怪鳥
俺はマルボロと共に鉄鉱床探しのため森を彷徨っていた。
「鉄鉱床見つかりませんね」
「でも内陸は景色が新鮮で楽しいっすよ」
「砂浜は見飽きましたからねぇ」
頭上を覆い尽くす木々は陽差しを一切遮っている。森の中は砂浜より涼しく、風が吹くたび心地がいい。暑さで下がり続けていた健康ステータスも日陰に入ってからはだいぶ下降が緩やかになっていた。
「リオンさん、あれ初めて見るモンスターですよね?」
「うわ、あいつは初めて見るな。敵対的なやつじゃないといいけど……」
マルボロが指を差した先には、空中を浮遊するクラゲのような発光生物が漂っていた。
『ジェリー・ライトフィッシュ Lv.12』
その体表は僅かに発光していて黄色い。複数体が寄り添っていて、暗い森の中を照らしていた。
見るからに麻痺毒を持っていそうなモンスターだ。なんか触手がうねってて気持ち悪いし、絶対にお近づきになりたくない。
ジェリーライトフィッシュ以外にも、森には数々のモンスターの姿が目に映る。
『フォーハンドゥス♂ Lv.67』
四つの腕を持つ巨大なナマケモノのようなモンスターだ。こいつは木の枝につり下がりながら木々に実っている果実を貪っている。不気味だ。
『ボルバグ Lv.112』
ダンゴムシをそのまま巨大化させた見た目。ジェリーライトフィッシュもそうだったけれど、性別表記がないのは両性タイプのモンスターだからか?
なんにせよ、砂浜とは住んでいるモンスターの生態が大違いだった。
「内陸に入ってから一気にモンスターの格が上がったなー。砂浜はジャイアントクラブとかグランドバードとか、見るからに弱いモンスターが多かったのに」
「そうですね。その二体のほかだと、砂浜で見かけたのは大きな亀や小型の翼竜くらいでしょうか。どちらも戦闘力は低そうでしたし……砂浜は初心者向けのエリアなのかもしれません」
「初心者向け……たしかにそうかも」
頷きながら、システム画面から「スクリーンショット」を選択する。俺は見かけたモンスターたちを次々と撮影し、ギルドのグループチャット欄に張り付けた。
『リオン:↑怠け猿と電気クラゲとダンゴムシ発見した』
俺の書き込みにギルドメンバーはすぐに反応を返した。
『†刹那†:そのクラゲどうやって浮いてん!?』
『フューネス:こっちではその三体は見てない』
『リオン:新種を見つけたら画像で送って欲しい。いずれ島を掌握したら図鑑を作ろう』
コスニアに実装されているモンスターは数百種類にも上るという。島という隔絶されたエリアにどれだけの種がいるのかは調べてみたい。エリアによって生息するモンスターはどう違うんだろうか。
考えていると、何かを見つけたのかマルボロが声を明るくした。
「あそこに岩がありますね。叩いてみましょう」
「了解っす」
マルボロは石斧を振りかざして岩を数度叩いた。しかしすぐに首を振って向き直る。
「……やはり外れですね」
「中々見つからないなぁ」
さきほどからずっとこんな感じで外れを引き続けている。そう簡単に見つかるものではないと頭ではわかっていても、徒労感は拭えない。
二人でがっくり落胆していると、再びグループチャットの通知が鳴った。
『キキョウ:そろそろ私たちは寝ます。お疲れさまでした』
ああ、小学生にはもう辛い時間だもんな。俺もそろそろ眠たくなってきた。
『かなこ♪:ぉやすみ…φ(:3」∠)_』
『フューネス:おつです』
『マルボロ: (*´∇`)ノ おやすみ』
『リオン:お疲れさまでした。他の人もあまり無理せずキリ上げてオーケーってことで!』
『かなこ♪:じゃあ私もちょっと明日あるから落ちるね……ネムイ.._〆(‘Д⊂』
『マルボロ: ヾ(´○` )お♪( ´▽`)や♪(´ε` )す♪( ´θ`)ノみ♪』
『フューネス:私はカナにアイテム預けてデス覚悟で島の奥まで走ってみます』
『リオン:了解~』
うーん、ゲーム内チャットってあまり使ったことがないから少し戸惑うな。なんでみんなこんなに顔文字慣れしてんだ?
俺がいままでやってきたゲームはほぼVCでコミュニケーションが完結していた。携帯端末はスタンプを使うから顔文字なんて使わないし、不慣れな顔文字は使いこなせそうにないな。
とりあえずみんなが落ちるなら俺たちも帰ったほうがいいか?
「マルボロさん、俺たちも戻ります?」
「はい……帰りを考えるともう戻らないとですね。せめて別ルートで行きましょう。マッピングもしたいですし」
「うす」
システム画面からはマップを開くことができる。マップ機能は一度歩いた地域を自動で記録してくれるタイプのもので、既に砂浜はかなり広い範囲をマッピングできているが、内陸はまだ二割もマッピングできていない。
これじゃ島全体を把握するにもまだまだ時間が掛かる。コスニアのワールドはあまりに広い。
「リオンさん!上を見てください!」
「え?」
俺がマップを眺めていると、マルボロが不意に声を荒げた。言われるままに空を見上げる。頭上はほとんど木の葉に覆われていたが、僅かに空が見える隙間があった。
「なんだあれ……」
その隙間から見えたのは、遥か上空を飛ぶ巨大な怪鳥だ。いや、正確には鳥なのか判別はつかない。トサカのようなものを持つそいつは、翼をいっぱいに広げて空を漂っていた。尾には飾り羽のような美しい装飾が施されていて、身体は全体的に赤や橙色に染まっていた。
まさに火の鳥のようなそいつは、すぐに木の葉の影に隠れて見えなくなってしまった。
「あ、スクショ撮るの忘れてた……」
しまった。せっかく珍しそうなモンスターを見かけたってのに。
「いやぁ、あんなモンスターもいるんですね」
マルボロは空を見上げ続けながら興奮気味に呟いた。
「レアモンスターかもしれないっすね」
「いずれはああいうのを捕まえられるんでしょうか」
「テイムもやっていかないとなー」
「ええ。まだ捕獲するにはいろいろと用意が足りていないですが、準備ができたらやってみたいですね」
テイムか……鉄鉱石の鉱床探しも大事だが、テイム関係の機能もいろいろ試してみたいな。やれやれ、やりたいことが多すぎて何もかもが後回しになってしまっている。
仮称・火の鳥の話題でひとしきり盛り上がり、しばらく歩いてそろそろ拠点が見えてくるかというタイミングで、フューネスからのチャットが届いた。
『フューネス:鉄鉱石の鉱床見つけた!座標送る。(878.2086)』
「マジか!マルボロさん行きましょう!」
「了解です」
マップと座標を照らし合わせてみると、どうやらフューネスが見つけた鉱床は砂浜沿いに走っていけばあまり危険もなく辿り着けつけそうだ。
俺たちはレアモンスターを見かけた興奮そのままに、スタミナが続く限り走って、急いで鉱床の場所まで向かった。
 




