三姉弟
「す、すみませんでした……」
「いやまあ、そんなに平謝りしなくても。ゲームなんだし」
話を聞くとどうやら彼らは姉弟らしい。さらに声で予想していた通り、三人とも俺よりだいぶ年下で、いま俺に謝っている姉は中学二年生。弟二人は小学四年生の双子だ。
ヘッドギアは遊び盛りの弟二人を大人しく遊ばせるためにと、姉が頼んで買ってもらったらしい。たしかに弟二人を安全に遊ばせておくならVRゲームはこれ以上ない選択だと思う。怪我はしないし、迷子にもならない。
なんだか話を聞いて事情をより深く知るうちに、彼らの姉が少し気の毒になってしまった。
そして――
「大変だなー。俺は兄妹とかいないからわからないけど、兄妹だからってそこまでやらなきゃいけないものなのか?」
「うーん……そんなことはないと思うけど、ウチは弟たちのこと好きだから」
「そっか……ならしょうがないな。てか、関西弁?」
「奈良県民なんで!」
「へえ~奈良とか良いな。八つ橋食いたくなってきた」
「八つ橋は京都や!」
気づけばただの世間話をしている俺がいた。
普通、こういう襲撃者相手にはもっと徹底的に対処とかするべきなんだろうな。痛めつけるとか、言葉で責めるとか。
でも、そういう一方的な説教は俺には無理だ。性分じゃない。それにゲーム初日に外国人プレイヤーに襲われた経験があるからか、話の通じる相手ってだけで戦う気も失せてしまう。
「ちなみにさ、拠点襲撃って楽しかったりした?」
「それは反省してます!」
「いや別にそれはわかってるから、純粋な興味としてどうだったのかなって」
「ぶっちゃけ楽しかったです。悪いことしてるみたいでドキドキしたし」
「そっかー」
空き巣プレーが楽しいのはわかる。俺もソロのRPGをやっていて空き巣プレイをするときはドキドキするしな。ただ、オンラインとなると中々気後れしてしまいそうだ。
やはり同じ行為でも、対人と対NPCでは事の意味合いや重さが違ってくる。NPC相手には際限なく無法者として振る舞える人も、人が相手になれば通常の倫理観が働いてしまうこともあるはずだ。
実際、俺はそういうタイプの典型だしな。
でも、ギルドには対人対NPCの違いを考えずに戦えるメンバーも必要なのだと思う。コスニアでは好むと好まざるを問わず、ギルド同士の戦いが発生するのだから。
そう考えて、俺はそれとなく切り出した。
「なあ、三人もギルドに入ってみない?」
「えっ……?」
俺の提案に、姉――キキョウの表情が固まった。
「でも、え?ええんですか?」
「ああ、いまは人手が欲しくてさ。この島って言葉の通じないプレイヤーも多いみたいだし……」
「そうなん!?海外の人もやってるってこと?」
「まあね。それで酷い目に遭ったから、出来れば言葉が通じる者同士仲良くしたい」
言葉が通じるのは重要なことだ。コミュニケーションが取れなければ何も始まらないし、何も終わらない。戦いになればどちらかが消え去るまでやり合うことになってしまう。
三人には襲撃を受けたが、いまはこうして会話が出来るし仲良くなれそうな感じもする。過去のことは水に流して手を組んでみるというのも選択肢の一つだ。
それに――。
三人をギルドに勧誘したのには、もう一つ大きな理由もある。
俺たちと彼ら三姉弟。お互いがこの島に住み続ける限り、俺たちはいずれ再び顔を合わせるときがくる。そのとき敵同士になるよりは、いま味方として仲良くなってしまったほうが遥かに得だと思うのだ。
キキョウは迷う様子もなく頷いた。
「じゃあ……!入れさせてもらいます!」
「うん、これからよろしくね」
「はい!」
そんなあっさりしたやりとりで、俺は三姉弟たちをギルドに加入させた。
加入させた姉弟の双子の兄は†刹那†、弟はエンペラぁ針金という名前だ。名前の傾向はバラバラな三人だが、アバターの雰囲気は話し合って揃えたのかみんな南国系の焼けた肌をしていた。身長はみんな低めで、その辺りはリアルと感覚がズレないように合わせたのかもしれない。
ギルドに加入すると、まず†刹那†は拠点を指差した。
「この家入ってもええん?」
「ああ、ギルドメンバーになったわけだしな」
「やったー!じゃあ一番乗りしちゃおー!」
嬉しそうに言いながら、すらりとした身軽な体躯の†刹那†が拠点に駆け足で入っていき、後からふくよかで鈍重そうな見た目のエンペラぁ針金が小走りに続いた。
「ズルい!待ってや蓮~」
「篤は入れへんよ!」
