7th Stage ワクワク開幕! 夏休み!!
ご覧いただきありがとうございます!
そしてブックマーク、ならびに評価もありがとうございます!
告知しておりませんでしたが、本作品は全25話予定です。今回で春編は終わりになります。次は夏編です。
「はい。それでは、テストの答案を返却しますね」
弥生先生が、生物のテストを生徒の名前を呼びながら返却していく。
私の番になり、私は解答用紙を取りに行く。
(……よしっ)
席についてからじっくり点数を確認した結果。
これで、全教科の合計点が前の学校にいた時よりも上回った!
というか、以前のところよりも偏差値の高いこの学園でこの点数は、我ながらに頑張ったと思うのですが!
アイドル稼業との両立はそれはそれで大変だったけれど、いざ一本化して勉学に打ち込むと、それはそれで雑念がわいてきていた。
それでも、前よりもずっとテスト勉強に時間が割けたし、雪子たちと一緒に勉強会も出来た。
これは幸先が良い結果なのではなかろうか。
残す一代イベント。それは――
「それでは、三者面談は配布したプリントの日程が最終決定ですので、各自保護者の皆さんに伝えておいてくださいね」
(ついに、このときが来たか……っ!)
三者面談。
教師と生徒と保護者。
そう、保護者。
私の保護者といえば勿論――
『え? 来週の七月二十三日?』
その夜、電話スペースで朱里さんに電話し、用件を伝える。
朱里さんの声の反響具合から、今はバスタイムだったらしいのが窺えた。入浴中に失礼しました。
「はい。一応、前に聞いた希望日通りではあるんですけど……」
とはいえ、有名芸能会社の社長の日常は、会食や打ち合わせ、企画会議などでなにかとスケジュールが変更追加になりやすい。
現に前の高校でも、朱里さんの仕事の予定が掴めなかったことの方が多かった。
無理なら無理で、リスケなり電話対応なりでお願いすることも念頭に置いていたその時、朱里さんが答える。
『……わかったわ。十五時ね』
「やっぱりダメですよね。わかりました、先生には来れそうにない――って、ええ!? 来てくれるんですか!?」
まさかの許諾。
朱里さんの呆れ声が電話口から聞こえてきた。
『……あのねえ、あなたの保護者なんだから、それくらいするわよ』
確かに、昼過ぎでもあり、かつ会食に当たらなそうな時間だと教えてもらってはいたけれど。
「あ、ありがとうございます……」
電話の向こうの朱里さんに恐縮していると、朱里さんは「それに」と言葉を続けた。
『それにあなた、まだバレてないんでしょう?』
「勿論です!」
バレてたまるものかと言葉尻が上がっていた。
『ふふ。そのいきよ。〝紫苑〞』
この人は、絶対にわざとやっている。
『そう言えば、八月からの夏休みは、あなたどうするの?』
「確か朱里さんは、打ち合わせで北海道ですよね」
数日前に捺花さんに電話で聞いた時、朱里さんは一週間ほど北海道に工場がある企業と打ち合わせをすると言っていた。
それがちょうど八月の上旬。
『ええ。一応、お盆には帰ってくる予定ではあるけれど』
「だったら、お盆の間だけお邪魔します。それまでは寮はやっていると聞いているので」
『……わかったわ』
お休みなさいと挨拶をして、私は電話を切った。
もう来月にはお盆の時期なんだな、と繋がっていないスマホを手に独り呟いた。
三者面談当日。
二週間の面談期間中は、授業は午前中で終わっていたこともあって、私は面談の時間の二十分前には来客用の玄関で朱里さんを待っていた。
やがて赤いスポーツカーが来客用の駐車スペースに止まり、そこからサングラスをかけた朱里さんが降りてきた。
「紫」
「朱里さん」
今日はグレーのパンツスーツに、水色のブラウスを着る朱里さん。
今日もビシッと決まっていますね、社長。
「行くわよ」
まだ面談時間の十五分前だったけれど、朱里さんは来客用のすりに履き替えるとすたすたと先に行ってしまった。
「えっ! そっちはうちのクラスじゃないですよ!」
「ええ。知ってるわよ」
朱里さんは、なぜか校舎のある階段でないもう一方の階段を登り始めた。
まだ時間ではないし、所用でもあるのだろうかと首を傾げながらその後をついていく。
「――え」
けれど。
「なによ」
朱里さんが立ち止まり、ノックしようとしていた部屋のプレートを見て、私は息を飲んだ。
「だって、ここ――」
私が躊躇った理由。それは、そこが――
「校長室よ」
朱里さんがさもありなんと告げる。
〝校長室〞。
「なんで……っ」
私の制止も聞かず、朱里さんは校長室の引き扉をノックした。
「どうぞ」
部屋の中から、低い声が聞こえる。
そうだ。この高等部の校長先生は――
「失礼します」
朱里さんはなんの躊躇いもなく扉を開け、中に入る。
私はなす術なくその後に続いて校長室に足を踏み入れた。
ショーケースの様な棚には数々の楯やトロフィーが納められていた。
窓際の机の前には、一人の男性が座っていた。
先日の体育祭で吉野くんを泣かせた(?)、あの校長先生だ。
ロンドンストライプのスーツを着こなすその姿は、まさにイタリアのマフィアのボスがごとく。
スキンヘッドにサングラスというのも、迫力を醸し出している。
「ああ、先輩。よくお越しくださいました」
「ええ。神原弟くんも、久しぶりね」
(先輩? 神原、弟?)
