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桃を愛すあまりに国を救った一般兵

作者: ゆえさん

さらっと読んでいただけると嬉しいです!!


自分がいくらかかけている自覚はかなりあった。

やばいことにも多少堂々としてやりきる自信はあった。

だが、なんでこんな厄介ごとに巻き込まれやすいのか、それは未だ不明である。


桃を愛すあまりに国を救った一般兵


子供のころから李州にある桃の産地、翆玲が大好きだった。翆玲は春になれば桃が山のようになるため、双子の兄と一緒に両親に無茶を言って毎年実家から片道2日かかる道のりを4人そろって行き来していたほどである。翆玲の桃はとても美味しい。どこくらい美味しいかといえば、筆舌に

尽くしがたいのだが。あえて言葉にするのならば、これでもかといううくらい甘くそれでいて品のある味わい、高純度の果汁はその姿を艶めかしく輝かせ、どんな美女よりも輝いてみえるほどだ。これだから詞慶しけい詞静しせいは女っけがないんだよと言われる始末である。しかし先に言わせてほしい、詞慶はともかく僕は女だ。子供の頃から双子の兄とそっくりで体型も兄より、ついてるものがついてないだけとまで言われる始末であるが、一応女だ。多分。ここまで自信がないくらい僕は女らしくなかった。まぁそれでも特に気にしなかった。口では一応失礼なとはいいつつ、半分自分は男でもいいかっとのんきなことを考えていた。

自分のことよりもやっぱり、翆玲、そして翆玲の桃『翆桃』、この二つさえあれば僕の人生に必要なものはほぼなかった。

11になったとき、あまりにもやんちゃでイキイキとしている兄と、兄よりぼーっとしているがやんちゃな兄にどこまででもついていける僕は、実の両親から土下座されて仕方なく国軍に志願した。近年は皇后と皇子がバチバチでやばいというのが噂の王都に見学にでもいくかといった兄になんとなくついていったのが僕。男でも女でも強ければそれでよしといった先皇帝の方針がそのまま残っている国軍には結構普通に入れた。入試試験なるものがあったが、兄のぶっとんだ体術と僕のほどよい学力でなんとか合格できた。それから似てる方が作戦とか立てやすくないですかと上司にとりいったり、そのための策を披露したり、兄が上司に7日8晩付きまとった結果、僕たちは同じ部隊に配属された。

その名は「珀龍軍」。皇子直属の部隊だ。

うん、ちょっと省きすぎたかな。まず兄と僕は2年ほど下っ端の全く別の部隊にいた。仕事は大体、城下町の散歩、じゃなく警備。それはそれで楽しかったのだ。北と南、真逆の方向の警備をしていたはずだが、僕たちはいつも気づいたらばったりあっていたし、気づいたら皇子暗殺計画やら、城下炎上計画やら、裏売買やらの現場にうっかり(大体兄が走り回ってうっかりきいた話を全部僕に話してじゃあ見た目が子供なことを利用してちょっとお説教するかってのりで)出くわしたので、上司にばれないように処理していた。でもやっぱり気づく人は気づくもので、そんなことを2年くらいしていたらある日上司から呼び出され、配属移動だと急に言われて皇子の部隊、珀龍軍に転属された。そこで初めてちゃんと皇子の顔をみたのだが、それが城下炎上計画の時に一緒に犯人たちを説得(睡眠薬飲ませて大鍋の中に全員入れて10時間くらい熱してこれ以上の苦しみを普通に暮らしている人にさせようなんて何考えてんだ、何が救いだ。ただの殺戮だろうが。恥を知れと説教)した5人いた共謀者の1人だった。ちなみにあとの2人は珀龍軍の2番手と皇子の護衛だった。なんてこった。そんなこんなで、彼が信用している人物が集められた珀龍軍の若き期待の星(通称:問題児)となった僕たちはここで更に3年の月日を過ごした。そんな中でも毎年1回は翆玲に遊びに行っていた。

ところで、この国は皇后と皇子がバチバチしているといったが、これが結構長引いた。皇后は贅沢三昧をするために、皇子は政治を正常に回すために実の親子でぎりぎりのところで争っていた。先代の皇帝がかなりえぐい人で、彼は10数人いた彼の兄弟、親戚全てを排除しその座について後宮にいた子女も気

に入らなければすぐ切り捨てるというやばい人だった。まぁ政治はそこそこちゃんとやってたからなんか家庭の事情がやばかったんじゃねと田舎の僕たちはのんきにいっていたのだが、彼が亡くなってから、皇族はまた荒れた。3人生き残った皇子がいたが、上の2人が争い続け、傍観を決めこんでいた3人目だけが生き残り、政治をしきり直していたのだが、今度は皇后が今まで通り贅沢したいがために実の息子を押しのけて皇帝の座を奪おうと始めた。大体まともな官吏は皇子についたが、自分の欲に弱い者たちが皇后についた。でもまぁ結局、皇子暗殺計画やら城下炎上事件(未遂)やら、裏売買やらが明るみに出たとたん、皇后側の勢力は一気に崩れ、その後に起きた白薔薇事件でついに皇后はその座さえとり下げられることとなり、昨年やっと皇子が皇帝になることになったのだ。

ここでめでたしといけば僕たちの出番は特になかった。問題は次にあった。

長く国内でもめていたために、国外から攻める好機を見定められていた。実際国力は大分落ちていた。ギリギリのところでなんとかもってはいたが、地方までに手を回せるほどの余力があったかといえば、否と言わざるえなかった。この国は南と西は海に面しているため、それほど攻めやすい地形ではなかったが、東の方にはとんでもなく厄介な武力国家と隣接していた。北の国は北の国で内乱が起きていたのでこちらには無干渉だった。とにかく東の国がじりじりと領土を奪取しに軍隊を派遣してきていた。そこでいの1番に狙われたのが翆玲だった。国境近くの森は焼かれ、崖上にある翆玲のすぐ近くまで敵軍は来ていた。僕は切れた。兄も切れた。

