採掘
『リオン:こんちはー、みなさんどこにいますかー?』
『工場長:あ、初めましてー。ゲンジさんと一緒に入った工場長です。よろです』
『リオン:あ、よろしくお願いします!マスターのリオンです』
『工場長:ゲンジさんから話は聞きました。拠点を作るんですよね。建築に備えて現在資源集め中です!』
『キキョウ:こんにちは、私たちは石掘りに行ってます』
『リオン:了解です!』
ログインし、グループチャットを使ってギルドメンバーに挨拶をする。
MMOの醍醐味だが、挨拶してすぐに仲間の反応があると嬉しいものがある。
しかし、メンバーが増えてきて本格的にギルドとしての活動が始まった感じがするな。これから進めていく新拠点への引っ越しは、ギルドとして動く第一歩となりそうだ。
「さてと、どうしよ」
拠点内を見回すと、ログアウト状態で寝転がっているのはフューネス、マルボロ、トマトママ、ゲンジの四人。
トマトママにはまだ挨拶も出来ていないけれど、名前にトマトとママがつくだけあって赤毛の女性プレイヤーだった。リアルでは主婦の方なんだろうか?
ほかのメンバーを見ると、プレイ三日目だけあってみんな獣皮の服を着るようになっていた。俺は熱耐性が下がるのが嫌だから胴体と腰だけしか着ていないけど、マルボロとゲンジは全身にフル装備していた。
「そういやログイン状況ってギルドタブから見れんのかな?」
メンバーが増えた分、メンバーの状況は逐一確認できると助かる。
調べてみると、すぐにギルドメンバーの一覧表が出てきた。一覧にはしっかりと各メンバーのログイン・ログアウト状況が載っている。また、ギルド所有のオブジェクトについてのログが残っており、誰が何にキルされたのか、誰がどのオブジェクトを解体したかがわかるようになっていた。
こういった情報ログが残るのは便利だな。ログインしたばかりでもその日の状況がわかりやすい。メニューを閉じて外に出てみると、工場長が拠点周りの木を切り倒しているところだった。
「工場長さん初めましてー。チャットで挨拶したばっかですけど」
「あはは、まあそれはそれだべ。よろしく頼んます」
「思ったよりログインするの早いんですね?」
「今日は休みだったんで。だから午前中から資材集めしとうと」
キツめの訛りのある口調だ。出身はどこなんだろうか?三姉弟とかもそうだけどウチのギルドは方言使いが多い。
俺は工場長が重量オーバーで捨てたのだろう木材を拾って言った。
「俺も資源集め手伝いますよ」
「そりゃありがてえ。したらば、マスターはキキョウさんらと一緒に石集めをお願いしても?ここはオラだけで大丈夫だけん」
「うっす。石集めですね」
ゲンジの連れだからけっこう歳の行った人なのかと思ったけれど、工場長は気の良いお兄さんみたいな人だ。年齢は二十代……かな?声が掠れ気味だから予想しにくい。
アバターは細身。桃色ツンツン髪のロッカースタイルで、世紀末系漫画のやられ役みたいな見た目をしていた。眉のないギョロっとした目玉がこちらを向く。
「そーだ。ちなみに石斧は両手に装備するのがオススメね。両腕動かして採取すれば二倍で集められてお得」
「なるほど、やってみます」
言われるままに、俺は二本目の石斧を装備した。ふむ……これ、戦闘のときも片手を空けておくよりは両手斧でいったほうが良いかもな。
「重量オーバーするといけねえんで、取り過ぎには注意で頼んます」
「了解っす」
工場長からのアドバイスに頷き、俺は森に入っていく。
しかし、みんなアバターこだわりまくってるよなぁ。いま話した工場長しかり、ほかのメンバーもそれぞれ自分のアバターに個性を出そうと工夫しているのがわかる。
俺のアバターってカッコよくは作れたけど、あまり基本から離れていないユニ〇ロ的なスタイルなんだよな。個性というベクトルには調整できていないから、みんなのアバターを見ているといろいろ参考になる。
かなこ♪は金髪ロールの色白巨乳で見た目から派手だし、マルボロは片眼鏡紳士風で渋い。三姉弟はそれぞれの差異は体型くらいだが、三人全員が褐色で統一していてテーマ性が見える。ゲンジと工場長は世紀末の白髭老師とヒャッハー……?