状況が飲み込めない私は、二人を交互に見つめた。
「おお、君が噂の朱鷺花の娘さんか」
「朱鷺花……どうしてお父さんのこと……?」
サングラスを外したその瞳は、思いの外優しさに溢れていた。
けれど父親の名前をこんなところで聞くとは思わなかった私は、答えを求めようと朱里さんへ向き直った。
「前に、私とこの学園の理事とは夢咲で同期だったって話したでしょう?
その理事の弟さんと、あなたのお父さんも夢咲のOBで同期だったのよ」
なんと。
世界は広と言えど、世間は狭いものである。
「前に君に会った時はこんなに小さかったから、覚えてないのは無理もないね」
ソファに腰掛けながら、校長先生は懐かしむように言った。
「私は、朱鷺花と違ってモデルや演技の腕はからっきしでね」
マネジメントや運営の道に進んだんだ、と話す校長先生。
やがて校長室の扉が開き、見知った顔が入ってきた。
「弥生先生!」
なんと、お盆にお茶を乗せて持ってきたのは、我らが三年一組の担任教師、仙石原弥生先生だった。
「お久しぶりです、社長」
――ま、まさか……
「もしかして、弥生先生も……?」
私の言葉に、朱里さんは首を横に振った。
「弥生は、学生時代にうちに所属していた元モデルよ」
「はい!?」
私が心から驚いていると、弥生先生は少し顔を赤らめた。
「あの頃は、若気のいたりというか……」
「今は教師一本よ!」と話す弥生先生。
「教師を目指していた私に、この学園を紹介してくださったのが社長だったんですよ」
「じ、じゃあ、私のことは……」
この二人は、どこまで知っているのだろう?
こっそり朱里さんを見ると、目があったのに無視された。
「はじめは知らなかったんだけど、校長に伺ったの。あなたの名字も〝宮園〞だし、雰囲気も社長にちょっと似ていたから、もしかして親戚かなとは思ったけれどね」
これは――
(〝紫苑〞のことは、二人とも知らなさそうだな……)
先ほどから話に出てくるのは朱里さんとの関係や当時の話だった。
いくら知り合いや元所属モデルとは言え、自社アイドルの加えて企業秘密レベルのことは共有していないのだろう。
(……それもそうよね)
「紫さんは、いつも授業でわからないところがあると、すぐに質問しに来るくらい真剣に授業を受けられていて――」
ひと安心した私をよそに、いつの間にか校長室で三者面談――否、四者面談が始まっていた。
私が朱里さんを見送ってから寮の部屋へ戻ると、雪子が既に荷造りをしていた。
「面談おつー」
「……うん。ただいま」
ものすごい体力を使った。
(なんで三者面談が四者面談になるのよ……)
なぜ校長先生も同席し、そして校長室で面談が始まったのか。
突っ込みどころが山ほどあったものの、なんとか面談は無事に終わった。
進路の話が出た時は緊張したけれど、なんとか乗り切った。
不意に、雪子の荷造りをする荷物が多く感じた。
そう言えば、前に彼女が話していたのを思い出す。
「雪子は、夏休み中に家族旅行へ行くんだっけ?」
「うん! お姉ちゃんが私とお母さんを招待して伊豆旅行に行こうって誘ってくれたの」
嬉しそうに話す雪子。
なんだかこちらまで嬉しくなってきた。
「楽しんできてね」
「ユッカは夏休みは実家帰んないの?」
それは、先ほど見送りをした際に朱里さんにも同じことを訊ねられていた。
「うん。朱――伯母さんに用事があって、家開けることが多いから、寮で過ごすことにしたの」
夏休み中に部活動の練習もあるし、何かとその方が便利だったから。