僕たちは皇子に直談判した。皇子はその熱量に負け僕らに敵国、メディス王国の国軍討伐命令を下した。僕らは念入りに人員を選定して、少数精鋭で翆玲に向かった。

敵軍は3万近い数だと聞いたが、こちらは5000人程度集めただけだった。逆にそれでも多いくらいだった。

僕たちは翆玲の土地に他のどの兵よりも詳しかった。崖上、しかも敵側は絶壁になっている。ここをなぜ最初に攻めようとしたのか、これは今でも謎だ。ある人物曰く、人数、そしてそれまで繰り替えしどんな敵も数で押し切った自信から何も考えずにつっこんだんだよとのことだったが。

それはともかく、我々がまず行ったのは、穴掘りだった。しかも工期1か月。これが結構きつかった。だけど策のためにどうしても必要だったから翆玲の領主、燈章ひしょうさんにとにかく土下座して協力を仰いだ。

彼は君たちが考えていることは大体わかったとすぐ了承してくれた。マジ神。結構な大きさの穴をほった。翆玲の現地の人も協力してくれた。これが功を奏した。

実に正確にぴったりな位置に穴を掘れた。その穴の片方の出口は翆玲から少しはなれた大河に繋げた。現地の建築士や領主の部隊の人たちがこちらの簡易堰堤を作ってくれていたお陰でまじで間に合って泣いた。そうして、半月後、すべての木をなぎ倒し、これで火計は使えまいと鼻高々に襲ってきた朱一色の大地に、内心すごいビビってる部下を背に

僕ら双子は声を揃え

「「お帰り下さい。永遠に。」」

と掛け声をかけて堰堤を破壊し、何万という赤を青で沈めた。念のため、射撃はしておいたが、流れが速かったうえに途中から大雨が降りだし、次第には雷が落ちる事態になったのでなんだこれと詞慶と僕は首を傾げながらその様を眺めていた。一人でも決して陸に上げないように。それは3日3晩続き、4日目の朝、ようやく水が落ち着いた頃皇子に伝令を出した。多分、壊滅的被害を与えられたと思いますが、弓兵と腕自慢の近距離特化型兵士1:3の割合で2000人くらいください、と。そしてその日、ようやく僕と兄は交代しながらゆっくり眠った。12時間ずつ。その後さらに3日してから、水をせき止め、ようやく生存者がいるかどうか確認に船を出した。水は1,2年くらいしても引く様子はないくらいたまっていた。燈章さんは新しい観光地ができましたねとにっこりしていたが、あの朱をみた兵士たちはあれを思い出しそうだから遠慮したいと苦笑いしていた。

今となって、翆玲を襲おうとした怒りが静まった今になってようやくあの光景は現実に起きた出来事だと、実感した今の僕たちは、あれが本気で全滅か全生かを賭けた一大事だったのだなっと少し震えた。

船をだして生存者を探した。もう誰も生きてないだろ、と思ったが、そこそこの人数生きていた。それでも200人程度だった。本当に運がいい者、部下に助けられた者、部下を蹴落としてでも生き残った者、様々だった。ちなみに最後の奴はそのまま放っておいた。拾っても生き残った人間をさらに虐げるような気がしたからだ。ひとり、またひとり助ける度に脅えられた。罵倒もされた。そういうやつらには言っておいた。責められなかったら僕たちはなにもしなかった。(する余裕なんてこの国に今現在ないから)するとやつらはびくっとなって静かに泣いた。奪いに来ておいて偉そうだなぁとのんきに考えていると、高い木の上で、まさかの4人無事生き残っている集団を見つけた。まじか。これは恐らく体力が削れているとしても油断はならないと、極力武装して、腕自慢の弓兵、剣士を揃えて船を進めた。ちなみに兄がいの一番にいこうとしたが、うっかりで殺してしまいそうだったので別件を託して樽に乗せて流した。部下が何人か小舟で助けに行ったので大丈夫だろうとその姿を見送った後、僕たちは少し大きい船3台で進んだ。近づいてみるとかなり疲弊していたが、その目はまだ闘気を宿していた。自分の船だけ先に近づけ様子をみる。もちろん剣に手をかけて。左右脇には信頼のおける上司(臨時で指揮下に入ってもらっている)をひきつれて今にも飛び出そうになる心臓の音を無視して顔には冷徹さのみを張り付けて近づく。距離が10、9と近づくにつれて更に鼓動が激しくなる。強い。明らかに自分達より強い。

こんなのとまともに渡りあっていたら1日も持たなかっただろう。そう実感させられる怒りに満ちた闘気、静かにけれど痛いほど冷たい闘気、こちらの様子をじっと伺い続ける無の殺気。そこでふと気づいた。そんな彼らに守られているひとりの人間に。

船を漕ぎ、水を弾くその音しかしないそんな静かな空間を、すっと左手を上げ静寂に戻す。

距離にして10歩ほど。

「初めまして。君がこの集団の主かい。」

僕の問いかけに、その人物の右の怒りの闘気を出していた男が持っていた槍を振るおうとした。だが、左で支えていた冷たい闘気の男が静かに制した。

「初めまして。あなたのおっしゃる通り、こちらが我らの主でございます。」

「おい!ルー!!!」

「ダリス、ここで争っても彼の命をより危機にさらすだけです。」

「っ!!!」

ダリスと呼ばれた男が叫び出したが、ルーと呼ばれた男によって制された。にしてもこの主人ぽい人、なにもしゃべらないな。

「あ、失礼。僕は現在この珀龍軍を指揮している2人のうちの1人、詞静。現在生存者の救助を行っております。一緒に来ますか?」

なんとも味気のない言い方だとは自覚はある。でもこれ以上いうことないんだよな。

現在まで保護している敵軍の人間の中にはいきなり襲い掛かってくる奴もいた。そういうやつは後ろの二人がさくっといつの間にかなんとかしてくれる。それでもなるべく穏便にと思ってふと自己紹介をしみるのがいいのではっと思いはじめたこの挨拶。逆に危ないのでやめなさいと後ろの上司のうち、珀龍軍2番手、講寧樺こうねいかが呆れていたが、ここではどうなるか。