俺と同様にあまりアバターを弄っていない印象があるのはフューネスくらいだな。身長を最低設定にしているから小柄なイメージはあるけれど、ほかにはこれといって目立つ特徴は付与されていない。
……いやまあ、なにを考えているのかわからないミステリアスさはあるからそれが個性になっているのか?
なんにせよ、やっぱ俺だけ地味だ。アバター作りまで下手ってなんなんだろうな……。
そんな自問自答をしつつ、石材を探すこと数分。
「……ありゃ、石がない」
採取場の異変に気付き、俺は足を止めた。昨日来たときはこのあたりにいっぱい岩があったはずなのだが。
これはあれか?もう工場長やほかのみんなが掘り尽くした後ってことなのか?だとしたらもっと森の奥まで入るしかないぞ。
「この先は初めてだけど行ってみるか」
周囲に気を配りながらさらに奥へ進む。しばらくすると、不意に唸り声のようなものが聞こえた。
「グルルル……!」
木陰からウルフファングという名の黒狼型のモンスターが姿を現した。そういえばゲンジが言ってたな。このあたりには凶暴なモンスターが出るって。
たしかにこいつはジャイアントクラブや雑魚鳥よりは骨がありそうだ。身体は細身だが、白い牙が二本口元から顔を覗かせている。黒色の毛並みは荒々しく逆立っていて、貌には凶暴さが浮かび上がっていた。
「逃げるってのは……無理だよな」
機動力では勝てなさそうだし、石斧でゴリ押してみるか。
そう思って石斧を構えた直後、ウルフファングは一足で飛び掛かってきた。
「うおっ!?」
のしかかりを斧で受けてそのまま横に流す。見た目は軽そうなのに、こいつの飛び掛かりには想像以上の重さがあった。
さらにウルフファングは牙を剥きながら駆け込んでくる。
もう一度受け流そうと斧を胸元で交差させるが、ウルフファングは俺の守りをすり抜けて足元に食らいついた。
「ウウウ……!」
噛まれている右脚から赤いポリゴンが噴き出す。
「このやろ……!」
噛みついて離れないウルフファングに両手の石斧を同時に振り下ろす。一発でウルフファングは怯み、二撃目を振るとウルフファングはポリゴンとなって消え去った。
【獲得アイテム】
・獣皮 x6
・黒狼の牙 x2
・狼の生肉 x5
「あーくそ、脚がやられたか」
倒すには倒せたけど、しっかり部位破壊を受けてしまった。まったく歩けないことはないけど、移動速度にデハフが掛かってしまったのか、体力バーの上におそらく鈍足を示す靴マークが付与された。
「三姉弟はこんなところで資材集めをやっているのか……」
海岸とは違って森での資源集めは危険を伴いそうだ。事前に工場長から斧は両手に装備したほうがいいって話を聞いていて良かったな。片手斧だけだと飛び掛かりを防げたかわからなかった。
俺は周囲の様子に気を配りながら道なき道を進み、ようやく見つけた岩石の前に立った。
【獲得アイテム】
・石材x4
・石材x3
・火打石x3
・石材x5
・石材x2
・石材x3
・石材x6
・火打石x2
・石材x2
・石材x3
たしかに石斧をダブルでぶん回したほうが採取速度は早い。スタミナ消費も二倍速だが、それを加味しても二本持ちのほうが効率が良さそうだった。
「……って、もう重量オーバーかよ」
重量超過で足がずしりと重くなった。こりゃいくつか石を捨てていかないと動けないな……。工場長の言う通り採取は重量超過との戦いになりそうだ。
重量を軽くするためにインベントリを確認してみると、石材の重量は1つあたり0.5キロ。一回岩を叩くたびに重量が大体2キロ増える計算だった。いまの俺の最大重量は100キロだが、これじゃちょっと石材を採取するたびに小屋に戻らなきゃならない。
いままでは攻撃力に極振りしてきたが、資源採取のことを考えると重量にもステータスを振ったほうがいいのかもしれないな。次レベルアップしたら重量に振ってみて、それでどれだけ採取が楽になるか様子を見てみるか。
俺が思案していると、山のほうからキキョウがやってきた。
「おーマスターや!」
「よーっす!」
獣皮の服を着たショートカットの褐色少女は、見るからに足の動きがゆったりとしていた。重量超過寸前で鈍足効果を受けているのか?
