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孤島オンライン  作者: 西谷夏樹
ギルド結成
23/102

検証


「あ、リオンさんお手間を掛けさせてすみません」

「いえいえ、それで相談ってのは?」


 拠点ではマルボロがアイテムボックスを確認しているところだった。必要な資材は既に回収済みらしく、俺が来たのを見てマルボロはそのまま拠点の外に出た。


 マルボロはトレードマークである片眼鏡の位置を直しながら言う。


「建築に入る前にいくつか確認があるんです。あと検証したいことがあるのでリオンさんに付き合ってもらえればなと」

「検証ですか」


 検証と言われてもあまりピンと来ないな、それってそんなに大事なことなのか?


 マルボロは拳を握り熱の入った表情で言った。


「きっとリオンさんもハマりますよ。建築は検証を重ねてゲームの仕様を理解するとどんどん深みが出て面白くなりますから」

「俺建築とかやったことないっすよ」

「誰だって初めはそうです。特に新作であるコスニアでは私も立場は変わりません。というか、リオンさんはコスニアで一度建築を行っているじゃないですか。経験値はリオンさんのほうが私より高いまでありますよ?」

「はは……そうですかね」


 やっぱ今日はテンション高いなこの人。昨日までは落ち着いた雰囲気の社会人感を醸し出していたのに、いまは溌溂とした覇気に満ち溢れている気がする。


 砂浜から森の中に入り、俺たちは鉄鉱石が取れる裏山へと歩いて行った。


 付近の斜面は既に鉄鉱床が掘られた後なのかハゲ山と化している。それらの景色を横目にマルボロは言う。


「鉄鉱石は一度採取してもしばらくしたらリスポーンするみたいです。なので、鉄鉱石の湧きと被らなくて、比較的平坦な場所に拠点を構えようと思っています」

「良い考えっすね。ちなみに土台は何枚くらい使うんすか?」

「今後のギルド規模がどうなるか次第ですね。リオンさんはどのくらい人を増やすつもりなんです?」

「俺としては最低30人くらいかなって思ってますけど」

「ほう……それは多いな。となると、土台10x10は必要になるか……」


 マルボロは上半身だけ考える人のポーズをして唸った。


 んーと?10x10っていうのは本気の想定なんだろうか?土台だけで100枚も必要になる計算なんだけど、さすがにそんな大規模な拠点を作るとなると一ヶ月石材を掘り続けても完成しないんじゃないだろうか。ちょっと規模がデカすぎる。


 このまま国家規模の工事を開始されても困る。俺はつい早口になりながら言った。


「ああいや訂正します!もっと小さくていいですお願いします。いますぐそんなにメンバーを入れるわけじゃないんで……現状の10人+アルファくらいで見積もってもらえると」


 マルボロはどこか残念そうに腕を組んだ。


「いいんですか……?その人数でしたら5x5くらいで済みますが」

「5x5で充分っすよ。5x5だと土台25枚、天井25枚、壁はえっと……」

「最低限必要なのは20枚ですね。いや、ドア部分を引くと19枚ですか」


 10x10のモンスターハウスを作るよりは全然マシなものの、土台25枚を要する5x5サイズの拠点もかなり資材を食う。資材集めは今日中に終わらせるのは難しそうだな。工期は2日か3日は見ておいたほうが良さそうだ。


 俺が必要な資材量を頭で計算していると、マルボロは唐突に足を止めた。


「あのですね……一つ提案があるのですが」

「なんですか?」

「天井を高くするために壁の必要枚数を倍にしたいのですがどうでしょうか?」

「どうでしょうかって……どうしてでしょうか?」


 オウム返しで問いかける。マルボロは地面に座り込み、木の枝で地面に絵図を描き始めた。


「壁が一枚の家はイメージとしては重苦しい雰囲気の家になります。これは天井が低いがために視覚的に圧迫されストレスを覚えるからなんですねぇ。もうね、空間が圧縮されてしまうんですよ。しかし次の図を見てください。このように壁を二倍用意すると天井が高くなり、解放感が増し、室内に明かりを取り入れやすくなるんです!」

「はぁ……」


 言葉が右から左に通り過ぎていく。とにかくマルボロは必要な壁を増やしたいらしい。あまり資材を食う建築にはしたくはないけど、マルボロの熱意を汲んでここは認めてあげたほうがいいんだろうか。


 少し悩んでから、俺はマルボロに押し負けるように首を縦に振った。


「あーもう大丈夫っすから!良いです!好きにやっちゃってください!」

「おお、ゴーサイン感謝します。みなさんにはリオンさんがそうするように指示したと言っておきますね」

「って、ちょ、勘弁してくださいよ。資材が全部無くなったら俺が恨まれるやつじゃないっすか」

「ははは、冗談ですよ」

「……」


 冗談でも勘弁して欲しい。実際、資材集めはかなり大変になりそうなんだから。


 先を思いやる俺とは対照的に、マルボロは機嫌が良さそうに絵図を消して立ち上がった。俺は脱力しながらも問いかける。


「で、他には何かありますかね?」

「そうですね……では最後にベッドについての検証をしたいんですが」

「ベッドですか」

「はい」

「うん?ベッドっていうのはリスポーン地点のベッドですよね?」

「もちろん」


 ……ベッドの検証ってなに?どういうこと?