「そっか。そしたら、ラブコールするね」
「あはは。待ってるね」
前期終業式も終え、夏休み初日。
私は所属している演劇部の部室棟へ向かっていた。
演劇部の練習は来週から。
今日は部の衣装班の先輩たちと、夏休み明けにある学園祭で使う衣装の打ち合わせを午前十一時から予定していた。
〝後輩たるもの先輩よりも前に現場入りすべし〞。
長年の経験が刷り込まれているせいか、打ち合わせより随分と前の午前九時には部室の換気をしていた。
(たしか、学園祭の演目は『眠れる森の美女』をするんだっけ)
私は〝中世ー衣装〞の衣装ケースから、一通りの衣装をハンガーに掛け直す。
ふと、部室棟の窓から見える校舎の廊下を、見知った数名が歩いて行くのが見えた。
ほとんどの生徒は帰省していて、補習でもない限り校舎へ登校する生徒はいない。
そして〝彼ら〞は、その少ない登校対象者だった。
(そっか……テスト、受けられなかったもんね……)
私は一抹の罪悪感を拭うために、部室の掃除に取りかかった。
「宮園さーんっ」
先輩たちと打ち合わせが終わり、校舎の学食で食べようと一緒に向かっていた時。
不意に私の背中にその言葉が投げ掛けられた。
「ひ、緋織くん。おはよう」
なぜだか私目掛けて勢いよく走ってくる緋織。
(なになに、何事……?)
内心尋常じゃないほどの冷や汗をかいていると、緋織は持っていた用紙を広げて見せてきた。
――これは、テスト用紙?
「さっき補習で、数学のテストやったんだけどさ!」
息を弾ませながら緋織が説明する。
「俺、一発合格! しかも九十五点!」
「おお!」
素直にすごい。
私が受けたものとは同じものではないだろうけれど、それでもその点数は、過去の彼から考えると著しい成長だった。
「全部、宮園さんのおかげだよ」
「……私は何もしてないよ」
全部、彼自身の努力の結果だ。
私は一緒に勉強会をしただけ。
けれど、緋織は首を横に振った。
「俺が〝やっぱり頑張ろう〞って思えたのは、宮園さんのおかげだから!」
「報告とお礼言いに来ただけだから!」と、緋織は元来た廊下を戻っていった。
(〝やっぱり〞って……?)
違和感と共にその場に残された私には、その時、緋織が何を抱えていたのか、知るよしもなかった。
その夜。
机に置いていたスマホのバイブが鳴った。
(ほんとに来た! ラブコール)
先日彼女が言っていた言葉を思い出しつつ、私は独りになった部屋でスマホの通話をオンにする。
「もしもし」
『あ! もしもし、ゆっか? 今大丈夫?』
電話口の雪子の声は、とても明るかった。
「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」
『あのさぁ、ちょっと提案なんだけど――』
雪子からの〝提案〞は、以外なものだった。
紫:宮園紫です!
朱里:宮園朱里よ。
紫:そう言えば、朱里さんは、夢咲アカデミーで、何を勉強されていたんですか?
朱里:最初はモデル科を専攻していたのだけれど、途中でマネジメント科に転科したの。
紫:朱里さんが、モデル、ですか……
朱里:何? 何か疑問の余地がある?
紫:な、なんにもありません!
朱里:ほら、もうそろそろ予告の時間でしょう? 早くなさい、〝紫苑〞
紫:ちょっ! 今は私は紫です! いい加減、わざとでも怒りますよ!
次回8/11更新予定『8th Stage ハプニング! まさかの旅先で!?』
お楽しみにね♪♪
朱里:いつまでバレずにいるか楽しみね。
紫:朱里さん!!