双子はじゃれ合いながらお互いの名前を呼び合っている。
蓮と篤っていうのは双子の本名だと思うんだけど、若干ネットリテラシーに欠けてないかこの子たち……。
弟たちを眺めているキキョウは、まだVRアバター慣れしていないのか短く縛った髪の位置を直すように触っている。俺は「あのさ……」と口籠りながら、ちょいちょいと手招きした。
「ん、なんです?」
「いや、いいの?えっと、キキョウの弟たち普通に本名で呼び合ってるけど……」
「まあ大丈夫やない?」
「いやいや、絶対キャラ名で呼び合うように言ってくれ」
「はぁ……」
キキョウはあまり事の深刻さを理解していないのか、眉間に皺を寄せて困惑したような表情だ。これはもっとしっかり言い聞かせないとずっと名前で呼び合ってるパターンだな……。
キキョウは会話の最中に「あ」と思い出したように言って、すうっと息を吸って拡声器のように口元を手で覆った。
「二人とも、あんま迷惑かけんといてな!」
「姉ちゃん!なんか中で寝てる人おるで!」
「死んでるんかな?これ装備もらってもええ?」
中で寝てる人?死んでる?それフューネスとマルボロじゃねえか!
「待て待て待て!ちょっとお前ら兄弟一旦出てこい!」
「えーっ!?」
「またヘッドショットされたくなかったら早く!」
「わ、わかった!わかったからヘッショはやめて!」
弟たちは俺の呼び出しに応じて慌てて出てきた。なるほど、わかってきた。この姉弟にはオンラインゲームにおける常識というものが備わっていない。俺はギルドマスターとして、彼らをちゃんと「教育」しないといけないらしい。
自分のやらなければいけない仕事を理解して、俺は声色を変えて話をすることにした。
「これからお前らにギルドメンバーとしてやっていくにあたっての指導を行う。教えられたルールは絶対守るように!」
「う、うん……いや、わかりました!」
兄の†刹那† は正座で頷いた。どうやら不意打ちでヘッドショットを受けたことが相当なトラウマになっているようだ。弟のエンペラぁ針金も緊張した様子で隣に正座する。そんな兄弟の後ろで、姉のキキョウは保護者のように見守っていた。
「まず、ギルドで活動していくにあたって人の持ち物を奪うのは無し。ほかの人が集めた資材を勝手に使うのも無し。基本的に個人で使う装備の素材集めは自分で行うこと」
これは良い機会かもしれない。南海同盟はフューネスと俺がなんとなくで結成したギルドだけど、一応最低限のルールくらいは必要なんじゃないかと考えていたのだ。ここらでギルドルールは明文化しておいたほうがいい。
それから俺はルールを考えて、ざっと姉弟に説明した。まあ、ルール自体はどれも基本的なものだ。内容は俺が過去に見たことのあるクランやギルドのルールを引用・一部編集したものである。
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南海同盟ギルドルール(暫定版)
・ログイン・ログアウト時には挨拶をしっかりしましょう。
・ギルドメンバーとは仲良くしましょう。野良プレイヤーに対しても、相手が敵対的ではないのなら友好的に接しましょう。
・ほかのギルドメンバーにとって迷惑になるような行動はしないようにしましょう。
・人の持ち物を盗ってはいけません。また、人が集めた素材を勝手に使ってはいけません。使いたいときは必ず採取した人の許可を取ること。
・トラブルの原因になるので、他人の拠点を許可なく襲ってはいけません。
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うーん、こんなところか?あとは小学生でも読めるようにふりがなを入れて完成だな。一般的なMMOだともっと詳細なルール決めやネタルールがあるものだけど、ひとまず細かい部分は全部削ぎ落とした。まだ結成したばかりのギルドだし、人を集めるならルールは少ないほうがいい。
ただ、俺自身サバイバルVRMMOは初めてプレイするジャンルだ。他にもいろいろと気を付けなきゃいけないことがあるかもしれない。そのときは都度追加ルールを書き加えなきゃいけないだろうな。
「以上、わかった?」
「わかりました!」
†刹那†はピンと手を挙げて答えた。やっちゃいけないことの判断が曖昧なだけで、とりあえず双子の兄の性格は素直そうだ。これなら間違いを犯してもきちんと注意してればなんとかなるか?
