めを続けた。ログインしてきたマルボロは集まった資材を見て一度驚いたように目を見張って、充分な資材が集まったと高らかに宣言した。
 




