ログアウト -3-
「――赤沢くん、ねえ、赤沢くん……!」
「うぇっ!?」
がばりと起き上がると、既に教室ではクラスメートたちがお弁当を広げて昼食を食べていた。どうやらいつの間にか居眠りしていたらしい。
「大丈夫?午前中はほとんど寝ていたように見えたけど……」
隣の席の篠原は心配そうに俺のことを見ていた。彼女はこれから友達と食堂に行くところなのか、携帯端末を片手に席を立っていた。
「ああ、まあよく寝れたから……起こしてくれてありがとう」
昨日の資材集めの疲れが残っていたとは言え、午前中を丸ごと睡眠に費やすのは眠り過ぎか。篠原が起こしてくれなかったら昼休みのバスケにも参加できないところだった。
「寝れたって、あなた学校に何しに来てるのよ……」
「そりゃ進学のために来てるよ。ただ、最近ちょっとだけバイトが忙しくてさ」
「ふうん?」
篠原は半信半疑といった具合のじっとりとした視線を俺に向ける。そして、少し訊きづらそうに言った。
「あの……気になっていたんだけど、赤沢くんって本当にバイトで忙しいの?」
「うん?ああ、コンビニで働いてるんだ」
「そんなにバイトをしているようには思えないんだけど。本当は別のことをしているとかじゃないの?例えば……ゲームとか」
「はは、なんでそう思うんだよ」
内心ぎくりとしながらも、いつものように軽く流す。
「高架下のコンビニわかる?あそこで働いてるんだ。気になるなら今度見にくればいいよ」
「なんで私が、行くわけないでしょ」
篠原は呆れたように肩を竦めた。
俺の話を聞いた人のほとんどは篠原と同様の反応をする。よほど仲の良い友達でもない限り、誰かのバイト先に遊びに行こうなんて普通は思わない。もしも行くと言われても、そのときは唯一の出勤日である土曜日に来いと言えばそれで誤魔化せる。
「つうかなんでゲームやってるって?昔篠原言ったじゃん。俺にゲームは向いてないって」
「……っ!?赤沢くん、まだそんなこと覚えてたの?」
「そりゃまあ。小学生で女子にあんなこと言われたら忘れらんないっしょ」
目を見開く篠原を見て、彼女も当時のことを覚えていたのだとわかった。そんな昔のことをお互いに覚えているなんて意外だった。あれは遊んでいるときに言われたなんでもない一言だったのに。
篠原はどこか焦ったように髪を弄って、それから踵を返して肩越しにこちらを見た。
「とにかく、あんまり隣でいびきをかかれると気になって仕方ないから、もっと静かに寝てよね。言いたいのはそれだけ」
「おう」
そのまま篠原は教室を出て行き、篠原と入れ替わるように廊下から太田が顔を出した。太田は廊下のほうを軽く覗いてからこちらに歩いてきた。
「なんだ赤沢、篠原さんと仲良いのか?」
「小学校が同じだったんだよ。それ以上でも以下でもない」
「へえ、その割に篠原さんよく喋ってたな。ほかの奴と喋るときってもっと事務的な感じなんだが」
「なんだずっと見てたのか?」
「途中からな」
「普通に声掛けてくれりゃ良かったのに」
「そういうわけにもいかんだろ」
太田は難しいことを考えるように眉を寄せている。なにを考えているんだか。
「とりあえず昼飯誘いに来たんだろ?さくっと済ませて体育館行こうぜ」
「まあ……そうだな。今日は何食う?」
取り留めもない話をしながら売店に向かう。
さっきはちょっとだけ懐かしい気持ちになった。てっきり篠原は小学校時代のことなんて全部忘れているのかと思っていたのに。
あの頃は学校で「Soul Links」が流行っていて、昼休みにクラスメートとゲームをやるのが普通だった。いま、当時のように篠原とゲームをしたらどうなるんだろうな?
「……まあ、あり得ないか」
「なんか言った?」
「なんでもない」
首を振って忘れることにする。
リアルではゲームの話はしない。したところで、誰も得をしないだろう。
 