 いまいち要領を得ない俺をそのままに、マルボロは新拠点建築予定地へと俺を案内した。到着後すぐにマルボロはインベントリを操作して、地面に木の棒のようなものを設置する。


「なんですそれ?」

「柵の土台ですよ。この土台の上に柵を敷けるんですが、この土台にはちょっと変わった使い道がありまして」

「なるほど?」


 まったく話を理解できていないまま、とりあえずの相槌を打つ。なにをするのか眺めていると、マルボロは柵の土台の上にベッドを設置した。


「あれ……その二つって設置判定あるんですか?」

「そうなんです」


 俺は初日に木の家を建てただけだから、建築にはあまり詳しくない。だが、フェンス土台の上にベッドを設置したことの奇妙さは理解できた。


 通常、建築に使う建材はそれぞれ決まった建材同士で接続しないと実体化させることができない。例えば屋根は柱や壁に接続しないといけないし、ドアはドア枠に接続しなければいけない。


 だからコスニアの建築はある程度適当にやっても形になるし、逆に言えば工夫しようとしても最終的な形は似通ったものになる。なのに、柵の土台とベッドというのは明らかにミスマッチな組み合わせだ。


 リスポーンポイントであるベッドを柵の土台だけで設置できるという発見は、きっと多くの応用を効かせられる。


「この組み合わせを見つけたのは偶然だったのですが、おかげでベッドの埋め込みを成功させることができました」


 言いながら、マルボロはベッドの上に木の土台を設置した。するとベッドは見えなくなり、土台の下に埋まってしまった。


「おお、これ凄いじゃないっすか!」


 はっきりわかった。なるほど、これがマルボロの検証したいことか。


 ベッドを土台下に埋めることができれば、拠点内に敵が侵入してもベッドを発見される心配がないし、なんなら相手の意表を突いてリスポーンすることができる。


 ベッドの上に土台が設置可能になっている原理は謎でしかないが、たぶん何かしらバグが起きているのだろう。さすがのコスニアもバグからは逃れられなかった。まあ、結局ゲームは人の手で作るものだからな……バグは永久に不滅ということかもしれない


「検証っていうのは、埋めたベッドで湧けるか試すってことっすね?」

「理解が早くて助かります。埋め込み技を使う以上、私一人だけで検証すると事故が怖くて」


 土台の下に埋められたベッドから湧く。それはバグを試すということだ。VRゲームには安全のためのセーフティが掛かっている。だがバグが絡むのなら何かアクシデントが起きる可能性もある。


「俺がやりますか?」

「いえ、私がやりましょう。言い出しっぺですからね。リオンさんはここでしっかり見守っていてください」

「了解っす。ちなみに、これっていつ気づいたんですか?」

「昨日です。ゲンジさんたちに挨拶して、それから建築資材の設計図を解放して拠点をどう建築するか実験をしていてそれで」


 早いな。昨日からもう検証を始めていたのか。


「さすがっす」

「それほどでもないですよ。ではいまから死んで来るのでちゃんと湧けるか見ていてもらえますか?バグで土台の下に埋まって自力で脱出できなくなったら救出お願いします」

「了解っす。ちなみにどうやって死ぬ気ですか?」

「ジャイアントクラブと握手してきます」


 そいつは猟奇的な握手になりそうだな……。


 マルボロは所持アイテムをその場に置いて砂浜へと走っていった。それからおよそ1分後。マルボロは土台から打ち上げられるようにしてリスポーンした。


「お、湧けましたね!」

「え、ええ……しかし、ちょっと湧く瞬間ちょっと身体がブレるというか、弾かれる感覚がして気持ちわる……あー……」


 マルボロは目をぎゅっと瞑って宙を仰いだ。モニターの見過ぎで疲労した会社員みたいな仕草だ。ひとしきり休んでから、マルボロは一言「もう大丈夫です」と呟いた。


「本当に大丈夫っすか?オブジェクト貫通して出てきてたし、無理やり押し出される拍子に変な処理が入ったんじゃ……」

「そうですね。本来想定した挙動じゃないから当たり前なんでしょうけど、この方法で湧くのは緊急時だけにしましょう……あーまだ気持ちが悪い。検証に付き合ってもらって良かったです。やっぱ仕様の穴を突くのはリスクがありますねぇ……」


 基本的にVRゲームではプレイヤーの体調に異変を来すような演出効果は不快感が軽減されるようになっているはず。だけど、こういうバグまがいの行為にはそういったストッパーが掛かっていないのかもしれない。この方法でリスポーンするなら事前に感覚のカットが必要そうだ。


「あまり無茶はしないでくださいね」

「はは……気を付けます」


 気丈な笑みを浮かべ、マルボロは立ち上がった。


「では相談も出来たことですし、私はそろそろ建築作業に入ります。足りない資材についてはリオンさんに都度報告するので、リオンさんから皆さんに指示を投げて頂けると」

「了解です。建築作業の手伝いには誰か呼びましょうか?」


 マルボロは小さく首を振った。


「大丈夫です。途中でタバコ休憩を挟んだりマイペースでやりたいので」

「はは、なるほど。ちなみにタバコの銘柄は……」

「当然マルボロです」


 まあ、だろうと思った。


 ――まだ少しマルボロの体調が心配だったが、当の本人が平気というので建築は任せて、俺は仮拠点に戻ることにした。


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