戦争 -2-
三挺の戦艦イカダは離れ小島に進路を取り、そしてそのまま敵のマシンタレットの射程圏内へと侵入していた。
俺は外の様子を確認するために取り付けた小窓から進路を確認しながら、予定通りのコースにイカダを走らせる。
「そろそろ岸に着きます!」
工場長とゲンジの二人に呼びかけながらイカダの帆を徐々に畳んでいく。帆が畳まれたことで動力を失ったイカダは、スピードを落としながら離れ小島の岸壁の手前で停まった。
ここまでは作戦通りの展開だな……。
内心で作戦の順調ぶりに安堵しながら、気を引き締めなければとグループチャットを開く。
本来、俺たちがマシンタレットの射程圏内でこうも悠長にしていられるのはあり得ないことだ。マシンタレットの射程圏内では、プレイヤーもモンスターもあらゆる生物がマシンタレットの的にされてお陀仏になる。
いまそうなっていないのは、戦艦イカダが『建材』に覆われているから。
これはロンがケツァールテイルを建材で覆って、マシンタレットを防いだのと本質的には同じこと。つまり、マシンタレットは標的が物体に遮られているときには十全な効果を発揮できないのだ。
この仕組みはたぶん、ロンの装甲ケツァールテイルを見なかったら気づけなかったものだと思う。一度装甲ケツァールテイルにしてやられたからこそ、悔しさを糧に生み出すことができた俺たちの戦術だ。
ただし、戦艦イカダには前述のロンの装甲ケツァールテイルとは大きく異なっている点が二つある。
一つはケツァールテイルが空を飛ぶモンスターである都合上、羽などの可動部位は建材で覆いきれなかったのに対して、イカダはそれそのものが建材だからプレイヤーをマシンタレットの射線から完全に切ることができるということ。
このおかげで、イカダはFOB(前線基地)でありながら、敵の拠点の足元にまで接近できる攻撃兵器としても使うことができるようになった。
そして二つ目の相違点は機動力の差だ。イカダは防御力に優れているが、移動可能な範囲は海上だけ。もしもロンの拠点が陸の奥地にあるような拠点だった場合は、なんの脅威にもならないただの乗り物で終わっていた。
ロンの拠点が離れ小島という限定的な立地にあるからこそ、今回の戦争ではカウンターとして機能している側面がある。
こんなものは、本来は水場に陣取っている敵にしか通用しないニッチな戦術でしかない。
だが、それでいい。
昨日までの俺たちは、敵が海を利用した拠点作りをして守りを固めているのに、無理やり真正面から弾抜きしようとしたり、空から爆撃しようとしたりと海の存在を無視してしまっていた。
敵が海を味方に付けているのなら、俺たちは海を寝返らせなければならなかったのだ。
いま、ロンの拠点の真下では合計二十四台のマシンタレットが、赤いランプを点灯させて攻撃のときを待っている。
いかにロンのケツァールテイルが装甲で身を覆っていようとも、それが完全でないのなら、二十四の砲門は決して無視できる火力じゃない。
「これで海は潰した。次は上陸作戦だ」
ここまでで、作戦の第一段階である敵の海上戦力の無力化と、第二段階の制海権の確保が終わった。これから始まるのは第三段階、マシンタレットの無力化だ。
『リオン:島に取り付きました。弾抜きを始めてください』
グループチャットを送ると、間を置かずに後方で水飛沫の上がる音がした。
さらに、続けざまに二度、三度と着水の音が鳴る。
これは先日やって失敗した作戦のやり直し。アングリーライノによるマシンタレットの弾抜きだ。
あのときはアングリーライノを上空に攫われて失敗してしまったけれど、今回はいろいろと状況が違う。
「敵のケツァールテイルが来たど!」
工場長の声が響いた。
「イカダをアングリーライノに寄せてください!」
叫びながら、俺は帆を動かしてイカダをアングリーライノのほうへと寄せようとする。
直後、マシンタレットが反応して接近するケツァールテイルに向けて射撃を開始した。建材に弾丸が弾かれる音が鳴り、そしてたまにケツァールテイル本体への着弾の音がそれに混じる。
「うわ、俺んとこ来た!」
ロンのケツァールテイルはマシンタレットの迎撃を無視してアングリーライノを狙うことにしたらしい。ターゲットとなったアングリーライノに乗っていた†刹那†は声を上げた。
ケツァールテイルを一瞬で溶かすには二十四のマシンタレットは少し数が足りない。ロンのケツァールテイルはダメージを負いながらも、アングリーライノを掴んで悠々と空へ舞い上がろうとする。
だが――
「人間爆弾喰らえー!」
†刹那†がそう言った次の瞬間、ケツァールテイルの腹部で閃光が煌めいた。白い稲光が爆音と共に解き放たれ、一瞬で大量のポリゴンが弾け飛ぶ。
それは、†刹那†の身体に巻き付けられていた大量のC4が一斉起爆されたことで起きた大爆発だった。
『†刹那†が死亡しました』
『†刹那†がRồngの鉄の屋根を破壊しました』
『†刹那†がRồngの鉄の屋根を破壊しました』
『†刹那†がRồngの鉄の屋根を破壊しました』
『†刹那†がRồngの鉄の屋根を破壊しました』
視界の端に†刹那†の死亡ログを見つつ、俺は小窓を覗き込んだ。空からは大量のポリゴンが雨のように降り注いでいる。その雨の源泉に向かって、二十四台のマシンタレットはそのまま射撃を続けていた。
だが、さきほどとは音の様子が明らかに違う。建材に弾かれる音はなく、ほとんどが肉を抉るような着弾音だった。
そして、数秒も経たずに鉄の建材が崩れ去るような音が聞こえた。それは俺がケツァールテイルの死に直面したときにも聞いた音だった。
『マシンタレットがRồngのケツァールテイルLv.104を倒しました』
ギルドログに通知が届くのと同時に、さきほどとは比にならない量の赤いポリゴンが爆発し、辺りにぶち撒けられた。
「た~まや~!」
「あんた花火ちゃうで!」
針金とキキョウの姉弟漫才を聞きながら、俺はついその二人のやり取りに笑ってしまった。
「いいぞ! 二人共そのままガンガン弾抜きしてくれ!
「了解~!」
「……よし、行ける!」
興奮に顔が熱くなる。正直、ここまで上手くいくとは思っていなかった。
†刹那†のC4自爆も一度失敗した空爆作戦の流用だ。空爆作戦では思った位置に爆弾を投下するのに苦労したけれど、敵がアングリーライノを掴みに掛かるのに合わせて起爆すればその自爆は必中となる。
いまのはロンが前回と同じ行動を繰り返してくれたからこそ上手くいったな……。いつもの彼らなら少しは自爆の警戒もしたのだろうけれど、今日は戦艦イカダなんてものを見せられて少し動揺していたのかもしれない。
しかし、ケツァールテイルを失ったロンもそのまま引き下がるような連中じゃなかった。俺たちがケツァールテイルを倒せて喜んでいる間に、次の手を打ってきた。
「なっ、敵もアングリーライノを出してきおったわ!
「マジですか!?」
ゲンジの声に再び小窓を覗き込むと、崖上からロンのアングリーライノが五頭こちらに向けて駆け降りてきていた。