「指揮を?お前が??」

ダリスが後ろの二人と見比べて鼻で笑う。そうだよねー、僕体格もそんなよくないしねー、そんな腕も立つわけじゃないからねー、わりと詞慶の金魚の糞だからねー。と内心思いつつ、はいそうですと返す。ルーの方はじっと僕の顔を伺っている。さっきから殺気をはなってる後ろの背の小さいこと真ん中の同い年くらいの主はまったくしゃべらない。小さいこはじっとこちらの様子を見ているが主人は顔すら上げない。あれ?熱とか出てる??結構ケガしてそういう人もいたな。でも一見するとダリスと小さい子がいくらか血がでてるようだけど、ルーと主はそんなでもなさそうだけどな。

「失敬、私はルパート・スターレット、メディス王国にて少将を務めております。」

「ルパートだとっ。」

ルーと呼ばれていた男がルパートって名前なのかなんて暢気なこと考えていたら後ろの上司、左側にいたごつい方の譲剛じょうごうが息をのんだ。何?有名人?

「まさか血染めの琥珀とやばれた男まで参戦していたとは...。」

細いほうの講寧樺が素で驚いている。僕はその二つ名に驚いているよ。なにそのおどろおどろしくもかわいらしい名前。たしかに金糸の髪と薄い茶色い目してるから琥珀感あるけど血染めって。

「おや、こちらにまでその名で広まっていましたか。お恥ずかしい限りです。」

にこっと余裕がある笑みを浮かべるルパート、うーん、泥や水でむくんでなかったらもっと綺麗なんだろうな。でも本人もやっぱり恥ずかしいんだこの二つ名。わかるな。僕も変な二つなついてるんだよ。

たしか『白狼の双玉、奇才の弟、シアン』。あれ?本名どこ行った。ちなみに白狼は皇子、その部下の双子、奇才はまだ頭を使う方で弟はもう女って信じてもらえないから弟。シアンっていうのは皇子から

貰った剣の装飾が僕がシアンで詞慶がマゼンタ色だったから。あれ?ふつう逆じゃない?皇子まさか間違えた?

「もっとも、詞静殿には存じ上げていてだけなかったようですが。」

急にルパートが名指ししてきたのでちょっとびっくりした。いやなんで考えたことわかったんですかね。そんなにみんな反応するもんなのかな?

「なんだ、こいつの二つ名も知らねえのか。だが、俺のことくらいは知ってんだろう。朱の赤獅子、ダリス・グラハム様くらいはな!」

うわっと威圧してきたダリスに後ろ二人はおののくが、僕はそれどころじゃなかった。ごめん。マジで知らない。

よく考えたら、僕も兄もあまり他人や周りのことは気にするタイプじゃなかった。というか本当申し訳ないんだけど、翆桃のこと以外割と頭の中空っぽだから軍の階級とか二つ名とかわざとか流儀とかほとんどというか全く知らないんだよな。いや仕事に必要な最低限なものは一応叩き込まれてはいるけど。

というわけで、返答に困りつーとダリスから目をそらす。は?という表情をしたダリスとルパートの反応に気づいた後ろの二人、だけにとどまらず、他の船員からも声が上がった。

「え、う、嘘でしょう詞静!?あなたがそれほど軍事や政治に興味がないからって、彼の名前や噂くらいは耳にしたことくらいあるでしょう!!??」

「あの赤獅子を知らないとかお前いったい今まで何聞いて仕事してたんだ!!???というか俺何回かお前に赤獅子がここにくる可能性があるって色々話したよな!?」

あれ?そうだっけ??

「臨時副大隊長!!あんたほんとよくそんなんで副大隊長できましたね!!??」

「そうですよ臨時副大隊長!!!めっちゃ俺に任せとけモードに二人してなっといて人の話相変わらずぜんっぜん聞いてなかったでしょう!!????」

後ろからのブーイングに一応前から視線をそらさずにそれらを受け取ってはいるけどなんだか居た堪れない。目の前のこちらを見ている3人が明らかに動揺しているのが見える。それがあの、全然よろしくない感じなのがさらに居た堪れない。

「だ、だって本物の大隊長と副大隊長いるから。いっかなって思って。」

こんなときに詞慶だったらえ、いいジャン別にとかいって開き直るのだが、さすがに僕にはそこまでこの状況で開き直れない。軽く開き直りはしたが。

「「「「んなわけあるか!!!」」」」

もう各船から声を揃えたツッコみありがとうございます。ごっつい方兼大隊長こと譲剛は今にも頭抱えそうだし、副大隊長の講寧樺は帰ったら説教ですねってぼそっと吐いているし。これはマジでやばい。

メディス王国の御一行様も軽く混乱しているようだ。まぁそうだよね。こんな頭空っぽそうなやつになんでやられたんだ俺たちってなっちゃうよね。普通。

「なんでそんな重要な情報何一つ入ってなさそうなのにこんな大成なせてんだよあの人!!」

「なんであんなぼーっとしてるのにいつも大事なところ抑えまくってんだよあの双玉の青い方は!!!!」

あ、そういう呼び方もあったなっと後ろの罵声にじっと耐えていると、ばちっと急に緊張が走った。すっと罵声がやむ。

「今、なんと?」

「双玉だと...?こいつが?しかも青い方??」

「青じゃなくてシアンって色らしいです。」

そこは皇子のこだわりポイントらしいので訂正をした。後ろから違うそうじゃないと声のない声がきこえた気がした。ぴくっと一瞬彼らの主が反応した気がした。それはともかく、従者のような3人はすっと軽く目を滑らせて現実を確認した。そしてルパートがコホンとひとつ咳をして、

「失礼、詞静。あなたがあの、皇帝を選定にせしめる為に神が人に使わせた天意の現れと予言された双玉の、その片割れなのですか?」

「何それ初耳。」

あ、やば、あまりにも初耳すぎてうっかり素がでた。にもかかわらず、まわりの反応はまた嘘だろ、とか、いやみんな噂してんじゃんっという声がざわざわと響く。え、そんなにその話有名なの?全然知らないよ僕ら。とうっかり後ろを向きそうになったところを前にでてきた副大隊長に背中をドンとたたかれて耐えた。鎧に響いて結構痛い。

「ばれてしまっては仕方ありませんね。そうです。この方こそ300年前、大預言者アスカに予言された双玉が片割れ、その知性は武力を誇る赤の力を全て解き放ち、皇帝を完全無欠の大地の真の支配者にするだろうといわれたその賢人その人です。ただ、まだ覚醒は仕切っていないため、こうして我らがその御身をお守りしているというわけです。」

え、何その設定初めて聞いた。後覚醒って、人をなんだと思ってるんだこの人は?え、これはったりだよね?彼らを混乱させる話術ですよね?そうですよね副大隊長?だって副大隊長たちが来た理由っていざって時の保険っていってたじゃん。そうですよね?

