真冬のショート・ホラー小説劇場 第17話 雪の夜の物語 tales of snowy night
雪の夜の物語 tales of snowy night
「あの日も、、こんなゆきのよるじゃったなあ。
ほら、あのことじゃよ。」
老人は一心に何かを思い出して誰かに向かってはなしていた。
と、、、、
そこへ女の人が入ってきた。
「あら、山田のおじいさん、誰と話してるの?この部屋には誰もいないのに」
だが老人は目がよく見えなかった。そして女性の入ってきたのもきずかないかのように。
一心に誰かに語りかけていた。
「恐ろしい目にあったのは、ほら、あの雪の山小屋だった。」
女性は、くうに向かって話し続ける老人をそのままにそっと部屋を出て行った。
老人はそんなことも全く気がつかないかの如くにしゃべり続ける。
「あの日、、山は荒れに荒れていたっけなあ。
それでわしら山岳部はやっと霧穂が岳の避難小屋にたどり着いた。
霧穂が岳といえば山岳仲間でも言わずと知れた恐ろしい山でなあ、
夏はそりゃあ、おとなしい緑の楽園さ。
でもいったん冬山になれば雪魔が牙をむいて
獲物を待ち受けているのさ。
そんな冬山におれたちは果敢にアタックした。
まあ遭難死するために行ってるようなモノとは、
今にして思えばその通りだったよなあ。
案の定、雪魔に襲われて遭難寸前で
その「柳谷避難小屋」にやっとたどり着いたってわけさ。
一行は五人の屈強な若者だったが、
さすがにたどり着いたときはへとへとで
小屋の中でへたり込んでおった。
疲れと寒さで体は凍える寸前。
各々、避難小屋の囲炉裏に緊急用の装備品の薪を入れて
火をおこし始めた。
しかし何しろこの猛吹雪で小屋の煙突が雪でふさがれて
煙が充満して、、凍死ならぬ一酸化中毒死、という
キケンもあるので火もろくろく焚けん。
そのうちだれともなく睡魔が襲ってくる。
心地よい眠気が寒さの限界を通り越して
いい気分になって来るんじゃよ。
と、
その時誰かが小屋を叩く物音がする。
見回すと私以外の4人はすでに疲れと寒さでシュラフで眠りこけておる。
仕方なく私は小屋の戸に近づく。
すると
「助けてください。入れてください」というかすかな声が雪の唸りの合間に聞き取れた。
私は扉の閂を外して戸を開けた、
吹雪の舞い込みと同時に
二つの小柄な影が小屋の中に入ってきた。
あわててすぐ戸を閉める。
そしてようやく舞い込んだ雪も静まってよーく見ると
それは目深にフードをかぶった、二人の軽装備の登山家だった。
「ああ助かりました。私たちは本隊からはぐれた女性二人です。」
顔まで覆うフードをかぶっているのでそれで初めて女性とわかったというわけだった。
私は「さあさあ、小屋の真中へ、」
二人はまだ目深にフードをかぶったままで顔もわからない、、、。
二人はそのまま、、小屋の隅にうずくまっていた。
私は、、「雪が収まるまでここでしのぐしかないでしょうよ」といって慰めたのだった。
女二人はじっと寄り添っている。
私もそれ以上の会話もするのもけだるく襲ってくる眠気と疲れで
しつこい睡魔に吸い込まれるのだった。
どれほど経ったろうか。
ふと目が覚めると、、
女二人がフードを取って素顔で
眠り込んでいる私の仲間の4人の上の顔を寄せて
しきりに息を吹きかけておるのじゃった。
その女の顔よーく見ると、
二人とも顔は真っ青で、瞳は紫色で、唇は紫色だった。
そして私が目覚めたのに気がつくと
すーっと寄ってきて、きれいな、か細い声で
「見たのね?でも、、あなただけは助けてあげるから、、今見たこと、誰にも話さないでね、」
というのだ。
「もしも誰かに一言でも話したら、。、命はないから」
その女の目はまるで青紫の氷のようだった。
途端に、、私は再び強い睡魔に襲われて
ずどーんと、、ふかーい、ふかーい眠りの淵に沈みこんでいくのだった。
そうして、、、、、、
どれほど、たったのだろう。
私は誰かが強く私を揺り動かすのに気がつきふと目を開けた。
「大丈夫だ。このおとこだけはまだ生きてるぞ」
それは山岳救助隊の人たちだった。
目ざめると急に私は全身の強烈な痛みと寒さに襲われた。
私は全身を分厚い毛布にくるまれて
今は雪も止んだ避難小屋の外に担架で運び出されていくのだった。
外は曇り空で風もなく、、静かな午後だった。
雪は降っていなかったが周り中は分厚い銀世界だったのは言うまでもない。
私は救助隊の人に聞いた。
「ほかの4人は?」
「残念ながら、、すでに死んでいました」
「それから、、あの女性登山家の二人は?」
「女性登山家?そんな人はいませんよ」
「そんな馬鹿な。あとからこの小屋に逃げ込んできたんですよ」
「おかしいなあ、入山記録には女性を含む登山隊の記録はありませんよ。」
私は絶句し、、そしてあの光景をまざまざと急に思い出してぞっとしたのだった。
疲れと寒さの極限状態で、、幻想でも見たというのだろうか?
それから、、
私はふもとの病院に入院し
足の指数本を凍傷による壊死で失いながらも
なんとか、無事に退院したのだった。
でもあの女性のことは決して誰にも話さないように今までしてきたのさ、
でもこうして、今思い出しても
あの避難小屋の女性二人の
真っ青な顔と青紫な瞳がこの胸の奥にこびりついて、、、、
あんな恐ろしいことはなかったなあ。
でも、、あの女二人
恐ろしいほど美しかったことは確かじゃったなあ。
そうして、、、
老人は話し終えると、誰かに向かって深くうなずいていた。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
それから、、、
しばらくして、
老人の部屋に先ほどの女性が、、
入ってきた、
「山田のおじいさんご飯ですよ」
見ると老人は目玉が抜かれて、、舌も抜かれて
血だらけで死んでいた。
「ひえー、」
入ってきた女性は
一目散に駆け出してナースセンターに戻ると
電話機を取った。
「あ、あ、、あ、、あの、、、こちら、、霧穂が岳山麓老人ホームですが
警察ですか?
私はヘルパーの佐藤ですが
B棟の山田さんが部屋で殺されています。すぐ来てください」
FIN