「えっと……大丈夫か?」
「まあなんとか……このあたりまで来れれば安全ですわ。裏山のほうは肉食系モンスターがおってアカンね。さっきから足首齧られまくってこのザマや」
「足首を齧られるって、え、もしかしてその鈍足って重量超過じゃなくて、ウルフファングにやられたやつか」
「そやで?防御姿勢を取ると必ず足首に噛みついてくるんよ。石斧があれば楽に倒せるけど、ノーダメはムズイわ」
「なるほどな……俺もまさしくついさっきやられたよ」
ダメージを受けている右脚を見せるとキキョウは肩を竦めた。
「あの駄犬、一匹なら良いけど集団で襲ってくることもあるから気をつけんとあかんね」
「群れでも襲ってくるのかよ」
「うん。一人でいるときに群れに目を付けられたら最後。絶対に助からんよ」
「へえ、こりゃ資材集めも命がけだな……」
「せやね。もう何回かやられちゃってるけど、リスポーンにも慣れたわ」
「殺され済みなのね。いよいよブラック労働も極まってくるな」
死が日常の採取仕事って最悪すぎる。
キキョウからさらに話を聞くと、どうやらこれでも採取場付近に湧いていたモンスターは刹那や針金が討伐して大人しくさせたのだという。それでもリポップして襲ってくるウルフファングが後を絶たず、戦闘を余儀なくされるとのこと。
「ちなみにデスペナってどうだった?」
「デスペナ?」
「デスペナルティのこと。死んだときに能力値が下がったりした?」
俺も初日にキルされたけど、あのときは頭に血が昇っていてデスペナとか意識してなかったんだよな。
「ああ、そういうのね」
キキョウは俺の問いを受けてシステム画面を開いた。少しばかり画面をスクロールし、自信なさげに答える。
「んー、手持ちアイテムが全部入った袋をその場に落としちゃうってのと、リスポーン時間が死ぬたびに伸びることくらい?最初は30秒くらいで即リスポーンできたのに、1分、3分、10分って具合に伸びてたはず」
「ステータスに変化は無し?」
「たしかめてないけど、ステータスは下がらんかったかな?」
アイテム全ロスというのはかなり重いペナルティだ。装備品に数百万ゴールドかけることもザラなMMOだとあり得ない仕様だと思う。
もう一つのリスポーンのクールタイム増加についてはまだ生温いほうだけど、こちらも緊急時にはその一分、二分のペナルティが地味に効いてきそうだ。
「わかった。教えてくれてありがとう。引き続き頑張ってくれ」
「了解やマスター」
拠点のほうに向かっていくキキョウに手を振る。
そして石材の採取を再開してしばらくすると、ギルドのグループチャットの通知が鳴った。
『マルボロ:こんにちは~今日は早めに仕事切り上げてきた(*^^)v』
「お、マルボロさんも来たか。なんかモチベ高そうだ」
建築を任せられて気合が入ってるんだろうな。どんな建物が出来上がるか楽しみだ。良い拠点になるといいけど。
『マルボロ:建築について相談したいのでリオンさん来れますか?』
「俺に相談?」
建築のことで相談に乗れることなんかあるだろうか?俺は疑問を覚えながらも返事を書き込んだ。
『リオン:いま行きます』
採取した石材を抱えたまま、斜面を下っていくことにした。
 