なんてこっちが逆に混乱している間に、相手方はなぜか納得し始めたらしい。納得しがたいという雰囲気がすごいが。なんか今日で一番居た堪れない。なんとか気が利いたことをたまには言わねば。

「あ、えっと。い、いやね。そうだけどえ、っとあれだ。僕はただ、桃が、翆桃が食べられなくなると思ったらいてもたってもいられないくらい怒りがたまってね。」

多分今日一ぽかんとした表情になった。敵も味方も何言ってんだこいつって顔してる。上司二人やりやがったとため息をついてる。やばい。やっちまった。

「っぷ。ははは。変なの。」

とそこで、今までなにも言わずふさぎ込んでいた様子の主人がようやく顔を上げた、と思ったら笑い出した。なんだ、なかなかのいい笑顔じゃないか。

「な、おう、スピネル様!!」

「あ、こら!!!」

へースピネルって名前なんだ。良い名前じゃん。なんかルパート慌ててるけど。っと思ったら後ろの二人がえっと声をだした。

「大丈夫、ルパート。この人なら大丈夫だよ。心配をかけたね。」

「スピネル王子...!!」

あーなるほど、敵さんの国の王子だったのか。そりゃめっちゃ警戒するよね。ごめんね。

「スピネル王子、確か王位継承権第4位だったか。」

「実力主義の第1王子ルビー、経済第一主義の第2王子ルベライト、父王と同じく武力主義の第3皇子ガーネット、そして平和主義の第4皇子スピネル。まさかここで第4王子と出会うとは思いませんでしたね。」

おー流石上司、独り言いっているふりをして確実に僕に情報を落としてくれる。

にしても平和主義か。武力ぶん回して駆け回っている現王とは真逆なタイプなのね。さぞ苦労してそうだな。けどそれにしても、

「平和主義の王子様がなんでこんな、一応大群だったけど危険な戦場にきたの?そういう習わし?」

そこが気になった。あ、やば、素で話しちゃったからため口になってしまった。めっちゃ臣下の皆様ににらまれてる。と、それを王子がすっと手を3人の前に出して止めた。

「いえ、習わしというわけではありません。・・・そうですね。今となっては隠す必要もないので、いってしまいますが。」

まだ少しうつむいていた皇子は深い深呼吸をした後、すっきりした笑顔で僕にむけてこういった。

「ボク、父上から少しは役に立って死んで来いといわれてここに来たんです。」

あーこの人は、実の父から切り捨てられてきたのかと。だから最前線付近の戦線に入れられていたのかと理解した。

実は僕が最初に水流がぶっこまれるよう調整したのは彼らの軍の前線後方から中央付近だった。最初から崖に沿って流れるようにしてもよかったのだけど、大体指揮している偉そうな奴らは一番うまそうな中堅あたりにいるだろうと思い、じゃあ最初にそこ潰しつつ前線側にも後方側にもまんべんなく波となって押し寄せる中央に流せば手っ取り早いのではっと思い、計3つの発射口と、その水力を調整していたのだ。

まぁこの辺マジでいろんな人の知識と技術のお陰で何とかなってるんだけどね。本当にありがたい。 

そんなこんなで中央は完全壊滅、後方部隊は撤退、前線部隊は一部生存というなんとも痛い結果になったのだ。ちなみに今回の敵さんの指揮者は第3王子だったというのは他の生存者から確認しており、いの一番に彼に放水された水が向かっていったのを確認しているものが何人もいたので、なんだその偶然はと思ったのはいうまでもない。

「...そっか。じゃあ君、帰る場所もないのか。」

「そうなりますね。帰ってもこの惨状、死んで詫びろとしか言われないでしょう。」

吹っ切れた彼は何ともすっきりした表情で淡々と悲しいことを告げた。彼の臣下たちはそっと俯き下の唇をぎゅっとかみしめた。

今回の生存者は次はないぞという言葉とこれが皇国の恩情と器の大きさだっというところを見せつけるため、手厚く保護した後国にかえす予定なのだが、これはちょっとよろしくない状況だ。このままだと平和主義の王子が殺されるために生かされているようなものじゃないか。そんなの、悲しすぎるじゃないか。実の親からそんなこと言われるのは、とても悲しい。

「そうか。うん。わかった。」

それはみたくない。

「じゃあ今日から君は王子の地位を捨ててただのスピ君ね。はい、決定。」

だから、彼を王子じゃないことにしよう。そうしよう。

「は?」「へ?」「げ」「はぁい?」

などなどいろんなところからいろんな声がするけど気にしない。ついにはあちらさんの赤獅子と血染めの琥珀さんが今にもその槍と剣を持ってこっちきそう。てかその前に後ろのちっこいのがなんか投げそう。よけられるかな?

