マスターとして 前編
拠点に着くと、俺はちょうどログインしたところらしいフューネスとかなこ♪に鉢合わせた。
「あ、リオンさん!」
かなこ♪の呼びかけに手を振って応える。軽く挨拶をしてから、俺は山のほうを指差した。
「もうマルボロさんは拠点建築始めてるよ。一人で集中したいみたいだから、あんま近寄んないであげてくれ」
「りょーかーい。でも早いね。もう建ててるの?あたしは今日から資材を集めるって話をフューネスから聞いたばっかなんだけど。ね、フューネス」
「うん」
かなこ♪は目を丸くして、フューネスと顔を見合わせている。
「建築と資材集めを同時進行で進めてるからなー。足りない資材については俺かマルボロさんがギルドのグループチャットに報告するから、それを見て資材を集めて欲しい。あ、それとカナさんは昨日新しく加入したゲンジさんたちについては聞いてる?」
「聞いてるよ。あとで挨拶してくる~♪ええっと……新しく入った人の名前はっと。工場長さん、トマトママさん、ゲンジさんの三人ね」
「大丈夫?覚えられる?」
「ちょっとー、リオンさん私のことバカにしてない?」
かなこ♪は俺の問いに、腰に手を当てて不服そうに言った。
「あーいや、バカにしたわけじゃなくてさ、どんどん人を入れてるからみんな付いていけてるかなって」
「付いていけてるってのは?」
「ある程度ギルドには既存のグループを組んでる人たちを加入させてるけど、みんな初対面の人ばっかりだろ?あんまりハイペースでメンバーが加入するとお互いやりづらいんじゃないかなって」
ギルドも結局は人の集まりだ。人間関係を新たに構築するのには労力も掛かる。それが毎日のこととなると、辟易してしまう人もいるかもしれないと思ったのだ。
心配する俺に、かなこ♪は「何言ってるのこの人……」と呆れたように言った。
「それはソロで加入した人に言う言葉じゃない?さて、いまギルドで一番気苦労が多いのは誰でしょうか?」
「……マルボロさん?」
「マルボロさんも大変だろうけど。でも、メンバーが大量加入してそれで一番大変なのは当然ギルドマスターでしょって話」
「あ、言われてみればそうなのか?」
「まったく。急に変なこと言うから、そういう愚痴だと思ったんですけど~」
「ね」
フューネスもかなこ♪の横でうんうんと頷いている。
たしかに現状、ギルドにソロで入ったのは俺とマルボロだけだ。そして、マスターは加入したメンバーの統率を取るポジション。人間関係で一番苦労するポジションなのは俺なのか。
マスターとしての仕事が忙しくて意識していなかったけれど、かなこ♪に言った「付いていけているか?」という言葉は俺自身が感じていた気持ちが無意識に出てきていたのかもしれない。
俺は腕を組んで唸った。
「うーん。あんまり自覚はしていなかったけど、たしかに人を一気に入れてやりづらく感じていたのは俺だったのか」
かなこ♪は宙を指でなぞり、システム画面をスクロールし始めた。
「4人、5人ならともかくいきなし10人だもんね。人が一度に覚えられる数って7つまでなんだっけ?」
「数と人じゃ違くないか?」
「人のほうが大変ってことよ。ま、何か困ったことがあったら私のことを頼りなさいよね」
「うん……なんか、意外とカナさんって気が利いてるんだな」
「ユー、失言って言葉知ってる?」
「カナは気配りができるほうよ。何かあったら私も頼ってね」
「ああ、そうするよ。ありがとう」
二人のありがたい言葉に感謝を述べる。
まあ、不慣れなマスターという役割を演じるために、肩に余計な力が入っていたのはたしかだ。もう少し気楽にやっていったほうがいいのかもな。
フューネスは「それはそれとして」と前置きして言った。
「ここまでハイペースで人を集めるのには何か理由があるの?」
「ああ。コスニアでのネットでの評価は知ってる?」
「ソロには厳しいゲーム?」
「その通り。これからゲーム内にいるソロプレイヤーは新たにギルドを組むか、引退するかしてどんどん減っていくと思う。そういう人たちを取り込めるのはこの数日の間だけだと思うんだ。ソロじゃなくても、友達同士で始めたっていう人たちもそのうち大きなギルドに吸収されていくだろうし」
SNS上でもギルド募集の書き込みが増えてきた。みんなコスニアというゲームがソロではなく、ギルドを前提としたゲームだと理解し始めたんだと思う。
この流れに乗り遅れれば、その先に待っているのは大手ギルドに轢き殺されるという破滅的な未来だけだ。ゲームが下手な俺だが、ギルドの行く末を読んで行動するくらいはしたい。やれることがあるなら、全力で行動すべきだ。
フューネスは合点がいったと頷いた。
「なるほど、それはあるかもしれないね」
「たしかし~。いまってサービス開始直後の祭り期間って感じだもんね。人を集めるならいましかないのか~」
「それに一度に大勢の人と関係を作っていくのは大変だけど、それはみんな一緒なんだ。グループが出来上がっちゃってるところに遅れて入るよりは、こういう一気にメンバーが入る流れに混じるほうが新規加入者も馴染みやすいんじゃないかな」
「ふうん、そういう話ならメンバー集めを急ぐのも仕方ないね」
「まーメンバー集めはリオンさんにお任せで!それより私たちは資材集めでしょ?」
かなこ♪は石斧を装備して素振りを始めた。フューネスは仮拠点の周囲の森を見回して言う。
「ところで、このあたりの森って昨日もこんなだった?」
「いや全然違うと思う。単純に木材を採取し過ぎて森が枯渇してるんだ」
昨日は海岸線付近まで生い茂っていた木々は、いまではだいぶ遠くまで後退している。
かなこ♪は気後れしたように言った。
「みんなどんだけ伐採し尽くしたのよ……頭上がらんわぁ」
「新拠点のためだしね。ま、頑張って採取に励もう」
そうして俺たちは木材・石材・繊維・鉄鉱石をマルボロの注文に合わせて集め始めた。