俺は姉弟がギルドルールを理解してくれたところで、最初に気になっていたネットリテラシーの話をすることにした。
「それとこれは別にギルドルールってわけじゃないんだけど、リアルの名前で呼び合うのもダメね。世間も物騒だから、ゲーム内ではキャラ名で呼び合うこと」
「でも、それだと僕の名前呼びずらいかもです。どう呼んでもらったらええですか?」
質問を投げたのはエンペラぁ針金だ。兄同様に素直そうだが、こちらは引っ込み思案な感じがする。
「エンペラぁ針金だから、針金でいいんじゃないか?嫌?」
「まあ……そうなぁ、わかりました。じゃあ針金で」
少し無関心さというか、どうでもよさが見え隠れしているけれど針金は頷いた。彼の隣に座っていた†刹那†は手を挙げて言う。
「俺は刹那で!」
「私はキキョウのままでええよね」
「ああ。俺のこともリオンって呼んでくれていいよ」
「了解!マスター!」
「は?」
†刹那†があんまり自信満々に言うから誰のことを言っているのか一瞬戸惑ったけど、マスターってのは俺のこと?
「マ、マスター?」
「だってお兄さんギルドマスターなんでしょ?リオンさんって呼ぶより、そっちのほうがしっくりくるよ。な、姉ちゃん?」
「んー、そうかもね」
†刹那†の言葉に、キキョウはシステム画面を開きながら適当な相槌を打った。おいおいなんか適当だな。
「リオンさんも別に構わへんよね?マスターて呼んだっても」
「まあ構わないけど……うーん、マスターか」
そりゃギルドマスターがマスターと呼ばれるのはよく見る光景だし、拒否するのもおかしな話だから受け入れるしかない。しかし、マスターだなんて全然呼び慣れていないから、馴染むまでは時間が掛かりそうだな。
「じゃあ改めて。マスター、もうルール説明は終いでしょ?俺もう蟹退治行きたい!」
「……わかった。行っていいよ」
「だってさ!姉ちゃん行くよ、篤……じゃなくて針金も!」
「オッケー」
†刹那†が先頭に立ち、三人は嵐のような勢いで砂浜を走っていった。彼らの背中を眺めながら、俺は自分の過去の所属ギルドのことを脳裏に思い浮かべた。
「マスターか……。そういやいままで入ったことのあるギルドのマスターって、みんなアバター名じゃなくマスター呼びで定着してたっけな」
俺が過去に所属したギルドはほとんどがPvP無しのまったりギルドだったけど、そういうギルドのマスターたちはメンバー全員の状況を把握していたり、メンバー間の問題を仲裁してくれていた。
いままでそういう厄介事は一メンバーとして遠巻きに眺めているだけだったけれど、自分がマスターとなったいまはそうはいかない。
俺はこれから起こる様々な問題に、マスターとして自分で対処しなければいけないのだ。メンバーに悩みがあれば話を聞き、揉め事が起これば仲裁をし、問題が起これば解決法を見つけ出さなければいけない。
考えれば考えるほど気が重くなる役職たが、同時に楽しくもなってきた。
流れで結成した小さなギルド。でも、せっかく作ったものはより大きなものにしてみたい。
これは俺がマスターとしてどこまでやれるのか、どこまでいけるのかを試せる絶好の機会だ。ゲームは下手でも、マスターとしてなら活躍できるかもしれない。新たな挑戦と思って頑張ってみてもいいんじゃないだろうか。
「……さて、仕事だ」
ひとまず、拠点のアイテムボックスのチェックからだな。あの兄弟が荒らしてしまってないか確かめたいし、昨日ログアウトしてからマルボロが何か新しいアイテムを集めていないかチェックしておかないと。