そんなことを考えた直後だった。

「あっはっはっはははははは!!!!!ほんと!本当に君はおもしろいね!!!桃のためだけに国を守ったり!!!にしては必要以上のことをまったく気にしていなかったり!!!」

スピ君が大爆笑を始めたのは。

「お、王子?」

「お、おい、王子大丈夫か?」

混乱した臣下たちがスピ君をそっといたわる。うんすっごい大爆笑してるからケガとかしてたらやばいと思うあれ。

「ははは、ふたりとも、ボクもう今日から王子じゃないから。ただのスピ君だから。そんな恭しくしなくていいよ。うふふ。」

「な!!なにをおっしゃいますか!!」

「そ、そうだ、じゃないそうですよ王子!!」

「スピネル様?」

おぉ、ついには後ろにいた子も心配してしゃべりだした。いやー、この王子なかなか面白いな。あ、もう王子じゃないのか。

「いいから、みんなどうかボクの最後のわがままだと思って。僕はただの一般人、スピ君だよ」

「王子、いえ、スピ君様わかりました。従いましょう。」

「あなたがそうおっしゃるなら。」

「承知。」

すっと彼が爆笑から王子っぽい顔になると臣下の皆様はすっと膝をつきそれに従う姿勢を示した。すごいな。これが本物の王子の品格か。うちの皇子もこれくらいしゅっとしてたらなぁ。もうちょっとうまく政治も回せるようになるんじゃないかな。

「詞静。なにかが顔にでてますよ。」

「ごめんなさい。」

副大隊長、後ろに目があるんですかと言いかけてやめた。これ以上後の説教ネタを増やしてはいけない。時間がとんでもなくなる。ちょっとのことでも2時間は説教されるのに今日は絶対10時間超えるに違いない。

いやでもそう思っちゃうくらいこの吹っ切れた王子すっきりしてるんだよな。さっきの鬱っとした感じより今のすっきりした感じの方がずっといい。

「それじゃあスピ君。これからしばらく捕虜にはなってもらうけどいいかな?」

とりあえずこの場はそろそろ切り上げなければ。こちらはともかく、ずっと水面上の不安定な場所にいた彼らは芯から冷えているだろうし、体力もすでに限界をとうに超えているだろう。彼の従者からそんな気は

全く感じないが。

「はい、よろしく頼みます。」

そういってそっと木から降りようとしたその瞬間、彼は足を滑らせて水面に向かって落ちかけた。普段だったらとっさにかばえたであろう三人は、しかしあと少しのところで主を掴みそこなってしまった。このままだと顔面から水面に打ち付けるなと思った時には、僕の体はもうすでに動いていた。そして船頭から彼の体をギリギリのところで抱き寄せて、そのまま後ろに倒れた。受け身も足らずに滑ったので見事に頭をうったのはいうまでもない。

「うん、頼まれた。」

けれどそのままの姿勢で彼にそう告げて、言葉をつまらせながらありがとうといったスピ君の姿を確認した後、打ち所がだいぶん悪かったようで僕は気を失った。


それから3日僕は寝こけていたようだった。

とりあえず起き掛けに詞慶に大爆笑され、副大隊長に説教され、大隊長に呆れられたくらいで済んだ。説教もちょっといたずらしたときのように2,3時間で済んだ。なんでも僕がかなり疲れがたまっていたのに全く気づけなかった上官としてのけじめらしい。それでも2,3時間の説教は長いと思うんだけど。

説教が終わった後は割とまた忙しかった。とりあえず生き残った200余名の捕虜は体調が落ち着くまで様子をみつつ、時期を見計らって帰国してもらうことになった。彼らの体調面や精神面に配慮しつつ、自軍の士気が落ちないように多少食事などの配分に気を付けながら、それであって彼らに僕らは敵じゃないと思ってもらうようになるべく歩み寄りの姿勢をみせつつと色々やっているうちに3か月は簡単に過ぎっていった。

その後に追撃という追撃はなかった。それどころか、生きていないだろうと思われた第3王子が実は逃げ帰っていたことが噂流れてきた。しかし、弱者にとことん興味のない父王からの信頼は失墜し、全責任を負えとそのまま斬首されてしまったという。王と冠する名を持つ家族はなんでそんなに愛情や情愛が薄いんだろうなと僕と詞慶は呆れた。そういうのが普通の世界なんですよとあれから同じ年と分かって親近感が湧き続けるスピ君もといスピネルに諭された。けどその顔がとても悲しそうだったから、変な世界だなと僕らは思った。

それからさらに3か月の月日が流れ、本来は捕虜をメディスに返送しようとしたが、多くの兵士がこちらに残ることを希望した。帰ったところで死刑にされるだけだと皆一様に口にした。いったいどんな国だよと内心ツッコんでいたが、目につくところでこの国にいてもらうならいいかなということで、国内でちょっとあれかけてはいるがそこそこ治安は良い僕らの実家がある土地、新敷にほとんどの兵が派遣されることとなった。なにもないが、なにもないことがとても良い大地だ。きにいってもらえるといいな。そう思いながら彼らの背を見送った。また、極少数の死ぬとしても一度家族に会いたいという者たちは、同じ日に船でを用いて祖国へ帰っていった。彼らがその後どうなったかは、知る由もない。

そして最後に、帰る場所もなく、また普通の兵と一緒にいさせることも少し難しいので別で隔離していたルパート、ダリス、ちびっ子のテイル、そしてスピネルはというと。まずダリスとルパートは講副大隊長と譲大隊長に説得され、珀龍軍に入ることとなった。ある種の裏取引であることは見て取れたが僕は興味がさしてなかったので黙っていた。スピネルとテイルは、これからどうしようねという風に困っていた。軍人として動くのはばれたときの国外の反応が大変危険なスピネルと、スピネルの傍を意地でも離れようとしないテイルは結構どうするか議論になった。これが半年間結構問題となった。王族としての自分を捨てると言わせたからといって、彼の血は確実にメディス王家のそれであり、下手にばれると今は大人しくしている皇后側についていた大臣たちに利用される可能性がある。それを少しでも防ぐために、ルパートとダリスが珀龍軍に来てくれるのだが、それも結構危ない橋を渡っている。ただでさえ、隣国の名が知れた軍人をふたりも捕虜にした後に国の中枢のそれも皇子直属軍に置くとか何考えてんだっといわれかねないからだ。まぁ、こっちには人質がいるから一応大丈夫なんだけれども。その人質をどうするか。結構もめにもめた。それはもう同じような案が何度も行ったり来たりして、話を聞くのも無意味だと感じ始めたころ。僕は勝手に皇子に手紙をだした。

『私詞静は今回のことで大変疲れたので3年ほど休暇を要請します。休暇場所は翆玲、小さな家と一人の従者と一人のお手伝いが欲しいです。ちょうどいい感じのが捕虜の中にいたので勝手に雇いますね。あ、休暇といっても燈章さんにお願いして翆玲の特殊警備隊隊長にしてもらえることになったので、そこんとこ調整もお願いいます。じゃあ事後処理がんばってね。 詞静より』

こんな感じの内容の手紙を投げて、燈章さんに頼んで家を一つ借り、そこでスピネルとテイルを連れてきて住むことにした。周りの住人からはふたりの容姿をみてかなりびびられた。僕らは茶色や黒髪が多いのだが、(僕たち双子は茶色い髪で詞慶がちょい赤い茶色い目、僕が水色よりの茶色い目)スピネルは金糸気味の髪に薄い赤と金が混ざった目、テイルは白髪に青目と結構目立つ見た目だった。だから僕はこういった。

「彼らは僕の昔からの友達なんだけど、今回の件でメディス系の見た目をもってるからって結構いじめられちゃっててさ。なんか悪いなーって思って一緒に住まないって誘ったの。それにほら、僕家事まるでだめだからさ、だれかいいこいないかなって探してたんだ。」

そういうとまわりはそういうことか、かわいそうにとなってかなりふたりに優しくしてくれるようになった。ふたりは最初のうちは気まずそうだったが、日が経つうちに慣れていき、1年が過ぎるころにはスピネルは僕よりみんなと仲良くなっていたし、テイルはずっとスピネルの傍にいたのが少しずつ離れられるようになっていった。その様子を僕はぼんやりしながら眺めていた。

軍や兄には事後処理担当として残ると言い、その言葉通り、日々書類やら後片付けやらメディスとの国境監視強化やらに奔走していた。だから家にいられる時間は少なく、彼らの様子を常に把握はできなかった。する必要はないとは思っていたが、他国でしかも自分を殺しかけたやつと一緒に住むのは居心地がわるいのではと思っていたのでちょっと心配だった。けれど彼らは、というかスピネルはきにした風もなく、周りに自然になじみ、僕にも毎日ご飯をつくってくれたり、お風呂を沸かしてくれたり、掃除や洗濯もしてくれたり、美味しい桃があったら休日前の晩餐に出してくれたりといたせりつくせりだった。なんで王子がこんなに色々できるのっとびっくりしてきいてみたところ、小さいころから殺されかけていたため、自分の身を守るために、愛想はよくなったし自分の食べるものは時々自分で作っていたし、掃除するふりをして暗器を探したりしていたからそれとなくできるんだよっとさらっと笑顔で言われたときは本当にこの王子苦労してきたんだなっと思いその頭をひたすら撫でまわした。やめてよといいつつあんまり嫌がらなかったのでついつい撫でまくったらいつの間にか眠っていた。と、僕は彼に結構甘えすぎているのではっと、ちょっと反省した。そっと起こさないように彼を寝台に運ぶとき、テイルが扉を開けるのを手伝ってくれた。そして、彼をふとんに寝かして台所に戻ったときテイルはボソっとありがとうと僕に言ってくれた。え、なんでと問いかけるとテイルは途切れ途切れに伝えてくれた。

曰く、テイルは子供の頃親に捨てられてからその後拾ってくれたスピネルとずっと一緒に育ってきたのだそうだ。そしてスピネルは王族というだけで命を狙われ、母の実家の地位が低いというだけで迫害され、穏やかな性格というだけで叱咤され、時には暴力を振るわれてかなり散々だったと告げた。そんなある日、戦場で散ってこいと実の父親に言われ、テイルの前では絶対笑顔だったスピネルの顔からすべての表情が消えてしまったとのことだった。そして翆玲に攻め込もうとしたあの日、なんで生き残ってしまったのだろうと茫然としていた、と。だから、僕と出会ったあの日、随分振りに笑ったスピネルにすごく驚いたのだと。今こうして毎日楽しそうに生きているスピネルが、スピネルとともに生きれる自分がとてもうれしいのだとのことだった。

その話を聞いて僕はきっと人生で初めて静かに涙を流した。話の端々から彼の苦労が感じられたが、そんな大変な幼少期を送っていたのかと思うと涙が止まらなかった。そしてなにより、そんな彼が今毎日笑って生きてくれていることがうれしかった。その力に少しでもなれていることがうれしかった。その反面、かなり反省した。彼は穏やかな気性の人だからちょっと会わなくても兄のように暴れまいとあまり会うことを優先的にしていなかったが、これからはもっと関わっていこうと思った。家事ももっと分担したいし、彼ともっと話したい。一緒にいてもっと幸せになって欲しい、いやするのだと。

と僕が内心思っている間、テイルがとてもわたわたして慌てていた。あ、ごめんなんでもないよとぽんぽんと頭をなでるとぎゅっと服を掴んでじっと見上げてきた。本当だよといいつつ涙がひたすら流れていると、後ろからポンと手を置かれた。

「どうしたの?なにか悲しいことでもあった?」

それは先ほど寝かせてきたはずのスピネルだった。おいなんで起きてんだ。とうっかりいってしまったが許してほしい。

「んーなんとなく。それよりどうしたの?なにか辛いことでもあった。」

また笑顔の下に何かを隠した彼に、僕は頬を思いっきりふくらませた後こう告げた。

「悲しいというより、今までのことの反省かな。せっかくふたりと暮らし始めたのに僕はずっと仕事ばっかりしてて、君たちと向き合う時間をとってこなかった。それどころかずっと君たちに頼りっぱなしだった。だからこれからはもっと君たちと一緒に生きていこうって思ったところだよ。そう」

すっと僕はスピネルの顔に手を触れた。

「君がこんな何かを隠した笑みを浮かべるんじゃなくて、僕にももっと心からの笑顔を見せてもらえるように。」

ちなみに、朝起こしてもらったり、夜帰ってきたりしたときはかなり素敵な笑顔をもらっている自覚はある。そんな笑顔を常に見たいんだよな。って思っていったのだけど、彼はすっと目を見張ってそれからすごく顔を真っ赤にさせてから僕の手に少し体重をかけた。

「そんな、今でも詞静には十分助けてもらってるよ。おかげで住民のみんなとも仲良くなれたし、桃だってたくさん分けてもらえるんだよ?あの日詞静がこの生き方をくれなかったら、僕は絶対どこかしらで王族の性を感じざる得ない場所にいなければならなかった。それが今、ただの一人の人間としてここで生きていられる。それは僕にとってかけがえのない幸せなんだ。今の生活が本当に、奇跡としか言えないくらい、素晴らしくて優しくて穏やかで温かくて、幸せなんだ。だから、これ以上なんていったら罰が当たるよ。」

そういって困ったように笑った彼の笑顔は、それでも今までみたなかで一番暖かった。だけど、いっている内容がかなり気に食わなかったので空いている方の手で彼の頬をひっぱった。

「これまでの人生が悲惨だっただけ、罰なんてあたらないよ。だからもっと幸せになっていいんだよ。僕が許す。」

そういってむっとすると今度は声を上げて笑った後、全く君はと僕の両手を彼の両手で包んだ。

「本当に素敵な人だね。ありがとう。」

そういってとてもきれいな笑顔を浮かべた。ドクっと心臓が強くなった気がした。


それからまた1月くらいたったころ、僕らはのんびり暮らせるようになった。事後処理は大分終わっていたし、後は部下に書類仕事と地位を譲って、僕は巡回兵にまで降格した。お陰で時間はたくさんできたし、好きに町は回れるし、おいしいものは食べられるし、スピネルやテイルと一緒に過ごす時間が増えた。ただ最近はテイルが昼にあまりいることがなくなった。聞けば友達ができたとか、とても喜ばしいことだ。

と聞ふと思った。あれ?スピネル友達いるのっと。それとなく聞いてみると、

「詞静の世話するので手いっぱいでっていうとみんなそれとなく納得してあまり誘わないでくれるんだ。」

とさわやかな笑顔で答えられた。どんだけ僕は手のかかる子だと思ってるんだ。詞慶よりかなりましなんだぞと思いつつ、昔桃畑や桃屋を毎日全て回りまわっていたのを思い出してしかたないかと思った。今でもたまにやるし。それはそうと、スピネルは周りの人と友好な関係を築きつつも少し距離は置いているようだった。詞静を優先したいからとはいいつつもやはり幼少期にあったことで心の傷が深いのではとちょっと心配になった。心配しても全然顔に出ない自信はあったのだが、ぽんと彼は僕の頭に手をのせて、大丈夫だよっと言ってきたのでこいつエスパーかと本気で思った。


それからなんとなく散歩してついでに巡回もして帰った後、ふと昔のことを思い出した。まだ下町巡回のときにたまにシャワー室で兄と入れ変わってシャワーを浴びて周りの連中をびっくりさせる遊びをやったものだった。

胸は全くないので、え、下切ったのお前!!??っと驚かれることがしょっちゅうで、実は、と悪乗りするのも楽しかった。また次の日に兄と入れ替わった後にもう生え変わったのかと驚かれたという話を聞いた時には爆笑したものだった。よし、久しぶりにやってみるか。スピネル多分僕のこと男だと思ってると思うし。

思いついたが吉日と、まず偶には一緒に風呂入ろうと誘ってみた。え、いいけどとやっぱり彼は僕が女ということは知らなかったようで承諾した。いやーどんな反応するかなっと思ってじゃあ先にはいってるなっといって先に風呂に使った。極楽極楽とやっていたのも束の間で、スピネルがあとからはいってきた。それからしばらくは適当にはなしていたが、よし今だと僕が立ち上がると、彼はしばらくえっと固まってそれからはっとして顔を真っ赤にして後ろを向いた。

「は、え?え?なにしてるの!!!???」

「あはは、いやーさ、昔兄貴と入れ替わりしてみんなを驚かせてたの思い出して久しぶりにやってみたいなって思ったんだ。ごめんごめん。」

めっちゃ驚くなぁと思いつつさあ上がるかとなったとき、彼の気配が急に静かになったのに気づいた。え、なんだと思ってみてみると、彼はすごく冷めた目でこちらをみた。

「他の兵士の前でもそんなことしてたの。」

「え、ああーうん。シャワー室から出たときにさ、兄貴と同じで胸もないし腹筋もあるのにあるはずのものがないーって驚かれて。」

「そう。」

あ、これはなにか押してはいけない何かを押してしまった。どうすればっと思っている間に彼は先に出ていった。ちょっとしたいたずらのつもりだったのに彼は何かにすごく傷ついた様子だった。それがとても悲しくて、傷つけたことにとても愚かしいことをしたと後悔した。

それから数日、彼は挨拶はしてくれても笑ってくれることはなくなった。テイルはすごく心配そうにこちらを見てきたが、大丈夫だよとしか言えなかった。なんとかしなければとは思いつつ、どうすればいいのか全くわからなかった。

それからさらに数日後、昼食を友人と食べてくるといったテイルがいないお昼時、もくもくと向かいに座りながらご飯を食べていたが、さすがにこれ以上はいけないと意を決して、僕はすっと立ち上がりスピネルの椅子の横へ移動するとすっと膝を曲げて土下座をした。

「軽率な行動をとって本当にごめん。もうああいうことしないって約束する。だから、ごめん許してほしい。」

許してもらうまで頭を上げる気はなかった。そうして少しした後、彼ははぁーっと大きなため息をした後そっと椅子から降りて僕の肩を無理矢理上げた。まじか、結構抵抗したのに。

「ボクも、ずっと拗ねててごめん。でも色々混乱して。」

「あ、そうか。僕が女だって言ってなかったね。それも、ごめん。」

そういえば言ってなかったこと忘れてた。もしかして女性苦手だったのかな。それは本当にひどいことをしてしまった。

「いや、それは、うん。ちょっと先に言って欲しかったかなっていう部分もあったけど。そういえば双玉の片方は女性だって噂があったの、ボクもあの日まで忘れてたからそれは大丈夫。」

よかった。苦手ではなかったみたいだ。と内心ちょっと安心した。やっぱり下ネタに走ったのがよくなかったかなっと反省した。

「ただ、君が、女性である自分のことをまるで道具のように使っているように感じて、それがすごく嫌だったんだ。」

「え?」

「だって、普通異性の前で自分の裸体を見せるのって抵抗があるものでしょ。なのに君は人を驚かせて遊ぶためにって自分の体を簡単に使って見せた。ボクにはそう聞こえたんだ。」

そっと彼が僕の右肩に頭をのせる。

「君は、いつもどこか空っぽだ。今ここにいるはずなのに、よく遠くをみていたり、周りはよく見えているのに自分のことは全く見えてなかったり。知ってる?この1年で君、何度も夜にうなされてたんだよ。それなのに朝になるとあーよく寝たって。うなされる度にしょっちゅう泣いているのに、それも明け方までなかなか泣き止まないこともあるのに。そんな日の朝はねいつも青い顔をしてるんだよ。それでも君はまったく気づかず僕らにいうんだ。よく眠れた?って。本当どこまで他人に優しくて、自分に向けるはずのものをどこに置いてきてしまったんだろうって心配だったんだよ。」

自分に向ける優しさ、そんな言葉初めて聞いたな。いつも兄の後ろにいる自分であった。兄が動いたら自分も動くべきと思ったし、兄が何もしないなら自分もなにもしないでいいや。そんな感じに生きていた。そういえば自分で先のこと自分の意思で決めたことってほとんどなかったな。あったとすればそれは、あの侵攻戦の後の、スピネルとあってからのことくらいかな。あぁ、そういえば、こんなに兄と離れる選択肢、今までしたことなかったかもしれない。

「言われるまで気づかなかったって顔してる。」

「うん、全く気付かなかった。というか僕うなされてたのか。爆睡してると思ってた。」

僕の顔を見て全くっと苦笑いしているスピネルに僕は素直に答えた。いやそこは本当に気づいてなかったんだよ。

「驚くのはそこか。ボクね最初双子でいつも一緒にいて、とても仲がいい兄弟ってなんて素敵なんだろうって二人のことみていたんだよ。でも日が経つうちになにか違和感があった。それが何だろうって思っていたんだけどとある日気づいたんだ。いつも何か決めるときは詞慶、それを肯定しているのが詞静。そして詞静は詞慶の望むこと以外は一切なにもしてないんだって。きっとそれが二人にとっての当たり前なんだろうとは思ったけど、彼といると君はどこか虚ろだった。そんな君が詞慶と離れると、ボクと、ボクらと一緒に暮らしてくれると分かったときはすごく嬉しかった。詞慶よりボクらを選んでもらえったという優越感を感じたくらい。」

なんだその謎の優越感。

「だって嬉しかったんだ。君はボクにとって命の恩人で、初めてボクに王族以外の理由で生きていいと言ってくれた人で、とても。」

そういって彼は少し俯いた後、今まで見たことのないとても気品のある、なにか悟りきったような澄んだ顔で見つめてきた。これが王族の品位かぁ、とどこかで思った僕がいた。

「とても愛おしい人だから。」

「・・・?」

ふゅぅいみたいな声がでた。愛おしい?そんなこと初めて言われた。あれ、僕が女性って言ったのこの前だよね?うん?へ?っと混乱する頭と裏腹に顔はどうしようもないくらい熱くなっていくのを感じた。

「君のその無意識の優しさ、思いやり、そしてなによりとても個性的で面白いところ、それ以外のすべてを含めて君を愛しているよ。一目ぼれだった。」

「え、そうすると詞慶も「それはない、君だからだよ。君と詞慶は確かに姿は大体似ているけど、表情や細かい仕草、体型も微妙に違う。」

もしかして、っと詞慶の名を出そうとしたけど、もの凄い勢いで割り込まれた。うん、そんなに嫌だったのか。いや、でもなんだか照れてしまうな。さすがの僕でもこれが告白なるものだということはわかる。にしても、これはいったいどうしたらよいものだろうか。混乱していると、彼はくすっと笑って僕の手を取った。

「改めて、ボクは、いや私は君を愛している。だから、良ければこの先永遠に君の傍にいさせて欲しい。私に君を大切にさせて欲しい。君が君を大切にできるようになるまで、できるようになってもさらにその先までずっと。」

なんというセリフを真顔で言うのだろう。もう無理顔熱すぎる。頭がついていってない。

ただ、彼は僕が何か告げるまで絶対動かないという姿勢を見せている。これはもう、なにか答えるしかない。そして僕は、何を答えるべきかもう知っている。

自分の中でずっと不思議だった。かわいそうな王族というだけで、なんで僕はスピネルを助け、そして自分の傍で匿っているのか。なんで常に笑って欲しいと思うのか。今まで誰がどうしようが、それがたとえこの国の皇子だろうが

上司だろうが実の親だろうが気にしたこともなかったのに。不思議だった。それでも無意識にそうしたいと思い、動き続けていた。

その答えを目の前の彼はあっさりだしていた。

ただ素直に、ただ小さく頷いた。

「ありがとう。」

それに彼は嬉しそうにそう告げて、そしてぎゅっと抱き着いてきた。抱き着いてきたのはいいんだけど、すいません、ちょっと痛いです。

まぁそれは告げず、しばらくそうしていたが、僕はふと思ったことをそのまま聞いた。

「それはそうとスピ君、君僕が男だと思ってたのに一目惚れっておかしくない?」

それに彼はそっと力を緩めてクスクス笑った後こう答えた。

「ボクは詞静、君だから愛してるんだよ。性別なんて二の次二の次。」


これはなかなか、愛のすさまじい人に愛されたものだと僕は、僕からも彼に抱き着いてみた。


その数年後、子供が生まれたり、スピネルが王国帰るのについて行ったり、テイルが子育て熟練者になったり、詞慶がとんでもない大活躍をしたり、子供の数が把握不能になったり色々あったけど、それはそれで別の話。





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